M&Aにおける役員退職慰労金の支給!

M&Aと役員退職慰労金

株式譲渡によって企業買収を実行しようとするケースでは、現経営者が手にする売却対価の一部を「役員退職慰労金」とする節税手法が多く用いられています。

本手法でメリットが得られるのは、売主の課税関係だけではありません。売却対象となる企業の価値向上にもつながり、ひいては買主の利益になることも知られています。

最初に株式譲渡によるM&Aの課題を確認した上で、退職慰労金支給を伴う節税手法よってどのような効果が得られるのか、売主・買主の双方の視点で解説します。

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M&A株式譲渡による事業承継時の課題を役員退職慰労金により調整!

代表取締役が大株主であることの多い中小企業では、現オーナーの勇退にあたり株式譲渡による事業承継M&Aが選択されるケースが大半です。この会社売却手法で課題となるのは、売主側・買主側のそれぞれで以下の目標をもって節税プランを立てなければならない点です。

売主側

…現オーナー個人にかかる所得税(=株式譲渡の対価に課せられるもの)を有利にし、少しでも手取り額を上げる。

買主側

…デューデリジェンス(=売却前の対象企業精査)でより良い結果を得て、なるべく価値の高い状態で会社を買い受ける。

この両方の目標を叶えるものとして、中小企業の間では「役員退職金報酬の支給を伴う企業売却手法」が積極的に活用されつつあります。

役員退職慰労金支給を伴うM&A企業売却手法の仕組み

役員退職金報酬の支給を伴う企業売却手法とは、売却対象会社の株式価値を算定してこれを譲渡価格としつつ、その一部を現オーナー(=売主)への退職慰労金とする手法です。

【本手法の例】

売却価格1億円でM&Aを妥結し、その一部にあたる2,000万円を退職慰労金として支給する場合

会社から売主(現オーナー)へ:

2,0000万円支給→退職所得として課税される

買主から売主(現オーナー)へ:

8,000万円の代金支払い→譲渡所得として課税される

売主側のメリット:節税効果が得られる

本手法の注目要素となっているのは、売主の課税関係を有利にする効果が十分期待できる点です。

個人に課される所得税のうち、①株式譲渡代金にかかる所得税・②退職慰労金にかかる所得税には、それぞれ異なる税制優遇(詳しくは以下で解説)があります。双方の利点を生かすべく、譲渡対価に占める株式譲渡代金・退職慰労金の各比率を最も有利になるよう配分することで、結果として売主(現代表取締役)の手取り金額が最大化するのです。

【税制優遇①】株式代金にかかる所得税

現代表取締役が個人として受け取る株式譲渡代金に対しては、他の所得額と合計せず分離して一律税率を課す方式(申告分離課税)により課税されます。

したがって、最終年度に受け取った役員報酬やその他もろもろの所得が相当に高額に及ぶほど、株式譲渡代金に対する税制優遇がより有利に働きます。

株式譲渡代金に対する課税額 = 課税所得 × 20%

※令和19年まで各年分の基準所得税額に復興所得税(2.1%)が上乗せされます。

【税制優遇②】退職慰労金にかかる所得税

本テーマの中心である退職慰労金に対しては、現代表取締役の勤続年数に合わせて一定金額を控除した上で、その1/2にあたる部分のみに所得税の税率(累進課税)が課せられます。

最終年度に受け取った役員報酬と同じ税率ではあるものの、単純計算で50%以上の税額圧縮が行われるのです。

退職慰労金の課税対象額 = (収入金額- 退職所得控除額※) ÷ 2

 ※退職所得控除額一覧…

(勤続年数の端数の2ヶ月は1年に切上げ)

勤続年数退職所得控除額
20年以下40万円 × 勤続年数
(80万円に満たない場合には、80万円)
20年超800万円 + 70万円 × (A – 20年)

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買主側のメリット:資金的負担が軽減される

一方の買主側では、退職慰労金の支給時に売却対象企業のバランスシートへ損金算入することで、法人税軽減につなげられます。

 【参考】損金算入できる退職慰労金の範囲

退職時の月額報酬 × 現代表取締役の勤続年数 × 功績倍数※

 ※功績倍数の一般的水準は2倍~3倍

買主への効果は売手側のメリットに繋がる

買主側にもたらされる節税効果は、同時に売手側の「より売却対価を吊り上げたい」という目的にも沿うものです。節税により売却対象企業のバランスシートが向上することで、企業価値=譲渡する株式の評価額が上昇にもつながるからです。

