近年では、経営難や後継者不在により、投資ファンドによる買収を検討する企業も増えています。投資ファンドから買収されると、資金調達や経営ノウハウの習得、企業価値の向上など、得られるメリットはさまざまです。
一方で「会社や従業員に及ぶ影響はどのようなものか」、「買収されることのメリット・デメリットは?」などが気になる方もいるでしょう。
そこで本記事では、投資ファンドの概要からメリット・デメリット、M&Aの流れなどを掘り下げて解説します。会社の売却を検討される経営者様などは、ぜひ参考にしてください。
投資ファンドとは
投資ファンドとは、投資家から集めた資金を運用し、株式・債券・不動産・商品など、さまざまな資産に投資する組織や仕組みのことです。専門のファンドマネージャー(運用会社)によって運営されており、ファンドごとの投資方針や目標に基づいて、集めた資金を運用します。
投資ファンドの主な目的は、投資家から集めた資金を利用し、利益の最大化を図ることです。運用して得た利益が投資ファンドの利益となり、その後、規定に沿って投資家へも分配をおこないます。
一方で個別の投資に比べるとリスクを分散でき、専門的なファンドマネージャーの知識を活用できる点が投資家のメリットです。投資ファンドは個人の投資家も利用でき、少額投資が可能なファンドも存在します。
なお、投資ファンドは会社を買収し、事業再編で企業価値を向上させてから売却することで、利益を得るといった手法を用いることがあります。投資ファンドによる買収には、売り手側となる企業にとっても、さまざまなメリットが存在します。
ファンドは通常、3〜7年程度の運用期間の中で企業価値の向上と売却(第三者売却・再売却・IPO等)を計画します。買収される会社にとっては、「いつ・どの手法で・誰に売られる可能性があるか」という前提を理解し、経営計画やキーマンのリテンション設計に反映しておくことが重要です。
投資ファンドの種類
投資ファンドには、さまざまな種類が存在します。まずは、代表的なファンドをみてみましょう。
- 証券投資信託ファンド
- プライベート・エクイティ・ファンド
- バイアウトファンド
- MBOファンド
- ベンチャーキャピタル(ファンド)
- 企業再生ファンド
- ディストレスファンド
| ファンド種類 | 目的・役割(概要) |
|---|---|
| 証券投資信託ファンド | 株式・債券など金融商品に分散投資し安定運用を図る |
| プライベート・エクイティ・ファンド | 非上場企業に投資し、経営支援と企業価値向上を目指す |
| バイアウトファンド | 企業を買収し、業績改善後に売却して収益を得る |
| MBOファンド | 経営陣による自社買収(MBO)を資金面で支援する |
| ベンチャーキャピタル(ファンド) | スタートアップなど成長企業に投資し成長を支援する |
| 企業再生ファンド | 経営不振企業に投資し再建・改善を行う |
| ディストレスファンド | 破綻企業の債権・資産を取得し再生・売却益を狙う |
証券投資信託ファンド
証券投資信託ファンドは、投資ファンドの中でも認知度の高いファンドです。投資家からの資金を受け入れ、株式・債券・金融派生商品などの証券に投資します。ほかのファンドと比べてリスクが低いと考えられていますが、元本割れのリスクもあるため注意が必要です。
プライベート・エクイティ・ファンド
プライベート・エクイティ・ファンドは、主に非公開市場での投資活動をおこなう投資ファンドです。上場していない企業に対して、機関投資家や個人投資家から集めた資金を投入し、経営への支援や関与をおこないます。企業の成長を促進し、企業価値を高めて上場や売却することで利益を得る仕組みです。
プライベート・エクイティ・ファンドは、限られた数の投資家から資金を集めます。機関投資家(年金基金・保険会社・大手金融機関など)や富裕層などが投資家となり、ファンドに資金を提供するのが主流です。投資家は、ファンドへの出資額に応じて、ファンドの権利を保有します。また、現経営陣とのパートナーシップを重視し、基本的に友好的なM&Aをおこなうことが特徴です。
なお、後述するベンチャー・キャピタルやMBOファンドなどは、プライベート・エクイティ・ファンドに含まれることがあります。
バイアウトファンド
バイアウトファンドも、企業の成長や再編を目的とした投資ファンドです。投資家から資金を集めて企業を買収し、成長や改善を促進してから売却することで、利益を上げることを目指します。
バイアウトファンドは、アクティビスト・ファンドとは異なり、中長期の投資を主体としているのが特徴です。数か月にわたるデューデリジェンス(DD)を経て、買収や資本提携をおこないます。また、取締役の派遣を通じて積極的に経営に関与し、投資対象と友好的な関係を築きながら企業再編を進めていきます。
なお、バイアウトファンドとベンチャー・キャピタルは、よく混同されがちです。しかし、ベンチャー・キャピタルは将来的に上場を目指すベンチャー企業に投資する一方で、バイアウトファンドはある程度成熟した企業を対象とする点で異なります。
MBOファンド
MBOファンドは、MBO(マネジメント・バイアウト)を実施する企業に対し、出資をおこなうファンドです。
MBOとは、買収対象企業の経営陣が資金を調達し、自社株式を株主から買い取って経営権を握る手法をいいます。MBOの目的や背景は企業によって異なりますが、近年では株価の変動に左右されずに中長期的な経営を追求するため、非上場化を目指してMBOをおこなう企業も少なくありません。また後継者不足の影響により、親族間での事業継承が困難な場合には、現在の経営陣による企業の売却や事業の継承を目的として実施されることもあります。
