会社経営者が、他の事業者との共同事業として、合弁契約に基づいて合弁会社を設立するというケースは珍しくありません。
合弁契約による合弁会社の設立は、通常の業務提携とは異なり、新しい法人を設立するのが特徴的であり、どのように手続きを進めていけば良いのか分からない方も多いです。
そこで本記事では、合弁契約について定義や締結する上でのメリット・リスク、活用シーンや合弁契約までの流れなどを分かりやすく解説します。
合弁契約とは
合弁契約とは、複数の会社が共同して新しく事業展開するための会社に出資するにあたって、会社の運営や各出資者の権利、役割分担などに関して、出資者間の契約として取り決めるものです。合弁契約を通じて新たに立ち上げられる会社は、一般的に「合弁会社」と呼ばれています。
一般的に合弁会社では、異なる企業がそれぞれの得意分野(技術や専門知識、市場情報、販売網など)を出し合い、共通の資金投下で新たな事業体を立ち上げて共同でビジネスを運営していきます。
合弁契約を結ぶ主体は法人に限らず、様々な形態の組織であり、新しく設立される事業体も株式会社だけでなく、他の法人形態や組合など多様です。また、出資方法についても、新規出資だけでなく、既存の事業体への出資分譲渡による合弁化も含まれます。
本記事では、理解を助けるよう「複数の企業が新規に出資し、新しい株式会社を設立して共同で事業を行う」ケースを基本として合弁契約について説明します。
合弁会社では、それぞれ独立して運営されていた企業が一緒になって事業を行うため、合弁契約において事業運営のルールや方針を事前に明確に設定しておく必要があります。このような事前の合意のことを「合弁契約」や「ジョイント・ベンチャー契約」「株主間契約」などと呼んでいますが、ここからは「合弁契約」と統一して表記します。
合弁契約と合併・買収の違い
合弁契約と似た言葉に「合併契約」が挙げられますが、両者は大きく意味の異なる言葉です。
合併契約とは、企業同士が合併する際に締結する契約のことです。合併は、複数の会社が1つの法人格にまとまることを指します。例えば、A社がB社を吸収合併した場合、A社のみが存続し、B社は消滅するといった形が取られます。また、A社とB社で新設合併を行う場合を例に挙げると、これら2社の法人格を消滅させた上で、新たに設立する会社(C社)に権利義務を承継させるといった形が取られます。
これに対して、合弁では、例えば、A社とB社が共同出資して合弁会社であるC社を設立するものであり、合弁契約の当事者であるA社やB社の法人格が消滅することはありません。
また、合併と似た言葉に買収が挙げられます。買収とは、当事者である片方の会社がもう片方の会社から事業や会社を買うことです。一部の事業または資産のみを買収するケースや、株式を100%取得することで会社ごと買収するケースもあります。
買収と合併は、合わせてM&A(Mergers and Acquisitions)と呼ばれています。つまり、M&Aは、大きく「合併」と「買収」という2つの種類に大別されるわけです。
買収と合併における最大の違いは、法人格の消滅を伴う会社が存在しないことです。例えば、買収の一手法である株式譲渡によって相手側の会社を丸ごと買収されたとしても、株主が変わるだけで法人格自体は消滅しません。
合弁契約のメリット
合弁契約の締結によって合弁会社を設立するメリットには、主に以下の3つがあります。
- 新規分野への進出にあたってコストの節減・リスクの分散ができる
- 強みを相互補完できる
- 海外進出の足がかりとして活用できる
それぞれのメリットを順番に解説します。
新規分野への進出にあたってコストの節減・リスクの分散ができる
合弁契約によって複数の会社が出資して新しい会社を立ち上げることにより、合弁契約の当事者である各社が負担するコストを削減できます。
これによって、新しい事業を始める際の初期投資を軽減し、もし事業がうまく行かなくなった場合でも、投資した金額が少ないためにリスクを分散することが可能です。
強みを相互補完できる
自社だけで新しい事業を始めるときは、資金・技術・人材などさまざまなリソースが膨大に必要となり、それに伴い大きな投資が求められます。
