法務デューデリジェンス(DD)業務

目次

法務デューデリジェンス(DD)の詳細と進め方

法務デューデリジェンス(DD)とは、買主候補企業が、買収対象会社をM&Aするのに際し、主として、株式・株主、組織、親会社・関連会社、資産・知的財産、取引契約、人事労務、法令遵守、紛争訴訟の分野において、特に重大な法的問題の有無を確認するための法務調査(法務デューデリジェンス(DD))です。

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法務デューデリジェンス(DD)の進め方

法務デューデリジェンスとは、買主候補企業が、買収対象会社を事業承継M&Aするのに際し、主として、株式・株主、組織、親会社・関連会社、資産・知的財産、取引契約、人事労務、法令遵守、紛争訴訟の分野において、特に重大な法的問題の有無を確認するための企業調査である。

法務デューデリジェンスについても、他の分野のデューデリジェンスと同様、一般的に、①資料開示請求、②デスクトップDD、③マネジメント・インタビュー、④現地調査(現地DD)の流れで行い、⑤デューデリジェンスの結果を契約書及び買収価格に反映することとなる。

特に、法務デューデリジェンスの結果、訴訟紛争や大きな法律問題が潜んでいる場合には、M&Aを取り止める(ディール・ブレイク)することもある。また、事業承継M&Aの対象会社は中小企業・零細企業であり、必ずしも管理が行き届いていないことが多く、実際のところ、たいていの中小企業・零細企業に、法的問題点が存在しているというのが経験則である。

特に、法務デューデリジェンス(DD)の結果、訴訟紛争や大きな法律問題が潜んでいる場合には、M&Aを取り止める(ディール・ブレイク)することもあります。

法務デューデリジェンス(DD)における調査項目

法務デューデリジェンス(DD)における調査項目は、下記のとおり、非常に多岐にわたります。法務デューデリジェンス(DD)では、これらの項目を短期間のうちに調査し、法務デューデリジェンス(DD)の結果を踏まえてM&Aの取引条件を検討する必要があります。

