LPガス業界の動向
市場規模
日本のガス供給の仕組みとして、LNG基地から導管でガスを供給する「都市ガス」、団地などで簡易なガス発生設備から導管でガスを供給する「簡易ガス」、加えて、戸建て住宅などに設置したガスボンベなどでガスを供給するLPガスがあります。
現在、LPガスの日本国内における消費量は年間約1,420万トンで、国内最終消費エネルギーの約5%を占めており、LPガスの供給地域は国土の95%、日本のLPガス消費世帯比率としては40%となっています。
LPガスの用途としては、プロパンが主成分で、ボンベを併設して一般家庭や飲食店にガスを供給する「家庭業務用」、金属、非鉄金属加工の際の加熱用や、様々な部材や食品の乾燥用等に使用される「工業用」の需要が中心ですが、人口減少や省エネ機器の普及等から国内需要は微減傾向にあります。
業界構造
LPガス業界の構造としては、「元売」、「卸売」、「小売」の3階層からなる業界で、元売は国内6社、卸売は国内約1,100社、小売は国内18,516社となっており、特に小売については、事業者が多く、M&Aによる合理化余地が大きいといえます。
LP業界を取り巻く環境
都市ガスの供給については、従来、ガス会社が独占的に供給を行ってきましたが、2017年の都市ガス小売自由化に伴い、消費者は自由にガスの供給元を選択できる状況となりました。
一方、LPガスの供給については、元々、地域独占はなく自由料金であったため、都市ガス小売の自由化にかかわらず、消費者は各地域のLPガス販売事業者の中から、料金等を比較考量して事業者を自由に選択できる状況
となっています。ただ実際は、LPガス料金を公表している事業者はごく僅かであり、消費者の選択が制限されることにより、競争が働きにくい状況となっており、LPガス料金の高止まりや不透明性を指摘されることもしばしばございました。しかし、2017年の電力小売自由化に伴い、消費者のエネルギー価格に対する見方がよりシビアになってきており、LPガス販売事業者間の競争だけではなく、他のエネルギー間競争においても、消費者の選択を勝ち取るためには、料金について消費者からの納得感をどれだけ得られるかが重要となっており、料金の透明化が求められております。
LPガス業界では、毎年多くの営業権等の譲渡・譲受が行われており、その数は年300~500件ほどであるといわれております。その背景には、電力・都市ガス・同業者との販売競争の激化や仕入れ価格の高騰により、近年、収益の悪化が進んでおり、結果として元売・大手卸間では再編統合が活発化し、中小卸売・小売間での転廃業も増加しております。
LPガス業界のM&A
買い手メリット(買い手として卸売・大手小売を想定)
ガス増販とコスト低減を期待
- 卸売企業が小売企業を買収することにより、収益がより悪化している卸売部門から小売部門へのシフトすることにより、収益構造の改善が可能です。
- 顧客を買収した分、ガス販売売上が増加する上、流通経路の効率化によるコスト低減により、収益率の向上が見込めます。
- 営業権のスワップ(他事業者との顧客の交換)により、顧客の地域密度が高まり、配送及び販売業務の効率化が可能となります。
- 直販体制の拡充により、直売のノウハウ(ガス・機器・関連商品)の開発及び系列内での共有により、系列内の販売力向上が見込めます。
- 付随的効果として、他事業者からの商圏防衛、系列内販売店に対する牽制が期待できます。
買い手デメリット
流動性が高く資金リスクも大きい
- 営業権等は、既存顧客の離反・自然流出、切り替え勧誘等により流動性が高く、担保価値が低い一方、買収資金として多額のキャッシュアウトが必要となるため、資金リスクが高くなります。
- 買収した顧客への近隣事業者の切り替え攻勢やオール電化攻勢により、離脱増が予想されます。
- 買収した顧客の設備レベルは一般的に低いことが多いため、設備改善等で想定以上の追加投資が必要となる場合があります。
売り手の留意点
親族間の争いを回避する(相続に営業権の譲渡が伴う場合)
中小企業の多くはオーナー経営であるため、多額の現金、資産が動くことにより、親族間の争いに発展する可能性が高い。事前に親族間で十分話し合い、譲渡に伴う相続(資産・現金)と節税のスキームをしっかり整えることが大切です。
計画的・着実に進める
譲渡は予め譲渡する年月を設定の上、段階的に進めることが人的・組織的資金的にも重要なポイントであり、サドン・デス型では譲渡、譲受の双方に混乱を招くし、納税額も増えて結果、高コストになる