しかし、目標を共有するパートナー企業と合弁会社を立ち上げることにより、互いの得意分野や強みを有効に生かすことが可能です。この場合、合弁契約の締結によって、それぞれの資源を組み合わせて事業を効率的にスタートさせられて、ビジネスの成功可能性をより高められます。
また、異なる分野の専門知識を持つ企業間で合弁会社を設立することで、イノベーションを生み出す可能性もあるでしょう。
海外進出の足がかりとして活用できる
一部の国では、法律によって外国企業が直接的に企業を設立することに制限がかかっていることがあります。このような場合、現地企業と共同で合弁会社を設立することで、その国の市場への参入が可能となります。
また、自社だけで新たな市場に進出する際には、その国特有の法律や規制を一から調べる必要がありますが、現地企業と合弁会社を設立することで、パートナー企業が持つ現地の法規制やビジネス慣習、問題解決のノウハウを共有でき、情報収集やトラブル対応の効率が大幅に向上するでしょう。
合弁契約のリスク
合弁契約の締結による合弁会社の設立には、メリットだけでなくリスクも存在します。代表的なリスクは、以下の3つです。
- 技術・ノウハウをはじめとする経営資源が流出するおそれがある
- 内部統制が行き届かないと不祥事につながるおそれがある
- 利害関係の複雑化を招くおそれがある
それぞれのリスクについて順番に詳しく解説します。
技術・ノウハウをはじめとする経営資源が流出するおそれがある
合弁会社を設立する際、合弁契約の当事者である会社同志で互いの資源を有効活用できるメリットがある一方で、自社が独自に開発した技術・ノウハウが相手側企業に流出したり、盗用されたりするリスクも存在します。こうしたリスクを避けるためには、合弁契約における相手側企業の事前調査に加えて、秘密保持契約の締結など、法的保護措置を整備することが不可欠です。
内部統制が行き届かないと不祥事につながるおそれがある
合弁契約の締結によって設立された合弁会社はそれぞれの出資者から独立した法人として運営されるため、ときには自社の意向が反映されにくくなるリスクを伴います。また、合弁契約の当事者の一方が自己の独断で行動するケースもあるでしょう。
合弁会社では、小規模であるがゆえに管理体制の不備に起因する問題が発生することも珍しくありません。実際に不祥事が発生すると、出資した親会社にとって大きな負担となることもあります。
例えば、日本企業「大和ハウス工業株式会社」が中国企業と設立した合弁会社において、現地の役職員による巨額の不正流用の被害を受けた事例が有名です。国内外を問わず、相互の長所を生かすことを目指しながらも、運営が一方的になりやすく損失を被るリスクがあることには注意が必要です。
参考:日経ビジネス電子版「他人事と笑えぬ大和ハウスの中国巨額流用事件」
利害関係の複雑化を招くおそれがある
合弁契約の当事者である企業間では、通常の親会社と子会社といった直接的な支配関係は築かれません。
このため、各企業の間で経営方針が一致しなかったり、トラブルが発生したりした場合に調整が難航するおそれがあります。結果として、スピード感が求められる新規事業において意思決定が遅くなり、事業展開に悪影響が生じてしまうリスクも想定されるでしょう。
合弁契約の活用シーン
前述したメリットを踏まえると、合弁契約の主な活用シーンとしては、以下が挙げられます。
- 海外進出にあたって、現地の市場に関する知識・ノウハウを活用したいとき
- 新技術開発において、かかる時間・コストの削減やイノベーションを図りたいとき
- 大規模な設備投資にあたって、他の企業とコストを分担したいとき
合弁契約は、事業の拡大や新たな事業分野への挑戦、コスト削減など、多様なビジネスシーンで活用されています。
合弁契約までの流れ
合弁会社の設立における合併契約を締結するまでの大まかな流れを以下の4つのステップに分けて解説します。
- パートナー企業をリサーチ・選定する
- 基本合意を締結する
- 契約締結条件を調整する
- 合弁契約を締結し合板会社の設立を完了させる
それぞれのステップを順番に詳しく解説します。
パートナー企業をリサーチ・選定する
合弁契約の締結にあたって、まずすべきなのは共に合弁会社を立ち上げる相手側企業を選定することです。この選定過程は、合弁契約の成功に直結するため、非常に重要です。
