近年では、経営難や後継者不在により、投資ファンドによる買収を検討する企業も増えています。投資ファンドから買収されると、資金調達や経営ノウハウの習得、企業価値の向上など、得られるメリットはさまざまです。
一方で「会社や従業員に及ぶ影響はどのようなものか」、「買収されることのメリット・デメリットは?」などが気になる方もいるでしょう。
そこで本記事では、投資ファンドの概要からメリット・デメリット、M&Aの流れなどを掘り下げて解説します。会社の売却を検討される経営者様などは、ぜひ参考にしてください。
投資ファンドとは
投資ファンドとは、投資家から集めた資金を運用し、株式・債券・不動産・商品など、さまざまな資産に投資する組織や仕組みのことです。専門のファンドマネージャー(運用会社)によって運営されており、ファンドごとの投資方針や目標に基づいて、集めた資金を運用します。
投資ファンドの主な目的は、投資家から集めた資金を利用し、利益の最大化を図ることです。運用して得た利益が投資ファンドの利益となり、その後、規定に沿って投資家へも分配をおこないます。
一方で個別の投資に比べるとリスクを分散でき、専門的なファンドマネージャーの知識を活用できる点が投資家のメリットです。投資ファンドは個人の投資家も利用でき、少額投資が可能なファンドも存在します。
なお、投資ファンドは会社を買収し、事業再編で企業価値を向上させてから売却することで、利益を得るといった手法を用いることがあります。投資ファンドによる買収には、売り手側となる企業にとっても、さまざまなメリットが存在します。
投資ファンドの種類
投資ファンドには、さまざまな種類が存在します。まずは、代表的なファンドをみてみましょう。
- 証券投資信託ファンド
- プライベート・エクイティ・ファンド
- バイアウトファンド
- MBOファンド
- ベンチャーキャピタル(ファンド)
- 企業再生ファンド
- ディストレスファンド
証券投資信託ファンド
証券投資信託ファンドは、投資ファンドの中でも認知度の高いファンドです。投資家からの資金を受け入れ、株式・債券・金融派生商品などの証券に投資します。ほかのファンドと比べてリスクが低いと考えられていますが、元本割れのリスクもあるため注意が必要です。
プライベート・エクイティ・ファンド
プライベート・エクイティ・ファンドは、主に非公開市場での投資活動をおこなう投資ファンドです。上場していない企業に対して、機関投資家や個人投資家から集めた資金を投入し、経営への支援や関与をおこないます。企業の成長を促進し、企業価値を高めて上場や売却することで利益を得る仕組みです。
プライベート・エクイティ・ファンドは、限られた数の投資家から資金を集めます。機関投資家(年金基金・保険会社・大手金融機関など)や富裕層などが投資家となり、ファンドに資金を提供するのが主流です。投資家は、ファンドへの出資額に応じて、ファンドの権利を保有します。また、現経営陣とのパートナーシップを重視し、基本的に友好的なM&Aをおこなうことが特徴です。
なお、後述するベンチャー・キャピタルやMBOファンドなどは、プライベート・エクイティ・ファンドに含まれることがあります。
バイアウトファンド
バイアウトファンドも、企業の成長や再編を目的とした投資ファンドです。投資家から資金を集めて企業を買収し、成長や改善を促進してから売却することで、利益を上げることを目指します。
バイアウトファンドは、アクティビスト・ファンドとは異なり、中長期の投資を主体としているのが特徴です。数か月にわたるデューデリジェンス(DD)を経て、買収や資本提携をおこないます。また、取締役の派遣を通じて積極的に経営に関与し、投資対象と友好的な関係を築きながら企業再編を進めていきます。
なお、バイアウトファンドとベンチャー・キャピタルは、よく混同されがちです。しかし、ベンチャー・キャピタルは将来的に上場を目指すベンチャー企業に投資する一方で、バイアウトファンドはある程度成熟した企業を対象とする点で異なります。
MBOファンド
