M&Aで企業を買収する際に、成功の鍵の一つとなるのが「ロックアップ」です。
ロックアップは、企業買収の買収金額や売り手側の経営者の処遇にも影響するため、M&Aでは必ず押さえておきたい概念と言えるでしょう。
今回は、M&Aのロックアップを検討している担当者に向けて、以下に挙げるような主要論点を詳しく紹介します。
・定義
・制度の特徴
・効果的なケース
・メリット、デメリット
・適正な期間
・設定する時の注意点
M&Aを専門に手がけるベテラン弁護士が、ロックアップの全体像をわかりやすく説明しますので、ぜひ参考にしてください。
ロックアップの定義
ロックアップとは、英語の”lock up”(鍵をかけて閉じ込める)に由来する用語です。M&Aにおける売り手側の経営者や役員、有能なスタッフなどが、売却後も一定期間経営に携わり続けることを義務とする条項です。
M&Aで会社を売却した後、売り手側の経営陣や重要なスタッフ(キーマン)を一定期間会社に拘束することから「キーマン条項」とも呼ばれます。
ロックアップとはどんな制度か
ロックアップとは、売り手側のキーマンが企業売却後も一定期間経営に関わるための制度です。
買収された会社の人間が経営に残るのは一見不思議な話に聞こえますが合理性があります。事業売却後に主要人物が抜けてしまうと、業績が悪化して企業価値が維持できなくなるおそれがあるからです。
買収後も一定期間ロックアップすることで、企業価値を維持しながらスムーズに経営を引き継ぐことができるのです。
ただし、後述するように、ロックアップでキーマンが拘束されることは、売り手側にとってはデメリットとなる点に注意すべきでしょう。
ロックアップが効果的な4つのケース
ロックアップは次の4つのケースで特に効果を発揮します。
1.買い手側が新体制を整えるのに時間がかかる場合
2.経営者の影響力が強い場合
3.管理部門の責任者が有能である場合
4.ずば抜けた成績の営業担当者がいる場合
買い手側が新体制を整えるのに時間がかかる場合
買収後、買い手側が経営陣を新たに用意する場合、適切な人材がいないために後継者の育成に時間を要する場合があります。そのようなケースでも、売り手側の優れたキーマンをロックアップで確保し協力をあおげれば、後継者育成もスムーズに行えるでしょう。
キーマンがサポートしながら新体制を整えていければ、ロックアップ期間中の経営も安定します。
経営者の影響力が強い場合
中小企業の場合、特定の経営者が存在することで会社の価値を維持しているケースがあります。そのようなキーマンが売り手側の経営者である場合、M&A後にすぐ離脱してしまうと混乱が避けられません。
買い手側に売り手側のキーマンが一定期間参画すれば、経営が安定するので企業価値の下落をある程度防げます。
管理部門の責任者が有能である場合
経理・財務・人事・総務・法務といった管理部門では、企業の動きを広い視野で俯瞰することが求められます。その意味で管理部門の責任者は、経営者に匹敵するくらいの「企業経営の要」だと言えるでしょう。
したがって、売り手側の管理部門に有能な責任者がいる場合、ロックアップによって拘束し、M&A後もしっかりサポートしてもらえれば、買い手側にとっては大きなメリットとなります。
ずば抜けた成績の営業担当者がいる場合
抜きん出た営業成績は、商品やビジネスコミュニケーションの知識だけでは生み出せません。その営業担当者の経験や人柄も関わってきます。優秀な営業担当者をゼロから育成することは極めて困難なのです。
したがって、買収した会社の中にずば抜けた営業成績を持つ人材がいるのであれば、ロックアップを積極的に活用する意義は大いにあると言えるでしょう。
ロックアップの目的
M&A後の会社経営を安定させることが、ロックアップの重要な目的です。
M&Aで買収された会社(売り手側)は、買い手側の子会社として事業を継続していきます。経営陣が入れ替わるだけでなく、親会社の企業理念や社風の影響を受けるため、日々の業務の手法の変更なども含め、従業員にとってはさまざまなストレスや混乱が起きる状況になります。
M&Aによって経営環境が大きく変化し、トラブルや業績悪化が起きやすくなる時期を乗り切るためには、ロックアップを使って経営を安定させる必要があるのです。
ロックアップの期間
買い手側と売り手側の双方が納得してM&Aが成約し、成約後もトラブルなく、双方の想定通りに経営が進められるには、ロックアップ条項について、最適な期間を設定することが重要です。ここでは、ロックアップの期間の平均がどれくらいなのか、買い手側、売り手側にとってのベストな期間について、解説します。
ロックアップの平均期間は2〜3年
ロックアップの期間は2年から3年が目安です。企業の規模、契約の内容、引き継ぐべき内容などにより変わりますが、一般的に規模が大きくなるほど長くなる傾向にあります。
長すぎる期間設定はM&Aの成否に悪影響も
M&Aの成否は、買収後に適切な引き継ぎが行われるかで決まります。