パートナーとなる企業を選ぶにあたっては、その企業の技術力や特色を詳細にリサーチすることはもちろん、自社にとってリスクとなる可能性のある要素を事前に回避できるよう、信用調査を含む徹底的な検討が必要となります。
綿密な調査と慎重な選定を行うことで、合弁契約の成功につながります。
基本合意を締結する
パートナー企業が決定し、両者が合弁会社の立ち上げに向けて同意したら、次は合弁会社の目標やビジョンに関して双方で一致する点を見つけ、基本合意の締結に至ります。
基本合意とは、合弁会社の設立とその運営に関する基本方針を設定することであり、合弁契約の当事者が「私たちは合弁事業を進める」という経営上の意思決定を確認し合うプロセスです。
契約締結条件を調整する
基本合意が成立した後、合弁契約に関連するさまざまな条件の確認・調整が行われます。
具体的には、合弁会社の法的構造や出資比率、撤退時の条件設定などの基本的な項目から、組織の体制、万が一リスクが発生したときの対処法など、細部にわたる事項まで慎重に検討します。これらの条件は合弁事業の成功に直結するため、両社が予め明確に合意しておくことが極めて重要です。
合弁契約を締結し合弁会社の設立を完了させる
これまでのプロセスを経て合弁契約が締結され、合弁会社の設立が行われます。合弁契約では、合弁会社の設立目的、概要、出資比率、取締役会のメンバー構成、重要な運営事項、経費負担方法、利益の分配方法などが具体的に定められます。これらの協議を踏まえて作成される合弁契約は、双方に法的拘束力を持ち、合弁会社における事業運営の基盤となります。
合弁契約書の記載項目
下表に、一般的に合弁会社を設立する場合に締結される合弁契約書の記載項目をまとめました。
記載項目 | 補足 |
前文 | 合弁契約を結ぶ当事者、合弁契約の締結により設立される会社、合弁会社がどのように組成されるか、合弁契約の目的などを記述します。 |
合弁会社の概要 | 主に以下の事項が記載されます。
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合弁会社に対する出資比率 | 合弁契約の当事者が、合弁会社へどの程度の割合で出資するかを定めます。出資比率は、会社の重要な決定を行う株主総会での議決権に直結するため、特に重視されます。 |
合弁会社の取締役・監査役 | 主に以下の点を明確に規定します。
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合弁会社の株主総会・取締役会 | 合弁会社における定足数と決議要件を定めます。特に出資比率の小さい企業は、自分たちの参加なしで合弁会社の重要な決定が下されることがあるため、注意が必要です。 これを防ぐため、通常、一部の重大な決定事項にはすべての株主の同意が必要とする規定が設けられます。この「重要事項」には、決算承認や予算作成、大規模な借入れなどが含まれますが、具体的な内容は合弁契約により異なります。 ただし、すべての事項に全員一致が求められると、意思決定が困難になる場合があります。例えば、株主が二名だけの場合、一名が賛成してももう一名が反対すれば、決定に至らないという状況が起こり得ます。これが続くと、合弁会社の運営が停止するリスクもあります。 このような状況を解決するための対策も契約には含まれており、具体的には、合弁パートナーの一方が他方の株式を買い取る、または合弁会社を解散するといった選択肢があります。これにより、意見の相違が生じた際の対応策を事前に定めておくことが可能です。 |
合弁契約当事者の役割 | 合弁会社の運営において、合弁契約の当事者が、技術の提供、原料供給、運転資金の貸し付けなど特定の役割を担うことがあります。 これらの役割分担は合弁会社への貢献として重要である一方で、取引条件を慎重に設定する必要があります。なぜなら、一方の企業に有利な条件が、他方にとって不利益をもたらす可能性があるからです。 さらに、合弁会社が外部から資金を借りる際には、合弁契約の当事者が連帯保証人となることもありますが、各企業が合弁会社に対して負う責任の範囲は、その出資割合に応じて限定されるのが基本です。 |
