民事執行法改正(財産開示手続き)で勝訴したのに回収できないことはなくなる?!

法的な債権回収手続きでは、勝訴判決を得たのに差押えができず、結局弁済が受けられないまま終わるケースがよく見られました。この問題を解決するため、2019年(令和元年)5月に民事執行法が改正されています。

本改正の特徴は、債務者の財産(預金や不動産等)を把握するための裁判上の手続きが、以前と比べて格段に使いやすくなった点です。以降では、売掛金等の未払いトラブルに遭った時の備えとなるよう、「民事執行法の改正点」を中心に債権回収手続きを解説します。

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債権者を悩ませる法的回収の仕組み

法的な債権回収手続きの目的は、確定判決等の「請求権を明らかにする公文書」(=債務名義)に基づき、強制執行手続で回収を成就させることです。

問題は、執行対象になる債務者の財産について、債権者側で特定しなければならない点です。預貯金を例にとれば、少なくとも金融機関名・支店名・口座番号の3つが分からないと、その残高に対する執行手続は開始できません。

そうは言っても、これといった調査なしで財産情報を把握できているケースは稀でしょう。たまたま以前の交流で知り得ていても、債務者の生活のため費消されていたり、あるいは差押え逃れのため移動されていたりする場合が当然考えられます。

ついに執行対象の財産が不明のままになると、債務名義を得るために費やした労力は全て無駄です。このような例は珍しくなく、決して少額ではない損失が出ると分かっていても、最初から法的回収を諦めてしまうケースすらありました。

法改正前の財産開示手続の問題点

強制執行しようにも財産特定ができない問題では、平成15年(2003年)の民事執行法の改正で「財産開示手続」が創設されています。本制度は、債務名義や一般の先取特権がある債権者の申立により、出頭期日を決めて債務者を裁判所に呼び出し、そこで財産情報を本人に陳述させるものです。

しかし残念ながら、下記のように仕組みが完全とは言えず、財産開示手続の実効性もまた不十分でした。

不開示に対するペナルティが緩い

財産開示手続の創設時から、債務者が開示義務を果たさない場合には罰則があります。しかし、その内容は30万円以下の過料(旧法第206条1項)に留まり、罰則の性質としては、社会的地位を著しく傷つけるとは言えない「行政処分」でした。

その結果、制度を利用しても不開示に終わったケースが、直近で40%を超える事態となっています。

開示させられる債務名義の種類に制限がある

また、金銭債権の債務名義の中には、持っていても財産開示手続には利用できないものがありました。影響を受けるケースとして、下記のようなものが挙げられます。

公正証書で締結した契約での不履行

金銭債権を定める公正証書は、これを債務名義として速やかに強制執行手続を開始できる点から、特に個人間の重要な契約では「事前の債権回収トラブル対策になる」として作成が推奨されています。しかし、財産開示手続の利用要件からは外されていたため、債権者が自力で差し押さえるべき財産を把握できないと、まったく無意味でした。

支払督促(裁判所を通じて債務者に履行を呼びかける手続き)

裁判上の「支払督促」は、金銭支払いを求める理由がある場合、簡素かつ迅速な回収が可能になる手続きです。ただ、支払督促に応じないとして仮執行宣言を付しても、財産開示手続の申立は不可能です。つまり、ただちに強制執行に移れる状態にも関わらず、その前に債権者側で調査が必要になり、結局は債務者に費消や財産隠しの機会を与えてしまうのが実情でした。

民事執行法改正による主な変更点

2019年の民事執行法改正では、財産開示手続きの欠陥が修正され、執行対象の財産の特定をさらに助ける「第三者からの情報取得手続」が新たに設けられました。本変更に伴い、強制執行手続の申立時点で回収を断念するケースは、今後減っていくと考えられます。

詳しい変更点は下記の通りです。

開示義務に応じない場合のペナルティ強化

強制執行手続の開始要件を満たす人にとっては、財産開示手続の罰則規定の強化が最も大きな変更点です。

新法では、正当な理由なく出頭を拒んだり、宣誓拒否・陳述拒否・虚偽陳述を行ったりした債務者に対しては、6か月以下の懲役または50万円以下の罰金が科せられます(改正法第213条1項5号~6号)。

新しい罰則の性質は、社会的地位に強い悪影響を及ぼす「刑事罰」です。債務者への圧力が大きくなり、ようやく実効性が期待できるようになりました。

制度利用対象者の拡大

また、財産開示手続の利用要件となる債務名義の種類は、その制限がほぼ撤廃されました。

金銭債権にかかるもののうち、これまで制度の利用要件から除外されていた以下3つの債務名義について、今後はどれであっても開示手続の申立が可能です(新法第197条1項)。