ただし、MBOには多額の資金が必要となることも多く、経営陣が自己資金のみで実施するのは難しいといえます。このような自己資金の足りない経営陣に対し、MBOの支援をおこなうのがMBOファンドです。ほかのファンドと同じく、企業の価値が向上した時に保有株式を売却することで収益化を図ります。
ベンチャーキャピタル(ファンド)
ベンチャーキャピタルは、起業して間もないベンチャー企業に投資するための投資ファンドです。高い成長性を秘めた企業を支援し、成長を促進することを主な目的としています。
ベンチャー企業はまだ創業してから時間が経っていないため、人的資源やノウハウが不足していることがほとんどです。ベンチャーキャピタルは、そのような企業に投資し、企業価値を高めたあとに売却することで利益を得ます。
一方でベンチャー企業側からすると、投資を受けることで知名度と信用力が向上し、銀行からの借り入れがしやすくなるなどのメリットがあります。加えてベンチャーキャピタルは、経営に関するノウハウも提供するので、出資を歓迎するベンチャー企業も少なくありません。
企業再生ファンド
企業再生ファンドは、経営不振や経営破綻した企業に投資するファンドです。収益力の高い企業や技術・ノウハウを持つ企業が主な投資対象となり、投資家から資金を集めて債権の買い取りや出資をおこないます。
企業再生ファンドは、人員削減・資金調達見直し・不採算事業の切り離し・経営改善など実施し、企業の再生を支援するのが目的です。企業を立て直して企業価値が高くなったあとに、株式公開や株式譲渡によって収益を上げます。企業再生ファンドでは、ターンアラウンドとワークアウトという2つの手法が用いられます。
ターンアラウンドは方向転換を意味する言葉で、ビジネスでは「事業再生」や「経営改革」という意味合いで使われます。業績不振の状況を改善すべく、企業の課題である事業構造・組織構造・収益構造などに注目し、中長期的な計画で総合的な改革を図るのが特徴です。
一方のワークアウトは「価値のない仕事を排除する」を意味する言葉で、不要な仕事を切り捨て、短期的なプランにて課題解決を目指すのが特徴です。主にリストラによる人員削減や資産売却などの施策が該当します。
ディストレスファンド
ディストレスファンドは、経営破綻や経営不振に陥っている企業に投資するファンドです。低価格で企業の債権や株式を買い取り、事業の再建や分離売却をおこないます。企業を再建し、企業価値の向上した株式を売却することで、利益を得るのが主な手法です。
ディストレスファンドは、成功すれば高い利益を得ることができますが、失敗すると大きな損失を被る可能性もあるのが特徴です。投資対象も、市場に出ていない企業や事業が多い傾向にあります。
投資ファンドから買収されるメリット
投資ファンドによる買収には、以下のようなメリットが挙げられます。
- 資金調達ができる
- 経営に関するノウハウを得られる
- 交渉によっては高値で会社を売却できる
- 効率よく事業規模の拡大・企業価値の向上を図れる
- 事業や会社の承継問題を解決できる
- 経営者が個人保証や債務から解放される
- 信用力を高め、資金アクセスを拡大できる
- ロールアップ/追加M&Aにより非連続的な成長を実現できる
- ガバナンスを高度化できる
- 経営者・幹部に成果連動型のインセンティブを設計できる
資金調達ができる
一つ目のメリットは、資金調達ができることです。投資ファンドに買収されると、売り手企業には必要な資金が投入されます。
会社の売却を考えるような場合、資金不足に陥っているケースも少なくありません。しかし買収で投資ファンドからの資金の投入があれば、自社の資金が十分でなくても、市場拡大や製品開発などの成長に向けた戦略的な活動を実施できます。
経営に関するノウハウを得られる
経営に関するノウハウを得られることも、投資ファンドから買収されるメリットです。投資ファンドが買収を実施すると、ファイナンシャル・アドバイザーや投資ファンドの社外取締役などが、売り手企業の経営に参加します。
投資ファンドから派遣される方たちは、専門分野に精通したプロです。運用改善・戦略立案などにおける領域でのアドバイスや指導が受けられ、共に事業再編のための経営をおこなっていくことで、経営に関するノウハウも習得できます。結果的には、これまで課題だった事案の解決につながることもあるでしょう。
交渉によっては高値で会社を売却できる
投資ファンドは、将来性や高く売却できる見込みのある会社であれば、高値で買収する場合もあります。ただし、何も対策を講じないでいると、自社の魅力がきちんと伝わらず、企業価値に影響を及ぼす可能性があります。
高値で買収してもらうには、交渉時に自社の魅力や将来性を適切にアピールすることが大切です。
効率よく事業規模の拡大・企業価値の向上を図れる
投資ファンドが買収をする目的は、買収した企業の再編をおこない、高値で売却することにより利益を得ることです。当然ながら、買収した企業に対しては資金面だけでなく、経営の面からも成長に注力します。
投資ファンドは、経営や事業拡大のノウハウ、プロフェッショナルチームをもっているケースがほとんどです。資金やプロの力を借りることで、効率よく事業規模の拡大・企業価値の向上を図れます。
事業や会社の承継問題を解決できる