MBOファンドは、MBO(マネジメント・バイアウト)を実施する企業に対し、出資をおこなうファンドです。
MBOとは、買収対象企業の経営陣が資金を調達し、自社株式を株主から買い取って経営権を握る手法をいいます。MBOの目的や背景は企業によって異なりますが、近年では株価の変動に左右されずに中長期的な経営を追求するため、非上場化を目指してMBOをおこなう企業も少なくありません。また後継者不足の影響により、親族間での事業継承が困難な場合には、現在の経営陣による企業の売却や事業の継承を目的として実施されることもあります。
ただし、MBOには多額の資金が必要となることも多く、経営陣が自己資金のみで実施するのは難しいといえます。このような自己資金の足りない経営陣に対し、MBOの支援をおこなうのがMBOファンドです。ほかのファンドと同じく、企業の価値が向上した時に保有株式を売却することで収益化を図ります。
ベンチャーキャピタル(ファンド)
ベンチャーキャピタルは、企業して間もないベンチャー企業に投資するための投資ファンドです。高い成長性を秘めた企業を支援し、成長を促進することを主な目的としています。
ベンチャー企業はまだ創業してから時間が経っていないため、人的資源やノウハウが不足していることがほとんどです。ベンチャーキャピタルは、そのような企業に投資し、企業価値を高めたあとに売却することで利益を得ます。
一方でベンチャー企業側からすると、投資を受けることで知名度と信用力が向上し、銀行からの借り入れがしやすくなるなどのメリットがあります。加えてベンチャーキャピタルは、経営に関するノウハウも提供するので、出資を歓迎するベンチャー企業も少なくありません。
企業再生ファンド
企業再生ファンドは、経営不振や経営破綻した企業に投資するファンドです。収益力の高い企業や技術・ノウハウを持つ企業が主な投資対象となり、投資家から資金を集めて債権の買い取りや出資をおこないます。
企業再生ファンドは、人員削減・資金調達見直し・不採算事業の切り離し・経営改善など実施し、企業の再生を支援するのが目的です。企業を立て直して企業価値が高くなったあとに、株式公開や株式譲渡によって収益を上げます。企業再生ファンドでは、ターンアラウンドとワークアウトという2つの手法が用いられます。
ターンアラウンドは方向転換を意味する言葉で、ビジネスでは「事業再生」や「経営改革」という意味合いで使われます。業績不振の状況を改善すべく、企業の課題である事業構造・組織構造・収益構造などに注目し、中長期的な計画で総合的な改革を図るのが特徴です。
一方のワークアウトは「価値のない仕事を排除する」を意味する言葉で、不要な仕事を切り捨て、短期的なプランにて課題解決を目指すのが特徴です。主にリストラによる人員削減や資産売却などの施策が該当します。
ディストレスファンド
ディストレスファンドは、経営破綻や経営不振に陥っている企業に投資するファンドです。低価格で企業の債権や株式を買い取り、事業の再建や分離売却をおこないます。企業を再建し、企業価値の向上した株式を売却することで、利益を得るのが主な手法です。
ディストレスファンドは、成功すれば高い利益を得ることができますが、失敗すると大きな損失を被る可能性もあるのが特徴です。投資対象も、市場に出ていない企業や事業が多い傾向にあります。
投資ファンドから買収されるメリット
投資ファンドによる買収には、以下のようなメリットが挙げられます。
- 資金調達ができる
- 経営に関するノウハウを得られる
- 交渉によっては高値で会社を売却できる
- 効率よく事業規模の規模・企業価値の向上を図れる
- 事業や会社の承継問題を解決できる
- 経営者が個人保証や債務から解放される
資金調達ができる
一つ目のメリットは、資金調達ができることです。投資ファンドに買収されると、売り手企業には必要な資金が投入されます。
会社の売却を考えるような場合、資金不足に陥っているケースも少なくありません。しかし買収で投資ファンドからの資金の投入があれば、自社の資金が十分でなくても、市場拡大や製品開発などの成長に向けた戦略的な活動を実施できます。