I.          組織
1.       定款
2.       商業登記簿謄本(履歴事項全部証明書及び全ての閉鎖登記簿謄本)
3.       会社概要(社史、事業内容及び経営状況の概要を示す資料、広報用パンフレット等)
4.       取締役会及び経営会議等の組織・機関に関連する説明資料
5.       営業所、事務所、事業所、倉庫等の拠点のリスト
6.       社内規程(株式取扱規則、取締役会規程、職務分掌規定等)
7.       株主総会議事録(過去3年分)
8.       取締役会議事録(過去3年分)
9.       経営会議議事録その他重要な会議の議事録(過去3年分)
10.   監査役の監査報告書(過去3年分)
11.   合併、事業譲渡・譲受、株式交換・株式移転、会社分割、増資・減資の一覧表(過去の全てのもの)、及びこれに関連する全ての契約・書類
12.   資本提携契約、業務提携契約、経営指導契約、技術援助契約等
II.       株主・株式
1.       株主名簿の写し
2.       過去における株主の変遷を示す資料
3.       株式に付着する権利制限(質権・譲渡担保等。あれば)を示す資料
4.       株券の写し
5.       過去における株券の発行状況を示す資料
6.       過去における新株発行に関する契約書
7.       過去における自己株式の買受に関する契約書
8.       対象会社と株主との間で締結された契約書
9.       株主間契約書(もしあれば)
10.   新株予約権その他の潜在株式(もしあれば)の発行状況を示す資料
11.   従業員持株会(もしあれば)の状況を示す資料
III.     子会社・関連会社
1.      親会社グループ会社の一覧及び概況資料
2.      親会社及びそのグループ会社との関係の詳細を記載した資料
3.      親会社及びそのグループ会社との取引リスト、当該取引に関する契約
4.      親会社及びそのグループ会社との借入・保証・担保その他の財産上の取引に関する契約
5.      親会社及びそのグループ会社との間のその他の全ての契約
6.      親会社及びそのグループ会社のグループ規定で対象会社に適用のあるもの
IV.     資産(知的財産権以外)
1.       所有不動産のリスト
2.       所有不動産の登記簿謄本
3.       所有不動産に関して締結した契約書(賃貸借契約書、抵当権設定契約書等)4.       不動産売買に関する契約書(過去2年分)
5.       賃借不動産のリスト
6.       賃借不動産の登記簿謄本(もしあれば)
7.       賃借不動産に関して締結した賃貸借契約書その他の契約書
8.       その他、使用している不動産に関する契約書
9.       所有する主要な動産(機械設備、備品等)のリスト(固定資産台帳等)
10.   所有する主要な動産(機械設備、備品等)に関して締結した契約書(賃貸借契約書、質権設定契約書等)
11.   賃借又はリースしている主要な動産(機械設備、備品等)のリスト
12.   賃借又はリースしている主要な動産(機械設備、備品等)に関して締結した賃貸借契約書・リース契約書その他の契約書
13. 主要な動産(機械設備、備品等)に関するメインテナンスに関する契約
14.   保有する株式その他の有価証券及び金融資産、出資金、会員権を記載した資料
V.       知的財産権
1.       保有する商標権その他の知的財産権(もしあれば)のリスト
2.       保有する商標権その他の知的財産権(もしあれば)に関して締結した契約書(ライセンス契約書等)
3.       ライセンス(もしあれば)を受けている商標権その他の知的財産権のリスト
4.       ライセンス(もしあれば)を受けている商標権その他の知的財産権に関して締結したライセンス契約書その他の契約書
5.       知的財産権に係る紛争の履歴及び内容を示す資料(過去5年分)
6.       営業秘密(顧客情報を含む)についての資料・管理方法・規則
7.       情報システムの概要・関連契約・問題点を示した資料
VI.     貸付及び借入並びに保証及び担保
1.       借入及びその返済の履歴を示す資料
2.       借入に係る契約書(金銭消費貸借契約書・銀行取引約定等)
3.       借入の担保に係る契約書(抵当権設定契約書等)
4.       貸付(グループ会社、役員及び従業員に対するものを含む)及びその回収の履歴(相手方、金額、回収時期、貸倒れの有無等)を示す資料
5.       貸付に係る契約書(金銭消費貸借契約書等)
6.       貸付の保証・担保に係る契約書(保証契約書・抵当権設定契約書等)
7.       デリバティブ取引の有無・概要を示す書類
8.       保証、保証予約、経営指導念書、その他の偶発債務に関する書類
VII.  取引契約
1.  主要事業についての一連の事業・取引の概要を記載した資料
2.  主要取引先(仕入先、販売先、委託先を含む)のリスト
3.  主要事業ごとに取引の基礎となっている取引基本的契約及びその関連契約
4.  販売先との取引基本契約書等の取引に関する契約
5.  仕入先との取引基本契約書等の仕入に関する契約
6.  納入先との製造受託基本契約書等の取引に関する契約
7.  業務委託契約、業務受託契約、製造委託契約、商品共同開発契約
8.  運送契約などの物流・倉庫等に関する契約
9.  アフターサービス・品質保証に関する契約
10.秘密保持契約
11.その他の重要な契約書
VIII.              人事労務
1.       組織図
2.       役員名簿・役員様の経歴に関する資料
3.       役員の権限分掌を示す資料
4.       役員報酬(賞与を含む)・退職慰労金の決定方法及び支給状況を示す資料(役員の報酬等を決定した株主総会議事録、役員報酬規定・役員退職慰労金規定を含む)
5.       対象会社と役員との間で締結された契約書(もしあれば)
6.       従業員の構成(正社員、パート及び派遣の別、年齢構成、勤続年数、給与水準、事業所ごとの所属人数等)を示す資料
7.       就業規則(正社員、パート及び派遣の別ごとに)
8.       給与規程
9.       退職金(退職年金)規程
10.   給与台帳
11.   従業員及び退職者の秘密保持及び競業禁止に関する規程又は契約書
12.   出向契約書
13.   労働協約(もしあれば)
14.   労使協定(いわゆる三六協定等)
15.   労働組合の状況を示す資料
16.   労働基準監督署から指導を受けた場合は是正報告を含めた資料一式
17.   労働基準監督署に提出し、又は同署から受領した資料(申告書、届出書、是正勧告書、指導票等)
18.   労災事故の履歴及び内容を示す資料(過去3年分)
19.   役員・従業員が関与した不祥事・クレーム等に関する資料(過去3年分)
20.   懲戒処分の履歴及び内容を示す資料(過去3年分)
21.   従業員の解雇・退職等の状況に関する資料(過去3年分)
22.   労使紛争の履歴及び内容を示す資料(過去3年分)
23.   時間外勤務の実態及び残業手当の支払状況を示す資料(残業時間の管理方法、未払残業代の有無及びその金額)
24.   安全管理体制の概況を示す資料
IX.     許認可
1.       事業に必要な許認可のリスト
2.       許認可の取得を証する書面
3.       許認可の停止、取消等(もしあれば)の履歴及び内容を示す資料
4.       許認可の所轄官庁に提出し、又は同署から受領した資料(申告書、届出書、警告書等)
5.       所轄官庁から指導・調査・検査・勧告等の概要を示した資料
6.       業界団体等への加入状況を示した資料
7.       事業活動に対して適用される重要な法規制に関する説明資料
X.       環境問題
1.       営業所・事務所・事業所等における環境問題の内容を示す資料(もしあれば)
2.       環境問題に関して所轄官庁に提出し、又は当該官庁から受領した資料(過去3年分)
3.       廃棄物・有害物質の産出・処分に関する資料
XI.     訴訟・紛争・不祥事
1.       係属中の訴訟及び訴訟となるおそれのある紛争の内容、現状及び見込を示す資料(訴状その他の訴訟書類及び内容証明郵便を含む)
2.       取引先からのクレームの履歴及び内容を示す資料(過去3年分)
3.       その他のクレームの履歴及び内容を示す資料(過去3年分)
XII.  法令遵守(コンプライアンス)
1.       法令遵守及び法令違反の是正(内部通報等)に関する社内体制を示す資料
2.       個人情報の保護に関する規程
3.       個人情報の保護に関する社内体制を示す資料
4.       法令遵守に関する(内部)監査報告書(もしあれば)
5.       法令違反に関して所轄官庁その他の公的機関から受けた指摘、勧告等(もしあれば)の履歴及び内容を示す資料(過去5年分)
XIII.              保険
1.       加入している保険(火災保険・PL保険を含む)の概要が分かる資料
XIV.              その他
1.       税務申告書(過去3年分)
2.       決算書(過去3年分)

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法務デューデリジェンス(DD)における調査の視点

(1)   定款・登記簿・社内規定・議事録等について

法人・組織については、対象会社の基本的事項であるため、株式譲渡方式の場合は、基本的な法務デューデリジェンス項目ではあるものの、事業譲渡方式や会社分割方式の場合は、買主は、法人自体を買収するわけではないため、法務デューデリジェンスの必要はなくなる。

ただし、定款・登記簿・社内規定・議事録等からは、対象事業がどのように運営されていたかを知ることができ、これらはビジネス上の重要な情報であり、デューデリジェンスを行うことができるのであれば行うことが好ましい。

