民事信託・家族信託のメリット・デメリット!

あまり聞きなれない言葉かもしれませんが、近年注目が集まっているキーワードに「民事信託」というものがあります。

もしかしたら「家族信託」というワードで聞き覚えがある方もいらっしゃるかもしれませんね。

厳密には両者には若干の違いがありますが、世間では大体同じ意味として使われることが多いです。

これまでの既存の制度ではカバーしきれなかった問題に対応できるというメリットがあるため、民事信託は相続対策や事業承継対策などの分野で活用されています。

本章ではこの民事信託を取り上げ、仕組みや特徴、メリットやデメリットなどを全体的に確認していきます。

■民事信託とはどういうものか

まずは民事信託の概観を押さえましょう。

最初に「信託」という言葉ですが、誰かを信用して財産を預けるという意味があるもので、一説には古代の兵士たちが派兵される際に自身の財産を信頼できる者に託したことが起源であるとされています。

現在の信託にも同じような意味がありますが、現代の信託はさらにその財産の「運用」という意味も入ってきます。

財産を運用してもらって利益を出すという意味では、信託銀行がその役割を果たしています。

信託契約に基づき顧客の財産を預かって、これを運用して顧客のために利益を出すわけですが、信託銀行は運用する手間に対して報酬を受け取ることができます。

このように営利目的で行われる信託を「商事信託」といいます。

信託銀行のように商事信託を手掛けるには免許が必要ですが、近年法改正がなされ、営利目的でない場合は特別な免許なしで、他人の財産を預かって管理・運用する行為ができるようになりました。

営利を目的としないこのような信託を「民事信託」と呼びますが、営利を目的とするか否かで違いがあることをまず押さえましょう。

主に信頼できる身近な家族間で行われることから、世間では「家族信託」という呼び名が使われることも多いです。

本章では、特に説明が必要な場合を除いて「民事信託」という名前で進めていきますが、どちらもほぼ同じ意味ですからあまり意識しなくても大丈夫です。

■民事信託の基本構造

では民事信託の基本構造を確認します。

主な登場人物は以下の三者です。

①委託者・・自らの財産を受託者に信託する人

②受託者・・委託者から預かった財産を管理・運用する人

③受益者・・受託者が運用した財産から生じた利益を享受する人

①~③はそれぞれ別の人物となることもありますが、一部が同一人物になることもあり、個別ケースによって異なってきます。

一例をあげると、父親が委託者となって財産(例えば不動産)を受託者となる息子に信託し、息子が不動産経営を行って、生じた利益を受益者となる父親が享受する、などの利用が考えられます。

それまで不動産経営を行っていた父親が高齢になってしんどくなってきたので、息子に財産を託し実務経験を積ませたいが、しばらくはその利益を父親が引き続き得たいというケースなどに使えます。

この場合は父親が委託者でもあり受益者でもあります。

もしくは不動産経営の利益を父親ではなく母親に享受させたいという場合は、受益者を母親に設定します。

ケースによって色々な利用法が考えられるので、民事信託は柔軟な運用が可能です。

■民事信託の特徴

民事信託には以下のような特徴をみることができます。

①所有権がなくても実質的な利益だけを享受できる

通常、財産から生ずる利益を享受するには、その財産の所有権を有している必要があります。

例えば収益不動産であれば、その所有権を持つ者だけが家賃収入を得られます。

これが信託では、財産の所有権は委託者から受託者に移転され、受益者が所有権を得るわけではありません。

財産の管理・運用などの面倒な実務は所有権を持つ受託者に任せて、受益者は実質的利益だけを享受することができます。

②倒産隔離機能がある

信託契約に基づいて委託者から受託者に財産を移転しても、受託者固有の財産と信託される財産は分けて管理されることになります。

例えば預金などは受託者本人の預金口座ではなく、信託専用の口座で管理することになり、不動産の場合は信託財産であることの特別な登記がなされます。

受託者本人の固有の財産とは区別されるため、もし受託者が倒産・破産した場合でも信託財産が守られることになります。

例えば、通常であれば受託者が倒産・破産した場合はその債権者から財産を差し押さえられたり、強制執行を受けて没収されますが、信託財産は受託者の財産と切り離して管理されるため、強制執行の対象にはならず、財産を守ることができるのです。