経営に関するノウハウを得られる
経営に関するノウハウを得られることも、投資ファンドから買収されるメリットです。投資ファンドが買収を実施すると、ファイナンシャル・アドバイザーや投資ファンドの社外取締役などが、売り手企業の経営に参加します。
投資ファンドから派遣される方たちは、専門分野に精通したプロです。運用改善・戦略立案などにおける領域でのアドバイスや指導が受けられ、共に事業再編のための経営をおこなっていくことで、経営に関するノウハウも習得できます。結果的には、これまで課題だった事案の解決につながることもあるでしょう。
交渉によっては高値で会社を売却できる
投資ファンドは、将来性や高く売却できる見込みのある会社であれば、高値で買収する場合もあります。ただし、何も対策を講じないでいると、自社の魅力がきちんと伝わらず、企業価値に影響を及ぼす可能性があります。
高値で買収してもらうには、交渉時に自社の魅力や将来性を適切にアピールすることが大切です。
効率よく事業規模の拡大・企業価値の向上を図れる
投資ファンドが買収をする目的は、買収した企業の再編をおこない、高値で売却するにより利益を得ることです。当然ながら、買収した企業に対しては資金面だけでなく、経営の面からも成長に注力します。
投資ファンドは、経営や事業拡大のノウハウ、プロフェッショナルチームをもっているケースがほとんどです。資金やプロの力を借りることで、効率よく事業規模の拡大・企業価値の向上を図れます。
事業や会社の承継問題を解決できる
事業や会社の承継問題を解決できることも、投資ファンドに買収してもらうメリットのひとつです。近年では後継者が不在なことを理由に、廃業を選択する会社も増加しています。投資ファンドによる買収を利用することで、後継者不在による廃業を回避できる可能性があります。
投資ファンドの買収における事業継承のタイプは、大きく「企業の存続を目的」としたものと、「企業の成長を目的」としたものの2種類です。企業の存続を目的にした買収がおこなわれると、投資ファンドからも後継者候補を選定できるため、後継者問題の解決に期待できます。
経営者が個人保証や債務から解放される
会社が金融機関から融資を受けるときは、経営者に対して個人保証を求められるケースがあります。そのため、個人保証を提供して、会社の資金繰りをおこなっている経営者も少なくありません。買収が実施されると経営者の個人保証や債務は、買い手の投資ファンドに引き継がれます。
ただし、交渉などによって個人保証や債務が引き継げなかった場合、経営者は引退したとしても、その責任を負わなければならないため注意が必要です。
投資ファンドから買収されるデメリット
以下は、投資ファンドによって買収されることのデメリットです。投資ファンドからの買収を検討する際は、あらかじめ理解しておきましょう。
- 大規模な人員整理がおこなわれる場合がある
- 事業縮小の可能性がある
- 企業文化が変化することある
- 事業シナジーがなくなる恐れがある
- 社員の大量離職が発生するリスクがある
大規模な人員整理がおこなわれる場合がある
投資ファンドに買収された場合、売り手企業の人件費や人員の配置が見直されるケースがあります。とくに事業縮小が実施されるときなどは、大規模な人員整理が実施されることも珍しくありません。
一方でシナジー効果を得るために、買収した会社の人材の雇用を継続するケースもよく見られます。買収後の方向性や方針は、投資ファンドによって異なるため、従業員の雇用については交渉時に確認しながら進めましょう。
事業縮小の可能性がある
会社や事業の再編をおこなう場合、コスト削減などの観点から、不要な事業を縮小させなければならないことがあります。同様に投資ファンドが買収を実施したとき、コスト削減を目的に、既存事業の縮小を図るケースも少なくありません。