事業や会社の承継問題を解決できることも、投資ファンドに買収してもらうメリットのひとつです。近年では後継者が不在なことを理由に、廃業を選択する会社も増加しています。投資ファンドによる買収を利用することで、後継者不在による廃業を回避できる可能性があります。
投資ファンドの買収における事業継承のタイプは、大きく「企業の存続を目的」としたものと、「企業の成長を目的」としたものの2種類です。企業の存続を目的にした買収がおこなわれると、投資ファンドからも後継者候補を選定できるため、後継者問題の解決に期待できます。
経営者が個人保証や債務から解放される
会社が金融機関から融資を受けるときは、経営者に対して個人保証を求められるケースがあります。そのため、個人保証を提供して、会社の資金繰りをおこなっている経営者も少なくありません。買収が実施されると経営者の個人保証や債務は、買い手の投資ファンドに引き継がれます。
ただし、交渉などによって個人保証や債務が引き継げなかった場合、経営者は引退したとしても、その責任を負わなければならないため注意が必要です。
信用力を高め、資金アクセスを拡大できる
投資ファンドの支援を受けることで、企業の社会的信用力は大きく高まります。ファンドは豊富な資金と金融機関とのネットワークを持ち、これまで難しかった資金調達や取引がスムーズに進むようになります。
また、ファンドが持つ信用を背景に、取引先との交渉力や新規ビジネスの受注機会が広がることも多いです。
このように、財務基盤の安定化と資金アクセスの拡大は、次の成長戦略を実行するうえでの強力な後押しとなります。
ロールアップ/追加M&Aにより非連続的な成長を実現できる
ファンドによる買収は、単に資金を投入するだけではなく、グループ全体での成長を意識した戦略がとられます。その一つが、同業や関連分野の企業を段階的に取り込んでいく「ロールアップ戦略」です。
これにより、規模の経済が働き、コスト削減や販売チャネルの拡大、ブランド力の向上などが期待できます。
複数企業の統合によって新しい市場へ参入するケースも多く、従来の延長線上にはない“非連続的な成長”を実現できる点が特徴です。
ガバナンスを高度化できる
投資ファンドによる参画後、企業の経営管理体制はより透明で効率的なものへと変わります。社外取締役や経営専門家が加わり、意思決定のスピードと正確性が高まります。
また、KPI(重要業績指標)やPMI(統合計画)を活用したモニタリング体制が整うことで、経営課題が早期に発見・修正されるようになります。
このようなガバナンスの高度化は、企業価値の向上だけでなく、将来的な上場や次の売却に備えた土台づくりにもつながります。
経営者・幹部に成果連動型のインセンティブを設計できる
投資ファンドによる買収では、経営陣や幹部社員に成果連動型の報酬制度が導入されることが一般的です。MIP(Management Incentive Plan)などの仕組みを通じて、企業価値の向上が報酬に反映されるため、経営陣とファンドが同じ目標を共有できます。こうした制度は、短期的な利益よりも中長期的な成長を意識した経営を促す効果があります。
また、成果に応じて報酬が得られる仕組みは、幹部のモチベーション維持と離職防止にもつながり、組織全体の結束を高める要因となります。
投資ファンドから買収されるデメリット
以下は、投資ファンドによって買収されることのデメリットです。投資ファンドからの買収を検討する際は、あらかじめ理解しておきましょう。
- 大規模な人員整理がおこなわれる場合がある
- 事業縮小の可能性がある
- 企業文化が変化することもある
- 事業シナジーがなくなる恐れがある
- 社員の大量離職が発生するリスクがある
- 出口期限に伴い短期志向の圧力が生じる
- 表明保証・補償や価格調整条項による負担が発生する
- チェンジ・オブ・コントロール(CoC)条項による契約リスクが生じる
- 許認可・資格の承継に関して再申請などの問題が生じる
- 買収後に労働条件が不利益に変更されるリスクがある
大規模な人員整理がおこなわれる場合がある
投資ファンドに買収された場合、売り手企業の人件費や人員の配置が見直されるケースがあります。とくに事業縮小が実施されるときなどは、大規模な人員整理が実施されることも珍しくありません。
一方でシナジー効果を得るために、買収した会社の人材の雇用を継続するケースもよく見られます。買収後の方向性や方針は、投資ファンドによって異なるため、従業員の雇用については交渉時に確認しながら進めましょう。
事業縮小の可能性がある
会社や事業の再編をおこなう場合、コスト削減などの観点から、不要な事業を縮小させなければならないことがあります。同様に投資ファンドが買収を実施したとき、コスト削減を目的に、既存事業の縮小を図るケースも少なくありません。
買収がおこなわれると既存事業について、主力事業と主力でない事業に分類するための仕分けがよく実施されます。主力でない事業に仕分けされた事業は、コスト削減を目的に縮小されることも多い傾向です。このように長年の事業がなくなる可能性もある点は、投資ファンドにおける買収のデメリットといえます。
企業文化が変化することもある
投資ファンドによる買収後は、買収された企業では企業文化の変化が生じることがあります。
企業文化は、企業によって異なるものです。企業文化が全く異なる企業同士が買収により合併された場合、企業内では互いに元の文化を重視する傾向にあります。
買収では経営権を握る投資ファンドの意思が反映されることが多く、売り手企業の企業文化は変化するケースも珍しくありません。
