M&Aトラブル裁判例(東京地方裁判所判決/令和元年(ワ)第29862号)

①M&A取引の概要

今回のM&A取引は、通信販売業務等を目的とする株式会社(以下、原告)が、被告らよりA株式会社(以下、本件会社)の株式を譲渡することを目的に行われた取引です。

被告らは、夫婦であり、被告Y1は本件会社の代表取締役を、被告Y2は本件会社の取締役を務めており、両名で本件会社の全発行済株式を保有していました。

被告らは、原告に対し、平成30年10月29日付けで、株式譲渡代金を以下の契約内容にすることとして、本件会社の全発行済株式(以下、本件株式)を譲渡しました。(以下、本件株式譲渡契約)

 ア 譲渡代金(2条,3条3項,5項)

(ア)譲渡代金は,合計5億7000万円に(イ)及び(ウ)の調整を行った金額とする。

(イ)原告は,被告らに対し,決済日に譲渡代金のうち合計4億5000万円を支払う。

(ウ)譲渡代金の残金については,平成30年11月30日における本件会社の簿価純資産額から平成29年11月30日における簿価純資産額を差し引いた金額と合算して,プラスの金額となった場合は,原告が被告らに対してこれを支払い,マイナスの金額となった場合は,被告らが原告に対してこれを支払う。

また、このM&A取引の中には、被告らが本件株式譲渡契約の中で与えられた情報が真実かつ正確であることを表明し保証すること(以下、表明保証)と、被告らは、本件株式譲渡契約に定める売主の義務の不履行又は表明及び保証の誤り、違反に起因して、原告又は本件会社が損害、損失又は費用を被ったときは、決済日から1年間に限り、原告の選択に従い、原告又は本件会社に対し、連帯して、かかる損害等を直ちに補償することが盛り込まれました。

以下、実際の契約の条文です。

イ 表明及び保証(5条1項)

被告らは,決済日において,以下の事項が真実かつ正確であることを表明し保証する。

本件株式譲渡契約に含まれる全ての情報並びに本件株式譲渡契約で意図される取引に関連して原告及びそのアドバイザーに対して与えられた情報は,本件株式譲渡契約で意図される取引の性質に照らして重要な点において誤りはなく,又は誤解を招くものではなく,被告らは,原告に対し,本件株式譲渡契約で意図される取引に合理的に関連性のある限度において,本件会社に関する,原告が個別に開示を要求した重要な情報で開示が可能なものについては開示している(別紙3-1-2「対象会社に関する表明保証」(16))。

ウ 補償(9条1項)

被告らは,本件株式譲渡契約に定める売主の義務の不履行又は表明及び保証の誤り,違反に起因して,原告又は本件会社が損害,損失又は費用(合理的な弁護士報酬及び費用を含む)を被ったときは,決済日から1年間に限り,原告の選択に従い,原告又は本件会社に対し,連帯して,かかる損害等を直ちに補償する。

②当該紛争事案の概要

当該紛争事案の概要は以下のとおりです。

本件は、原告が被告らから株式を譲り受けた際、被告らが本件会社の在庫数量を改ざんしていたことにより、株式譲渡契約に基づく譲渡価格の修正額の算定に誤りが生じたと主張しています。この誤りにより、対象会社の簿価純資産額が誤って計上され、原告に1億1361万5237円の損害が生じたと主張しています。さらに、この損害に対して、遅延損害金を商事法定利率(平成29年法律第45号改正前のもの)の年6分の割合で、催告の日の翌日である平成31年4月13日から支払済みまで請求している事案です。

また、当該紛争事案の前提事実は以下のとおりです。

・原告は、被告らに対し、平成30年12月1日に本件株式の代金として4億5000万円を支払った。

・本件会社の平成29年11月30日における簿価純資産額は6614万4839円であったが、平成30年11月30日における会計資料(以下、本件会計資料)における簿価純資産額は6381万9691円の債務超過となっており、これには合計46万6123円分の債務が計上されていなかった。そのため、平成29年11月30日における簿価純資産額との差額はマイナス1億3043万0653円となり、これに1億2000万円を合算するとマイナス1043万0653円となった。そこで、被告らは、平成31年1月25日に合計1043万0653円を原告に支払った。

・被告Y2は、原告に対し、平成31年4月12日に1800万円を支払った。

・原告は、平成31年4月12日に被告Y2に対し、損害賠償として1億1580万5978円を支払うよう催告した。

③問題の所在(法律や契約書のどういう条文に該当するか違反するかが問題になったのか)

今回の裁判での問題点は以下のとおりです。争点は2つありそれぞれ原告、被告の主張をまとめます。

(原告の主張)

