株式譲渡はM&A手法のひとつです。読んで字の如く、「株式を譲渡すること」がこのM&A方法にあたります。
株式譲渡の譲渡主になるのは、会社の役員や経営者などの株主です。譲受側になるのは、会社の経営権などを欲する別の会社などになります。基本は株式の譲渡(売買)です。
今回の記事では、株式譲渡の手続き的な特徴について説明します。
- 株式譲渡とは
- 非上場中小企業の株式譲渡手続きの流れ
- 株式譲渡と事業譲渡の違い
- 非上場中小企業の株式譲渡のメリット
- 非上場中小企業の株式譲渡のデメリット
以上の5つのポイントを、M&A弁護士がやさしく解説します。
株式譲渡を検討している中小企業オーナーはぜひ参考になさってください。
「株式譲渡」とは?M&Aのどのような手法なのか
中小企業のオーナーが株式の所有権を法人などに譲り渡すのが、この株式譲渡です。譲渡する株式は、全部または一部です。中小企業オーナーが株式譲渡をするケースでは、すべて譲渡するケースが多いでしょうか。
会社のオーナーは会社で役職などを持っていることも少なくないことでしょう。同時に、株主としての立場も持っているはずです。株式を持っているということは、経営権を持っているということです。
会社のオーナーは、会社の第一線から退いても、株式を持っている限り経営に関わることになります。会社と縁を切ってゆったりと生活したい場合は、役員や経営者から退くだけでは難しいのです。会社の経営と縁切りすることが重要になります。そこでよく使われるのが株式譲渡です。
株式譲渡は株式を譲り渡すことによって、株式に付随する権利も丸ごと譲渡することになります。株式を譲渡すると、会社の経営権も譲り渡し先の法人などの手に渡るのです。
よって、会社を譲渡相手の法人に売却したに等しい効果を生じるところが特徴です。綺麗に会社の経営と縁切りできます。譲受側の視点に立つと、スムーズに欲していた経営権を掌握できるのがポイントです。
株式譲渡は中小企業のオーナーなどが会社経営や仕事から退く、要するにリタイアするときによく使われる方法のひとつでもあります。会社経営には退職年齢がありません。ある程度の年齢のところで「そろそろ一線から退こう」と株式譲渡を行います。株式譲渡を行うことで譲渡所得も得られるため、退職金を受け取るに等しい効果も生むことができるからです。
株式譲渡はM&Aの手法の1つで、経営権のスムーズな掌握などに使われます。世間的には中小企業オーナーの退職の方法としても認識されているかもしれません。
株式譲渡の手続きの基本的な流れ
株式譲渡では、株主である会社オーナーと株式譲渡を望む法人が「株式譲渡契約」を結びます。後は取締役会などでの承認といったしかるべき手続きを進め、最終的に株式を買い手側の法人などに譲り渡し、株式譲渡の代金を受け取るのが基本的な流れです。手続き的な面においては、さほど複雑さはありません。
株式譲渡の基本的な考え方も、株主や会社オーナーの立場から見れば「株式の売却」です。買い手側の法人の立場から見れば、「株式の購入」になります。非常にシンプルです。
たくさんの株式が動き、会社の経営権もセットで動くという点で複雑そうに思えてしまいます。ですが、基本的には「株式の売買(譲渡)」と捉えれば問題ありません。基本は「株式の譲渡」。要するに売却と購入。こう考えれば、とらえ方がかなり分かりやすくなるのではないでしょうか。
非上場の中小企業の場合は基本的に相対取引で行う
日本の会社は市場で取引できない非上場の中小企業が多くなっています。市場で株式の取引ができない非上場の中小企業が株式譲渡を行う場合は、「相対取引」という方法で株式譲渡を進めるのが基本です。
相対取引とは、株式を譲渡したい側(非上場企業のオーナーなどの株主)と株式を譲り受けたい側が直接的に交渉を行い、株式譲渡を進める取引手法になります。
株式譲渡と事業譲渡の違いについて
M&Aを検討しているときによく疑問を覚えるポイントに「株式譲渡と事業譲渡の違い」があります。
株式譲渡と事業譲渡は同じ「譲渡」という言葉が使われているために、迷いやすい手法です。会社の株式や事業などを「相手に譲り渡す」という手法的に似ている点があるため、さらに迷いやすいと言えます。
