病院・医療法人の事業承継に関する現状
近年、主に中小企業では、少子高齢化や人口減少による人材不足により、次世代を担う後継者が不足しており、結果として、事業の継続が困難な状態を招いています。病院やクリニックの経営者には、原則として「医師」という国家資格の取得が求められているため、その絶対数が限られており、結果、医療機関の経営者による後継者確保は、その他の業界に比べ困難な状態にあることは容易に想像が可能です。一般企業の場合とは異なり、医療機関における承継問題は、その地域に住む人々の健康維持に直接関わってくるため、病院・クリニックの承継問題は、生活インフラの危機に直結しかねない重大な問題となっています。
上記の後継者不足による事業承継難の救世主として、医療機関のM&A(第三者への売却)がありますが、まだ医療業界では一般化されていないため、自分のクリニックがM&Aの対象になることを知らず、親子で事業承継できない場合には廃院しかないと考えている開業医の方も多くいらしゃいます。
帝国データバンクの統計によれば、医療機関の休廃業・解散はここ5年で3倍に急増 しており、2014年には過去最多を更新しました。その主な原因は、開業医の高齢化と、経営状況の悪化によるストレスです。約90%の企業が事業承継を経営課題として認識しているものの、病院・クリニックの経営に日々注力しながら、次世代の事業承継について考えることは多忙な医師にとって難しく、「まだ事業を譲る予定がない」という理由から、約60%の企業が事業承継を計画的に進めることができていないと回答しています。
最近では、晩婚化の影響で、病院・クリニックを継ぐ子供が医学部を卒業し、一人前の医者になる頃には親は高齢になってしまい、高齢が原因で上手く承継できないといったケースは珍しくありません。子供がいる場合は、自らが作り上げた事業を子供に承継してほしいと思うのは親心ではありますが、実際は子供が開業医として独り立ちできるようになるまで親が現役で患者の診察を続けていられるかは難しいところです。
目指すべきは、自分が現役で事業が軌道に乗っている頃から、自分が高齢になったときのことを想定した上で、事業に向き合うことです。ただ現実はそう上手くはいかず、現役時代は事業承継について何も準備をしないまま、ふと気が付けば終わりを決めなくてはならない時期が訪れ、その時点から事業承継について考え始めます。知識も時間もない中で決断に迫られ、結果、廃院になるケースが少なくありません。一人で考えるにも事業承継については素人であるため、闇雲にリサーチを重ね、本当にやるべきことから脱線してしまいます。
事業承継においては、「後継者育成」が最も重要なポイントの一つであり、一般的に後継者の育成に必要な期間は約5年から10年とされています。ほとんどの医師が現役時代から事業承継の重要性について理解しているものの、高齢になっても医院経営に注力してしまい、後継者育成も行わないまま終わりを向かえることが多く、事業承継の取り組みが進まない原因となっています。
以上より、病院・クリニックの事業承継・M&Aは一般企業の場合と比べ特殊かつ複雑であり、誰もが一朝一夕に行えるものではありません。いざというときに自分の納得のいく決断ができるよう、また誤った決断により損や後悔をしないためにも、一刻も早く自らのライフプランについて突き詰めて考え、後継者育成や現役引退のタイミングを決める等の準備に取り掛かることが必要です。事業承継は「経営者」として最後に必ず果たすべき大業であり、病院・クリニックを次世代へと引き渡す重要なプロセスなのです。
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病院・医療法人M&A・事業承継の特徴
- M&Aの代表的な手法として、①事業譲渡、②医療法人の出資譲渡、③合併、があります。
病院・クリニックM&A・事業承継の場合
病院・クリニックM&A・事業承継には、買収・承継するクリニックが個人事業であるか、医療法人であるか等の条件によって形態が分かれおります。基本の形としては、現経営者である売り手から、新たな経営者となる買い手にクリニックを譲渡するという非常にシンプルなもので、M&Aの基本となります。
このケースでは、院長が売り手から買い手へ交代するだけなので、クリニックの経営は今まで通り継続でき、病院・クリニック自体もそのままの形で地域に残ることになります。つまり、患者のため、地域医療のために貢献し続けることが可能となります。
