M&Aで企業を買収するのに重要な要素の一つとして、ロックアップという言葉があります。企業買収の後、旧経営陣が一定期間、会社の経営に参画することを規定する条項のことで、企業買収の買収金額や売り手側の経営者の処遇にも影響する重要な条項です。
今回、そのロックアップ、それに関連するアーンアウト条項について、その定義、メリット・デメリット、条項を盛り込む時の注意点などを徹底的に解説します。
M&Aでのロックアップとは?
ロックアップとは、M&Aにおいては、キーマン条項とも呼ばれるように、M&Aにおける売り手側の経営者や役員などの主要人物、キーマンが企業の売却後も一定期間、経営に携わり続けることを義務とする条項になります。
M&Aで会社を買収すると、買収された会社(売り手側)は、買い手側を親会社として、その子会社として事業を継続していくことになります。経営陣が入れ替わるだけでなく、親会社の企業理念、社風を受けることになり、日々の業務の手法の変更なども含め、従業員にとっては、さまざまなストレスや混乱が起きる状況になります。
M&Aでは、そのような環境変化のもとで、その成約後の数年間にトラブルや業績悪化が起きやすいため、その時期をいかに乗り切るかが成功の重要なポイントになります。そのために、その時期に経営を安定させるための一つの手段がロックアップになります。ロックアップの内容について、次のようなポイントで解説します。
- ロックアップではキーマンが経営に携わり続ける
- ロックアップではキーマンが拘束される
- IPOにおけるロックアップとの違い
ロックアップではキーマンが経営に携わり続ける
ロックアップでは、売り手側の経営者や役員などの主要人物、キーマンが企業の売却後も一定期間、経営に携わり続けます。
企業買収した後に前経営陣が経営に残るというのは一見、不思議な話に聞こえますが、事業売却後に、主要人物が抜けることで業績が悪化したり、その事業を支える人材が流出したりすることで、事業の買い手側としてのM&Aによる期待した業績、企業価値が維持できない、というおそれがあることから、一定期間、ロックアップすることで、組織、業績、企業価値を維持しつつ、主要人物からスムーズな経営の引継ぎを受けることを狙いとしています。買い手側としては必須の契約条項になります。
ロックアップではキーマンが拘束される
一方で、売り手側からすると、一定期間、買い手側の意向に沿った経営を強いられる、退職、転職、新規事業ができないため、強い制約になります。契約条件によっては、企業売却後、ロックアップ条項の下で、キーマンが短期期間で退職をすると、売却金額の調整を行うことになる調整条項や表明保証違反により補償請求ができる条項が盛り込まれる場合があります。
IPOにおけるロックアップとの違い
ロックアップは、IPOにおいて、未上場株式を上場する際にも設定されることがあります。しかしIPOでのロックアップは、上場前から株式を保有する株主に対して上場直後に株式を売却することを禁止する条項です。M&Aでのロックアップとは内容が異なりますので注意しましょう。
ロックアップ条項が設定される主な場面
ロックアップ条項が設定されるのは、主に、買収後に買い手側が設定する新経営陣、後継者が確定していない場合や、後継者が決まっていても、育成が必要で、それに時間を要する場合です。
旧経営陣、経営のキーマンが一定期間に在籍し続ければ、買い手側の新経営陣、新体制の準備期間として経営の引継ぎ、後継者の育成を受けることができ、その期間中の経営は安定を臨めるメリットがあります。
ただし、必ずしもM&Aのすべてのケースにロックアップ条項が設けられるわけではありません。ロックアップ条項を設定しても意味のないケースもありますので、その設定は、個別に検討され行われます。
ロックアップの期間
買い手側と売り手側の双方が納得してM&Aが成約し、成約後もトラブルなく、双方の想定通りに経営が進められるには、ロックアップ条項について、最適な期間を設定することが重要です。ここでは、ロックアップの期間の平均がどれくらいなのか、買い手側、売り手側にとってのベストな期間について、解説します。