定款や登記簿・社内規定等

また、定款や登記簿・社内規定等については、対象事業の譲渡を受ける買主が、クロージング後も、対象事業を円滑に運営するためには、そのまま採用したほうが良いものもあり、そういう意味でも、デューデリジェンスを行うことができるのであれば行うことが好ましい。

取締役会議事録や株主総会議事録等

また、取締役会議事録や株主総会議事録等についても同様であり、さらに経営会議議事録なども含めた場合、その議事録についてデューデリジェンスを行うことにより、対象会社において、対象事業にどのような経営上・法務上・財務上その他の問題点が存在するか及びその対策などについて議論されていることから、議事録等をデューデリジェンスしさえすれば対象事業の主要なリスクや問題点を発見できることが多く、デューデリジェンスを行うことができるのであれば行うことが好ましい。

ビジネスデューデリジェンスとして

ただし、事業譲渡方式や会社分割方式においては、対象会社の法人格を承継するわけでも、対象会社の組織を承継するわけでも、対象会社の定款や社内規定を承継するわけでもないため、これらの点に関する法的リスクを法的に承継することはないため、必要的な法務デューデリジェンス事項ではないとも言える。

また、議事録等についても、法務デューデリジェンスというよりは、ビジネスデューデリジェンスのために必要となる事項として、クライアントから要望されることが少なくない。

(2)   株式・株主について

株式譲渡方式では、まさに事業承継M&Aの取引の対象が、この株式なのであり、売主がこの株式を適法に保有していることが前提であり、売主から買主にこの株式が適法に譲渡されることが特に重要となる。

瑕疵ある株主問題・名義株主問題・敵対的少数株主問題

事業承継M&Aを株式譲渡方式で行う場合、対象会社の株主構成や株主の状況、株式や株券の状況は、重要な法務デューデリジェンス事項である。

実際、対象会社の株式や株券の状況や株式の移転の過程が不明確であり、売主が真実の株主ではないと思われる場合や、売主や前株主が、株式譲渡に伴い株券の引き渡しを受けていなかったとか、株式譲渡承認を受けていなかったなど株式を適式に取得していない瑕疵ある株主であることがあり、また、売主は単なる名義株主であり、別に実質株主が存在していると思われる場合など、事業承継M&Aがディール・ブレイクになることも多く発生しており、事業承継M&Aのクロージング後に売主が瑕疵ある株主であることが判明し、真実の株主が出現し、訴訟・紛争になることも多く存在する。また、敵対的少数株主の存在により、買主が事業承継M&A後の対象会社の運営が容易ではないと判断し、事業承継M&Aが実現しなかったり、事業承継M&Aのクロージング後に敵対的少数株主の存在が発覚し、訴訟・紛争になることも多く存在する。

例えば、株式譲渡を有効に行うためには、株券発行会社の場合は、会社法128条上、株券の「交付」が要件とされているものの、事業承継M&Aの対象会社となる中小企業・零細企業においては、創業以来、株券を作成したことのない会社が大多数であり、株券を作成したことのある会社であっても、株主に株券を引き渡していなかったり、株式の売主も、譲渡の都度、買主に株券を引き渡してないことも多く、瑕疵のある株式譲渡が多く行われている。

また、譲渡制限会社においては、会社法136条から139条上、株式譲渡を会社に対して対抗するためには、対象会社の取締役会又は株主総会の承認決議が必要であるものの、株式の売主と買主がそのような手続きを行わないまま瑕疵のある株式譲渡を行っていることも多い。

その結果、中小企業・零細企業においては、株主名簿には名義が記載されているものの、実際は、有効に株式を取得していない可能性のある瑕疵ある株主や、株主名簿には記載されていない真実の株式が多く存在するのである。

また、平成2年商法改正以前は株式会社設立のため7名の株主が必要であったこともあり、また、取引先や金融機関などとの関係で、名前を表に出せない又は出したくない株主がいる場合、いわゆる名義株主の問題(実質株主が他人の名義を借りて株式会社の株主になること。判例上、出資金の拠出者が実質株主として株主権を有するものとされ、名義株主は実質株主の意向に反して株主権を行使してはならないものとされている)も、この事業承継M&Aの対象となる中小企業・零細企業に多い。

その他、適法に株式を取得した株主ではあるが、対象会社の経営陣と常に対立する敵対的少数株主は非常に多く、事業承継M&Aを実施する際に、非常に多く直面する問題である。

株主問題と事業承継M&Aのスキーム

この点、事業承継M&Aを、株式譲渡方式ではなく、事業譲渡方式や会社分割方式で行う場合は、対象会社の法人格は取引の対象ではなく、株式も取引の対象ではなく、対象会社の中にある対象事業が取引の対象となることから、売主が瑕疵ある株主であったとしても、売主が名義株主であったとしても、敵対的少数株主が存在していたとしても、それはあくまで売主内部の問題なのであり、事業譲渡や会社分割という取引自体には、原則として、直接影響することはない。

もちろん、事業譲渡や会社分割を実行するためには、それぞれ、小規模な事業譲渡や会社分割を除き、対象会社の株主総会の特別決議が必要である。

瑕疵ある株主が行った株主総会の特別決議は無効であり、敵対的少数株主を無視して開催した株主総会の特別決議も無効であり、そのような株主総会で承認された事業譲渡や会社分割は無効であるとの議論はあるものと思われる。

ただ、そのような瑕疵ある株主、名義株主や敵対的少数株主が少数であり、株主総会の特別決議の帰趨に対する影響が軽微などの場合には、事業譲渡や会社分割それ自体が無効となるようなことはないと思われるし、また、訴訟となったとしても、多くのケースでは、事業譲渡や会社分割自体が無効とされるのではなく、売主とその株主の内部問題として解決が図られるものと思われる。