③将来にわたる計画を設計できる

民事信託では、信託する財産の運用方法や受益者の設定について、遠い将来までも見据えて考えることができます。

例えば前項で述べた不動産の管理運用ケースで、当初は父親を受益者に設定し、父親が亡くなった後は母親が受益者になるように設定することもできます。

同じように、母親が亡くなった後は父親の友人などを受益者に設定するなども可能です。

通常の遺言のような単純な財産移転と違い、考えようによっては遠い将来にわたって財産から生ずる利益の分配が可能になります。

■民事信託のメリット

ここでは民事信託のメリット面をまとめてみます。

①生前・死後問わず自由な財産運用が可能

民事信託は委託者となる人の生前に利用することもできますし、死後の財産の利活用を指示することもできるので、自身の生前中から死亡した後までも考えて、長期的な財産活用を計画することができます。

例えば生前には委託者本人が認知症などで判断能力が低下した時に備える使い方もできますし、自身の死後(相続後)は財産から生ずる利益を生存中の他の家族に帰属させるなどといったこともできます。

②財産管理ができない人の生活を支えられる

民事信託では財産の所有権を受託者が所有しますので、受益者が自分で財産管理をしなくても済みます。

例えば精神的な障害を持つ子がいる場合、相続によって直接財産を承継すると自分で財産の管理ができず、散財したり悪い人に騙されて財産を取り上げられてしまうかもしれません。

しっかりと財産管理ができる受託者に財産を信託すれば、こうした弊害を避けつつ、信託財産から生じる利益を受益者となる障害を持つ子に授けることができます。

③受託者の使い込みを防ぐ工夫もできる

基本的に、受託者がしっかりと信託財産の管理・運用をしているかどうかは受益者が監督することになりますが、これが難しい場合には別途「信託監督人」を設定することもできます。

受益者となる人が障害を持っているなどで受託者の監督を十分に行えない場合、信託監督人を設定すれば適正な財産管理を行っているかどうか監督機能を持たせることができます。

ただし信託監督人をお願いする場合、報酬が必要になることがあります。

④倒産・破産から信託財産を守ることができる

倒産隔離機能により、万が一受託者が倒産・破産しても信託財産が守られます。

また委託者から受託者に所有権が移転していることから、委託者本人が破産したような場合でも、委託者の債権者から信託財産が差し押さえられることがなくなります。

⑤後継ぎ遺贈型受益者連続信託が可能

通常の遺言による相続の場合、相続人の死後、数世代の相続を経由していくとほとんど他人のような人物に自分の財産がわたってしまいます。

例えば相続人→子→子の配偶者→子の配偶者の兄弟姉妹→さらにその相続人という具合です。

民事信託では第一受益者が死亡したら第二受益者、その者が死亡すれば第三受益者を設定するなどして、数世代にわたって自分に近い身内だけに財産の利益を享受させることができます。

これを後次ぎ遺贈型受益者連続信託といいますが、使い方次第では自身の財産を近しい身内のためだけに活用できるので、これを望む委託者本人の意思を実現させることができます。

⑥事業承継対策にも使える

例えば相続人となる者が会社法人を経営していて複数人の子供がいる場合、事業を引き継ぐ長男に株式を集中させたいということもあるでしょう。

株式は相続財産ですから遺留分の対象になるため、もしかしたら長男以外の子から遺留分侵害請求を受けて株式が散逸してしまうかもしれません。

このようなケースでは、例えば長男に株式を信託し、長男以外の子には受益権を与えることで、遺留分の問題をクリアすることができます。

長男以外の子の実質的利益を確保し遺留分の問題が起きないようにし、さらに株式の所有権をもつ長男は株主としての権利を行使することができるので、事業にも支障がでません。

このように信託は工夫次第で色々な活用方法が考えられます。

■民事信託のデメリット

では次に民事信託のデメリットについても確認しましょう。

①受託者の財産運用能力に依存する

信託財産の保全については倒産隔離機能がありますが、受益者に享受させる利益を発生させるには、受託者に信託財産の運用力が求められます。

例えば信託財産が収益不動産であれば、不動産運用の素質があって上手に利活用できるスキルやセンスが受託者に求められます。

②身上監護はできない

民事信託は財産の管理、運用については柔軟に使える制度ですが、成年後見制度や任意後見制度など他の制度と違って身上監護に関する取り決めをすることができません。

受益者となる人が自分の身の回りのことを十分にこなすことができなくなったとき、様々な手助けが必要になりますが、例えば高齢者施設への入居手続きを代わりに行うなどの手配は民事信託では行えません。