合弁会社の株式譲渡の取り決め | 合弁契約の当事者が、合弁会社の株式を外部の第三者に売却したいと考えるケースも想定されます。ただ、合弁会社はその根幹を各参加企業間の信頼関係に置いているため、株式の自由な譲渡は元々想定されていません。 このような場合に株式譲渡を行う際は、全ての参加企業の同意が必須となるのが一般的です。これにより、合弁事業の基盤である信頼関係を守りつつ、各企業の利益も保護されます。 |
合弁会社が経営不振になった場合の対応 | 合弁会社では、経営が苦しくなることも想定されます。そのため、事前に合弁会社が経営困難に陥った際の手順を定めることがあります。 合弁会社で赤字が続いたり、債務超過になったりした場合、経営の継続が不適切と判断されることがあります。その際は、以下のステップで対応するのが一般的です。
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EXITに関する条項 | 合弁会社からの撤退は、EXIT(イグジット)によって行われます。合弁会社におけるEXITとは、その合弁会社を設立した会社が株式を売却し、それまでに投下した様々な資本を現金などで回収して利益を確定させることです。 EXITの条件に関する取り決めとして、合弁契約書において、契約当事者に主に以下のような権利があることを記載するのが一般的です。こうした規定を設けるかどうかは、合弁契約を締結する当事者の意向によるところであり、その内容もケースバイケースです。
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合弁契約当事者に違反があった場合の対応 | 合弁契約上の違反が発生した場合、対処方法は、その違反が経営不振の原因か、合弁会社に直接的な責任があるかによって異なります。 合弁契約違反の場合は、違反のない会社側では以下の選択肢を持ちます。
この際、買取価格の算定方法については、事前に合意しておく必要があります。 倒産等の場合は、違反していない会社が株式を買い取る、もしくは合弁会社を解散することになります。 |
競業禁止の規定 | 合弁契約の当事者が、合弁会社の行っている事業と直接競合する事業を新たに開始しないよう、一定期間内に競業行為を禁止する約束が定められます。これは、合弁事業に悪影響を及ぼす可能性のある競合状況を防ぐためです。 |
秘密保持の規定 | 合弁事業に関連する具体的な情報や取り決め事項は通常、公にされることは想定されておらず、この情報の保護を目的とした秘密保持条項が設けられます。これにより、事業に関する重要な情報が外部に漏れることを防ぎます。 |
その他 | ここまでに紹介した以外に、裁判管轄など紛争解決に関する条項も規定されます。 |
合弁契約を締結する際の5個の重要ポイント
合弁会社の設立は法制度や価値観の異なる企業との共同を意味しますので、成功しても失敗しても、経営面や会社の将来に対する意見が合わず、トラブルになるケースが珍しくありません。
こうした点を踏まえて、合弁契約を締結する際の重要ポイントとして、以下の5つを取り上げます。
- 合弁契約書の作成の要否および内容を入念に検討する
- 合弁会社の出資比率を適切かつ公平・公正に決定する
- パートナー企業に対するデューデリジェンス(DD)を徹底的に実施する
- 合弁会社の撤退条件を決めておく
- 海外に合弁会社を設立する際は現地の会社法等を入念にチェックしておく
それぞれのポイントを順番に詳しく解説します。
合弁契約書の作成の要否および内容を入念に検討する
合弁契約書の作成および締結は、将来のトラブルを防ぐために非常に重要です。特に、自社が出資比率において少数派となる場合、他の多数派パートナーの意向が事業運営に大きく影響するため、自社の権利を守るために合弁契約の締結が強く推奨されます。反対に、自社が出資で多数派になる場合は、他の出資者が合弁契約の必要性を感じない限り、契約を結ぶ必要性は低くなるでしょう。
合弁契約書の内容は、各契約当事者の出資比率や役割に応じて作成する必要があります。テンプレートに依存することなく、契約内容を詳細に検討する必要があります。また、外国での事業展開を考える場合は、現地の会社法が出資比率に応じた権利をどのように規定しているかを事前に確認しておくことが重要です。これにより、合弁会社のスムーズな立ち上げと運営、将来の問題回避につながります。
合弁会社の出資比率を適切かつ公平・公正に決定する