すると社内では、企業文化の違いから従業員同士で対立などが起きることもあります。業務に支障をきたす可能性もあるため、合併時にはお互いの文化を理解し、調和を図ることが大切です。
事業シナジーがなくなる恐れがある
買収のやり方によっては、マイナスシナジーが発生することがあります。とくにマイナスシナジーが発生しやすいのは、1つの事業やグループ企業の中の1社のみを買収する場合などです。
たとえば、グループ企業内で開発から販売までをおこなっていたとします。このとき、販売を担う企業のみを買収すると、新たに商品の仕入れ先を探さなければなりません。価格交渉によっては、以前よりコストが膨らんでしまうでしょう。
このように、投資ファンドが事業の一部やグループ企業の一社のみを買収すると、これまでのシナジー効果が半減・または失われることがあります。シナジー効果を失わないためには、あらかじめビジネスモデルを確立させておくことが大切です。
このようなコスト(スタンドアローンコスト)を考慮し、話し合いを進めていくことで、最終的には円滑な関係性を構築できるでしょう。
社員の離職が発生するリスクがある
買収には、社員の流出のリスクに注意が必要です。買収する企業と買収される企業で事業や労働環境が異なる場合、買収する企業側の基準に合わせることが多いため、買収される企業の従業員は戸惑うケースも少なくありません。
とくに派閥や混乱が起きるとストレスが増え、優秀な人材が流出する可能性もあります。人材流出を防ぐためには、買収前に従業員との話し合いを重ね、買収後の待遇や将来のビジョンを共有することが重要です。
出口期限に伴い短期志向の圧力が生じる
投資ファンドには運用期間が設定されており、通常3〜7年程度で投資回収(出口)を行う必要があります。そのため、長期的な成長投資よりも、短期的な利益改善やコスト削減が優先されるケースがあります。
研究開発や人材育成といった中長期の取り組みが後回しになる可能性がある点は注意が必要です。経営者としては、短期目標と企業の将来ビジョンのバランスをどのように保つかが重要になります。
表明保証・補償や価格調整条項による負担が発生する
M&A契約では、売り手が「表明保証」を行い、後に簿外債務や法令違反などが判明した場合、補償責任を負うことがあります。こうしたリスクは、契約締結後に発覚することが多く、売却代金の減額や支払い延期の対象となることもあります。
また、アーンアウト条項など業績連動の支払い方式が採用されると、想定通りの売却益を得られない場合もあります。契約交渉では、補償範囲や上限額・期間などの条件を慎重に確認しておくことが大切です。
チェンジ・オブ・コントロール(CoC)条項による契約リスクが生じる
取引先との契約の中には、「支配権が変更された場合に契約を解除できる」というCoC(Change of Control)条項が含まれることがあります。この条項があると、買収後に取引条件の見直しや契約の終了を求められるおそれがあります。
特に、主要顧客や仕入先との契約に影響が出ると、事業運営に大きな支障をきたす場合もあります。買収前の段階で、こうした条項の有無を確認し、必要に応じて事前に取引先との合意を得ておくことが重要です。
許認可・資格の承継に関して再申請などの問題が生じる
事業譲渡などのスキームを用いる場合、業種によっては許認可や登録の再取得が必要になることがあります。たとえば、医療・建設・運送などの分野では、名義変更や再申請に時間とコストがかかるケースがあります。
許認可の手続きが遅れると、事業の一時停止や取引機会の損失につながるおそれもあります。買収スキームの選定段階で、自社の業種特性と行政上の手続きを十分に確認しておくことが求められます。
買収後に労働条件が不利益に変更されるリスクがある
買収後の人事制度統合の過程で、従業員の待遇や評価制度が変更されることがあります。これにより、実質的に労働条件が悪化すると、従業員の不満や離職につながる可能性があります。特に、従来の文化や職場慣行を重んじる企業では、急な制度変更が摩擦を生むことも少なくありません。
買収を進める際には、従業員への説明責任を果たし、段階的な移行と十分なコミュニケーションを行うことが重要です。
投資ファンドによる買収が会社や労働者に与える影響
投資ファンドから買収された場合、売り手企業の会社や労働者には、さまざまな影響が考えられます。
社風が変化する可能性がある
社風は会社ごとに異なるため、買収が実施された場合、売り手企業は買収する側の社風に変化する可能性があります。社風が大きく変化すると、付いていけない従業員も出てくるため、まめなヒアリングやフォローアップが必要です。
従業員の待遇・福利厚生
会社の買収がされると売り手企業に雇用される従業員は、労働条件や待遇、福利厚生などが変わる場合があります。
たとえば、買収後に事業縮小がおこなわれた場合、縮小の対象となる事業に従事する従業員は、異動もしくは退職のいずれかを選択することになるでしょう。一般的には従業員に不利益が生じないよう、異動後も異動前と同等の待遇を提示されるケースが多い傾向です。しかし、業務内容や本人の能力によっては、待遇が悪化する可能性も十分に考えられます。
また福利厚生は、買収した企業によって定められることがほとんどです。そのため、売り手企業で採用していた福利厚生が、大幅に変更されることも少なくありません。
役員の待遇
投資ファンドから買収された場合、役員の待遇に変化が生じる場合があります。買収後の役員の処遇や待遇に関しては、買収前の形態が常勤か非常勤かによって異なります。