【争点1―被告らの損害賠償責任の有無】

被告らは、平成30年11月30日時点の本件会社の在庫商品を示す資料として、同年12月12日に本件会社の従業員が棚卸作業を行った結果を入力した表計算データ(以下、本件在庫表1)の提出を受け取りました。しかし、平成31年1月8日に被告らは本件会社の会計事務を委任していた会計事務所に対して、これとは異なる表計算データ(以下、本件在庫表2)を提出しました。本件在庫表2においては、実際の在庫商品の卸値の合計額より合計1億1930万8679円分多く記載されており、これに基づき本件会計資料が作成されました。

被告らは、平成30年11月30日における簿価純資産額から平成29年11月30日における簿価純資産額を差し引いた金額と1億2000万円の合計額がマイナスとなった場合、原告に対して当該金額を支払う義務を負っていました。しかし、被告らは本件会社の在庫商品の資料を改ざんする重大な違法行為を行い、これにより平成30年11月30日における本件会社の簿価純資産額を不当に高く計上させた結果、原告に対する差額の支払いを不当に免れました。

被告らは、本件株式譲渡契約上、債務不履行責任に基づく損害賠償義務について、連帯して責任を負うこととされています。したがって、被告らは原告に対し、本件株式譲渡契約の債務不履行に基づき、連帯して損害賠償責任を負うと主張しています。

(被告らの主張)

被告はこの主張に対し争うとしています。被告Y1は、本件在庫表2の作成に一切関与していません。また、被告Y2は、原告との間で本件会社を対象として経営上・業務上の問題に関する相談、助言、および指導等に係る顧問契約を締結しており、本件株式譲渡契約の後も本件会社の経営に関与することとなっていました。被告Y2にはこのように契約関係が継続しているにもかかわらず、不正行為が発覚して責任を追及されるリスクを無視して敢えて在庫数量の改ざんをするような動機はないと主張しています。

(原告の主張)

【争点2―損害の発生及びその金額】

ア 実際の卸値の合計額との差額 1億1930万8679円

実際の在庫の卸値の合計額は2407万5855円であったところ、被告らは本件在庫表2において、これを1億4338万4534円であるとして報告したことにより、本件会計資料における平成30年11月30日の簿外純資産額を1億1930万8679円高く計上させた結果、原告に対する差額の支払いを不当に免れたとしています。

イ 既払金 1800万円

ウ 残額 1億0130万8679円

エ 弁護士費用 1230万6558円

訴訟物の価額を1億0130万8679円として旧日本弁護士連合会弁護士報酬基準に従った弁護士報酬額(着手金410万2186円、成功報酬820万4372円(消費税込み))

オ 合計 1億1361万5237円

(被告らの主張)

被告はこの主張に対し争うとしています。被告Y2は、自身からの指示に応じて報告がされた在庫表に基づいて在庫数量を把握しており、本件在庫表2における在庫数量が真実であると考えざるを得ないと主張しています。本件において、本件在庫表2における在庫数量と真の在庫数量の差額に関する主張立証はされていないため、被告らに対する損害賠償請求権は抽象的に観念されているにすぎず、現時点では確定していないと述べています。

④裁判所の認定内容

裁判所の認定内容及び裁判所が認定しなかった内容は以下のとおりです。

【裁判所が認定した内容】

・本件会社において在庫商品の棚卸作業を担当していた従業員は、平成30年12月12日に被告Y2に対し、棚卸作業を行った結果を入力した表計算ファイル(本件在庫表1)を送信しました。本件在庫表1における卸値の合計額は、2407万5855円となります。

・上記の棚卸作業は、毎日10名から15名程度の本件会社の従業員が従事し、平成30年11月30日までの1週間にわたり、各従業員が担当する商品ごとに在庫商品の数量を数え、本件会社の在庫商品の管理システムから印刷した商品リストに記入する方法により行われました。同月30日には、原告の従業員3名が商品リストから無作為に選択した10品目の在庫商品の数量を数え、本件会社の従業員が商品リストに記入した数量と一致することを確認しました。

・被告Y2は、本件会社の会計事務を委任していた会計事務所に対し、平成31年1月8日に、平成30年11月30日時点の在庫商品を示す資料として、本件在庫表1とは異なる表計算ファイル(本件在庫表2)を送信しました。本件在庫表2における卸値の合計額は、1億4338万4534円となります。

・本件会社において、平成31年3月31日時点で棚卸作業を行って在庫数量を確認したところ、卸値の合計額は、4823万2671円となりました。上記の棚卸作業により判明した在庫数量に平成30年12月1日から平成31年3月31日までに出荷した商品の数量を加算し、同期間に入荷した商品の数量を減算することによって平成30年11月30日時点の在庫数量を推計すると(以下、本件推定値)、その卸値の合計額は、3167万1829円となります。