合弁会社への出資比率の決定は、ビジネス運営において非常に重要な役割を果たします。出資比率によって受け取れる利益や配当が変わるため、どれだけの負担を新しい事業に対して許容できるかを慎重に検討し、公平かつ公正な比率を設定する必要があります。
合弁会社が株式会社の形態を取る場合、出資比率は「合弁会社の支配権」を決めるうえで特に重要です。通常、二つの企業が共同で株式会社を立ち上げる際には、出資比率を50%ずつに設定することが多いです。
しかし、一方の企業がもう一方よりも新会社への貢献度が高い、あるいは設立の主導権を握っている場合、その企業がより多く出資することもあります。出資比率が少ない企業でも、特定の株式(拒否権付き株式などの種類株式)を通じて経営の意思決定に参加する権利を確保することが可能です。このように、出資比率の設定は、合弁会社における権力バランスと直結するため、十分な検討が求められます。
パートナー企業に対するデューデリジェンス(DD)を徹底的に実施する
合弁契約を締結する前に、契約の相手側となるパートナー企業の財務状態やコンプライアンスの状況をしっかりと調査し、信頼性を確かめることが重要です。
もし合弁契約におけるパートナー企業の財務状態が後に悪化すると、合弁会社の経費をカバーするため、自社が追加で資金を提供しなければならない状況に陥ることがあります。また、パートナー企業の違法行為が発覚した場合には、その悪評が自社にも波及し、自社の評判にダメージを与えることになりかねません。
そのため、合弁契約の締結に進む前に、パートナー企業に関する十分な調査を行い、リスクを事前に把握しておくことが不可欠です。
合弁会社の撤退条件を決めておく
合弁会社において事業が順調に進まない場合に、どのような状況で事業から撤退するかを事前に定めておくことが大切です。合弁会社の撤退条件を決めておかないと、損失が増え続けるリスクがあるからです。
合弁事業には失敗のリスクがつきもので、撤退の適切なタイミングを逃すと、合弁契約の当事者双方の業績が悪化する可能性があります。特に、合弁契約の当事者間で意見が合わずに解決できない場合、事業継続が難しくなり、最終的に合弁会社を解散することも考えられます。このような解決不可能な対立を「デッドロック」と呼びます。
デッドロックに至る具体的な条件には、次のようなものがあります。
- 一定期間内に業績が回復しない、または向上しない場合
- 指定された金額以上の損失が発生した場合
- M&Aによって経営権が変わった場合
- 合弁契約に違反する状況が生じた場合
海外に合弁会社を設立する際は現地の会社法等を入念にチェックしておく
海外市場への進出にあたって、現地の企業と合弁会社を設立する方法が取られることもあります。特に海外企業の直接参入を制限している発展途上国や、現地の習慣や法律に精通したパートナーが必要な先進国でも、現地の企業と合弁会社を設立するアプローチは頻繁に採用されます。
しかし、海外進出を成功させるには、当該国の法律や文化、ビジネス慣習の綿密な調査など、十分な準備が不可欠です。
例えば、中国では知的財産権の保護状況、欧州では個人情報保護の厳しい規制、米国では反トラスト法など、国によって異なる規制や文化が存在します。また、現地の人々の働き方や思考パターンも大きく異なるため、自国での常識が通用しないことが多々あります。
以上のことから、合弁会社設立による海外進出は慎重な事前準備と強い決意が求められ、準備を怠ると大きな失敗に終わるリスクがある点を把握しておきましょう。
合弁契約の成功事例
合弁契約に基づき合弁会社を設立した成功事例として、以下の3つのケースを取り上げます。
- エイベックス・マネジメント株式会社と株式会社COOL JAPAN TVによる合弁会社の設立
- 株式会社ロコンドと伊藤忠商事株式会社による合弁会社の設立
- 株式会社駅探と株式会社アイティエルホールディングスによる合弁会社の設立
それぞれの事例の概要を順番に解説します。
エイベックス・マネジメント株式会社と株式会社COOL JAPAN TVによる合弁会社の設立
2019年2月、エイベックス・マネジメント株式会社は、株式会社Cool Japan TVとの間で、合弁会社「エイベックス&CJTV Influencer株式会社」を設立しました。