買収がおこなわれると既存事業について、主力事業と主力でない事業に分類するための仕分けがよく実施されます。主力でない事業に仕分けされた事業は、コスト削減を目的に縮小されることも多い傾向です。このように長年の事業がなくなる可能性もある点は、投資ファンドにおける買収のデメリットといえます。
企業文化が変化することもある
投資ファンドによる買収後は、買収された企業では企業文化の変化が生じることがあります。
企業文化は、企業によって異なるものです。企業文化が全く異なる企業同士が買収により合併された場合、企業内では互いに元の文化を重視する傾向にあります。
買収では経営権を握る投資ファンドの意思が反映されることが多く、売り手企業の企業文化は変化するケースも珍しくありません。
すると社内では、企業文化の違いから従業員同士で対立などが起きることもあります。業務に支障をきたす可能性もあるため、合併時にはお互いの文化を理解し、調和を図ることが大切です。
事業シナジーがなくなる恐れがある
買収のやり方によっては、マイナスシナジーが発生することがあります。とくにマイナスシナジーが発生しやすいのは、1つの事業やグループ企業の中の1社のみを買収する場合などです。
たとえば、グループ企業内で開発から販売までをおこなっていたとします。このとき、販売を担う企業のみを買収すると、新たに商品の仕入れ先を探さなければなりません。価格交渉によっては、以前よりコストが膨らんでしまうでしょう。
このように、投資ファンドが事業の一部やグループ企業の一社のみを買収すると、これまでのシナジー効果が半減・または失われることがあります。シナジー効果を失わないためには、あらかじめビジネスモデルを確立させておくことが大切です。
このようなコスト(スタンドアローンコスト)を考慮し、話し合いを進めていくことで、最終的には円滑な関係性を構築できるでしょう。
社員の離職が発生するリスクがある
買収には、社員の流出のリスクに注意が必要です。買収する企業と買収される企業で事業や労働環境が異なる場合、買収する企業側の基準に合わせることが多いため、買収される企業の従業員は戸惑うケースも少なくありません。
とくに派閥や混乱が起きるとストレスが増え、優秀な人材が流出する可能性もあります。人材流出を防ぐためには、買収前に従業員との話し合いを重ね、買収後の待遇や将来のビジョンを共有することが重要です。
投資ファンドによる買収が会社や労働者に与える影響
投資ファンドから買収された場合、売り手企業の会社や労働者には、さまざまな影響が考えられます。
社風が変化する可能性がある
社風は会社ごとに異なるため、買収が実施された場合、売り手企業は買収する側の社風に変化する可能性があります。社風が大きく変化すると、付いていけない従業員も出てくるため、まめなヒアリングやフォローアップが必要です。
従業員の待遇・福利厚生
会社の買収がされると売り手企業に雇用される従業員は、労働条件や待遇、福利厚生などが変わる場合があります。
たとえば、買収後に事業縮小がおこなわれた場合、縮小の対象となる事業に従事する従業員は、異動もしくは退職のいずれかを選択することになるでしょう。一般的には従業員に不利益が生じないよう、異動後も異動前と同等の待遇を提示されるケースが多い傾向です。しかし、業務内容や本人の能力によっては、待遇が悪化する可能性も十分に考えられます。
また福利厚生は、買収した企業によって定められることがほとんどです。そのため、売り手企業で採用していた福利厚生が、大幅に変更されることも少なくありません。
役員の待遇
投資ファンドから買収された場合、役員の待遇に変化が生じる場合があります。買収後の役員の処遇や待遇に関しては、買収前の形態が常勤か非常勤かによって異なります。
まず役員が非常勤だった場合、実態のない親族などが就任していることが多いことから、買収されたあとに退任となることも珍しくありません。
一方で常勤だったときは、買収する企業の状況や役員の力量によって変わります。役員が買収した企業の企業を理解しており、今後も活躍が見込めるのであれば、続投を要請されることもあります。ただし、当該役員の必要性がないと判断されたときや、役員の力量が不足していると判断された場合は、退任となることもあるでしょう。