【裁判所が認定しなかった内容】

・被告らは、被告Y2が本件会社の元従業員に対し、平成30年12月初め頃に在庫数量を確認するよう指示し、本件在庫表2は、同人が確認した数量に基づき作成したものであると主張しています。しかし、被告らは、被告Y2が当該元従業員から報告を受けたとする在庫数量に関する資料を本件において証拠として提出していない上、当該元従業員自身、被告Y2の指示に基づいて在庫を確認したことを否定しており、被告Y2は、原告の担当者が目前で上記元従業員に確認したのに対し、「何とも言えない」「言い訳したくない」と述べたほか、自身の記憶間違いの可能性に言及するなどのあいまいな回答をしています。したがって、上記元従業員が被告Y2の指示に基づき在庫数量を確認し、これを被告Y2に報告したと認めることはできないとしています。

⑤裁判所の判断

裁判所の判断は以下のとおりです。

【争点1について】

争点1では、次の点が問題とされています。まず、本件会計資料における平成30年11月30日時点の簿価総資産額の算定に用いられた本件在庫表2が、先に報告された本件在庫表1とは異なる在庫数量を含んでいたことが指摘されています。被告らは被告Y2が本件在庫表2を作成する根拠について具体的な説明を行っておらず、その信頼性に疑問が呈されています。特に、在庫数量の差が約1億2000万円にも上ることから、被告Y2が意図的に在庫数量を改ざんした可能性が考えられています。

次に、被告Y1の関与についても明確ではなく、本件在庫表2の作成に対する被告Y1の責任が不明確です。しかし、被告らは本件株式譲渡契約において、表明保証をしていたことから、本件在庫表2に基づいた簿価純資産額の誤りが契約の重要な点に影響を与えていたと考えられます。したがって、被告らは原告に対して連帯して損害賠償の責任を負うべきであるとの見解が示されています。

総括すると、争点1においては、本件在庫表2の信憑性と被告らの責任について争われており、被告Y2の改ざん行為が原告に対する損害賠償責任を生じさせると結論されています。そして、被告らは本件株式譲渡契約に基づき、原告に損害賠償を支払う責任を負うとされました。

【争点2について】

実際の卸値との差額について、争点2の最初の部分では、本件在庫表1と本件在庫表2の卸値の合計額について対立が生じています。本件在庫表1は、毎日10名から15名程度の本件会社の従業員が時間をかけて確認作業を行ったものである上、原告の従業員が無作為に選択した10品目の在庫商品の数量を確認していることから正確性が担保された棚卸作業を基に作成されたと言うことができ、その結果得られた卸値の合計額は2407万5855円でした。

これに対して、被告Y2が作成した本件在庫表2では異なる在庫数量が記載され、その結果得られた卸値の合計額は1億4338万4534円となりました。つまり、本件在庫表2における卸値の合計額は本件在庫表1よりも約7倍にも上る額となっています。

この差額が非常に大きく、約1億2000万円にも上ることから、被告らが本件在庫表2に基づいて算定した本件会計資料における平成30年11月30日時点の簿価純資産額も同様に過大に算定され、その結果、被告らは譲渡代金の調整金を支払う必要がなくなります。したがって、原告は被告Y2の改ざん行為によって1億1930万8679円の損害を被ったと言えます。ただし、被告Y2は原告に対し、平成31年4月12日に1800万円を支払っているから、これを控除した額は1億0130万8679円となるとしています。

なお、被告らは本件在庫表1の正確性に疑問を呈していますが、前提事実によれば、本件在庫表1は従業員によって正確に棚卸されたものであり、その正確性は担保されているとされています。そのため、被告らの主張は実際の根拠が示されていないとされ、本件在庫表1における在庫数量が正確でないとする主張は採用されていません。

弁護士費用について、被告らは合理的な弁護士報酬を含む損害賠償責任を負うことになっています。原告が主張する旧日本弁護士連合会弁護士報酬基準による弁護士報酬額は1230万6558円であり、この額は損害額との関係において合理的とされています。

結果として、争点2では実際の卸値との差額により原告に損害が生じたとされ、合理的な弁護士費用も損害額と関係して認められています。在庫数量に関する被告らの主張は、正確性が担保された棚卸作業により否定されています。

そして以上の合計額が1億1361万5237円となり、被告らは原告に対して、1億1361万5237円及びこれに対する平成31年4月13日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払いを判決として言い渡しました。

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