執行証書

…債務者による「不履行があればただちに強制執行に服する」旨の文言(=執行認諾文言)を付した公正証書

仮執行宣言付判決

…判決確定前でも強制執行を可能とする宣言(民事訴訟法第259条)

仮執行宣言付支払督促・確定判決と同一の効力を有する支払督促

…支払督促において債務者から異議申立が行われない、あるいは異議申立が却下された場合に債務名義となるもの(民事訴訟法第391条・第396条)

「第三者からの情報取得手続」の創設

新設された「第三者からの情報取得手続」とは、債務者の財産につき情報を保有する第三者に対し、裁判所を通じて情報提供を命じる制度です。

例えば、執行のため預貯金や有価証券のある口座情報を知りたい場合、口座を扱う金融機関から財産情報を取得できます(新法第207条1項)。同じように、不動産は登記所から(新法第205条1項1号)、給与債権であれば市区町村等の社会保険を扱う機関から(新法第206条)、それぞれ情報取得できるようになりました。

財産開示手続の不奏功要件は変更なし

財産開示手続を債務名義等に基づいて申立する場合、強制執行しても完全な弁済が得られない状況であることが前提です。実務家では「財産開示手続の不奏功要件」と呼ばれるこの規定は、解釈が難しくハードルが高いように思われる点が問題ですが、今回の法改正では変更されていません。

なぜ変更されなかったのか、まずは不奏功要件の詳しい内容を見てみましょう。

【財産開示手続の不奏功要件とは?】

① 強制執行or担保権実行から6か月以内に行われた配当等の手続で、完全な弁済が得られなかった

② 知れている財産に対する強制執行を実施しても、完全な弁済を得られないことを疎明(=確からしさを証明)する

→①・②のいずれかの要件を満たせば、財産開示手続が出来る

ごく簡単に言うなら、把握できる財産に対して①ひとまず強制執行するか、それが出来ないのなら、②強制執行しても全額回収できそうにないことを証明しなければなりません。

しかし、強制執行にはある程度の費用と時間がかかるため、まずやってみるというのは無理があります。そのため、ほとんどの場合は②の要件で開示手続を申立てますが、そもそも債権者自身での財産調査がほぼ不可能だから開示手続に頼ろうとしているのであり、疎明を求めるのは矛盾しています。

令和元年の法改正では、上記の問題点を受けて②の要件緩和が検討されました。

ただ、裁判実務の状況として「厳格な疎明は求めない例が多い」「要件を満たさないことを理由として申立てが却下された事例はほとんどない」といった点が紹介され、実務で困難が生じているわけではないため改正は不要と判断されました※。

※法制審議会民事執行法部会第回14会議の資料に基づき、内容を要約しています。

参考1:部会資料14-1

参考2:議事録

改正法の施行日と経過措置

ここまで解説した変更点を含む改正民事執行法は、令和2年(2020年)4月1日より施行されています。

ただし「第三者からの情報取得手続」による不動産情報の取得は、登記所でのシステム準備に時間がかかります。そのため、翌年5月16日までには開始するとされました(経過措置/附則第5条)。

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財産開示手続の利用方法【法改正対応済】

法改正で実効性が確保された財産開示手続は、万一の債権回収トラブルの際、利用を視野に入れる可能性が高くなると考えられます。

そこで、改正内容の解説では省略したポイントを含め、申立の要件と開示までの流れを紹介します。

申立の要件

財産開示手続の申立は、「執行力のある債務名義の正本」もしくは「一般の先取特権を証する文書」を提出できる場合に限られます。加えて、すでに説明したものを含む下記要件につき、全て満たす必要があります(民事執行法197条1項~3項)。