引き継ぎには相応の時間が必要です。しかし問題なのは、売り手側と買い手側では、引き継ぎ期間の考え方が全く異なるということ。
買い手側からすると、「買収した会社の経営が安定するまで、できるだけ長く旧経営陣にサポートしてもらいたい」と考えます。
一方、売り手側のキーマンとしては、売却益を元手に次の事業を始めるなりリタイアするなりしたいでしょうから、引き継ぎ期間は短いほど良いことになります。
このように、ロックアップの期間に対する考え方は、売り手側と買い手側で正反対となります。
あまりにロックアップ期間が長いと、売り手側のキーマンのモチベーションが低下し、事業にマイナスの影響が出かねません。
拘束される売り手側キーマンの事情を考慮するならば、買い手側にとって必要最低限の期間を設定するのが現実的です。
ロックアップのメリット
M&Aのロックアップには以下のようなメリットがあります。
買い手側のメリット
売り手側のキーマンを一定期間コントロール下に置けることが、買い手側にとっての最大のメリットです。キーマンのサポートを得ながら引き継ぎを行えれば、経営の安定化が図れます。
引き継ぎが滞ると新会社に対する信用が失われ、経営が揺らぐことにもなりかねません。M&Aから不安定要素を除外するためにも、ロックアップを積極的に活用したいところです。
売り手側のメリット
売り手側にとってのロックアップのメリットは、アーンアウト条項と併用することで、想定を超えた業績を上げた場合に、売り手側が買い手側から追加で報酬を受けられることです。
アーンアウト条項とは、M&Aの成立後に、条件に応じて買い手側が売り手側に追加で代金を支払う義務です。業績を大幅に伸ばすことで追加報酬が受け取れますから、売り手側キーマンの強いモチベーションになります。
売り手側としては、ロックアップ条項が入るなら、努力した分追加報酬が得られるよう、アーンアウト条項をつけるよう交渉するべきです。
ロックアップのデメリット
ロックアップには、買い手側と売り手側に次のようなデメリットが考えられます。
買い手側のデメリット
ロックアップされたキーマンが思うように動いてくれないとM&Aが失敗に終わるおそれがあります。これにはキーマンのモチベーションが関わっています。
買収後、すでに会社は別の人のもの。経営に参画はするものの、すでに多額の売却益を得た後でもあり、キーマンのモチベーションが続かないことがあるのです。
また、そもそもキーマンだと思っていた人が実はキーマンではなかったことが判明し、ロックアップが機能しない事態もありえます。
キーマンの候補者については事前に面談等の調査を必ず行いますが、買収後に一緒に働き始めてみると想定したような人材ではなかったという事態は起こりえます。 そうなるとロックアップの意義はほとんど失われるので、スムーズな引き継ぎも難しくなるでしょう。
売り手側のデメリット
売り手側のキーマンが一定期間拘束されて、その間、新たな事業などを開始できないことが売り手側のデメリットです。
また、「ロックアップ期間に想定以上の仕事を任されてしまい、期待通りの業績を上げることができない」「当初は問題ないと理解していたロックアップ期間が、実際に働き続けると長くて苦痛に感じてしまった」といったトラブルも想定すべきでしょう。
ロックアップを設定する時の注意点
ロックアップを設定する際、必ず押さえておきたい注意点は以下の5つです。
1.キーマンのモチベーションを下げない
2.ロックアップの条件と売却金額のバランス
3.キーマンに対する競業禁止や他社への出資の制限
4.キーマンが働けなくなる場合がある
5.キーマン以外の従業員に対する配慮
キーマンのモチベーションを下げない
ロックアップでは、企業売却後にキーマンが短期期間で退職してしまうケースを想定し、売却金額の調整を行う調整条項や表明保証違反による補償請求ができる条項が盛り込まれる場合があります。
このような条項は、キーマンを心理的に強く拘束するものです。そのため、ロックアップ期間をあまり長く設定すると、売り手側のモチベーションを著しく阻害するおそれがあります。
引き継ぎが充分行えるだけのロックアップ期間は必要ですが、売り手側のモチベーションを下げないように配慮することも重要です。
ロックアップの条件と売却金額のバランス
売り手側からすると、ロックアップの有無、期間の長さによって、売却金額が大きく異なってくることを考慮しないといけません。
ロックアップの期間が長い方が売却金額は大きくなりますが、キーマンは拘束され、自由が奪われてしまいます。
期間だけでなく、キーマンの処遇・役職・裁量といった要素もモチベーションに関わります。ロックアップの諸条件と売却金額は常にバランス関係にあることを忘れないようにしましょう。
キーマンに対する競業禁止や他社への出資の制限
売り手側として注意が必要なのは、競業の禁止や他社への出資に制限を設けられていないかです。これらの制限があると、会社売却後の自由な経済活動が難しくなります。