ただ、株主総会の特別決議の帰趨に対する影響が軽微とは言えないような場合には、第1章、第2章ですでに述べたとおり、事業譲渡や会社分割が無効になるリスクがあり、事業譲渡が無効になった場合の効果に関する会社法上の規定は存在しないため、原則どおり、譲渡された対象事業が売主に戻るなどの原状回復がなされるものと思われ、また、会社分割が無効になった場合の効果は、会社法843条上、対象事業の負債が売主の連帯債務となったり、対象事業の資産が売主と共有になったり売主の所有になったりすることがあり、事業承継M&Aに対する悪影響は著しく、事業承継M&Aが無効になることを可及的に回避するため、会社法828条上、会社分割の無効は訴えをもってのみ主張することができ、その提訴期間も6ヶ月と限定されていることから、会社分割方式を採用すべき場合も考えられる。

また、会社分割方式についても、会社分割方式(株式交付型)においては、対象事業を会社分割し、一旦新設会社を設立してから、その株式を、買主に対して譲渡するところ、会社法467条上、子会社の株式の譲渡は、事業譲渡同様の規制があり、株主総会の特別決議が必要となるところ、瑕疵ある株主が存在し、株主総会の特別決議の帰趨に対する影響が軽微とは言えない場合には、この株式譲渡が無効になるリスクがあり、これを回避するため、会社分割方式(現金交付型)を採用することが好ましいであろう。

以上のように、事業譲渡方式や会社分割方式を採用することで、対象会社の株式・株主に関連するリスクを可及的に回避することができるのであれば、買主において、これらの点に関する法的リスクを直接承継するわけではないため、必要的な法務デューデリジェンス事項ではないということができる。

(3)   資産について

資産については、株式譲渡方式においても、事業譲渡方式や会社分割方式においても、主たる法務デューデリジェンス事項である。

すなわち、事業を構成する最も主要な要素は資産であり、資産が収益を生み、企業価値を生むのであり、対象会社においても、対象事業においても、資産が主要構成要素である。そのような資産としては、所有不動産・賃借不動産・動産・リース・知的財産権・金融資産・システムその他が存在する。

事業承継M&Aのスキームと資産に関する法務デューデリジェンス

株式譲渡方式においても、事業譲渡方式や会社分割方式においても、これらのすべての資産が事業の主たる構成要素となるのであるが、事業譲渡方式や会社分割方式の場合、承継対象事業が複数ある事業のうちの一つであったり、対象事業に供されていない遊休資産があったりする場合、それらの資産は、事業譲渡や会社分割の承継対象資産としないことが多い。すなわち、他の事業に供されている資産は、事業承継M&Aにおいて、買主が承継するわけにいかないし、遊休資産の場合、買主がそれを承継した場合、不要な資産を承継したばっかりに、譲渡価格が増加するということとなるため、事業譲渡や会社分割の承継対象資産にならないことが多いのである。

このように、事業譲渡方式や会社分割方式においては、承継対象事業に供されていない資産、すなわち、他の事業に供されている資産や遊休資産は、事業譲渡や会社分割の承継対象資産とならず、買主がその法的リスクを承継することはないため、法務デューデリジェンス事項から外れることとなり、事業譲渡方式や会社分割方式の場合、法務デューデリジェンスの負担が大幅に減少する。

資産に関する法務デューデリジェンスの視点

資産に関する法務デューデリジェンス事項としては、主として、買主が、承継した場合、その承継した資産を、従前と同様の条件で使用継続することができるか否かという視点が重要となる。

売主が承継対象資産について所有権を有しているのであれば、売主がその承継対象資産の所有権を適法に保有しており、処分権限を有しており、買主が適法に取得することができるかという点が重要となる。

すなわち、土地・建物や工場などの不動産であれば、不動産登記簿謄本を確認し、売主に所有権が帰属しており、抵当権等が設定されていなければ、ひとまず売主が所有権を適法に保有しており、処分権限を有しており、買主は事業承継M&Aの後、従前どおりに使用できると考えてよいであろう。設備や什器備品等の動産であれば、売主が占有しており、売主の固定資産台帳に掲載されており、自らの所有であることが推定され、かつ、リースや担保提供していないとのことであれば、ひとまず売主が所有権を適式に保有しており、処分権限を有しており、買主は事業承継M&Aの後、従前どおりに使用できると考えてよいであろう。特許などの知的財産権であれば、登録証及び登録原簿を確認し、売主が権利者とされており、質権設定などされていないのであれば、ひとまず売主が適式な権利者であり、処分権限を有しており、買主は事業承継M&Aの後、従前どおりに使用できると考えてよいであろう。

他方、土地・建物や工場などの不動産に抵当権が設定されていたり、事業用建物が他人の土地にはみ出して建っていたり、建物が未登記であったりする場合もあり、そのような場合、抵当権が実行されたり、土地所有者が建物収去明け渡しを請求したり、建物敷地が第三者に売却されてしまったりした場合、使用継続できなくなってしまう可能性もある。

その他、建物が建築基準法に違反した違法建築である場合、最悪、行政から使用停止命令や撤去命令が出される可能性もある。また、工場の敷地が農地のままであり、農地転用許可が得られていない場合もあり、その場合、行政から農地への原状回復命令が出される可能性もある。

また、土地・建物や工場などの不動産について、現所有者が判然としないとか、相続などにより所有者が分散しているとか、登記移転費用を節約するために仮登記で済ましているとか、農地であり所有権移転登記ができないなどの理由で、所有権の移転登記が完了していない不動産が存在することがある。このような不動産については、対抗要件が取得できていないのであるから、第三者が出現した場合、使用継続できなくなってしまう可能性もある。