税金支払いのシミュレーションを確立する
譲渡に伴う相続税、贈与税のスキーム作りは勿論、将来の法人税、所得税も考慮した税金支払いのシミュレーションを確立しておく
M&Aの進め方
情報収集が難しく、相談者も不在
LPガス販売事業者の営業権等の譲渡・譲受は、これまで仕入先や地域事業者との間で行われるケースが圧倒的でしたが、近年は営業権等を積極的に買収し、直販部門を強化する動きが本格化しており、この結果、仕入先や地域事業者外との間でおこわなれるケースも増えております。こうした場合、買収側が競合する場合も多く、これが、お客様を人質にした不明朗で割高な商権売買であるとの批判を招いたりもしています。営業権等の譲渡・譲受を進める場合、問題となるのは、①情報収集の困難性、②アドバイザー(相談者・仲介者)を探して選定する困難性の大きく2つです。営業権等の譲渡・譲受が仕入先・地域事業者の間に留まっている段階ではともかく、それ以外へと拡大している現在では、上記の難しさが表面化してきており、親身に相談にのってくれる専門家を見つけ、対象会社の情報収集をしっかりと行うことがM&A成功のカギであるといえます。
一方、売り手側にとって特に大切なことは、秘密の保持です。譲渡したいという考え方を社内で不用意に公言したり、取引先に打診したりすると、そこから情報が漏れ、信用不安を招くこともあります。アドバイザー探しはそうした点に留意し慎重に進めるとともに、アドバイザーが確定した場合、まず初めに「秘密保持契約」を結ぶべきです。
M&Aのプロセス(売り手側)
- 売り手アドバイザーをリテイン
- 譲渡方針が決まれば 、売り手アドバイザーと秘密保持契約書及び業務委託契約書を締結
- インフォメーション・メモランダム(IM)の作成を行う(事業計画書、部門別売上・利益、シナジー効果、譲渡範囲・方法・手順・役員人事・管理、法令事項のクリア、希望Valuation等を記載)
- マネジメントインタビュー及びDD対応
- 最終意向表明書の受取
- 契約交渉(法務部及び外部専門家である弁護士による契約書マークアップ案作成・レビュー)
- サイニング&クロージング
M&Aのプロセス(買い手側)
- 買い手アドバイザーをリテイン
- 買収方針が決まれば、買い手アドバイザーと秘密保持契約書及び業務委託契約書を締結
- 売り手アドバイザーよりIMを入手し、分析・検証の上、買収の適否を判断
- 買収に関して関心があれば、マネジメントインタビュー(売り手の代表者との面談)にてお互いの意思やIMに関連する質問、フィーリングが合うか否かを確認
- 意向表明書(LOI)を提示し、専門家にデュー・ディリジェンス(基本はビジネス、財務・税務、法務)の実施を依頼
- DD結果を踏まえ、最終意向表明書を提出(DDで判明したリスク等をカバーする条項を盛り込む等、最終契約書のドラフトも同時に行い提出することが多い)
- 契約交渉(法務部及び外部専門家である弁護士による契約書マークアップ案作成・レビュー)
- サイニング&クロージング
営業権等の評価を行う上でのポイント
企業の評価
企業を評価する場合には、少なくとも企業概要、財務関連、人事関連、取引・契約関連の資料が必要となります。会社概要については会社案内、商業登記簿謄本、株主名簿、定款等、財務関連では決算書、税務申告、固定資産台帳等が必要となり、それらを精査することで会社の実態を判断します。近年は経営環境の変化が激しいため、外部環境リスクについても慎重に評価する必要があります。
事業の評価
LPガス販売事業においては、営業権のバリュエーションを行う上で最も重要なポイントは顧客数であり、顧客平均売上高の平均値等をもとに1顧客あたりの基準価格を設定し、顧客設備状況(改善が必要か等)、顧客の優良度(ロケーション等)等を勘案し、最終的に価値評価を行います。その際、家庭用を100とした場合、販売量は多いが収益性の劣る業務用は例えばその半分とか、また顧客を消費量別に分類して評価します。これをもとに、譲受顧客の利益率を推定して回収期間を判断し、譲渡・譲受金額を算定します。とはいえ、企業価値は相対的なものであって、こうした算定した金額よりも高くても譲渡が実現しないケースもあるし、競合者がある場合は、金額が上昇しがちです。つまり、その営業権、会社の価格は相対交渉で決まることになります。
デュー・ディリジェンス(以下、DD)実施上のポイント