まず役員が非常勤だった場合、実態のない親族などが就任していることが多いことから、買収されたあとに退任となることも珍しくありません。
一方で常勤だったときは、買収する企業の状況や役員の力量によって変わります。役員が買収した企業の企業を理解しており、今後も活躍が見込めるのであれば、続投を要請されることもあります。ただし、当該役員の必要性がないと判断されたときや、役員の力量が不足していると判断された場合は、退任となることもあるでしょう。
なお、役員の報酬や退職慰労金は株主総会で決定されます。したがって、仮に役員として残っていても報酬や退職慰労金は保証されず、株主総会の決議によって減額される可能性もあります。
報酬や退職慰労金を維持するためには、買収する投資ファンドに対して、役員としての力量を認めてもらうことが必要です。
人事制度
投資ファンドから買収されたあとは、買収された企業と買収した企業の人事制度を統合する必要があります。
ただし、買収企業が不利な人事制度へ変更する場合、法的なリスクが生じます。また人事制度の変更には社員との個別合意が必要なことから、通常はそれなりの期間をかけて徐々に移行するのがほとんどです。
一方で両社の人事制度を維持する場合もありますが、異動時などに複雑な問題が生じることがあるため、一般的ではありません。
なお、人事制度の統合は、広範囲な人材の発掘につながることもあり、買収におけるメリットのひとつといえます。
雇用承継の違い(株式譲渡/事業譲渡)
買収の手法によって、従業員の雇用契約の扱いが異なる点には注意が必要です。
株式譲渡の場合、会社自体はそのまま存続するため、雇用契約は原則として自動的に引き継がれます。
一方、事業譲渡のケースでは、労働契約法上、従業員ごとの個別同意が求められるため、丁寧な説明と条件調整が不可欠です。
この過程で十分な情報共有や信頼形成ができていないと、誤解や不安を招き、離職につながることもあります。
したがって、スムーズな移行を実現するためには、移行スケジュールや待遇維持の方針を明確に示すことが重要です。
情報開示と社内コミュニケーション設計
買収は企業全体に大きな変化をもたらすため、社内コミュニケーションの在り方が極めて重要になります。特に“発表前・発表直後・統合期間(PMI)”の三段階で、従業員に適切な情報をタイミングよく伝えることが求められます。FAQの整備や処遇方針の共有、異動・配置転換の見通しの説明などを行うことで、不安を和らげ離職リスクを減らせます。
また、現場からの意見を吸い上げる仕組みを設けると、変化に対する抵抗感を抑え、組織の一体感を維持しやすくなります。透明性のある情報開示と双方向のコミュニケーションが、買収後の安定的な運営を支える鍵となります。
キーマン・人材のリテンション
買収後の安定と成長には、キーパーソンの確保が欠かせません。経営陣や営業トップ、技術・研究開発の中心人物などが離脱すると、企業価値そのものが損なわれるおそれがあります。そのため、これらの重要人材に対しては、成功報酬や株式連動型インセンティブなどを導入し、継続的な関与を促す仕組みが取られます。
また、金銭的な報酬だけでなく、今後のキャリアパスや経営方針への関与機会を明確に示すこともモチベーション維持に効果的です。キーマンの定着は、統合後の組織文化形成と企業価値の維持に直結する要素といえます。
ガバナンス変更の明確化
買収後には、経営体制や意思決定プロセスの見直しが行われることが一般的です。特に取締役構成や決裁権限、内部統制の仕組みなどは、ファンド側の方針に基づいて再設計されることが多くあります。この際、変更内容を明確に社内へ共有しないと、現場での判断が遅れたり、責任の所在が曖昧になったりするリスクがあります。
買収直後の段階で新しいルールと役割を明確にし、各部門の意思決定権限を整理することが大切です。ガバナンスの再構築は、一時的な混乱を防ぐだけでなく、組織全体の生産性向上と信頼関係の醸成にもつながります。
投資ファンドによるM&Aの流れ
M&Aの流れは、投資ファンドの方針や用いる手法によって異なりますが、大まかには以下のように進んでいきます。あらかじめイメージしておくと、自社で実施する際に計画が立てやすくなるでしょう。
企業の買収
投資ファンドは会社を買収し、企業価値を高めたうえで、売却することで利益を得ます。まずは、買収が成立するまでの流れからみていきましょう。
ファイナンシャル・アドバイザーの選定
売り手企業は、はじめにファイナンシャル・アドバイザーの選定をおこなうのがおすすめです。
ファイナンシャル・アドバイザーは、企業価値算定や財務的なアドバイスだけでなく、ターゲット企業の選定から最終契約まで、M&Aにおいて幅広いアドバイスを提供します。投資銀行・証券会社・商業銀行・M&Aアドバイザーなどがおこなっており、業界や規模、報酬の水準によって特徴が異なります。
買収をスムーズに進めるためには、自社や条件に応じて、適したファイナンシャル・アドバイザーを選ぶことが大切です。
投資ファンドを探す
投資ファンドによる買収を実施するには、まず投資ファンドとの接触が必要です。もし投資ファンドからのアプローチがあれば、買収に応じる意向を示しましょう。
反対にこちらから買収を依頼する場合は、M&A会社などにサポートを頼むとスムーズです。売り手企業の条件や意図を考慮し、投資ファンドとの懸け橋となってくれるでしょう。
なお、互いに買収の意思があれば交渉をしていくことになりますが、はじめに秘密保持契約を結んでおくと安心して買収を進められます。
ターゲット企業の初期分析と企業価値の算定