執行開始要件を備えている

…債務者に債務名義の謄本が送達されている、確定期限が到来している、等

強制執行が開始できる状態である

…破産手続開始決定、民事再生手続開始決定等が開始されていない

不奏功要件等を満たしている

…強制執行または担保権の実行により完全な弁済が得られなかった、もしくは知れている財産に対して行っても完全な弁済が得られないことを疎明できる

債務者が直近3年以内に財産を開示した者ではない

…不開示の場合、開示した者であっても「一部の財産の非開示」「新たな財産の取得」「雇用関係の終了」のいずれかを債権者が立証できた場合は、この限りではない

実施決定後の流れ

財産開示手続の申立後は、裁判所から実施決定が出され、債務者に送達されます。

その後の流れは下記の通りです。

【財産開示手続の流れ】

実施決定の確定

…債務者から執行抗告がなければ、実施決定が確定します。この時、約1か月後を目安に財産開示期日が定められます。

債務者による財産目録の提出期限

…財産開示期日の約10日前に指定される期限までに、債務者から財産目録が提出されます。提出された財産目録は、以降閲覧・謄写することが出来ます。

財産開示期日における出頭・陳述

…財産開示期日には、必ず債務者本人が出頭し、宣誓・陳述しなければなりません。一方の債権者は、代理弁護士が出頭し、裁判所の許可を得て質問できます。

第三者からの情報取得手続の利用方法

新設された「第三者からの情報取得手続」には、いくつかポイントがあります。

はじめに、取得できる情報を踏まえて「第三者」が誰にあたるのか解説し、申立の要件等、実際に利用する際の要点を紹介します。

取得できる情報の種類

本手続きで取得できる情報は、下記4種類に分類されます。

「不動産と預貯金の両方を差押えたい」とのように複数の情報を得る必要がある場合、それぞれ手続きしなければなりません。

不動産情報

…法務省令で定める登記所から取得

勤務先情報

…債務者が居住する市区町村か、厚生年金を扱う団体(日本年金機構や共済組合等)、もしくは両方から取得

預貯金情報

…銀行や信用金庫など、預金債権を持つ金融機関から取得

※複数の金融機関から同時に情報取得するのも可

株式情報(投資信託や国債等も含む)

…証券会社や金融商品取引業者等、口座管理機関から取得

※複数の金融機関から同時に情報取得するのも可

申立の要件

第三者からの情報取得手続にかかる基本的な要件は、財産開示手続に準じます。

ただし、以下の2点には注意しなければなりません。

ポイント1:財産開示手続の前置

不動産情報と勤務先情報については、財産開示手続を行ってからでないと、第三者から取得できません。

ポイント2:勤務先情報にかかる制限

勤務先情報の取得は、「扶養義務等にかかる請求権」あるいは「人の生命もしくは身体の侵害による損害賠償請求権」にかかる債務名義がある場合に限られます。その他の債務名義、一般の先取特権では申立てできません。

申立後の情報取得の流れ

申立後の情報取得の流れは、取得したい情報によって2パターンに分かれます。

不動産情報と勤務先情報で共通する流れ(下記①)では、債務者に通知してから提供命令が確定し、また執行抗告の余地があります。

【情報取得の流れ①】

情報提供命令の発令

債務者に情報提供命令正本を送達(執行抗告できる)

情報提供命令が確定

第三者に情報提供命令正本を送付

情報提供の実施

一方、預貯金情報と株式情報で共通する流れ(下記②)では、少なくとも情報提供が実施されるまで、取得の申立をしていることは債務者に伏せられます。

【情報取得の流れ②】

情報提供命令の発令

第三者に情報提供命令正本を送付

情報提供の実施(1か月経過後に順次債務者へ通知)

今後の債権回収手続きのポイント

令和元年度の民事執行法改正は、個別の債権回収トラブルでの対応にどう影響を与えるのでしょうか。改正内容の追記も含め、実際に代金未回収問題の解決が必要になった時に受ける影響を2点紹介します。

債務者の「差し押さえ逃れ」に先手を打てる

強制執行に向けた動きを債務者に察知されると、口座資産を移動される等して、弁済の可能性がゼロになってしまいます。財産開示手続では、改正前と変わらず、上記リスクは防げません。

しかし、今後は「第三者からの情報取得手続」で先手を打てます。情報取得の申立時、金融機関から情報が提供されると同時に強制執行の申立をできるよう準備しておくのが、債権回収実務の常識となっていくでしょう。

取立権の発生時期に関する変更に注意

今回の民事執行法改正では、強制執行手続を開始した後の対応にも影響が出ます。影響するのは、差押命令の送達後1週間が経過すれば「取立権」が発生するところ、原則4週間とのように発生が延期された点です(法第155条2項)。

債権回収の実務では、差押えで一部回収を実現しつつ、債務者へ直接取り立てて満足な弁済を受けるのが一般的です。今回の変更は、そうした問題解決までの手間やスケジュール感に影響します。

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まとめ

改正法が施行される2020年4月からは、強制執行に向けて債務者の財産を調べる手段が充実しています。今回、旧法からある「財産開示手続」の利用対象者と効果が強化され、銀行等から情報入手できる「第三者からの情報取得手続」も創設されました。

今後は「勝訴したのに未払金回収ができない」といったトラブルは少なくなり、債務者にも「法的対処に移行する前に弁済に応じよう」とする姿勢が広まっていくでしょう。

販売代金等を支払ってくれない問題は、そもそも手続きが複雑であることから、法的対処を諦めてしまう場合が多くあります。また、債務者の動きも読んで、上手く先手をとる対応をしなければなりません。社内で対応するのが難しいと感じられた時は、弁護士に相談しましょう。

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