したがって、適切に分析した上で退職慰労金支給を伴う手法をとれば、win-winの状態でM&Aを無事に成功させることが出来るのです。

生命保険を退職慰労金の原資にできる

退職慰労金名目でむやみに多額の損金算入をすると、単年度業績を著しく悪化させる懸念があります。こうなってしまっては本末転倒で、企業価値低下により売主・買主双方の不利益へ即座に繋がるでしょう。

以上のことから、積み立てている生命保険金の解約返戻金を原資として支給を検討しつつ、M&A当事者全員のメリットが最大化する点を探るのが一般的です。

M&A実施後も代表取締役がしばらく残留する予定なら、その時点から税務上損金算入できる保険を選んで加入することで、代表取締役の引退時期(勇退もしくは死亡)までのあいだに損金を分割して少しずつ処理することが出来ます。

M&Aで退職慰労金を支給する際の注意点

退職慰労金を支給する手法を取るにあたり、売主・買主のあいだで綿密な計画や意識のすり合わせが必要です。当初は退職金支給について双方納得したつもりでも、後日になって売主・買主のそれぞれで不満が生じる懸念がぬぐえないからです。

売主側の注意点

売主側の懸念事項は、買主の心変わりにより退職慰労金を支払ってもらえないリスクです。

退職慰労金を実際に支給してもらうには、株主総会の決議が必要です。

そこで重要なのが買い手側(=売却対象企業の次の株主)の心理ですが、M&A後のシナジーや実行計画が上手く立ち行かず「段々と後悔の念が強まる」といった事例が稀ではありません。

こうした事情を背景に、支給の段になって「業績が悪化している」等の理由を一方的に提示され、当初の約束を株主権限で拒否されかねないのです。 

対策:支給は株式譲渡の際に決議しておく

現代表取締役が会社を去る時期に関わらず、退職慰労金支給については株式譲渡の段階で決議しておくべきです。これと同時に、支給時期に関する合意書面も取り交わす必要があります。

以上の対処法については、企業法務に詳しい弁護士の得意分野となります。

 買主側の注意点

買主側の懸念事項としては、譲渡対価を巡る意見対立の可能性・支給額の損金算入が果たせず節税効果が得られないリスクの2点が挙げられます。 

懸念事項1:譲渡対価を巡る意見対立

生命保険の解約返戻金を退職慰労金の原資とするプランは、取り決め方しだいで売主側の不利となります。売主側にとっての退職慰労金は、自分の支出してきた資金の返還に過ぎず、本来あるべき譲渡価格を不当に引き下げられているとも認識できるからです。

こうした不満の噴出を防ぐため、売主の立場に立ってフェアな話し合いを心がける姿勢は欠かせません。それと同時に、M&Aの専門家を交えて公平な譲渡価格を見定めるべきです。

懸念事項2:損金算入が否認されるリスク

損金算入が否認される例として、売主側で複数人の役員が同時に退陣するケースが想定できます。役員間で退職慰労金の支給額に大差があると、税務当局側から不当であると指摘される懸念があるため、税務上損金算入することが出来ません。

特に現経営陣に同族内外の役員が入り混じっている企業では、同族役員のみ支給額を優遇しようとするケースが後を絶ちません。

売主に節税への協力を最優先にするよう呼びかけ、専門家を挟んで滞りなく進展するよう心を砕く必要があるでしょう。

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まとめ

株式譲渡による中小企業のM&Aで多く用いられる「退職慰労金の支給を伴う手法」は、売主・買主の双方に以下のようなメリットをもたらします。

売主側のメリット

  • 譲渡所得・退職所得のそれぞれに適用される税制を組み合わせ、節税効果を最大化してより多くの手取り額を得られる
  • 買主側にもたらされる節税効果により、額面の売却対価(=企業価値)の上昇を狙える

買主側のメリット

  • 損金算入により節税効果が得られる
  • 売主が加入していた生命保険の解約返戻金を原資とすることで、過剰な損金算入による単年度業績悪化を防げる

上記のメリットが期待される一方で、M&Aプランの不備によりトラブル化の懸念があることは否めません。双方十分に歩み寄り、専門家をはさんだ周到な交渉を心がける必要があります。

後悔のない事業承継実現のために、弁護士・税理士へ欠かさず相談を行いましょう。

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