M&Aでは企業価値評価が最も重要です!

会社の売却を考え始めたものの、自社がいくらで売れるのか見当がつかない。売却すべきか、親族に承継させるべきか、廃業すべきかも決めかねている。買主候補から金額を示されても、それが高いのか安いのかを判断する物差しがない。M&Aのご相談の多くは、このような状態から始まります。
本記事は、会社の譲渡を検討し、価格の見当を付けたいオーナー経営者の方と、会社の買収を検討し、評価の考え方を知りたい経営者の方に向けたものです。初めて会社を買う方が手順の全体を知りたい場合は、初めて会社を買うことになり何を確かめればよいかお困りではありませんかを先にご覧ください。
結論を先に申し上げます。会社の価格は、どの評価の方法を用い、どの前提を置くかによって、同じ会社でも数割から倍近く変わります。売却を思い立った段階で、M&Aに通じた公認会計士又は税理士による企業価値評価を受け、価格の幅と、その幅を生む前提を把握しておくことが、交渉の出発点になります。
なぜ「いくらで売れるか」に1つの答えが出ないのか
非上場の会社の株式には、上場株式のような市場価格がありません。価格は、売主と買主の交渉によって初めて決まります。
評価の方法は、この交渉の土台を作る道具です。将来の利益から考えるのか、似た会社の相場から考えるのか、手元の資産から考えるのかによって、出てくる数字は異なります。同じ方法を用いても、将来の利益の見込みや割引の率の置き方が違えば、結論は動きます。
だからこそ、自社の評価を持たずに交渉に臨むことは避けるべきです。評価がなければ、売却と承継と廃業のどれが有利かを比べることができません。資金力の乏しい買主候補に時間を費やしてしまうこともあります。
最も大きな問題は、提示された買収価格の妥当性を判断できないことです。買い叩かれていても気付けません。反対に、好条件の提示にも疑心暗鬼となり、交渉を打ち切ってしまうことがあります。同じ条件を示す買主が再び現れる保証はありません。
評価には別の効用もあります。価値が想定以上に高いと分かれば、株式の集約や承継の計画を先に整える契機になります。低いと分かれば、価格を引き上げるために何をすべきかが見えてきます。営業の強化ではなく、管理体制の整備こそが必要であると判明することも少なくありません。
評価の方法は3つの系統に分かれます
企業価値評価の方法は、インカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、コスト・アプローチの3つの系統に分類されます。日本公認会計士協会の企業価値評価ガイドラインも、この3分類を採っています。
いずれの方法を用いる場合でも、最初に行うのは、会社の実態の把握です。決算書の貸借対照表と損益計算書は、税務会計の要素を含み、会社の正常な収益力や資産の実態を必ずしも表していません。そこで、決算書をもとに、実態の貸借対照表と実態の損益計算書を作り直します。評価は、この実態の数字の上に組み立てられます。
インカム・アプローチ
会社が将来生み出す利益やキャッシュ・フローに着目する方法です。代表的なものは、ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法です。将来の各年度のフリー・キャッシュ・フローを見積もり、それを一定の割引率で現在の価値に引き直して合計します。事業計画を反映できるため、成長の見込まれる会社や、今後の収益が過去と大きく変わる会社に向いています。反面、前提の置き方次第で結論が大きく動くという弱点があります。
マーケット・アプローチ
似た上場会社や過去の類似の取引の相場と比較する方法です。類似会社比較法では、類似する上場会社の株価が、利益や純資産の何倍になっているかを調べ、その倍率を評価対象の会社に当てはめます。償却前営業利益に倍率を乗じる倍率法は、M&Aの実務で広く用いられます。市場の相場を反映しやすい一方、真に類似する会社を選べるかが結論を左右します。
コスト・アプローチ
会社の貸借対照表上の純資産に着目する方法です。実務では、資産と負債を時価に評価し直した時価純資産法が中心です。不動産の含み益、回収の見込みのない売掛金、計上されていない退職給付の債務などを反映させます。客観性は高いものの、会社が将来稼ぐ力は反映されません。資産を多く保有する会社や、収益力の乏しい会社の評価で重視されます。
中小企業で最も多く用いられる年買法
中小企業のM&Aでは、年買法と呼ばれる簡便な方法が広く用いられています。時価純資産に、正常な営業利益の数年分を「営業権(のれん)」として加算する方法です。