また、事業承継M&Aの対象となる中小企業・零細企業においては、対象会社が使用している土地・建物や工場などの不動産や設備や什器備品等の動産などについて、実際は、対象会社の所有ではなく、オーナー経営者やその親族の個人の所有であること(スタンド・アローン問題)もまま存在する。そのような場合は、事業承継M&Aに際して、対象会社においては、それを使用継続することができるよう、併せて、買収するか又は賃貸借契約などを締結し、対象会社において、適法に、使用継続できるようにする必要がある。

資産の使用権とチェンジ・オブ・コントロール条項の問題

また、賃借不動産やリースに関する法務デューデリジェンス事項として、いわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項の確認は特に重要である。

賃借不動産やリースについて、事業承継M&Aを株式譲渡方式で行う場合であっても、多くの賃貸借契約やリース契約には、いわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項が規定されており(リース会社とのリース契約書にはたいていこのいわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項が規定されている)、対象会社の株主や代表取締役が変更になるなどの対象会社の支配権が移動となる場合、賃貸人やリース会社の事前承諾や事後届出が必要とされることが多く、特に、事前承諾を得ずに対象会社の株主や代表取締役が変更になった場合、それがその賃貸借契約やリース契約の解除原因となることが多い。また、事業承継M&Aに伴い、対象会社の株主や代表取締役が変更になるなどの支配権の移動があった場合、このいわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項により、賃貸借契約やリース契約が契約解除されてしまうこともあり、そのようなケースはそれほど多くはないものの、実際に解除されてしまったら、対象事業の事業価値を著しく毀損する可能性があるという点で重要であり、実際に解除されなかったとしても、いわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項を背景に、賃貸人やリース会社から多額の契約更新料を要求されたり、多額の保証金の差し入れを求められたり、これを契機に、賃料の増額を要求されることもある。

そうである以上、事業承継M&Aを事業譲渡方式で行う場合、事業譲渡に伴い、売主から買主に対して、契約締結上の地位を移転させる場合には、賃貸人やリース会社の「承諾」が必要になることから、問題はより大きい。買主は、賃貸人やリース会社の「承諾」が得られず、事業承継M&Aに伴い賃貸人の地位の移転を受けることができない可能性もあり、また、できたとしても、賃貸人やリース会社から、「承諾」を条件に、多額の契約更新料を要求されたり、多額の保証金の差し入れを求められたり、これを契機に、賃料の増額を要求されることもある。

契約の条件が一般的な条件と異なるか否かの問題

その他、賃借不動産やリースに関する法務デューデリジェンス事項としては、賃貸借契約やリース契約に一般的な条件や条項とは異なるような特殊な条件や条項が規定されているか否かも、重要な法務デューデリジェンス事項となる。

(4)   借入・保証・担保等について

負債については、承継するのであれば、主たる法務デューデリジェンス事項である。

すなわち、負債としては、事業を構成する借入金・買掛金・未払金などの負債以外に、簿外債務などの負債も存在し、簿外債務を認識せずに承継してしまった場合、買主の想定する対象会社の企業価値は毀損し、譲渡価格の前提が崩れるなど、事業承継M&Aの成否に大きな影響を与える

事業承継M&Aのスキームと負債に関する法務デューデリジェンス

株式譲渡方式においては、買主は株式譲渡に伴い、対象会社の負債も承継するため、主要な法務デューデリジェンス事項となるものの、事業譲渡方式や会社分割方式においては、必ずしも、負債を承継することはない。

事業譲渡方式や会社分割方式の場合、買主は、承継対象負債として合意した負債や規定した負債のみを承継するが、借入金返還債務や損害賠償債務などの債務や、保証などの偶発債務については、事業譲渡契約書や会社分割計画書・会社分割契約書において、一切承継しないとすることが多い。

事業承継M&Aにおいて、買主が、負債を一切承継しない場合、買主は、負債の法務リスクを承継しないため、その結果、負債については、法務デューデリジェンス事項とはならず、法務デューデリジェンスの負担を大幅に減少することができる。

ただ、事業譲渡方式の場合であっても、買掛金債務などの流動負債は、承継対象とすることがある。すなわち、事業譲渡方式の場合であっても、事業の譲渡を受けるのだから、買主としては、そのような取引先に対する負債を含む権利義務はすべて承継する、売掛金債権などの流動資産を承継するのであれば、流動負債も承継するとすることも多い。

そのような場合は、売掛金債権や買掛金債務などの流動資産や流動負債についても、法務デューデリジェンスの対象となるべきとも思われるが、実際は、流動資産・流動負債は、財務デューデリジェンスの調査対象とし、法務デューデリジェンスのスコープからは外したうえで、特に法務上問題がありそうな事項のみを法務デューデリジェンスの調査対象とすることも少なくない。この関係で、財務デューデリジェンスの担当者と法務デューデリジェンスの担当者との連絡を密にしておくことにより、効率的なデューデリジェンスを行うことが好ましい。

簿外債務と法務デューデリジェンス

その他、前述のとおり、簿外債務の中には、法的に切り離すことができても、事業譲渡を受けて事業を継続する以上、事実上、やむを得ず承継せざるを得ない簿外債務も存在する。