ロックアップの平均の期間
ロックアップの期間は、一般的には2年から3年が目安になっています。ロックアップ期間は企業の規模、契約の内容、引き継ぐべき内容などにより、変わってきますが、規模が大きくなれば、長くなる傾向にあります。
ロックアップのちょうどよい期間は買い手側と売り手側では異なる
買い手側からすると、買収した会社の経営が安定するまで、旧経営陣にサポートしてもらいたい、その間に経営の引継ぎをきちんと受けたい、と考えるでしょう。M&A成約後の数年をいかに乗り切るか、きちんと引継ぎを受けるかがM&Aの成否にかかわるので、ロックアップ期間は短いと引継ぎ不十分となるため、ある程度の期間を必要とします。
一方で、売り手側のキーマンからすると、売却益を得て、早々にアーリーリタイアしたい、または次の新しい事業を始めたい、など、できればロックアップ条項を設けたくないと考えているでしょう。その一方で、経営権のない中であまりにロックアップ期間が長いと、そこで働くモチベーションが続かず、かえって事業にマイナスの影響が出かねない、また、その間、次の仕事や転職に進めないということになります。
ですので、ロックアップ期間は長ければいいものではなく、買い手側にとって、必要最低限の期間を設定するのが理想的であり、双方の事情を勘案し、M&A契約全体の中での交渉により決まってきます。
ロックアップのメリット
ロックアップの条項を取り入れることで、買い手側、売り手側、それぞれに次のようなメリットが考えられます。
買い手側にとってのロックアップのメリット
買い手側にとってのロックアップのメリットは、キーマンを一定期間コントロール下に置くことができ、その間に経営の引継ぎを行い、事業がうまく回らないことを回避し、経営の安定化を図ることができることです。
買い手側には、買収後に前経営者が抜けることで従業員や他の役員のモチベーション低下、ひいては退職者が増える、それにより大幅に業績が悪化するリスクがあり、また一方で新経営陣はスムーズな経営統合を実現しないといけないため、それらに対応するためには、ロックアップ条項が有効です。
売り手側にとってのロックアップのメリット
売り手側にとってのロックアップのメリットは、アーンアウト条項と併用することで、想定を超えた業績を上げた場合に、売り手側が買い手側から追加で報酬を受けられることです。
アーンアウト条項とは、M&Aの成立後に、条件に応じて買い手側が売り手側に追加で代金を支払う義務です。その条件の設定によっては、売り手側のモチベーションになりますから、
売り手側としては、ロックアップ条項が入るなら、努力した分、追加報酬が得られる条件をつけるよう交渉するべきです。
ロックアップのデメリット
一方で、ロックアップの条項を取り入れることで、買い手側、売り手側にそれぞれに次のようなデメリットが考えられます。
買い手側にとってのロックアップのデメリット
買い手側にとってのロックアップのデメリットは、ロックアップされたキーマンのモチベーションが続かず、期待通りの業績を上げられないことがあります。
買収後、すでに会社は別の人のものであり、経営は続けるものの、ロックアップを条件としたとしても、すでに多額の売却益を得た後でもあり、キーマンのモチベーションが続かないことがあるからです。ロックアップ期間に会社業績の維持を条件にした役員報酬を支払うような契約条件を入れたりする場合もあります。
また、そもそも、キーマンだと思っていた人が、売却後に実はキーマンではなかった、ということがわかり、やはり、会社の業績が期待通りにならない、ということがあります。事前に面談を通じてキーマンと思われる人を把握することは当然行いますが、実際に買収後に一緒に働き始めて、想定と違っていたということは起こりえます。
売り手側にとってのロックアップのデメリット
売り手側にとってのロックアップのデメリットは、売り手側のキーマンが一定期間拘束されて、その間、新たな事業などを開始できないことです。また、ロックアップ期間に想定以上の仕事を任され、期待通りの業績を上げることができない、想定とは違う状況になることがあります。また、当初から問題ないと理解していた一定期間も実際に働き続けると、長く苦痛に感じるということもあります。