株式の価格=時価純資産+正常な営業利益×加算する年数
計算が分かりやすく、双方が納得しやすい点に長所があります。他方、理論的な裏付けは強くなく、年数と利益の取り方次第で価格が大きく動きます。
加算する年数の決まり方
加算する年数は、一般に2年から5年程度とされることが多く、法令や公的な基準で決まっているものではありません。次のような事情を踏まえ、交渉の中で定まります。
- 利益が毎年安定しているか、特定の年度に偏っていないか
- 売上が特定の取引先に集中していないか
- 経営者個人の人脈や技能への依存がどの程度あるか
- 業界の先行きと、会社の成長の見込み
- 買主が得られる相乗効果の大きさと、買主候補の競争の状況
経営者の退任で取引が失われかねない会社では、年数は短く見積もられます。
正常収益力の調整
年買法でも、他の方法でも、基礎となるのは決算書の利益そのものではなく、「正常な収益力」です。オーナー経営の会社では、決算書の利益が実態から離れていることが多く、次の調整が欠かせません。
- 役員報酬 オーナー経営者の報酬が、後任の経営者に支払うべき水準より高い場合は、その差額を利益に加え戻します。低すぎる場合は、反対に差し引きます。
- 生命保険料 役員を被保険者とする保険の保険料が経費に計上され、M&A後の事業に必要のないものであれば、加え戻しの対象になります。
- 非経常の損益 本社の移転費用、訴訟の和解金、固定資産の売却益など、毎年は生じない損益を除きます。
個々の調整は、買主の側のデュー・ディリジェンスで検証されます。根拠資料のない加え戻しは認められません。売主の側で、あらかじめ説明の準備をしておくことが大切です。
後継者がいない会社の事業承継と、会社の譲渡の進め方は、次のページでご案内しています。
ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法において争点となる前提
ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法は、理論的に最も優れた方法とされます。しかし、前提の数字が1つ動くだけで、結論は大きく変わります。交渉で争点となりやすいのは、次の点です。
- 事業計画の合理性 売主の作った計画が楽観的すぎないか。過去の実績との連続性があるか。
- 割引率 加重平均資本コストをどう算定するか。非上場の小規模な会社に固有の危険をどこまで上乗せするか。
- 継続価値 計画期間の後の価値をどの成長率で見積もるか。企業価値の大半を継続価値が占めることも多く、影響は大きくなります。
- 事業に用いていない資産 遊休の不動産や有価証券を、事業の価値とは別に加算するか。
- 流動性の低さの考慮 市場で自由に売れない株式であることを理由に、価格を割り引くか。
買主から評価書が示された場合は、結論の金額よりも、これらの前提を確かめることが重要です。
法務・財務・事業のデューデリジェンスと、その結果を契約に反映する方法は、次のページでご案内しています。
数値による例示 同じ会社が3つの方法でどう評価されるか
以下は、説明のための仮設例です。実在の会社や案件をもとにしたものではありません。
ある製造業の会社の決算上の営業利益は1,500万円です。代表者の役員報酬は2,500万円ですが、後任の経営者に支払う相当額は1,500万円と見込まれます。経費には、事業に必要のない役員の生命保険料300万円と、一時的な本社の移転費用200万円が含まれています。
正常な営業利益は、1,500万円+1,000万円+300万円+200万円=3,000万円です。減価償却費は年1,000万円、設備投資も年1,000万円で、運転資本は増減しないものとします。
貸借対照表上の純資産は2億円です。土地に4,000万円の含み益がある一方、回収の見込みのない売掛金が1,000万円、計上されていない退職給付の債務が1,000万円あります。時価純資産は、2億円+4,000万円−1,000万円−1,000万円=2億2,000万円です。現金預金は1億5,000万円、借入金は1億円で、差し引き5,000万円の純現金を保有しています。
| 方法 | 計算の過程(仮設例) | 株式の価格 |
|---|---|---|
| コスト・アプローチ(時価純資産法) | 時価純資産2億2,000万円 | 2億2,000万円 |
| マーケット・アプローチ(倍率法) | 償却前営業利益4,000万円×5倍=2億円に、純現金5,000万円を加算 | 2億5,000万円 |
| 年買法 | 時価純資産2億2,000万円+営業利益3,000万円×3年 | 3億1,000万円 |