なお、役員の報酬や退職慰労金は株主総会で決定されます。したがって、仮に役員として残っていても報酬や退職慰労金は保証されず、株主総会の決議によって減額される可能性もあります。
報酬や退職慰労金を維持するためには、買収する投資ファンドに対して、役員としての力量を認めてもらうことが必要です。
人事制度
投資ファンドから買収されたあとは、買収された企業と買収した企業の人事制度を統合する必要があります。
ただし、買収企業が不利な人事制度へ変更する場合、法的なリスクが生じます。また人事制度の変更には社員との個別合意が必要なことから、通常はそれなりの期間をかけて徐々に移行するのがほとんどです。
一方で両社の人事制度を維持する場合もありますが、異動時などに複雑な問題が生じることがあるため、一般的ではありません。
なお、人事制度の統合は、広範囲な人材の発掘につながることもあり、買収におけるメリットのひとつといえます。
投資ファンドによるM&Aの流れ
M&Aの流れは、投資ファンドの方針や用いる手法によって異なりますが、大まかには以下のように進んでいきます。あらかじめイメージしておくと、自社で実施する際に計画が立てやすくなるでしょう。
企業の買収
投資ファンドは会社を買収し、企業価値を高めたうえで、売却することで利益を得ます。まずは、買収が成立するまでの流れからみていきましょう。
ファイナンシャル・アドバイザーの選定
売り手企業は、はじめにフィナンシャル・アドバイザーの選定をおこなうのがおすすめです。
ファイナンシャル・アドバイザーは、企業価値算定や財務的なアドバイスだけでなく、ターゲット企業の選定から最終契約まで、M&Aにおいて幅広いアドバイスを提供します。投資銀行・証券会社・商業銀行・M&Aアドバイザーなどがおこなっており、業界や規模、報酬の水準によって特徴が異なります。
買収をスムーズに進めるためには、自社や条件に応じて、適したファイナンシャル・アドバイザーを選ぶことが大切です。
投資ファンドを探す
投資ファンドによる買収を実施するには、まず投資ファンとの接触が必要です。もし投資ファンドからのアプローチがあれば、買収に応じる意向を示しましょう。
反対にこちらから買収を依頼する場合は、M&A会社などにサポートを頼むとスムーズです。売り手企業の条件や意図を考慮し、投資ファンドとの懸け橋となってくれるでしょう。
なお、互いに買収の意思があれば交渉をしていくことになりますが、はじめに秘密保持契約を結んでおくと安心して買収を進められます。
ターゲット企業の初期分析と企業価値の算定
投資ファンドは、買収候補の会社が見つかると初期分析をおこないます。今後の方針を検討するうえで重要なものになるため、要請があった場合に売り手企業は、基礎情報を提供しなければなりません。この初期分析をもとに、適切な手法やデューデリジェンス(DD)の方針が検討されます。
初期分析のあとは、企業価値の査定をおこない、買収希望価格を提示します。この価格は概算であり、法的根拠はないものの、買収の目安となるものです。
査定には「マーケット・アプローチ」、「インカム・アプローチ」、「コスト・アプローチ」の3つの方法が存在します。投資ファンドも、これらを組み合わせることにより、適切な企業価値の算定に努めます。
買収スキームの決定
企業価値の算定が終わったあとは、買収スキームを決定しなければなりません。M&Aでは、合併・株式譲渡・事業譲渡・会社分割・新株引受・株式交換など、さまざまな買収スキームが存在します。
スキームによって、会社法の手続き・会計・税務処理・必要な資金・株価への影響・シナジー効果の実現などの条件が異なるため、自社に適した手法の検討が必要です。自社のみでの判断が難しいときは、専門家の助言を受けながら、広い視野で買収スキームを検討しましょう。
交渉・基本合意
売買スキームが決定したら、基本合意がおこなわれます。合意に至るまでには、買収金額や他の条件について交渉し、双方が納得できる結論を出すことが大切です。