ロックアップを設定する際は、会社の売却金額だけに注目するのではなく、将来の経済活動に対する影響を考慮しながら交渉してください。
キーマンが働けなくなる場合がある
ロックアップ条項を設定すれば、キーマンは経営をサポートしてくれますし、後述するアーンアウト条項によりモチベーションを維持することも可能です。
しかし、キーマンが事故や病気で働けなくなることもありえます。特に経営層となると高齢者の場合も少なくないため、キーマンが働けなくなった場合の事前の取り決めが必要です。
キーマン以外の従業員に対する配慮
会社はキーマンだけで回るものではなく、従業員の存在が不可欠です。
売り手側の従業員は、自分たちがどのように処遇されるのか、仕事のやり方がどう変わるのか、強い不安を抱いています。
また、強い仲間意識で結ばれたキーマンがいなくなると、会社に対する帰属意識が薄れ、退職者が増える状況もありえます。そうなれば会社の実務に支障をきたし、経営が立ち行かなくなるおそれもあるでしょう。
買い手側は、退職の連鎖が起きないよう、キーマンだけでなくすべての従業員に配慮しながらロックアップを設定する必要があります。
ロックアップが必要ないケースもある
ロックアップには「必要ないケース、すべきでないケース」があることに注意しましょう。
例えば、キーマンが高齢や病気である場合、ロックアップで拘束してもすぐに離脱してしまう可能性があります。
また、キーマンの経営能力が乏しく、従業員から信頼されていない場合には、ロックアップで拘束期間を設けてしまうとかえって業績が悪化するかもしれません。そのようなケースでは、ロックアップにこだわらず、新しい経営陣に置き換えて早々に経営刷新を行うほうが、企業価値の維持・向上が狙えます。
ロックアップと関係するアーンアウト条項
M&Aの際、ロックアップとともに盛り込まれる条項として「アーンアウト」があります。
M&Aの成立後、条件に応じて買い手側が売り手側に追加で代金を支払う義務のことをアーンアウトと言います。M&Aが成立して企業を売却する際に、売却代金の一部を支払い、残額は売却後の業績変動を反映して支払うという分割支払いの考え方を取り入れた手法です。
アーンアウト条項について、売り手側、買い手側のそれぞれのメリットを見てみましょう。
売り手側のメリット
売り手側にとってのアーンアウト条項のメリットは2つあります。
1つめは、売却した企業が当初の想定した以上の業績を出せた場合には、追加で対価を受け取れることです。
単にロックアップされるだけでは、モチベーション維持も難しく、拘束期間の不自由さもありますが、アーンアウト条項により、その期間の業績向上へのモチベーションを維持することができます。
メリットの2つめは、一括払いの契約よりも多額の売却金を手にできる可能性があることです。
アーンアウト条項を設ける場合、目標達成のレベルを上げることで、より多くの売却金額を設定できる場合があるからです。
アーンアウトを設けない一括払いでは、買い手側のリスクヘッジを考慮して売却金額が抑制される傾向があります。
一方、アーンアウトを設ける分割払いでは、買い手側のリスクヘッジを受け入れる代わりに、目標達成を条件に売却金額の増額を要求できるというわけです。
買い手側のメリット
買い手側にとってのアーンアウト条項のメリットは、買収した企業が当初の想定した業績を出せなかった場合、買収金額が抑えられることです。
アーンアウト条項では、買収後一定期間の業績達成目標が設定されます。当該期間の業績が下振れすれば、追加で買収金額を払う必要がなくなります。
ただし、業績達成できないということは、M&Aによっても買い手側が思うように成長できなかったことを意味します。したがって、買収金額が抑制できることは、積極的なメリットとまでは言えないかもしれません。
まとめ
M&Aで考慮すべき要素は様々ありますが、重要な要素の一つが、「企業を買収した後、買収金額の前提として想定していたとおりの企業業績を上げられるか」です。
M&Aをなんとしても成功させたい買い手側としては、スムーズな経営権の移行、業績維持のために経営のキーマンを引き続き拘束することは必要なオプションであり、そのためにロックアップ条項が重要な要素になります。
一方で、売り手側の経営者やキーマンは、「次の新規事業を開始したい、早く会社を離れたい」と思いますから、買い手側からの一方的なロックアップ条項はなかなかうまくいきません。
アーンアウト条項を取り入れるなど、双方の利害関係のバランスを取りつつロックアップが機能するような交渉を心がけましょう。
売り手側・買い手側のメリット・デメリットを考慮し、お互いに納得できるロックアップ条項を組み立てるためには、相応の知見・経験が必要です。
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