| インカム・アプローチ(割引率8パーセント) | 毎年のフリー・キャッシュ・フロー2,100万円÷8パーセント=2億6,250万円に、純現金5,000万円を加算 | 3億1,250万円 |
| インカム・アプローチ(割引率10パーセント) | 2,100万円÷10パーセント=2億1,000万円に、純現金5,000万円を加算 | 2億6,000万円 |
フリー・キャッシュ・フローは、営業利益3,000万円から法人税等の負担を30パーセントと仮定して差し引いた2,100万円に、減価償却費1,000万円を加え、設備投資1,000万円を差し引いて求めています。成長はないものとしました。
同じ会社でも、結論は2億2,000万円から3億1,250万円まで開きます。年買法で加算する年数を5年とすれば、3億7,000万円になります。割引率を2パーセント動かすだけで、5,000万円以上の差が生じる点にもご注意ください。評価の結論は1つの点ではなく幅として捉え、どの前提がその幅を生んでいるかを理解することが、交渉の備えになります。
純有利子負債と運転資本の調整
M&Aの実務では、まず事業そのものの価値である「企業価値」を求め、そこから借入金などの有利子負債を差し引き、現金預金を加えて「株式の価値」を求めることが多くあります。上の仮設例で純現金5,000万円を加算したのは、このためです。
この仕組みの下では、契約の締結から代金の決済までの間の現金の動きが、そのまま価格に響きます。たとえば、決済の前に会社から役員退職慰労金5,000万円を支払えば、純現金は0円となり、株式の価格も同額だけ下がります。代金をどのような形で受け取るかは、税理士とも相談して、全体として検討すべき事項です。
運転資本も同様です。売掛金と在庫から買掛金を差し引いた運転資本には、事業を回すために通常必要な水準があります。仮に、基準とする運転資本を8,000万円と定めたところ、決済日の実際の運転資本が7,000万円であったとします。この場合、価格調整の条項により、合意した株式の価格3億円から1,000万円を差し引き、2億9,000万円とする扱いが考えられます。
こうした調整は、株式譲渡契約書の価格調整の条項で定めます。基準の数値や計算の方法が曖昧なままですと、決済の後に争いになります。
お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。
事業の性質による方法の使い分け
どの方法が適するかは、事業の性質によって異なります。実務では、複数の方法で評価したうえで、重視する方法を選び、結果を比べて価格の幅を定めます。
| 会社の特徴 | 重視されやすい方法 | 留意点 |
|---|---|---|
| 利益が安定しているサービス業、小売業 | 年買法、倍率法 | 正常収益力の調整の妥当性が中心になります |
| 成長の途上にある会社、情報通信業 | ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法 | 事業計画の実現可能性が厳しく検証されます |
| 不動産を多く保有する会社 | 時価純資産法 | 不動産の時価の把握と、事業に用いていない資産の扱いが争点です |
| 赤字の会社、債務超過の会社 | 時価純資産法、事業の一部の譲渡の検討 | 株式の価格が低くとも、事業や人材に価値が認められる場合があります |
| 経営者個人への依存が大きい会社 | 年買法(年数を短く見積もる傾向) | 引継ぎの期間の設定や、経営者の一定期間の関与が価格に影響します |
買主の側では、自社との相乗効果を加味して、どこまでの価格なら投資を回収できるかを別途検討します。売主の実務の手引きとしては、会社の売却価格はどのように決まるのか 企業価値の評価の方法と、実際の取引価格との相違もご参照ください。
相続税評価額、裁判所が決定する価格、取引価格の相違
「相続税の評価ではこの金額だったのに、M&Aの評価では違う」というご質問をよくいただきます。非上場株式の「価格」には、目的の異なる複数のものがあり、一致しないのが通常です。
| 種類 | 目的と決まり方 |
|---|---|
| 相続税評価額 | 相続税や贈与税の課税のための評価です。国税庁の財産評価基本通達に定める類似業種比準方式、純資産価額方式、配当還元方式などにより、画一的に算定されます |
| 裁判所が決定する価格 | 譲渡制限株式の売買価格の決定や、反対株主の株式買取請求に係る価格の決定の手続において、裁判所が定める価格です。会社の資産の状態その他一切の事情が考慮されます |