これらの簿外債務については、いずれにしろ、法務デューデリジェンスのスコープとせざるを得ない。

(5)   取引契約について

取引契約については、株式譲渡方式においても、事業譲渡方式や会社分割方式においても、主たる法務デューデリジェンス事項である。

すなわち、契約は、資産と並び、事業を構成する最も主要な要素であり、資産と契約が有機的一体となり収益を生み、企業価値を生むのであり、対象会社においても、対象事業においても、資産及び契約が主要構成要素である。そのような契約としては、売買契約、販売契約、仕入契約、取引基本契約、業務委託契約、ライセンス契約、賃貸借契約、リース契約など多岐にわたる。

事業承継M&Aのスキームと契約に関する法務デューデリジェンス

株式譲渡方式においては、対象会社が契約している取引契約全てについて、法務デューデリジェンスを実施する必要がある。

これに対して、事業譲渡方式や会社分割方式においては、買主は、事業承継M&Aに伴い、対象事業に関する取引契約のみを承継するのであるから、対象会社が契約している取引契約の中でも、その対象事業に関する取引契約のみを、法務デューデリジェンスの対象とすれば足りるのである。

この点において、株式譲渡方式よりも、事業譲渡方式や会社分割方式のほうが、法務デューデリジェンスの対象となる取引契約の数が圧倒的に少なくなり、法務デューデリジェンスの負担も減少する。

また、対象会社において、特に、歴史の長い会社の場合、過去は取引が存在していたが、現在は取引を行っていない取引先も多数存在する。買主が、対象事業を買収して、対象事業の運営を行う際に必要な取引契約は、現在も取引が存在している取引先との取引契約であり、買主としては、事業承継M&Aに際して、そのような取引契約のみを承継すればよいわけであるから、法務デューデリジェンスの対象となる契約書も、さらに限定されてくるのである。

特に、存在しているものの、現在有効か否かわからない取引契約についても、法務デューデリジェンスを実施することほど無駄なことはない。しかし、売主や対象会社も、実際、現在は取引は存在しない取引先との取引契約であっても、その取引契約が終了しているのかどうか判然としない場合が多い。そのため、勢い、事業承継M&Aを株式譲渡方式で行う場合、法務デューデリジェンスにおいては、多数ある取引契約が現在有効なのか終了しているのかの確認に多大な時間を費消し、又は有効なのか終了しているのか判然としないために、終了している可能性のある取引契約の法務デューデリジェンスに多大な時間が費消されているのが実際である。

さらにもっと言えば、買主としては、対象事業に関する取引先をすべて承継する必要はない。条件の悪い取引先や、パフォーマンスの悪い取引先まで取引を継続する必要はないのだし、買主の既存取引先で代替できるような場合も、その取引先は継続する必要はないのである。

すなわち、事業承継M&Aにおいて、株式譲渡方式の場合は、対象会社の契約している取引契約をすべて承継してしまうため、全ての取引契約について、法務デューデリジェンスを実施する必要があるのに対し、事業譲渡方式や会社分割方式の場合は、買主が承継すべき取引契約を自由に選択して、チェリーピッキングすることができ、その結果、買主が承継する取引契約だけが、買主に承継されるのであるから、法務デューデリジェンスの対象も、その限定された取引契約に限定され、法務デューデリジェンスの負担を大幅に減少することができる。

契約に関する法務デューデリジェンスの視点

取引契約に関する法務デューデリジェンス事項としては、主として、買主が、承継した場合、その承継した取引契約に基づき、従前と同様の取引を継続することができるか否かという視点が重要となる。

取引契約とチェンジ・オブ・コントロール条項の問題

これら取引契約に関する法務デューデリジェンス事項として、いわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項の確認は特に重要である。

取引契約について、事業承継M&Aを株式譲渡方式で行う場合であっても、多くの取引契約には、いわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項が規定されており、対象会社の株主や代表取締役が変更になるなどの対象会社の支配権が移動となる場合、取引先の事前承諾や事後届出が必要とされることが多く、特に、事前承諾を得ずに対象会社の株主や代表取締役が変更になった場合、それがその取引契約の解除原因となることが多い。また、事業承継M&Aに伴い、対象会社の株主や代表取締役が変更になるなどの支配権の移動があった場合、このいわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項により、取引契約が契約解除されてしまうこともあり、そのようなケースはそれほど多くはないものの、実際に解除されてしまったら、対象事業の事業価値を著しく毀損する可能性があるという点で重要であり、実際に解除されなかったとしても、いわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項を背景に、取引先から多額の契約更新料を要求されたり、多額の保証金の差し入れを求められたり、これを契機に、取引条件の変更(取引条件の悪化)を要求されることもある。

そうである以上、事業承継M&Aを事業譲渡方式で行う場合、事業譲渡に伴い、売主から買主に対して、契約締結上の地位を移転させる場合には、取引先の「承諾」が必要になることから、問題はより大きい。

買主は、取引先の「承諾」が得られず、事業承継M&Aに伴い賃貸人の地位を移転を受けることができない可能性もあり、また、できたとしても、取引先から、「承諾」を条件に、多額の契約更新料を要求されたり、多額の保証金の差し入れを求められたり、これを契機に、取引条件の変更(取引条件の悪化)を要求されることもある。

契約の条件が一般的な条件と異なるか否かの問題

その他、取引契約に関する法務デューデリジェンス事項としては、その取引契約に一般的な条件や条項とは異なるような特殊な条件や条項が規定されているか否かも、重要な法務デューデリジェンス事項となる。

(6)   人事・労務について

人事・労務については、株式譲渡方式においても、事業譲渡方式や会社分割方式においても、主たる法務デューデリジェンス事項である。

すなわち、従業員は、資産や契約と並び、事業を構成する最も主要な要素であり、資産や契約と従業員が有機的一体となり収益を生み、企業価値を生むのであり、対象会社においても、対象事業においても、従業員が主要構成要素である。

