株式譲渡は、M&Aや事業承継において一般的な手法です。
株式譲渡では、株式の性質によって異なる手続きが必要になっています。
また、株式譲渡契約書についても注意すべき点があります。
そのため、トラブルなく株式譲渡を行うためには、手続きの流れや契約書などについて理解を深めておく必要があります。
そこで、この記事では株式譲渡手続きの流れや、株式譲渡契約書の記載事項について解説していきます。
株式譲渡とは?
株式譲渡とは、株主(譲渡人)が有する株式を譲受人に譲渡することで、会社の経営権を承継させる方法です。
譲受人は、発行済株式の全部または一部を取得することで、会社の完全な支配権の獲得や、経営への参加などの目的を達成することができます。
株式譲渡では、株主が譲渡人から譲受人になるだけであり、会社はそのまま存続するので、会社の資産や、従業員との雇用関係、許認可関係等は一般的に影響を受けません。
株式譲渡は、会社分割や合併等の他のM&A手法に比べると簡易な手続きになっていることから、特に中小企業のM&Aでは最も利用される手法になっています。
株式譲渡をする前の確認事項
株式は原則として自由に譲渡することができますが、定款で株式に譲渡制限が付けられている場合には、株式を譲渡するためには会社の承認が必要です。
株式に対する譲渡制限の有無により、株式譲渡の手続きは異なります。
また、株券を発行する会社と発行しない会社の間でも、手続きに違いが生じます。
そのため、株式譲渡を行う前には、株式の譲渡制限と、株券の発行について確認する必要があります。
株式の譲渡制限について
会社が発行する株式について譲渡制限がある場合は、株式を譲渡する際に会社による譲渡の承認が必要になります。
譲渡制限株式とは?
譲渡制限株式とは、譲渡による株式の取得に会社の承認が必要になる株式のことをいいます。
譲渡制限株式を譲渡しようとする場合には、会社に請求して譲渡を承認してもらう手続きが必要になるのです。
一般的な譲渡承認機関は、取締役会設置会社の場合は取締役会であり、取締役会を設置しない会社の場合は株主総会になります。
なお、定款で別段の定めをすることが可能であり、取締役会設置会社の場合に株主総会を譲渡承認機関にしたり、種類株式の承認機関をその種類株主総会にしたりすることなどができます。
ところで、この譲渡制限がすべての株式について定められている会社を非公開会社といいます。
他方で、公開会社とは、株式の全部または一部に譲渡制限がない会社を意味しています。
したがって、公開会社の場合であっても、一部の株式に譲渡制限が存在する可能性がありますので、譲渡制限の有無は必ず確認する必要があります。
譲渡制限の確認方法
株式の譲渡制限は定款で定められていますので、定款を閲覧することで譲渡制限の有無を確認することができます。
また、譲渡制限は登記事項でもありますので、会社の登記事項証明書を取得することでも確認できます。
譲渡制限は、以下のような規定が一般的です。
「当会社の株式を譲渡により取得するには、取締役会の承認を要する」
「当会社の株式を譲渡により取得するには、株主総会の承認を要する」
このように、具体的な承認機関が入っている場合はその機関による承認が必要になります。
一方で、次のように具体的な承認機関を定めない規定例もあります。
「当会社の株式を譲渡により取得するには、当会社の承認を要する」
この場合には、取締役会設置会社であれば取締役会、取締役会非設置会社であれば株主総会の承認が必要になります。
譲渡制限は、すべての株式について定める以外に、一部の種類株式について定めることも可能です。
例えば、普通株式の他にA種優先株式を発行している会社では、以下のような定めを置くことができます。
「当会社のA種優先株式を譲渡により取得するには、当会社の承認を要する」
この会社の例では、普通株式を譲渡するには承認を必要としませんが、A種優先株式の譲渡の場合には会社の承認が必要です。
したがって、種類株式発行会社の場合には、どの種類株式に譲渡制限が定められているか確認することも重要になります。
上場会社の場合
上場会社とは、証券取引所で株式を売買する資格を与えられた会社です。
上場会社になるためには、上場の申請を行った後に、証券取引所によって基準に適合するか審査が行われます。
その上場審査基準の一つに、株式の譲渡制限を行っていないことが含まれています。
したがって、上場会社であれば株式の譲渡制限はありませんので、株式譲渡について承認手続きは不要になります。
非上場会社の場合
上場をしていない会社は、ほとんどの場合に株式の譲渡制限があります。
そのため、非上場会社の株式を譲渡しようとする場合には、定款または登記事項証明書で譲渡制限の有無について確認する必要があります。
また、どの機関が譲渡承認を行うのかについても確認が必要です。
株券発行会社について
会社が株券を発行している場合と不発行の場合では、株式譲渡に必要な手続きが異なります。
株券発行会社とは?