前述の通り、子供が医者であり、事業を継ぐ意思のある後継者がいる場合、親子承継となります。また、共に病院を経営してきた副院長等に承継する場合も事業承継となりますが、後継者がいない場合、第三者への売却、すなわちM&Aを検討すべきという流れになります。後継者がいないことにより、廃院を選ぶクリニックが多いですが、後継者がいない場合の選択肢として、「第三者への売却」があることも忘れてはいけません。
医療法人M&A・事業承継の場合
基本的には、上記の病院(クリニック)の場合と同様、親族への承継か親族外第三者への承継のいずれかに分類され、医師資格を持つ親族がいる場合でも親族内での承継に至らないケースも多く存在します。
平成19年に施行の第5次偉業法改正に基づく医療法人制度改革で、それまで最も多く設立されてきた持ち分の定めのある社団医療法人は設立できなくなり、新設は持ち分の定めのない社団医療法人しか認められなくなりました。(一般的には、前者を旧法の医療法人、後者を新法の医療法人と呼びます)
持分あり医療法人(旧法)のM&Aの場合、出資持分譲渡によって病院・クリニックの経営を承継する方法をとります。医療法人の株主を社員と呼びますが、社員が保有する持分を第三者に売却する形となります。そのため、あらゆる資産や負債を全て引き継ぐ形となるため、手続きはスムーズではあるものの、買い手にとってはデメリットとなる可能性もあります。
一方、持分なし医療法人のM&Aの場合、持分の譲渡がないため、医療法人を通しての間接的な譲渡となります。つまり、買い手が理事長になった後、退職金や顧問料という形で対価を支払う形になります。
医療法人は一般企業とは異なり、子会社に医療法人をぶら下げることができない、剰余金の配当ができない、資本多数決ではない等、持分あり医療法人か、持分なし医療法人か等によって様々な特徴があります。例えば、医療法人に多額の出資等を行ったにもかかわらず、経営権を行使することができないということもあり得るため、医療法人の意思決定の仕組みを正しく理解して必要な手順、手続きをとる必要があります。
病院・医療法人に事業承継M&Aの売り手側のメリット
地域医療への継続的な貢献
M&Aにより、医療機関の存続図ることで、医療サービスの提供の継続が可能となります。
廃院コストが不要
登記や法手続き等の費用、医療機器や薬剤等医療廃棄物の処分費用、医療用検査機器等の処分費用、建物の取り壊しや原状回復費用、従業員の退職金、借入金の残債の清算等、クリニックの規模や診療科目によって異なりますが、トータルで1,000万円以上にもなる廃院コストの削減が可能となります。
スタッフの雇用確保
スタッフにとっては雇用が継続されるため、失職を避けることが可能となります。また、廃院による従業員のモチベーションの低下を防ぐことが可能となります。
後継者問題の解決
M&A(第三者への売却)や事業承継にかかわらず、クリニックを次世代へ渡すことにより、次世代候補である子どもがいない場合や従業員医師への承継が困難な場合など、後継者不在の場合であっても事業を承継することが可能となります。
譲渡対価の取得
事業の現金化に加え、医療機器等の事業用資産や土地等の事業外資産の売却も併せて行います。医療法人ではない個人クリニックをM&Aで承継する場合、クリニックの土地・建物や医療機器などを買い手に譲渡する形をとります。全ての資産価値から各種税金等を差し引いた金額を受け取ることが可能となります。
旧法の医療法人(持分あり)をM&Aで譲渡する場合、①旧法医療法人のままで譲渡、②新法の医療法人に組織変更した上で譲渡、の2つのスキームがあります。医療法人(持分あり)の場合、出資金の譲渡に加え、退職金が旧経営者のもとに入ってくることになるため、巨額の創業者利益を得ることができます。
経営責任からの解放
開業医は誰かも指示されることなく自分の信念に基づき診療ができる反面、診療以外の資金繰り管理、設備投資、スタッフのモチベーション管理等、全ての責任を一身に負わなければならない重圧もあります。常に自分の代わりはいないと考え走ってきた現役時代に綺麗な形で終始を打ち、次世代へとバトンを渡すことが可能となります。
病院・医療法人に事業承継M&Aの買い手側のメリット
初期投資を抑えつつ、看護師等の人材リソースや医療機器等の必要設備を引き継げる
患者、職員の流入チャンネルが増加することにより、売り手市場であり、雇用が困難な看護師、様々な病院運営システムが整った万全の状態でDay1から事業運営を開始することが可能となります。
新規開業リスクの大幅削減