事業承継M&Aのスキームと人事・労務に関する法務デューデリジェンス

事業承継M&Aを株式譲渡方式で行う場合は、買主は、対象会社の法人格を承継するのであり、人事・労務制度は、対象会社に内包されたものであり、従業員との関係は雇用契約として、対象会社が契約の当事者となっているのであるから、人事・労務に関する法務デューデリジェンスは必要となる。

特に、近時、長時間労働や未払残業代が問題となることもあり、人事・労務の分野は、法務リスクが高く、法務デューデリジェンスは必須であろう。

これに対して、事業譲渡方式や会社分割方式で事業承継M&Aを行う場合、買主は、必ずしも、対象会社の人事・労務制度を承継せず、また、従業員を承継するとしても、対象会社がいったん解雇し、買主において再雇用するのであれば、買主は対象会社と従業員との間の雇用契約も承継しないため、買主は対象会社の人事・労務のリスクや問題を法的には承継しないことから、対象会社の人事・労務について、法務デューデリジェンスが必要ということにはならないということとなる。

すなわち、事業譲渡方式や会社分割方式で事業承継M&Aを行う場合において、対象会社の人事労務制度や雇用契約をそのまま法的に承継するのではなく、買主が従業員を新規雇用するとき(対象会社の従業員をいったん解雇し、買主において再雇用する場合)は、買主の人事労務制度や雇用契約が、その従業員に適用されるため、対象会社の人事労務制度や雇用契約の法務デューデリジェンスの必要は存在しない。

ただし、対象会社の人事労務制度や雇用契約をそのまま承継するのではなく、買主が従業員を新規雇用する場合であったとしても、買主が、事業を継続する便宜から、承継する従業員に対して、従前どおりの人事・労務制度や雇用契約を適用することが好ましいとのことで、対象会社と同じ人事・労務制度や雇用契約を導入することもある。このような場合には、買主が、対象会社において既に発生する人事・労務に関するリスクや問題を法的に承継するわけではないが、同じ人事・労務制度や雇用契約を導入する以上、事業承継M&Aのクロージング後も、買主において、同様の問題が発生したり、同様のリスクが内包していると考えられることから、対象会社の人事・労務制度や雇用契約関係について、最悪、省略することも考えられるが、法務デューデリジェンスをすることが好ましい。

とはいえ、事業承継M&Aを事業譲渡方式で行う場合の多くは、買主が対象会社の従業員全員を承継するわけではなく、対象事業に従事している従業員のみを承継することが多く、そのような従業員についても、余剰人員が存在する場合など、買主が一部の従業員のみを承継するような場合は、買主は、承継対象従業員に関する法務デューデリジェンスのみを実施することで足り、承継対象従業員以外の従業員について、法務デューデリジェンスを実施する必要は存在しないことから、事業譲渡方式を採用することにより、法務デューデリジェンスの負担を大幅に削減することができる。

事業承継M&Aのスキームと役員に関する法務デューデリジェンス

その他、株式譲渡方式の場合は、買主は対象会社の法人を承継するのであるから、取締役や監査役などの役員との委任関係もそのまま承継するため、役員の委任条件などについても、法務デューデリジェンスを実施する必要があるものの、事業譲渡方式の場合は、買主が買収するのは事業のみであり、役員との委任関係は承継されないため、役員に関する法的関係についても、法務デューデリジェンスを実施する必要がないことからも、法務デューデリジェンスの負担が大幅に減少することとなる。

人事・労務に関する法務デューデリジェンスの視点

なお、人事・労務に関する法務デューデリジェンスとしては、株式譲渡方式で行う場合も事業譲渡方式や会社分割方式で行う場合も同様であり、未払残業代などの簿外債務の存否の調査、及び、労働法を中心とする法令遵守(コンプライアンス)の調査の2つの視点で行うこととなる。

(7)   許認可と法令遵守(コンプライアンス)について

事業承継M&Aにおいて、対象会社の事業が、許認可事業であることは多い。

すなわち、事業承継M&Aの対象となる会社の事業で多いものは、建設業、不動産業、医療法人、介護事業、薬局事業、運送業などであるが、いずれも業法上、許認可が必要な許認可事業である。

事業承継M&Aにおいて、買主が、対象事業を継続するためには、売主から、これらの業法上の許認可を承継すること、又は、買主において、これらの業法上の許認可を再取得することが必要になる。

事業承継M&Aのスキームと業法上の許認可の承継の可否の問題

業法によっては、事業譲渡や会社分割でも許認可を承継できるものもあるようだが、そのような業法は非常に少ないものと思われ、基本的に、事業承継M&Aにおいて、事業譲渡や会社分割に際して、買主において、許認可を再取得する必要に迫られる。

この許認可の再取得であるが、再取得に必要な期間として、30日又は60日が必要になることがあり、買主は事業譲渡や会社分割により事業を承継したとしてもその期間、許認可を得るための時間が必要となるため、当面、事業を行うことができない。

なお、許認可によっては、買主が、事業譲渡や会社分割を受けた後でないと、許認可の申請すらできず、許認可の申請を行ってから許認可の取得までに30日又は60日かかる場合も存在する。近時、業法によっては、許認可の取得に関して、標準処理期間を設定している場合もあり、そのような場合、たいていその標準処理期間内に許認可を取得することができるようである。しかし、事業譲渡や会社分割を行い、許認可の申請を行ってから、許認可の取得までに30日又は60日かかる場合も存在する。

そのような場合は、買主としては、あらかじめ新会社を設立しておき、許認可の要請する人的要件や設備的要件を事前に満たして許認可を取得したうえで、売主から対象事業の譲渡を受けるか、その許認可の取得までに30日又は60日の間は事業を停止し、その後に事業を開始するかということとなる。