ロックアップをM&Aで設定する時の注意点
ロックアップを設定する時の注意点がいくつかあります。買い手側と売り手側の「それぞれの観点を合わせて、次の4点について、解説します。
- キーマンのモチベーションを下げない配慮が必要
- ロックアップの条件と売却金額のバランスの考慮が必要
- キーマンに対する競業禁止や他社への出資の制限
- キーマンが働けなくなる場合がある
- キーマン以外の従業員に対する配慮
キーマンのモチベーションを下げない配慮が必要
買い手側からすると、売り手側のキーマンのモチベーションを下げないように配慮しつつも、引継ぎを十分行えるロックアップ期間を設定することが重要です。長すぎず、短すぎない期間を設定しないといけませんが、アーンアウト条項をうまく活用しながら、設定するとよいでしょう。
ロックアップの条件と売却金額のバランスの考慮が必要
売り手側からすると、ロックアップの有無、期間の長さによって、売却金額が大きく異なってくることを考慮しないといけません。ロックアップが設定されている方が、その期間が長い方が売却金額は大きくなります。ただし、その分、キーマンは拘束され、自由が奪われますから、売却金額とのバランスを考慮する必要があります。
また、ロックアップの期間だけでなく、キーマンのその処遇、役職、裁量なども、その拘束期間の仕事そのものに影響し、モチベーションにも関わりますから、事前にきちんと確認しておく必要があります。
キーマンに対する競業禁止や他社への出資の制限
また、売り手側として、さらに注意が必要なのは、競業の禁止や他社への出資に制限を設けられていないか、です。これらが設定されると、会社を売却した後、自由な経済活動ができない、ましてその業界に精通し、その知識を生かして次の仕事を行うとなると、相当な足かせになりかねません。会社売却の条件として、その後の自身の経済活動を考慮した条件を設定しないといけません。
キーマンが働けなくなる場合がある
ロックアップ条項を設定すれば、キーマンは経営をサポートしてくれますし、アーンアウト条項により、モチベーションを維持することも可能です。
しかし、キーマンが事故や病気で働けなくなることもありえます。特に経営層となると高齢者の場合もあり、キーマンが働けなくなった場合の事前の取り決めも必要です。
キーマン以外の従業員に対する配慮
会社はキーマンだけで回るものではなく、従業員の存在があり、会社運営において重要な役割を担っています。買収された会社の従業員は自分たちがその後、どのように処遇されるのか、どのように仕事のやり方が変わるのか、不安を抱いています。
また経営者が変わる、キーマンが退職する、いなくなる、という状況になると、連鎖で退職者が増える状況もありえます。そうなれば、会社の実務に支障をきたし、経営が立ち行かなくなります。退職の連鎖にならないよう、買い手側は、キーマンだけでなく、すべての従業員に対する配慮、施策を考える必要があります。
ロックアップが必要ないケース
M&Aを実施する際に、ロックアップが必要ない場合もあります。
例えば、キーマンが高齢であったり、病気であったりして、今後、長期間働くことができない、長期間拘束しても仕方がない場合は、ロックアップすることでかえって不利益を被る可能性があります。
また、経営陣の経営能力が乏しく、従業員から信頼されていない場合には、ロックアップで拘束期間を設けてしまうと、かえって業績が悪化してしまうため、拘束するよりも、新しい経営陣に置き換えて、早々に経営刷新を行うほうが、企業価値の維持、向上にプラスになります。
ロックアップと関係するアーンアウト条項
M&Aの際には、ロックアップとともに盛り込まれるアーンアウト条項というものがあります。M&Aの成立後に、条件に応じて買い手側が売り手側に追加で代金を支払う義務です。具体的には、M&Aが成立し、企業を売却する際に、売却代金を全額支払うのではなく、一部を支払い、一部は売却後にその企業の業績の変動を反映して支払いする、という、一部分割支払いの考え方を取り入れた手法です。