株券発行会社とは、定款に株券を発行する旨の定めがある会社のことをいいます。
株券を発行している場合は、株券の交付がないと株式譲渡の効力が生じないので、特に注意が必要です。
原則は株券不発行
平成18年5月1日に施行された会社法では、原則として株券は不発行になっています。
したがって、現行の会社法のもとで設立された会社は、定款に株券を発行する旨を定めていなければ株券不発行会社です。
株券発行会社の確認方法
会社が株券を発行するためには、定款に「株券を発行する」旨を定める必要があります。
そのため、定款を閲覧することで、株券発行の有無を判断することができます。
また、株券を発行する旨の定款の定めは登記事項でもありますので、登記事項証明書を取得することでも株券発行について確認することが可能です。
登記事項証明書に、「当会社の株式については、株券を発行する。」とあれば株券発行会社です。
株券発行会社でも株券を発行していない場合がある
株券発行会社でも、実際に株券を発行していない場合があるので注意が必要です。
すべての株式に譲渡制限がある会社(非公開会社)では、株券発行会社であっても、株主から請求がある時までは株券を発行しないことができます。
したがって、非公開会社の場合には、株券が実際に発行されていないことがありますので、株式を譲渡するために株券を発行してもらうことが必要な場合があります。
また、株券発行会社では、株主から株券の所持を希望しない旨を申し出ることができます。
この株券不所持の申出があった場合にも株券は発行されていないので、株式を譲渡するためには株券を発行してもらうことが必要です。
株式譲渡手続きの流れ
株式譲渡の手続きは、譲渡制限の有無によって大きく異なることになります。
ここでは、譲渡制限がある場合とない場合に分けて、それぞれの手続きを解説します。
譲渡制限がある株式の場合
譲渡対象の株式に譲渡制限がある場合は、会社の承認を得ることが必要です。
株式譲渡の承認請求
株式譲渡の承認を得るためには、会社に株式譲渡承認請求書を提出します。
株式譲渡の承認請求は、譲渡人からする場合は単独ですることができます。
一方、譲受人からは、原則として譲渡人と共同して承認請求をする必要があります。
譲渡人から請求する場合に、株式譲渡承認請求書に記載することが必要な内容は以下のとおりです。
・譲渡しようとする譲渡制限株式の種類および数
・譲り受ける者の氏名または名称
・会社が譲渡の承認をしない場合に、会社または指定買取人による買取りを請求する場合はその旨
譲受人から請求する場合には以下の記載が必要です。
・取得しようとする譲渡制限株式の種類および数
・取得者の氏名または名称
・会社が譲渡の承認をしない場合に、会社または指定買取人による買取りを請求する場合はその旨
買取りの請求をした場合は、会社または指定買取人からの買取りの通知を受けるまでは、自由に買取りの請求を撤回できます。
しかし、買取りの通知を受けた後は、通知者から承諾を得なければ請求を撤回することができなくなります。
譲渡承認機関の決定
株式譲渡承認請求書が提出された場合、会社では譲渡承認機関による決定を行います。
定款に別段の定めがなければ、取締役会設置会社では取締役会、取締役会を設置しない会社では株主総会で決定をします。
定款に別段の定めがある場合には、定款所定の承認機関による決定が必要です。
取締役会決議は、定款に別段の定めがない限り、議決に加わることができる取締役の過半数が出席し、その出席した取締役の過半数で行います。
株主総会の決議による場合は普通決議で足りますので、定款に別段の定めがある場合を除いて、議決権を行使できる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した株主の議決権の過半数で行います。
決定の通知
株式譲渡についての承認または不承認の決定は、承認請求をした者に対して通知する必要があります。
もし、承認請求の日から2週間以内に通知しなかったときは、会社は譲渡の承認の決定をしたものとみなされます。
そのため、特に譲渡の承認をしない場合には、必ず2週間以内に不承認の決定と通知をする必要があります。
なお、この2週間の期間は定款で短縮することが可能ですので、定款の定めによっては2週間より短い期間の場合があります。
株式の譲渡が承認された場合
株式譲渡が承認された場合には、株式譲渡契約を締結し、株主名簿の書換えを請求する流れになります。
株式譲渡契約の締結
株式譲渡の承認通知がされた場合は、譲渡人と譲受人の間で株式譲渡契約を締結し、株式譲渡契約書を作成した後に譲渡人と譲受人の双方が記名押印します。
株券発行会社では、株式を譲渡するために株券の交付が必要です。
そのため、株券発行会社でも株券不所持制度などにより株券を所持していない場合には、準備として会社に株券の発行を求めておく必要があります。
株券発行会社では、株券を交付しないと株式譲渡の効力が生じないため注意が必要です。