株式譲渡と事業譲渡は、まったく違った手法です。株式譲渡は株式とともに会社の経営権なども譲渡し、譲渡金を受け取るという手法になります。対して事業譲渡は、事業を譲り渡す手続きです。事業譲渡の場合は事業とその事業に必要な工場や権利などを譲り渡すことになります。
たとえば、A会社が食品事業と衛生事業を手がけていたとします。このA会社は衛生事業を別の会社に譲渡することにしました。事業譲渡の対象になるのは、A会社の衛生事業と事業にまつわる物(権利含む)になります。株式譲渡は株式を譲渡しますので、事業譲渡とは譲り渡す対象が異なるのです。
事業譲渡は不採算事業の整理や事業の整理などにもよく使われるという特徴があります。契約も株式譲渡契約ではなく事業譲渡契約を結ぶことになるのです。
株式譲渡のメリットとは
なぜM&Aの手法として株式譲渡が使われるのでしょうか。これは、株式譲渡に大きな魅力があるからなのです。株式譲渡には、株式譲渡側に4つ、株式譲受側には2つのメリットがあります。さらに、共通のメリットが1つあります。
株式譲渡側のメリット
- 会社経営からリタイアできる
- 譲渡所得を受け取ることができる
- 事業承継が可能である
- 会社の経営基盤を強化できる
株式譲受側のメリット
- 新規事業へのハードルが下がる
- 事業の拡大ができる
- 株式100%の取得も可能である
共通のメリット
- 手続きが簡便である
それぞれのメリットを簡単に見て行きましょう。
株式譲渡側のメリット 会社経営からリタイアできる
会社員には退職年齢がありますが、会社の経営者には退職年齢はありません。中小企業の経営者の中には、退職の時宜を見つけられず、生涯現役という人も少なくありません。
また、株主という地位があるため、会社と切っても切れない関係が続き「一線を退いたのに、未だに会社の重要関係者の立場でいる」という中小企業のオーナーも少なくありません。これは、中小企業の経営者が株主としての立場と会社での立場の2つを持っているからです。
会社での立場(役員や社長など)を退いても、株式を持っている限り、経営とは切っても切れない関係が続きます。会社での立場を退いても、容易にリタイアできないということです。会社の立場を退き、同時に株式譲渡してしまえば、解決が可能になります。株式譲渡では、会社の経営権も動くからです。
会社での立場を退くと同時に株式譲渡することによって、中小企業のオーナーは「2つの立場の退職」が可能だというメリットがあります。
株式譲渡側のメリット 譲渡所得を受け取ることができる
株式譲渡は基本的に「株を売ること」ですから、株式譲渡による譲渡所得を得ることが可能です。中小企業のオーナーが会社での立場を辞するときに株式譲渡を行えば、退職金を得るに等しい効果を生むことができます。譲渡所得というまとまったお金を老後資金にすることも可能です。
株式譲渡側のメリット 事業承継が可能である
株式譲渡は事業承継にも使えるというメリットがあります。
株式譲渡は株式の譲り渡しですが、経営権を一緒に渡すという性質があるため、会社そのものの譲渡でもあるのです。そのため、継ぎ手のいない中小企業のオーナーが他法人に株式譲渡することにより、会社を引き継いでもらうこともできます。株式譲渡は事業承継問題を解決する手法としてもメリットがあるのです。
株式譲渡側のメリット 会社の経営基盤を強化できる
株式譲渡は中小企業オーナーのリタイアにだけ使われる手法ではありません。他にも、会社の経営基盤を強化したいときによく使われている手法でもあります。
株式譲渡で株式や経営権を他法人に譲渡することと、会社の経営基盤強化がなかなか繋がらないかもしれません。譲渡という言葉から、かえって会社基盤が危うくなるような印象を持つ経営者も、確かに少なくありません。
株式譲渡により、より大きな会社や会社グループに株式を譲渡することにより、より大きな会社や会社グループの仲間入りができるというメリットがあります。
会社の基盤が危うい。別の会社が乗っ取りを画策している。このようなときに、自社の経営基盤を強化できそうな(後ろ盾になってくれそうな)会社や会社グループに株式譲渡をすれば、会社を守ることにも繋がりますし、経営自体を強化することも可能です。