また交渉では買収金額だけでなく、買収スキーム・時期・契約条項・従業員の雇用・役員の処遇など、さまざまな条件を明確に定めていきます。
なお、基本合意契約に法的な拘束力はありません。しかしながら、交渉を進める投資ファンドと優先的な関係を確立できるのがメリットです。
デューデリジェンス(DD)
基本合意がおこなわれたあとは投資ファンドから、デューデリジェンス(DD)を受けることになります。
デューデリジェンス(DD)とは、企業買収や投資などの際におこなわれる調査活動のことです。主に買収対象企業や投資先企業の経済的・財務的な状況、法的な問題やリスク要素などを詳細に分析し、情報収集やデータの確認をおこないます。具体的なデューデリジェンス(DD)の活動は、大きく以下のように分類されます。
財務デューデリジェンス(DD) ・買収対象企業の財務状況や財務諸表を詳細に調査し、収益性・キャッシュフロー・債務・資産評価などを評価する。
・買収の適切な価格や財務リスクの把握が可能。
法的デューデリジェンス(DD) 法的な観点より、買収対象企業の契約や訴訟・知的財産権・コンプライアンスなどを調査し、法的なリスクや問題点を特定する。
業務デューデリジェンス(DD) 買収対象企業のビジネスモデル・市場競争力・顧客関係などを評価し、将来の成長性や事業上の機会を分析する。
最終契約書の合意・クロージング
交渉の結果、全ての条件が合意に至ったら、最終契約書の締結です。最終契約書には法的拘束力があり、締結後は記載された内容について、各当事者には履行義務が生じます。加えて、最終契約書にはクロージングまでに実施すべき必要な事項も設定します。
最終契約書の合意・締結が完了すると、最後にクロージングです。クロージングは、買収スキームによって異なります。たとえば株式譲渡の場合には、株式の授受や株主名簿の書き換え、株式代金の決済などの手続きがおこなわれます。クロージングが終わると、会社の買収は完了です。
事業の再編
買収が実行されたあと買収された側の企業では、ファンド会社が派遣する社外取締役やファイナンシャル・アドバイザーと共に、事業再編がおこなわれます。再編にはさまざまな手法が用いられますが、ランディング・プランを作成し、社外取締役などが指揮を執って、事業再編を進めていくのが一般的な流れです。
買収後は、買収された企業の従業員が買収のメリットを感じられるよう、迅速な成果を上げることが重要とされています。そのため売上に直結するような施策が、重点的に実行されるケースも少なくありません。販売戦略だけでなく、コスト削減や見直しなどの社内における改善もよく実施されます。
なお、上記のように買収した会社の経営権を握り、経営などに深く関与していくことを「ハンズオン」といいます。
他社へ売却
事業再編に成功したら投資ファンドは、買収した会社を株式上場して売却するか、ほかの会社への株式譲渡をします。売却益または株価の差額が、投資ファンドの収益です。
株式上場して売却する場合は、ロックアップ期間を経て徐々に株式を売却する手法がよくとられます。これは、急激な株価変動を避けるための措置です。
一方で他社への株式譲渡の場合、興味を示した企業へ売却を検討します。先方の意向を確認しうえで、企業価値を算定し、投資契約・株主間契約をなどの条件を確定して売却するのが一般的です。
いずれの手法を選択するにせよ、売却に必要な手続きが完了した段階で、経営権は新たなオーナーに移ります。
投資ファンドの買収の対象となりやすい会社とは
投資ファンドはさまざまな角度から分析をおこない、買収する企業を決定します。なかでも以下のような会社は、投資ファンドから買収されやすいといえるでしょう。
- 会社および事業が大規模である
- 業績や技術力の成長が感じられる
- シナジー効果が見込める
会社および事業が大規模である
買収において、会社や事業の規模は重要な要素のひとつとされています。これは大規模な会社を買収することで、買収後に「規模の経済効果」を享受できると考えられているためです。