最近、個人クリエイターが独自のコンテンツで大きな影響力を築き、従来のマスメディアを経由せずに直接ファンと繋がる「個人メディア」の時代が広がっています。これは、今後も通信技術の進歩により、オンライン上での動画コンテンツの配信が一層増え、それに伴い活躍するクリエイターの数も増えると考えられています。こうして、新たなスターが次々と誕生することが予想されます。
YouTuberのようなインターネット上で人気の個人クリエイターがテレビなどのマスメディアに登場したり、逆に従来はテレビ中心に活躍していたタレントがインターネットでの活動を展開したりするなど、タレントと個人クリエイターの境界線はほぼ消滅しています。消費者側も、この両者を特に区別せずに楽しんでいる傾向が見られます。
そのような中、日本の有名なアーティストやクリエイターを多数手掛けてきた「エイベックス・マネジメント株式会社」は、世界53カ国でYouTuberの教育コースを提供し、自社で養成した7,000人以上のアジア最大級のインフルエンサーネットワークで海外プロモーションを行う企業「株式会社Cool Japan TV」との間で合弁会社の設立に至っています。
これにより、日本から世界に羽ばたく次世代のIPクリエイターを育成する「avex & CJTV Influencer Academy」を開講し、インフルエンサーや動画クリエイターをはじめとしたIPクリエイターを目指すための学びの場の提供が目指されました。
株式会社ロコンドと伊藤忠商事株式会社による合弁会社の設立
2022年5月、株式会社ロコンドは、伊藤忠商事株式会社との間で、「Reebok」ブランド商品の取り扱いに関する合弁会社を設立することを前提とし、「「Reebok」ブランド商品に関するサブライセンス及び販売特約店契約書」を締結しました。
本合弁会社では、2022年10月1日以降、Reebok日本事業(EC、店舗、卸など)を推進する計画で、株式保有比率が株式会社ロコンドで66%、伊藤忠商事株式会社で34%とされています。そのため、本合弁会社はロコンドグループの連結子会社となりました。また、本合弁会社は、現Reebokの日本事業を運営しているアディダスジャパン社から Reebok 国内事業を継承しています。
本件によって株式会社ロコンドでは、ブランド事業の強化やロコンドグループで取り扱う Reebok 商品の大幅増加、品揃えの拡充を通じた顧客満足度の向上など、EC事業の強化を図っています。
参考:株式会社ロコンド
株式会社駅探と株式会社アイティエルホールディングスによる合弁会社の設立
2023年4月、株式会社駅探は、株式会社アイティエルホールディングスとの間で合弁会社「株式会社駅探I&I」を設立しました。
併せて株式会社アイティエルホールディングスの完全子会社である「グロースアンドコミュニケーションズ株式会社」「株式会社サイバネット」「株式会社アイティジェイ」の全株式を、「株式会社駅探I&I」が取得しています。
株式会社駅探は、個人・法人向けに乗換案内や時刻表、運行情報といった交通情報提供サービスを展開している会社です。株式会社アイティエルホールディングスは、ソフトウェア、システム開発、スマートフォンアプリ開発、レコメンドエンジン事業等を行うグループの持株会社です。
株式会社駅探では、事業戦略の1つとしてM&A・アライアンス戦略を掲げており、機能強化や事業ポートフォリオ強化を実施していました。
その戦略の取り組みの一つとして、株式会社駅探とシナジーが高いIT企業を束ねる株式会社アイティエルホールディングスと検討を重ねた結果、駅探グループの投資・インキュベーション事業の共同運営を行う本合弁会社の設立に至りました。
参考:株式会社駅探
合弁契約でのトラブル事例
合弁契約の締結にあたってトラブルが発生した事例を3つ紹介します。それぞれの事例のポイントを解説しますので、合弁契約の締結における注意点・リスクについて改めて認識しておきましょう。
日本企業A社が中国人実業家B氏と中国に焼肉レストランの合弁会社C社を設立した事例
まずは、日本企業(A社)と中国人実業家(B氏)が焼肉レストランを運営する合弁会社(C社)を設立し営業を開始したものの、さまざまなトラブルが発生し撤退したケースです。