投資ファンドは、買収候補の会社が見つかると初期分析をおこないます。今後の方針を検討するうえで重要なものになるため、要請があった場合に売り手企業は、基礎情報を提供しなければなりません。この初期分析をもとに、適切な手法やデューデリジェンス(DD)の方針が検討されます。
初期分析のあとは、企業価値の査定をおこない、買収希望価格を提示します。この価格は概算であり、法的根拠はないものの、買収の目安となるものです。
査定には「マーケット・アプローチ」、「インカム・アプローチ」、「コスト・アプローチ」の3つの方法が存在します。投資ファンドも、これらを組み合わせることにより、適切な企業価値の算定に努めます。
買収スキームの決定
企業価値の算定が終わったあとは、買収スキームを決定しなければなりません。M&Aでは、合併・株式譲渡・事業譲渡・会社分割・新株引受・株式交換など、さまざまな買収スキームが存在します。
スキームによって、会社法の手続き・会計・税務処理・必要な資金・株価への影響・シナジー効果の実現などの条件が異なるため、自社に適した手法の検討が必要です。自社のみでの判断が難しいときは、専門家の助言を受けながら、広い視野で買収スキームを検討しましょう。
交渉・基本合意
売買スキームが決定したら、基本合意がおこなわれます。合意に至るまでには、買収金額や他の条件について交渉し、双方が納得できる結論を出すことが大切です。
また交渉では買収金額だけでなく、買収スキーム・時期・契約条項・従業員の雇用・役員の処遇など、さまざまな条件を明確に定めていきます。
なお、基本合意契約に法的な拘束力はありません。しかしながら、交渉を進める投資ファンドと優先的な関係を確立できるのがメリットです。
デューデリジェンス(DD)
基本合意がおこなわれたあとは投資ファンドから、デューデリジェンス(DD)を受けることになります。
デューデリジェンス(DD)とは、企業買収や投資などの際におこなわれる調査活動のことです。主に買収対象企業や投資先企業の経済的・財務的な状況、法的な問題やリスク要素などを詳細に分析し、情報収集やデータの確認をおこないます。具体的なデューデリジェンス(DD)の活動は、大きく以下のように分類されます。
財務デューデリジェンス(DD) ・買収対象企業の財務状況や財務諸表を詳細に調査し、収益性・キャッシュフロー・債務・資産評価などを評価する。
・買収の適切な価格や財務リスクの把握が可能。
法的デューデリジェンス(DD) 法的な観点より、買収対象企業の契約や訴訟・知的財産権・コンプライアンスなどを調査し、法的なリスクや問題点を特定する。
業務デューデリジェンス(DD) 買収対象企業のビジネスモデル・市場競争力・顧客関係などを評価し、将来の成長性や事業上の機会を分析する。
契約実務の重要論点
デューデリジェンスの結果を踏まえ、最終契約前後では契約条件の精査と交渉が行われます。この段階では、契約条項の内容次第で売り手のリスクや最終的な売却価格が大きく変わることがあります。
主に①表明保証(コンプライアンス・知財・雇用・税務等)②補償の範囲・上限額・期間③価格調整(運転資本・純有利子負債の変動)④アーンアウト(業績連動型の後払い)⑤競業避止・取引先不介入――といった条項が中心です。
これらを十分に理解し、売り手側の保護やリスク回避の観点から慎重に交渉することが重要となります。
最終契約書の合意・クロージング
交渉の結果、全ての条件が合意に至ったら、最終契約書の締結です。最終契約書には法的拘束力があり、締結後は記載された内容について、各当事者には履行義務が生じます。加えて、最終契約書にはクロージングまでに実施すべき必要な事項も設定します。
最終契約書の合意・締結が完了すると、最後にクロージングです。クロージングは、買収スキームによって異なります。たとえば株式譲渡の場合には、株式の授受や株主名簿の書き換え、株式代金の決済などの手続きがおこなわれます。クロージングが終わると、会社の買収は完了です。
事業の再編
買収が実行されたあと買収された側の企業では、ファンド会社が派遣する社外取締役やファイナンシャル・アドバイザーと共に、事業再編がおこなわれます。再編にはさまざまな手法が用いられますが、ランディング・プランを作成し、社外取締役などが指揮を執って、事業再編を進めていくのが一般的な流れです。
買収後は、買収された企業の従業員が買収のメリットを感じられるよう、迅速な成果を上げることが重要とされています。そのため売上に直結するような施策が、重点的に実行されるケースも少なくありません。販売戦略だけでなく、コスト削減や見直しなどの社内における改善もよく実施されます。
なお、上記のように買収した会社の経営権を握り、経営などに深く関与していくことを「ハンズオン」といいます。
他社へ売却
事業再編に成功したら投資ファンドは、買収した会社を株式上場して売却するか、ほかの会社への株式譲渡をします。売却益または株価の差額が、投資ファンドの収益です。
株式上場して売却する場合は、ロックアップ期間を経て徐々に株式を売却する手法がよくとられます。これは、急激な株価変動を避けるための措置です。
一方で他社への株式譲渡の場合、興味を示した企業へ売却を検討します。先方の意向を確認したうえで、企業価値を算定し、投資契約・株主間契約などの条件を確定して売却するのが一般的です。
いずれの手法を選択するにせよ、売却に必要な手続きが完了した段階で、経営権は新たなオーナーに移ります。
投資ファンドの買収の対象となりやすい会社とは