規模の経済効果とは、生産量が増えることで原材料や労働力のコストが減少し、収益率が向上することです。規模の大きな会社や事業を買収すると、このようなスケールメリットを活かした事業展開が可能となります。また、事業再編のためのロールアップ戦略でも、大きな会社の買収が効率的です。
規模の経済効果はビジネスで有利にはたらくため、投資ファンドは大規模な会社に関心をもちやすいといえます。
業績や技術力の成長が感じられる
業績や技術力の成長が感じられるかどうかも、投資ファンドの買収の対象となりやすい会社の特徴です。
投資ファンドが企業を評価する際、よく注目する基準が2つあります。まず、「収益が伸びているか」です。収益の成長は、事業の発展にとって最も重要な指標といえます。とくにプライベート・エクイティ・ファンドやベンチャー・キャピタル・ファンドは、IPO(株式公開)による売却を目指す場合も多いことから、売上規模や利益の持続性に注目する傾向です。
2つ目は、「技術や人材などが成長しているか」です。事業のシナジー効果を検討するうえで重要な指標となるため、買収時にも徹底的なデューデリジェンス(DD)をおこない、詳しく検証されます。
シナジー効果が見込める
投資ファンドによる買収においては、しばしば「ロールアップ」という手法が用いられます。ロールアップとは複数の企業を買収するなどを通じて、シナジー効果による利益の拡大を図る戦略のことです。その際に大きなシナジーが得られる会社は、投資ファンドから買収されやすい傾向にあります。
シナジー効果は、企業の買収で重要視される要素のひとつです。買収で合併を検討する場合、2つのパターンに分かれます。
まず、同じ事業をおこなっている競合企業の買収です。この場合、技術やノウハウを組み合わせることで事業を加速させられます。また買収後の企業規模の拡大により、規模の経済効果にも期待できます。加えて業界内におけるシェアの拡大を目的に、実施されるケースも少なくありません。
もう一方は、お互いに補完関係がある類似企業の買収です。これにより事業領域が拡大し、幅広い事業展開が可能となります。競合他社の買収と同様に、規模の経済効果も期待できます。
上記のようなことから、他社とのシナジー効果が期待できる会社は、投資ファンドから興味をもたれやすいといえるでしょう。
投資ファンドによる買収を活用するときの注意点
投資ファンドからの買収を活用するときは、以下の注意点を理解しておきましょう。
- 互いの目的や利益を理解することが重要
- 買収されたからといって必ずしも業績が向上するとは限らない
- 経営者や役員の処遇を明確に決めておく
互いの目的や利益を理解することが重要
買収では、互いの目的や利益を理解し、適切な信頼関係を構築することが重要です。
たとえば簿外債務や粉飾決済、都合の悪い情報を意図的に隠ぺいしたことが発覚すると、買手となる投資ファンドの信頼を大きく損なってしまうでしょう。最悪の場合、買収が中止されることにもなりかねません。
たとえ悪意がなくとも、予想外のマイナス要素が発見されること自体が、買手が不信感を抱くきっかけになります。気になる点は些細なことでも調査し、買手に対し正確な情報を提供しましょう。
買収されたからといって必ずしも業績が向上するとは限らない
投資ファンドは企業価値の向上に努めますが、業績の向上には時間がかかることがあります。数年単位の計画で進めるケースも多いですが、必ずしも成功するわけではありません。
また、投資ファンドによる買収では、短期的な利益が重視される傾向です。方針によっては従業員の福利厚生や長期的な利益を追求する施策より、即効性のある施策が優先されることがあります。そのため投資ファンドが他社へ売却したあと、経営状態が悪化するケースも珍しくありません。
買収時にはさまざまな事態が想定されるため、細かい部分から買収全体の戦略策定まで、あらゆる項目に対して準備しておくことが大切です。
経営者や役員の処遇を明確に決めておく
買収が成立すると、経営権も買収先の会社に移行します。買収後には買手企業の意向により新たな代表が任命され、役員にも新しいメンバーが加わります。