A社は資本金1,000万円の会社で、日本国内で健康福祉器具を販売しています。本業とは関係のない焼肉レストランの事業を運営する合弁会社を設立しましたが、わずか1年あまりで撤退しました。
A社の元社長としては、海外進出しておけば将来何かの役に立ちそうだと考えて、A社が40%、B氏が60%の出資割合でC社を設立しました。
しかし、C社の設立からほどなくして、焼肉レストランの店員がお客さんを殴って傷害事件を起こし、店は一時営業停止処分になりました。また、その後に消防署の調査が入り、内装材がレストラン営業には不適当であると判断され、追加で1か月程度の営業停止処分となりました。
このようにトラブルが続いた上に、営業成績も伸びないことも相まって、A社の社長は「このままいくと本業に影響が及びかねない」と撤退を決断しました。しかし、現地パートナーとの話し合いがうまくいかず、A社の出資分をB氏に無償譲渡することで合弁事業の撤退に至っています。
本件合弁契約の失敗の要因は、A社がC社の運営にあたって中国側に誰も派遣せず、全てをB氏に任せてしまったことだと考えられています。また、A社としては、本業または本業に関係する事業をすべきであったとも考えられています。
参考:アジア経済交流センター「講演1 「海外ビジネストラブル事例」」
日本企業D社がベトナムの現地パートナーE社と合弁会社F社を設立した事例
日本企業(D社)が、ベトナムの現地パートナー(E社)と、合弁会社(F社)を設立しました。F社への出資比率は、Dは70%、Eが30%です。
しかし、合弁事業を開始して一定期間が経過した後に、E社がかつてF社に派遣していた自らの従業員を通じて、F社の事業と競合する事業を行う競業他社G社を設立しました。また、当該従業員は、F社の退職時に、D社がF社に提供した営業秘密(技術情報や顧客名簿など)を持ち出していたことが発覚しました。
ベトナムでは、従業員が会社に蓄積した営業秘密やノウハウ(技術情報や顧客名簿等)の漏えいを行うことや、それを用いて競業事業を開始することへの抵抗感が、一般的に、日本と比べて低いと言われています。
合弁会社の設立後、合弁パートナーの役員や従業員が、日本の投資家が合弁会社に提供した営業秘密やノウハウを利用して、新たに合弁会社と競業する事業を開始するケースも珍しいことではないため、合弁契約書において競業禁止に関する規定を設けることが重要です。
日本の製造業者(H社)がインド製造業者(I社)と合弁会社(J社)を設立した事例
最後に、日本の製造業者(H社)が、インドで実施された展示会で知り合ったインド製造業者(I社)と、インド南部で産業用機械の製造するための合弁会社(J社)の立ち上げを図った事例を紹介します。
H社は、J社の立ち上げにあたって、I社からインドで会社や工場を設立するためには、インド特有の経験・知識が必要になると説明を受けたため、合弁会社および工場の立ち上げの基本的な部分はI社に任せ、駐在員も派遣しませんでした。
その後、法人の設立はスムーズに完了しましたが、工場の設立が難航していたため、H社はI社に確認したところ、工場の設立に進捗が認められないにもかかわらず、資本金の大半は既に工場の設立のために使ったと言われてしまいました。
この事例では、I社の専門性やインドにおける販売網に関するI社の説明に誇張が含まれていたこと、I社の財務状況が脆弱であったことなどが事後的に判明しました。
デューデリジェンス(DD)を適切に実施していれば、I社の合弁パートナーとして適格性について早い段階で疑問を持つことができ、トラブルを回避できた可能性があります。
参考:日本貿易振興機構(ジェトロ)「事例で学ぶインドにおける合弁企業設立上の留意点」
合弁契約のまとめ
合弁契約に基づく合弁会社の設立を成功させるには、企業間におけるシナジー効果を適切かつ客観的に評価しておくことが必要です。自社の弱みを補完してお互いの強みを活用しあうことによって、新たなビジネスを展開しやすくなるでしょう。
ただし、合弁契約の締結には技術やノウハウの流出のほか、企業間の利害関係が複雑化するなどのリスクも想定されるため、合弁契約のパートナー企業を選定する段階から慎重に検討を進める必要があります。
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