これは、企業売却後においても売り手側のモチベーションを維持しつつ、インセンティブを与えることになります。モチベーションが維持できれば、経営の引継ぎもスムーズに行われ、業績に対するインセンティブも働き、企業価値の維持、向上も図れます。
アーンアウト条項について、売り手側、買い手側のそれぞれのメリットを見てみましょう。
売り手側にとってのアーンアウト条項のメリット
売り手側にとってのアーンアウト条項のメリットは、売却した企業が当初の想定した以上の業績を出せた場合には、追加で対価を受け取れることです。単にロックアップされるだけでは、モチベーション維持も難しく、拘束期間の不自由さもありますが、アーンアウト条項により、その期間の業績向上へのモチベーションを維持することができます。
買い手側にとってのアーンアウト条項のメリット
買い手側にとってのアーンアウト条項のメリットは、買収した企業が当初の想定した業績を出せなかった場合、買収金額が抑えられることです。もともと、アーンアウト条項では、買収後、一定期間の業績を設定されることから、その期間の業績が下振れすれば、追加で買収金額を払う必要がなくなります。
また、アーンアウト条項が有効な期間においては、引継ぎのモチベーションも維持されやすくなります。
ロックアップの具体例
ロックアップ条項が用いられる具体的なケースとしては、次の3つのケースが考えられます。
- 経営者の力が強力である場合
- 重要な営業上のキーマンが存在する場合
- 管理部門の責任者が重要である場合
そうしたキーマンたちをロックアップで拘束したとしても、うまく機能しない場合があります。それは、経営者、キーマンたちがロックアップ期間にモチベーションを維持できず、途中で退職してしまうようなケースです。ロックアップの期間を適正に設定するとともに、アーンアウト条項をうまく設定することで、モチベーションの維持、M&Aの費用対効果のバランスを図ることが肝要です。
経営者の力が強力である場合
経営者の力が強く、経営者が抜けてしまうと、会社の経営が悪化するようなケースです。ロックアップ条項で経営者を確保し、会社の収益性を維持することが必要になります。
重要な営業上のキーマンが存在する場合
経営者だけでなく、重要な営業のキーマンが必要な場合もあります。その強力な営業力により、営業先、顧客を維持し、売上を維持している場合です。そのキーマンが抜けてしまって、顧客が離れていき、売上、収益が落ち込むことが見込まれる場合には、そのキーマンをロックアップにより拘束する必要があります。
管理部門の責任者が重要である場合
一方で、会社全体を裏で支えるCFOのような管理部門の責任者がM&A後のキーマンであるケースもあります。経営者や営業担当が会社の表向きを担当する一方で、管理部部門の責任者が会社経営の実務、日々の業務をすべて任されていて、経理、財務、人事、総務、対外実務、社内実務を掌握していて、実際にこの人がいないと会社運営が回らないということもよくあります。そのような場合には、管理部門責任者もロックアップの対象とすべきです。
まとめ
M&Aでの考慮すべき要素はざまざまありますが、その中の重要な要素の一つが企業を買収した後、企業が買収金額の前提として想定していたとおりの企業業績を上げられるか、企業価値を維持できるか、です。そのために買い手側としては、スムーズな経営権の移行、業績維持のために経営のキーマンを引き続き拘束することも必要なオプションであり、ロックアップ条項が重要な要素になります。
一方で、売り手側の経営者、キーマンは次の新規事業を開始したい、早く会社を離れたいと思いますから、買い手側からの一方的なロックアップ条項はうまくいかない場合もあります。ロックアップが機能するよう、アーンアウト条項を取り入れることも重要です。
両者にとってのメリット・デメリットを考慮し、お互いの納得できるロックアップ条項を組み立てることで、両者にとってのM&Aの成功となるようにしましょう。