事業承継を行うことにより、様々なリソースを引き継ぐことに加え、患者とのつながりごと経営を引き継げるため、事業としての立ち上がりが早く、Day1から安定した収益を見込むことが可能となります。
新規病床獲得による地域参入
新たに医療施設を開設する必要がなく、受け入れ患者数や対象エリアを拡大することが可能となり、規模拡大をスムーズに行うことが可能となります。例えば、病院を新たに設立しようと計画しても、基準病床数の枠によって病院の新設や増床が認められない病床過剰地域に対しても、事業を拡大することが可能です。
医療サプライチェーンの構築
企業には事業セグメントという考え方があるように、病院においても、予防、健診、急性期、回復期、慢性期、在宅療養等の様々な医療サービスセグメントがあるため、M&Aにより自院に必要なサービスセグメントを獲得し、患者を面で抑える事業戦略の実現が可能となります。
旧法の医療法人を引き継げる
法人の場合に限るが、前述の医療法人制度改革により、現在では新設することができない「持分あり医療法人」を引き継ぐことが可能となります。
規模拡大によるコスト削減
系列病院の場合に限りますが、共同仕入・調達、システム統合、管理部門の統合等により、M&Aによるシナジー効果を享受することが可能となります。
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病院・医療法人に事業承継M&Aの買い手のデメリット
- 売り手が購入した内装や機材をそのまま引き継ぐことになるため、自由度がない
- 売り手とのマッチングを考えなければならない
- 従業員のリテンションが困難
- 固定資産の耐用年数が少ない
- 医療法人の場合、一般的な企業のM&Aの場合と同様、医療機器等の資産に加え、税務調査リスクや労務リスク等の負債までも引き継ぐことになる
病院・医療法人に事業承継M&Aの譲渡価格の決め方
規模の大きなM&Aであれば、弁護士や会計士、コンサルタント等の専門家をリテインすることにより、デューディリジェンス(ビジネスデューディリジェンス、財務・税務デューディリジェンス、法務デューディリジェス等)を行い、リスクの洗い出し、評価額の調整を行いますが、小規模な医院やクリニックなどの場合は、そこまでの予算をかけることができないため、多くの場合は、キャッシュフロー基準、診療報酬基準、純資産基準等の手法を用い、のれん代を含めた事業価値を算出し、事業価値に事業外資産の価値を加算することで譲渡価格を決定する方法を用います。
病院・医療法人に事業承継M&Aの流れ
- 事前相談
- アドバイザリー契約の締結
- IM(インフォメーションメモランダム:概要書)作成
- 買い手候補リストの作成、打診
- 買い手候補との秘密保持契約の締結、情報開示(IMの配布等)
- 買い手との条件交渉
- 基本合意書の締結
- デューディリジェンスの実施
- 最終契約書の締結
- クロージング
M&Aのプロでも難しい「病院・医療法人に事業承継M&A」
上記の通り、大まかなプロセスは一般的な一般企業のM&Aと大差はありませんが、病院・クリニックM&Aは一般企業のM&Aと比べ、手続きがとても煩雑です。
病院・クリニックM&Aの場合、医療機関という特殊性の高い領域を扱うため、非常に高い専門性が求められます。M&Aの専門知識は勿論、医療機関特有の許認可や運営ノウハウなどに精通していなければなりません。
そのため、一般企業のM&Aよりも多数の専門家が必要になります。M&Aを専門にしている業者であっても、医療業界に精通しており、病院・クリニックのM&Aの的確なスキームや価格を見極め、クリニックの価値を高めることができるアドバイザーは多くありません。病院・クリニックM&Aを依頼するのにふさわしいアドバイザーの選定がM&Aの成功に欠かせない必須条件となります。
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弁護士法人M&A総合法律事務所の強み
弁護士法人M&A総合法律事務所では、これまでに300件以上ものM&A案件・株式譲渡・合併・会社分割・株式交換・株式移転・事業譲渡・資本業務提携・グループ内組織再編案件を取り扱っており、M&Aに関する高い専門性と豊富な経験がございます。
また、M&A総合アドバイザーズには、M&A総合法律事務所・M&A総合会計事務所が併設されています。弁護士・公認会計士・税理士とも協働してM&Aに対応いたしますので、ここでも信頼と安心が違います。
介護業界のM&Aにおいても、非常に数多くの実績がございます。