こうした手助けが必要になった時には、成年後見制度や任意後見制度など他の制度を利用しなければなりません。

③損益通算ができない

日本の税制では「損益通算」という仕組みがあります。

所得には給与所得の他に利子所得や不動産所得など多くの種類がありますが、一定の所得について生じた赤字は他の黒字の所得と損益通算して、計算上の利益を減らし、税負担を減らすことができます。

例えば不動産所得について生じた赤字を給与所得と通算して、給与所得を計算上減らしてこちらの税負担を下げることができます。

しかし信託財産から生じた赤字についてはなかったものとみなすという税務上のルールがあるため、赤字が生じても損益通算をすることはできません。

また損益通算を一定年数繰り越して行える「繰越控除」もセットになりますが、こちらも対象外になります。

④税務手続きが増える

受託者は、「信託計算書」などの法定調書を作成して税務署に提出しなければならないなど、一定の手間が必要になります。

民事信託では信託財産にかかる税務上の取り扱いも通常とは異なってくるので、次の項では税務面の取り扱いについて見てみましょう。

■民事信託の税金について

民事信託には①委託者②受託者③受益者の三者が登場するとお話してきました。

このうち誰にどんな税金が課税されるのかは、信託契約がどのようになるかで変わってきます。

最初に我が国の基本的な課税スタンスについて確認しますが、実質的な利益を享受した者に対して課税していくというのが国の考え方になります。

民事信託では財産の所有権が受託者に移りますが、実質的な利益を享受するのは受益者ですから、課税されるのは受益者になるわけです。

例えば生前贈与による通常の財産移転(贈与)であれば受贈者に贈与税がかかるところ、生前における信託の場合は受託者ではなく受益者に贈与税が課税されます。

信託が相続を機になされる場合は、贈与税ではなく相続税が受益者に対してかかってきます。

なお信託契約のパターンによっては委託者が受益者になることもありますが、この場合は委託者本人が持っていた財産なわけですから、贈与税や相続税がかかることはありません。

以上は財産の移転に関する課税ですが、財産から生じた所得も課税対象になります。

信託財産が例えば収益不動産であれば、そこから生じた不動産所得が課税対象になりますが、この税金も受託者ではなく受益者に対してかかってきます。

不動産所得があれば、受益者の儲けとして不動産所得税についての申告納税が必要になります。

税金面では、基本的に民事信託に節税効果を期待することはできないと思ってください。

ただし、流通税については一定の節税作用が認められます。

流通税というのは財産の移転時にかかる種々の税金の総称で、例えば不動産取得税や登録免許税などがあります。

通常、不動産を生前に贈与した場合は受贈者に不動産取得税がかかりますが、民事信託の場合は受託者に不動産取得税がかかることはありません。

なお固定資産税については少し注意が必要です。

固定資産税は不動産の名義人(所有者)に対して課税されるので、所有権を有する受託者が納税義務を負います。

ただし受託者が固有の財産から納税資金を支弁する必要はなく、信託された財産から支弁したり、受益者に求償するなどの事務手続きがなされることになります。

■民事信託を行うための方法

ここからは、民事信託を行うための方法と手続き面について見ていきます。

まず、信託を行う方法としては大きく3つあることを押さえておきましょう。

一つは「信託契約」によって行うものです。

契約は委託者本人が生きていなければなりませんから、これは生前に民事信託をする場合の方法です。

委託者本人が生きている間から、例えば不動産の管理運用を家族などにお願いしたいという場合に用いることができ、委託者と受託者が契約を交わすことによって進められます。

信託契約当事者として受益者が署名押印することは必ずしも必要ありませんが、とても重要な関係者ですから、できれば受益者も交えて契約に参加するのが望ましいといえます。

契約による方法の場合、自身の死後の信託財産の扱いについても指示することができるので、遺言の機能も併せ持つという意味で「遺言代用信託」などと呼ばれることもあります。

二つ目の方法は遺言によって信託を行う方法です。

遺言は遺言者(委託者)の死後に有効になりますから、この方法は例えば、相続人となる妻が認知症で財産管理ができないときなどに、信頼できる家族に財産を信託して、運用利益を妻に帰属させたいなどという場合に利用できます。

遺言は民法で厳格な作成ルールが決められているので、ルールに則って作成する必要があります。

遺言により信託の指示をすることから「遺言信託」と呼ばれることもあります。

上で出てきた「遺言代用信託」と混同しやすいので注意してください。

また信託銀行が提供するサービスで「遺言信託」という名称がつくものもありますが、遺言書の保管などのサービスを提供するもので、本章で説明する遺言信託とは全く別のサービス商品ですから、こちらも混同しないように区別が必要です。