投資ファンドはさまざまな角度から分析をおこない、買収する企業を決定します。なかでも以下のような会社は、投資ファンドから買収されやすいといえるでしょう。
- 会社および事業が大規模である
- 業績や技術力の成長が感じられる
- シナジー効果が見込める
- 実務で評価される“移管容易性”がある
会社および事業が大規模である
買収において、会社や事業の規模は重要な要素のひとつとされています。これは大規模な会社を買収することで、買収後に「規模の経済効果」を享受できると考えられているためです。
規模の経済効果とは、生産量が増えることで原材料や労働力のコストが減少し、収益率が向上することです。規模の大きな会社や事業を買収すると、このようなスケールメリットを活かした事業展開が可能となります。また、事業再編のためのロールアップ戦略でも、大きな会社の買収が効率的です。
規模の経済効果はビジネスで有利にはたらくため、投資ファンドは大規模な会社に関心をもちやすいといえます。
業績や技術力の成長が感じられる
業績や技術力の成長が感じられるかどうかも、投資ファンドの買収の対象となりやすい会社の特徴です。
投資ファンドが企業を評価する際、よく注目する基準が2つあります。まず、「収益が伸びているか」です。収益の成長は、事業の発展にとって最も重要な指標といえます。とくにプライベート・エクイティ・ファンドやベンチャー・キャピタル・ファンドは、IPO(株式公開)による売却を目指す場合も多いことから、売上規模や利益の持続性に注目する傾向です。
2つ目は、「技術や人材などが成長しているか」です。事業のシナジー効果を検討するうえで重要な指標となるため、買収時にも徹底的なデューデリジェンス(DD)をおこない、詳しく検証されます。
シナジー効果が見込める
投資ファンドによる買収においては、しばしば「ロールアップ」という手法が用いられます。ロールアップとは複数の企業を買収するなどを通じて、シナジー効果による利益の拡大を図る戦略のことです。その際に大きなシナジーが得られる会社は、投資ファンドから買収されやすい傾向にあります。
シナジー効果は、企業の買収で重要視される要素のひとつです。買収で合併を検討する場合、2つのパターンに分かれます。
まず、同じ事業をおこなっている競合企業の買収です。この場合、技術やノウハウを組み合わせることで事業を加速させられます。また買収後の企業規模の拡大により、規模の経済効果にも期待できます。加えて業界内におけるシェアの拡大を目的に、実施されるケースも少なくありません。
もう一方は、お互いに補完関係がある類似企業の買収です。これにより事業領域が拡大し、幅広い事業展開が可能となります。競合他社の買収と同様に、規模の経済効果も期待できます。
上記のようなことから、他社とのシナジー効果が期待できる会社は、投資ファンドから興味をもたれやすいと言えるでしょう。
実務で評価される“移管容易性”がある
投資ファンドは、買収後の統合がスムーズに行えるかどうかも重要な判断材料としています。主要取引契約に支配権変更(CoC)条項が少なく、同意取得が容易な企業は、買収リスクが低く評価が高まります。
また、許認可の名義や管理体制が整っていること、部門別損益(PL)やKPIが整理されていることは、PMI(統合プロセス)を進めやすくする要素です。
こうした「統合しやすさ」は、買収後のスピード感を左右し、ディール全体の価値評価(バリュエーション)にも影響を与えます。
投資ファンドによる買収を活用するときの注意点
投資ファンドからの買収を活用するときは、以下の注意点を理解しておきましょう。
- 互いの目的や利益を理解することが重要
- 買収されたからといって必ずしも業績が向上するとは限らない
- 経営者や役員の処遇を明確に決めておく
- デューデリジェンス前に“自社DD”を実施する
- ステークホルダーの同意を事前に設計する
- コミットメントとマイルストーンを明確にする
互いの目的や利益を理解することが重要
買収では、互いの目的や利益を理解し、適切な信頼関係を構築することが重要です。
たとえば簿外債務や粉飾決算、都合の悪い情報を意図的に隠ぺいしたことが発覚すると、買い手となる投資ファンドの信頼を大きく損なってしまうでしょう。最悪の場合、買収が中止されることにもなりかねません。
たとえ悪意がなくとも、予想外のマイナス要素が発見されること自体が、買い手が不信感を抱くきっかけになります。気になる点は些細なことでも調査し、買い手に対し正確な情報を提供しましょう。
買収されたからといって必ずしも業績が向上するとは限らない
投資ファンドは企業価値の向上に努めますが、業績の向上には時間がかかることがあります。数年単位の計画で進めるケースも多いですが、必ずしも成功するわけではありません。
また、投資ファンドによる買収では、短期的な利益が重視される傾向です。方針によっては従業員の福利厚生や長期的な利益を追求する施策より、即効性のある施策が優先されることがあります。そのため投資ファンドが他社へ売却したあと、経営状態が悪化するケースも珍しくありません。
買収時にはさまざまな事態が想定されるため、細かい部分から買収全体の戦略策定まで、あらゆる項目に対して準備しておくことが大切です。
経営者や役員の処遇を明確に決めておく
買収が成立すると、経営権も買収先の会社に移行します。買収後には買い手企業の意向により新たな代表が任命され、役員にも新しいメンバーが加わります。
ただし、条件次第では売り手企業のオーナーや役員が、顧問や相談役などの特別な役割を果たすケースも少なくありません。