株式譲受側のメリット 新規事業へのハードルが下がる
株式譲渡には株式の譲受側にもメリットがあります。会社が新規事業に参入したいときに、1から事業を立ち上げ、開発や研究を進めることには大きな費用が必要になるはずです。社内や株主から新規事業への理解が得られないこともあるのではないでしょうか。
株式譲渡ならどうでしょう。すでにその事業に強みを持っている会社の株式を株式譲渡で譲り受ければ、その会社の経営権などもセットで付いてきます。1から新規事業を興すよりも、社内や株主の理解を得られやすいはずです。また、新規事業へのハードルも下がることでしょう。
株式譲受側のメリット 事業の拡大ができる
株式譲渡の譲受側のもうひとつのメリットは、事業拡大が容易になるという点です。
事業拡大の準備を社内で進める場合、やはり株主や社内からの反発が予想されます。会社が盛況なときは良いのですが、経営の局面によっては事業拡大への判断が難しい場合や、事業拡大への費用拠出が難しい場合などもあるはずです。このような場合は事業拡大のために株式譲渡を活用することも、方法の1つになります。株式譲渡は実際に事業拡大のために使われることがあるのです。
株式譲受側のメリット 株式100%の取得も可能である
株式譲渡を使えば、株式100%の取得も可能です。
中小企業オーナーの場合、自身が100%株主であるケースも少なくありません。100%株主と株式譲渡をすることで、株式を100%取得可能です。ごく少数の役員が株式を持っているケースでも、交渉がスムーズに進めば100%株式の取得が可能になっています。
共通のメリット 手続きが簡便である
株式譲渡の基本は株式の売買なので、手続きが非常に簡便です。譲渡側の中小企業オーナーや役員と、譲受側の交渉がスムーズに進めば、ごく短期での手続き完結が可能になっています。
株式譲渡のデメリットとは
株式譲渡はメリットの多いM&A手法ですが、同時にデメリットもあります。
- 簿外債務のリスクが避けられない
- 株式譲渡自体に苦労する可能性がある
- 非上場株式の株式譲渡価格の決定で揉めることがある
株式譲渡の基本的なデメリットとしておさえておきたいのは、以上の3つです。
簿外債務のリスクが避けられない
主に株式を譲り受ける側のデメリットになります。
株式譲渡では「会社のこの事業は必要だが、この部分は不要である」という取捨選択はできません。株式譲渡で会社を譲り受けると、予想外のマイナスが付いてくることがあるのです。ある会社の「この事業だけ欲しい」「この部分だけ必要だ」というときは、向かない手法になります。
株式譲渡自体に苦労する可能性がある
非上場の中小企業の場合、株主がオーナーだけという場合や役員数名のみというケースが珍しくありません。交渉相手がオーナーだけの場合でオーナーが乗り気であれば、交渉はかなりスムーズに進むことでしょう。ただ、株式が他に分散している場合は注意が必要です。他の株主が反対し、交渉が難航する可能性があります。
非上場株式の株式譲渡価格の決定で揉めることがある
譲渡側と譲受側の双方に関係するデメリットになります。株式譲渡の際は「株式をいくらで譲るか」が重要です。株式譲渡のときは譲渡価格の問題を避けて通ることはできません。
非上場株式の株式譲渡は、株価が明確になっていません。株式譲渡も基本は株式の売買。株価が明確でない場合は、株価決定のプロセスや算出された株価で揉めてしまう可能性があります。
株式を譲渡する側は高く売りたい。株式の譲受側はなるべく安く買いたい。売買の基本です。株式譲渡には、価格決定方法や株価で揉める可能性がゼロではないというデメリットがあります。
最後に
株式譲渡とは、経営者や役員などの中小企業オーナーが経営権ごと株式を譲り渡す方法になります。
株式譲渡により会社と縁切りでき、老後資金の確保も可能です。譲受側も計画的に進めることで100%の株式を取得できるという利便性の高いM&A手法になります。
株式譲渡のデメリットに気をつけ、望むかたちでの株式譲渡を実現しましょう。