DDは通常、財務、法務、ビジネス、人事、環境等について実施することが望ましいとされています。しかし、専門家(公認会計士、不動産鑑定士、弁護士、社会保険労務士等)を雇ってDDの実施を依頼すると、多額の費用が必要となるため、買い手が中小企業の場合、財務DDのみを実施するケースが圧倒的に多いです。つまり、財務状況等の調査と企業価値の算定を依頼するケースが多く、費用は100万円程度とされます。ただ、最近では売り手が事前に自社でDD(セルフDD)を行い、企業価値をある程度売り手側で把握した上で、ベストな譲渡先を選択する企業も増えており、売却プロセスを効率化することも可能なため、売却に向けた会社内部の整理としてセルフDDを行う企業が増えています。
下記は、売り手によりセルフDDを行う上で重要なポイントを纏めております。
- 業績の改善・伸長、無駄な経費支出の削減
- 貸借対照表のスリム化(事業に必要のない資産の処分等)
- セールスポイントとなる会社の強みを作ること
- 計画的に役職員への業務の権限委譲を進めること
- オーナーと企業との線引きの明確化(資産の貸借、ゴルフ会員権、自家用車、交際費など)
- 各種社内マニュアル・規定類の整備
- 株主の事前整理
譲渡契約を締結する上でのポイント
基本合意書の締結の際には、少なくとも下記のような事柄を盛り込みます。
- 譲渡の手法
- 譲渡の価格
- 譲渡の時期
- 役員・従業員の処遇
- 独占交渉とすること
- 守秘義務
- DDへの協力
- 解除条件の設定
- 有効期限の設定
また、最終契約書には下記の事柄を盛り込むようにします。
なお、クロージングの際には、売り手から買い手へ株券、不動産権利書、株主名簿、特に、LPガスの場合は、顧客管理台帳、保安台帳、配送台帳等が必要となります。
会社の実態をチェックするときには、「簿外債務」に注意が必要です。簿外債務とは、退職給付債務の未計上、賞与引当金の不足、問題会社の保証人、訴訟リスク、製造物・設備のリスク、買掛金の記載漏れ、社会保険への未加入等が挙げられ、売り手側は自社の評価を下げたくないために、隠しがちになります。そのため、役員、従業員、取引先等を通して間接的にチェックする方法等も用いながら、簿外債務の有無の確認については、しっかりと時間をかけて行うべきです。
過去の事例
- 東邦ガス、LPガス事業を買収
ヤマサホールディングスのLPガス事業を買収。ヤマサは家庭向けを中心に7万8000件のLPガス契約がある。買収により、東邦ガスグループのLPガス販売量は約1割増加。 - 静岡ガス、都市ガス・LPガス販売事業の島田瓦斯を買収
静岡ガスは、創業以来、島田瓦斯が築いてきた地域における信頼と静岡ガスグループの技術力・提案力との相乗効果により、島田地域でのさらなる天然ガスの普及拡大と、顧客のくらしや地域のニーズに応える狙い。 - 大阪ガスと伊藤忠エネクス LP新会社「エネアーク」設立
エネアークは、関東・中部・関西にある両グループのLPガス販売会社6社を傘下に置き、営業戦略などを統一することで、販売力を強化する狙い。取扱数量は32万トン、消費宅への直売件数は28万件、卸売り分を含めると55万件。都市ガス事業大手の大阪ガスと提携を行うことで、都市ガス業界のノウハウをLPガス業界へと注入することで、特に一般消費者への直売に注力する方針。 - コスモ石など4社、LPガス事業で統合会社
コスモ石油と昭和シェル石油、住友商事、東燃ゼネラル石油は、LPガス元売り事業で統合会社の発足に向けて契約を結んだと発表。LPガスの輸入や販売、海外トレーディング事業を統合して一貫体制を構築し、LPガスの安定供給や物流効率の向上、販路の多様化につなげる。この統合により、日本のLPガス元売事業は大手3社で、輸入量の8割のシェアに及ぶこととなる。 - LPガス3社、共同物流会社「ガスクル」
アストモスエネルギー、ENEOSグローブ、東京ガスリキッドホールディングスの液化石油ガス(LPガス)商社3社は10日、関東で3社均等出資によるLPガスの充てん・配送会社「ガスクル」を発足。
従来の枠組みを超えた充てん設備や配送ネットワークの共同利用、IoT・AIを活用した次世代配送システム構築による効率化の推進、緊急時対応(保安)の共同化、LPガス配送員が安心して働ける雇用環境の整備等を行う。
弁護士法人M&A総合法律事務所の強み
弁護士法人M&A総合法律事務所では、これまでに300件以上ものM&A案件・株式譲渡・合併・会社分割・株式交換・株式移転・事業譲渡・資本業務提携・グループ内組織再編案件を取り扱っており、M&Aに関する高い専門性と豊富な経験がございます。