ただし、条件次第では売り手企業のオーナーや役員が、顧問や相談役などの特別な役割を果たすケースも少なくありません。
とくに中小企業の場合、オーナーが個人保証や個人資産の担保にしていることがあります。これらの条件や引き継ぎ方法については、売手と買手がしっかりと話し合う必要があるでしょう。
投資ファンドによる買収の事例
この章では、よりイメージがしやすいように投資ファンドによる買収の事例をご紹介します。投資ファンドからの買収を検討している場合は、ぜひ参考にしてください。
事例①
投資ファンドのベインキャピタルが、所有している温泉リゾートホテルを、2022年にアメリカの投資ファンドであるローンスターに売却した事例です。
温泉リゾートホテルの「大江戸温泉」は、もともと全国で温泉旅館やホテル、テーマパークなど、運営施設は40施設ほどをもつ企業でした。しかし、2015年にベインキャピタルに買収されたことにより、運営施設の追加や主力温泉の増築など、さらに収益を伸ばしていきます。
しかし、新型コロナウイルスにより集客が落ち込んだことなどから、2022年にアメリカの投資ファンドのローンスターへ売却しました。ローンスターは米国の大手ファンドで、日本でも長い歴史を持ち、様々な投資をおこなっています。このように投資ファンドによる買収では、投資ファンドが別の投資ファンドに売却するケースもあります。
参照:日経経済新聞|大江戸温泉、米ローンスターが買収 コロナで苦戦
事例②
アメリカの投資ファンドコールバーグ・クラビス・ロバーツ(以下、「KKR」という)が、日立国際電気を買収した事例です。
KKRは未公開株や不動産を中心に、PEファンドの先駆けとして知られる投資ファンドです。2017年12月に日立製作所が保有する51.67%を除く、日立国際電気の普通株式を公開買付けし、事実上、日立国際電気を買収しました。
なお、日立国際電気は映像や通信ソリューション事業や、半導体製造装置などおこなう企業です。KKRは自社がもつグローバルネットワークやソリューションを活かし、日立国際の成長目標の達成支援、ならびに業界トップ企業としての地位強化を目指すとしています。
参照:KKR|KKR、株式会社日立国際電気の公開買付けを完了
事例③
国内投資ファンドであるポラリス・キャピタル・グループ株式会社が、総合メディカルグループ株式会社を買収した事例です。
ポラリス・キャピタル・グループ株式会社は、ハンズオン型バリューアップのノウハウを活かし、国内でも豊富な投資実績がある投資ファンドです。プライベート・エクイティ・ファンドを中心に投資・買収をおこなっており、2020年3月に総合メディカルグループ株式会社を、既存株主からのTOBによる株式取得にて買収しました。
総合メディカルグループ株式会社は、医療機関のコンサルティングをベースに、事業を展開していた企業です。主には医業継承・医療連携・医師転職支援システムである、DtoDを活用した支援を提供しており、併設店を含めて全国で700店舗を超える調剤薬局を運営していました。買収後は、資本市場において高い評価の獲得が期待される、「総合ヘルスケア企業」への転換を実現するとしています。
参照:ポラリス・キャピタル・グループ株式会社|投資実績(5号ファンド)詳細
まとめ
投資ファンドによる買収は、企業価値の向上や資金調達など、自社の今後を考えていくうえでメリットも大きいといえます。しかし、他企業に吸収されることにより、事業縮小の可能性や企業文化の変化など、買収で生じるデメリットも考慮しなければなりません。
投資ファンドによる買収を検討するときは、互いの目的や利益を理解し、メリット・デメリットを踏まえたうえで適切な手法を選択することが大切です。
なお、売り手企業側が投資ファンドによる買収を検討する場合、こちらからアピールすることも考えなければなりません。買収されやすい会社の傾向はありますが、自社のみでの対応が困難なときは、M&Aに強い弁護士などへの相談を検討してみましょう。