なお、事業承継M&Aにおいて、事業譲渡後の買主における対象事業は、従前の対象事業と実体は全く変わらないことが多い。そのような場合は、許認可や所轄当局によっては、必ずしも、上記のような形式的な対応に終始するわけではなく、対象事業の実態にかんがみ、柔軟な許認可の審査を行って頂けることがあるようであり、事業承継M&Aの専門家としては、事業承継M&Aの都度、所轄当局には、個別具体的に相談し、スムーズな事業承継M&Aの実現に、尽力すべきであろう。

事業承継M&Aにおいて、事業譲渡方式や会社分割方式が採用されず、株式譲渡方式が採用されることが多い理由の一つが、この許認可の存在であると思われる。

その他の公的な資格の承継の可否の問題

建設会社などは建設業法に基づき建設業許可以外に、経営事項審査(経審)というものが存在し、建設業者の完成工事高、資格者の数、財務状況などあらゆる数字を基に、事業者ごとに評点が決定され、それにより公共工事の入札に参加する資格の有無が決定されてくるが、このような公的な資格も、事業譲渡方式や会社分割方式の場合には、原則として、買主に承継することはできないため、買主は、再度、一番下の評点からスタートして、実績を積みなおす必要に迫られる。

その他法令遵守(コンプライアンス)上の問題

その他、対象会社に法令遵守(コンプライアンス)上の問題がある場合は、株式譲渡方式を避け、事業譲渡方式や会社分割方式により対象事業のみを承継することにより、対象会社の法令遵守(コンプライアンス)上の問題を承継することはなくなる。

しかし、対象事業が許認可事業である場合、買主が対象事業を承継したとき、対象事業にはそのような法令遵守(コンプライアンス)上の問題が内包しているものとして、買主が、所轄当局から許認可を再取得することができない可能性が生じてしまう。また、そうでなくても、買主において、対象事業を、従前どおり運営してゆく場合、そのような法令遵守(コンプライアンス)上の問題が再発する可能性が高い状況であるということである。

事業承継M&Aにおいては、株式譲渡方式であっても、事業譲渡方式や会社分割方式であっても、いずれにしろ、対象事業の法令遵守(コンプライアンス)については、法務デューデリジェンスを実施することとすることが好ましいものと思われる。

(8)   環境問題について

事業承継M&Aにおいて、株式譲渡方式で事業承継M&Aを行う場合は、買主は、対象会社の法的な権利義務のすべてを承継するのであり、対象会社の保有する不動産を承継することから、そこに内包される土壌汚染や水質汚濁があった場合、その環境問題に関する責任も承継することとなる。

ただし、事業承継M&Aを事業譲渡方式や会社分割方式で行う場合、買主は、対象会社の事業を構成する権利義務から、承継すべき権利義務のみを承継することができるのであり、その中に不動産が存在しなければ、土壌汚染や水質汚濁などの環境問題に関する責任を承継しないこととなる。また、買主としては、土壌汚染や水質汚濁などの環境問題に関する責任を内包するような不動産については、特に承継対象から除外することが好ましいのであり、承継対象から除外された場合は、その環境問題に関する責任を承継することはないのであるから、法務デューデリジェンスの対象からは外れることとなろう。

(9)   訴訟・紛争について

事業承継M&Aにおいて、対象会社に訴訟や紛争が存在することは多い。

大企業であれば、未然に訴訟や紛争に巻き込まれないよう予防法務を徹底していることも多いが、中小企業・零細企業においては、法務にそこまでコストをかけることができず、また、オーナー経営者の場合、経営において、独断と専行が多くなされる結果、訴訟や紛争に巻き込まれていることが多く、結果として、事業承継M&Aにおいては、対象会社に訴訟や紛争が発見されることが多い。

これら訴訟や紛争は、事業承継M&Aにおいて、株式譲渡方式を採用する場合、買主は対象会社の法人格を承継するのであるから、当然に承継することとなる。

これに対して、事業譲渡方式や会社分割方式の場合は、買主が承継対象資産などを選定することができることから、買主がこの訴訟や紛争を承継する旨を選択しない限り、法的には承継することはない。

ただし、対象事業に訴訟や紛争が存在するということは、買主が、対象事業を事業譲渡や会社分割により承継し、今後、運営するに際して、同じような訴訟や紛争が生ずる可能性を内包するということであり、そのようなビジネス的理由から、事業譲渡方式や会社分割方式の場合においては、対象会社の訴訟や紛争についても、法務デューデリジェンスを実施することが好ましい。

また、訴訟や紛争によっては、買主が、事業譲渡や会社分割に伴い、承継する不動産や知的財産権などの資産に関する訴訟・紛争であったり、承継する取引先に関する訴訟・紛争であったり、承継する従業員に関する訴訟・紛争であることもある。

そのような資産や契約や従業員など、買主は、事業譲渡や会社分割に伴い承継しなければよいと思われるが、そうもできないケースもままあり、買主が事業譲渡や会社分割に伴い、法的に承継することもあり、又は法的には承継しないものの、事実上、承継してしまうことがある。

そのような場合、買主としては、その訴訟や紛争も否応なく承継せざるを得なくなるため、その訴訟や紛争について、事業譲渡方式や会社分割方式の場合においても、法務デューデリジェンスを実施する必要がある。

ただし、事業譲渡方式や会社分割方式の場合、買主が承継しない訴訟や紛争については、基本的に、法務デューデリジェンスの対象とする必要はないことからも、法務デューデリジェンスの負担が大幅に減少することとなる。

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