とくに中小企業の場合、オーナーが個人保証や個人資産を担保にしていることがあります。これらの条件や引き継ぎ方法については、売り手と買い手がしっかりと話し合う必要があるでしょう。
デューデリジェンス前に“自社DD”を実施する
買収交渉を有利に進めるためには、ファンド側の調査(DD)を受ける前に、自社でも事前の点検を行うことが重要です。契約関係・人事・知的財産・法令順守・環境安全衛生などのリスクを事前に洗い出すことで、開示資料の正確性が高まります。
この準備を怠ると、買収後に問題が見つかり、補償義務や価格調整で不利になるおそれがあります。あらかじめ「自社DD」を実施しておけば、リスクの最小化と交渉力の向上の両方につながります。
ステークホルダーの同意を事前に設計する
投資ファンドによる買収では、金融機関や主要取引先など、さまざまな関係者の同意が必要になる場合があります。とくに融資契約や重要取引契約には、支配権変更(CoC)に関する条項が含まれていることが多く、同意が得られないとクロージングが遅れることもあります。そのため、どの契約にどのような制約があるのかを早期に確認し、事前に合意形成のシナリオを立てておくことが大切です。
これにより、交渉終盤でのトラブルや手続き上の障害を未然に防ぐことができます。
コミットメントとマイルストーンを明確にする
買収後のPMI(統合プロセス)を成功させるには、初期段階で双方の目標と期限を明確に設定する必要があります。
たとえば、売上・コスト・組織再編などの優先順位を定め、90日・180日・365日といった節目で達成状況を確認します。これにより、短期的な成果を求めるファンドの意向と、中長期的な成長を目指す経営者の考え方のバランスがとりやすくなります。
明確なマイルストーンを共有することで、統合の進捗を可視化し、双方の信頼関係を維持することができます。
投資ファンドによる買収の事例
この章では、よりイメージがしやすいように投資ファンドによる買収の事例をご紹介します。投資ファンドからの買収を検討している場合は、ぜひ参考にしてください。
事例①
投資ファンドのベインキャピタルが、所有している温泉リゾートホテルを、2022年にアメリカの投資ファンドであるローンスターに売却した事例です。
温泉リゾートホテルの「大江戸温泉」は、もともと全国で温泉旅館やホテル、テーマパークなど、運営施設は40施設ほどをもつ企業でした。しかし、2015年にベインキャピタルに買収されたことにより、運営施設の追加や主力温泉の増築など、さらに収益を伸ばしていきます。
しかし、新型コロナウイルスにより集客が落ち込んだことなどから、2022年にアメリカの投資ファンドのローンスターへ売却しました。ローンスターは米国の大手ファンドで、日本でも長い歴史を持ち、様々な投資をおこなっています。このように投資ファンドによる買収では、投資ファンドが別の投資ファンドに売却するケースもあります。
参照:日本経済新聞|大江戸温泉、米ローンスターが買収 コロナで苦戦
事例②
アメリカの投資ファンドコールバーグ・クラビス・ロバーツ(以下、「KKR」という)が、日立国際電気を買収した事例です。
KKRは未公開株や不動産を中心に、PEファンドの先駆けとして知られる投資ファンドです。2017年12月に日立製作所が保有する51.67%を除く、日立国際電気の普通株式を公開買付けし、事実上、日立国際電気を買収しました。
なお、日立国際電気は映像や通信ソリューション事業や、半導体製造装置などおこなう企業です。KKRは自社がもつグローバルネットワークやソリューションを活かし、日立国際の成長目標の達成支援、ならびに業界トップ企業としての地位強化を目指すとしています。
参照:KKR|KKR、株式会社日立国際電気の公開買付けを完了
事例③
国内投資ファンドであるポラリス・キャピタル・グループ株式会社が、総合メディカルグループ株式会社を買収した事例です。
ポラリス・キャピタル・グループ株式会社は、ハンズオン型バリューアップのノウハウを活かし、国内でも豊富な投資実績がある投資ファンドです。プライベート・エクイティ・ファンドを中心に投資・買収をおこなっており、2020年3月に総合メディカルグループ株式会社を、既存株主からのTOBによる株式取得にて買収しました。
総合メディカルグループ株式会社は、医療機関のコンサルティングをベースに、事業を展開していた企業です。主には医業継承・医療連携・医師転職支援システムである、DtoDを活用した支援を提供しており、併設店を含めて全国で700店舗を超える調剤薬局を運営していました。買収後は、資本市場において高い評価の獲得が期待される、「総合ヘルスケア企業」への転換を実現するとしています。
参照:ポラリス・キャピタル・グループ株式会社|投資実績(5号ファンド)詳細
まとめ
投資ファンドによる買収は、企業価値の向上や資金調達など、自社の今後を考えていくうえでメリットも大きいといえます。しかし、他企業に吸収されることにより、事業縮小の可能性や企業文化の変化など、買収で生じるデメリットも考慮しなければなりません。
投資ファンドによる買収を検討するときは、互いの目的や利益を理解し、メリット・デメリットを踏まえたうえで適切な手法を選択することが大切です。
なお、売り手企業側が投資ファンドによる買収を検討する場合、こちらからアピールすることも考えなければなりません。買収されやすい会社の傾向はありますが、自社のみでの対応が困難なときは、M&Aに強い弁護士などへの相談を検討してみましょう。