| 取引価格 | M&Aにおいて売主と買主が合意する価格です。評価を土台としつつ、買主の相乗効果、買主候補の競争、表明保証や価格調整などの契約条件を反映して決まります |
財産評価基本通達は、課税の公平のための行政の内部の取扱いであり、裁判所を拘束するものではありません。
譲渡制限株式の売買価格について当事者の協議が調わない場合、裁判所に価格の決定を申し立てることができます(会社法第144条)。こうした価格の争いにおける算定方法は、M&Aの取引価格の決まり方とは考慮する事情が異なります。詳しくは、裁判所における非上場株式の価格算定方法及び提示された株式売買価格が低すぎてお困りではありませんかをご覧ください。
評価に関して相談すべき時期
評価は、売却の意思を固める前、M&A仲介会社と契約を結ぶ前に行うのが理想です。M&A仲介会社の示す見込み額が妥当かどうかも判断できます。
評価から代金の受領までは、一般に次のような流れをたどります。期間は案件の規模や買主候補の数によって大きく異なり、数か月から1年以上に及ぶこともあります。
- 簡易の企業価値評価(直近3期分の決算書をもとに、価格の幅を把握します)
- M&A仲介会社又は助言者の選定と、買主候補の探索
- 買主候補との面談と、意向表明書の受領
- 基本合意書の締結
- 買主によるデュー・ディリジェンス
- 価格の最終の交渉と、株式譲渡契約書の締結
- 代金の決済と株式の引渡し
- 決済後の価格調整(運転資本や純有利子負債の確定)
とりわけ、意向表明書の受領時、基本合意書の署名前、デュー・ディリジェンスの後に減額を求められたときは、評価の前提に立ち返って検討すべき場面です。
相談の前に用意する資料
次の資料をご用意いただきますと、簡易の評価や提示価格の検討を速やかに進められます。
- 直近3期分の決算書、税務申告書及び勘定科目内訳明細書
- 直近の月次の試算表
- 株主名簿と、株式の取得や移転の経緯が分かる資料
- 役員報酬の一覧と、会社が契約している生命保険の一覧
- 保有する不動産の登記事項証明書と固定資産税の課税明細
- 借入金の明細と、経営者個人の保証の状況
- 主要な取引先との契約書と、取引の集中の状況が分かる資料
- 事業計画書(作成している場合)
株主名簿上の株主と実際の株主が一致しない場合や、少数株主が散在している場合は、評価の前に整理が必要となることがあります。この点も、早い段階でご相談ください。
当事務所の関与
企業価値評価は、相続税の評価や通常の会計の業務とは性質が異なります。公認会計士や税理士であっても、M&Aを専門としていなければ、業界ごとの倍率の相場や交渉の実情を踏まえた評価は困難です。
当事務所では、関連するM&A総合会計事務所において、M&Aの実務で用いる方法による企業価値算定のサービスを提供しています。多数の成約の実績を持つ公認会計士及び税理士が、業界の動向、会社の状況、M&Aの市場の趨勢を勘案して算定します。料金は、原則として次のとおりです。
| 簿価の総資産額 | 金額(消費税別) |
|---|---|
| 1億円未満 | 50万円 |
| 1億円以上5億円未満 | 80万円 |
| 5億円以上 | 100万円 |
このほか、直近3期分の決算書と簡易なヒアリングのみで行う簡易の企業価値算定のサービスもご用意しており、原則として1社あたり20万円(消費税別)で承っています。
当事務所は法律事務所として、評価の結果を交渉と契約に結び付ける役割を担います。買主の評価書の前提の検証、意向表明書や基本合意書の条件の確認、株式譲渡契約書の価格調整の条項と表明保証の条項の設計、譲渡の前の株式の集約まで、一貫してご支援します。会社の売却に関する当事務所の取扱いの全体は、後継者がおらず会社を外部に譲渡すべきかお困りではありませんかにまとめています。
おわりに
会社の価格は、評価の方法と前提によって大きく変わります。価格の幅とその根拠を知らないまま交渉を進めれば、本来得られたはずの条件を逃しかねません。買主から示された金額に迷っている方、これから売却の準備を始める方は、早い段階でご相談ください。
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
この記事の位置付け
企業価値の評価の依頼に関するメインのページです。本ページは、M&Aの交渉の土台となる企業価値の評価について、3つの評価の方法、価格の幅を生む前提、評価を誰に託すか及び費用の体系をご説明します。
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