三つめに信託宣言というものもあります。

自己信託とも呼ばれることがありますが、委託者=受託者となる場合に使う方法です。

信託財産には倒産隔離機能があることをお伝えしましたが、自己信託ではこの機能が存分に発揮されるケースがあります。

例えば、親が障害を持つ子に財産を贈与しても、その子は自分で財産管理ができません。

その場合、親が自分の財産の一部を信託財産として設定し、委託者である自らが受託者ともなり、子のために財産を管理運用して、その利益を子に帰属させることができます。

仮に親が破産しても、信託財産は債権者から守ることができます。

委託者=受託者となるため、単に自分で宣言すればいいことから信託宣言という名前がついていますが、信託が行われたことを外部に表示しなければならないことから、通常は公正証書の形で書面を残す方法がとられます。

■民事信託の実務手続きの流れ

前項では民事信託のやり方についてお話しましたが、ここでは民事信託の実務的な手続きについて大まかな流れを見ていきます。

①信託の目的を考える

何のために信託を活用するのかを考え、民事信託が有効かどうかを見極めます。

②信託契約の内容を決める

どんな財産を誰に信託し、その利益を誰に帰属させるのかなど、信託の内容を決めます。

以下で決めるべき点を確認しましょう。

・委託者は誰か

・受託者は誰か

・受益者は誰か

・第二受益者や第三受益者を設定する場合誰にするか

・信託の目的(受益者の生活費に充てるためなど)

・どんな財産を信託財産とするのか

・信託期間はいつまでにするか(受益者が死亡するまでなど)

・残余財産の帰属(信託期間が終了したら信託財産はだれのものになるのか)

etc

③書面化

契約ベースの場合は契約書を作成します。

遺言による信託の場合は遺言書内に信託内容を格納しますが、民法で定められた遺言書の作成ルールから逸脱しないように注意します。

契約書の場合も遺言書の場合も、できれば公正証書によって作成するのがお勧めです。

④信託財産の移転

契約書や遺言書で指示された信託財産を受託者に移転するための手続きを行います。

金銭に関しては金融機関で信託財産専用の口座を作り、ここにお金を移します。

信託専用口座の作り方は金融機関によって異なることもあるので、担当者に相談して進めます。

不動産に関しては信託登記が必要になります。

信託登記を経ることで、登記簿上で委託者、受託者、受益者が確認できるようになります。

■民事信託を考えるうえでの注意点

民事信託は既存の制度と違って柔軟に運用することができる点で優秀ですが、この性質が逆に注意が必要な点にもなります。

財産を信託する目的をしっかりと理解して、その目的を実現させるために信託内容を契約書や遺言書に落とし込んでいく必要があります。

まずはその目的が民事信託に適しているのかどうかの判断が素人の方には難しいことですし、これを実務面で進めていくことも実際には非常に大変で、手間もかかります。

ですから、信託を考える上ではまず民事信託に詳しい専門家に最低一回は相談することを強くお勧めます。

目的如何では信託とは別の制度を利用した方がよいケースもあるかもしれませんし、信託を利用するとしても受託者を誰にするか、受益者は複数人設定して問題ないかなど、個別具体的な事情に照らして考えるべきことはたくさんあります。

契約書や遺言書の作成実務についても、もし齟齬があると致命傷になりかねませんから、専門家の指示を仰ぐ必要があるでしょう。

できれば書面の作成など実務面も任せた方がより安心です。

ただ、民事信託はまだ歴史の浅い分野であるため、これに精通した専門家はそう多くありません。

同じ弁護士でも、民事信託の実務経験が豊富な者でないと効果的な提案や事案の精査ができない可能性があるので、実務経験が豊富な弁護士を選んで相談する必要があります。

■まとめ

本章では、近年注目度が高まっている民事信託について、仕組みや特徴、メリット・デメリット、手続き面などを全体的に見てきました。

財産の所有権と利益を享受する権利を分離して、特定の受益者のために財産を管理・運用するものですが、委託者・受託者・受益者を誰に設定するのかによって、実際の運用方法は変わってきます。

また信託する財産の種類によっても内容は相当変わってくるでしょう。

柔軟な運用が可能で大変魅力のあるものですが、民事信託は制度的にも実務的にも素人の方には大変難しいため、利用の難度は大変高いのが難点です。

利用の検討にあたっては、必ず民事信託の実務に精通した経験豊富な弁護士と一緒に考えるようにしましょう。

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