株主名簿の名義書換請求
株式譲渡が承認され、株式の譲渡契約を締結したら、株主名簿の名義書換を会社に請求します。
株主名簿とは、株主の住所、氏名または名称、保有する株式数とその種類などの、株主に関する基本的な事項を記録した名簿をいいます。
当事者間で株式譲渡を行っただけでは、譲渡人が株主名簿に株主として記載されたままになっています。
そのため、譲受人を株主名簿に株主として記載してもらう必要があるのです。
株主名簿の書き換えは、株券の発行不発行を問わず、株式譲渡を行ったことを会社に対して主張するために必要な手続きです。
また、株券不発行会社においては、第三者に株式譲渡を主張するためにも株主名簿の書き換えが必要になります。
株主名簿の書換え請求は、原則として譲渡人と譲受人が共同して行う必要があります。
ただし、株券発行会社の場合には、株券を提示することで、譲受人が単独で株主名簿の書き換えを請求することができます。
株主名簿記載事項証明書の交付請求
株主名簿の名義書換が完了した後は、会社に対し株主名簿記載事項証明書の交付を請求することができます。
株主名簿記載事項証明書とは、株主の住所・氏名、保有株式数とその種類などの株主名簿に記載されている事項を記載した書面に、会社の代表取締役が署名または記名押印したものをいいます。
この株主名簿記載事項証明書によって、譲受人が株主になったことを証明することができます。
株式の譲渡が承認されなかった場合
株式譲渡の不承認の通知があった場合で、承認請求時に株式の買い取りを求めていたときは、会社または指定買取人による株式の買い取りの手続きを行います。
会社または指定買取人による株式買取り
株式譲渡を承認しない場合には、会社または指定買取人が株式を買い取ります。
また、会社と指定買取人で共同して買い取ることも可能です。
会社による買取りの場合
会社が買取りを行う場合には、会社が対象株式を買い取る旨と会社が買い取る株式の数について、株主総会の特別決議を行う必要があります。
株主総会の特別決議とは、株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成を必要とする決議をいいます。
株式譲渡の承認については普通決議で足りますが、会社による株式の買取りは特別決議になっている点に注意しましょう。
なお、会社による買取りを決定する株主総会においては、譲渡の承認請求をした株主は、議決権を行使できません。
指定買取人による買取りの場合
指定買取人が株式を買い取る場合には、取締役会設置会社では取締役会の決議が必要になり、取締役会を設置していない会社では株主総会の特別決議が必要になります。
ただし、定款で別段の定めをすることができますので、予め定款に指定買取人を定めておくことも可能です。
会社が買い取る場合の通知と供託
会社による買取りがされる場合には、株式譲渡の不承認の通知をした日から40日以内に、会社が株式を買い取る旨と、買い取る株式の種類および数を通知することが必要です。
不承認通知から40日以内に会社がこの通知をしなかった場合は、譲渡の承認をしたものとみなされます。
なお、この期間は定款で短縮することもできますので、40日よりも短い期間になっている場合があります。
さらに、この通知をしようとするときは、一株当たり純資産額に買い取る対象の株式数を乗じて得た額を本店所在地の供託所に供託し、かつ、その供託を証する書面を交付しなければなりません。
供託前になされた通知は、原則として無効になります。
他方、譲渡の承認を請求した株主は、株券発行会社である場合には株券の供託と通知を行う必要があります。
具体的には、供託を証する書面の交付を受けた日から1週間以内に、対象になっている株式の株券を同じ供託所に供託して、遅滞なくその旨を会社に通知しなければなりません。
株主が供託と通知を怠ったときは、会社は株式の売買契約を解除できるようになるので注意が必要です。
指定買取人が買い取る場合の通知と供託
指定買取人による買取りがされる場合には、会社が株式譲渡の不承認の通知をした日から10日以内に、指定買取人として指定を受けた旨と、買い取る株式の種類および数を通知することが必要です
なお、定款により10日間の期間は短縮されている場合があります。
指定買取人が通知を行う場合にも、一株当たり純資産額に買い取る対象の株式数を乗じて得た額を、株式会社の本店所在地の供託所に供託し、かつ、その供託を証する書面を交付しなければなりません。
株券発行会社の場合には、承認を請求した株主が供託を証する書面の交付を受けた日から1週間以内に、対象になっている株式の株券を同じ供託所に供託して、遅滞なくその旨を指定買取人に通知しなければなりません。
株主がそれを怠ったときは、指定買取人は株式の売買契約を解除できます。
株式売買価格についての協議
会社または指定買取人から買取りの通知があった後は、株式の売買価格について協議することになります。
協議を行っても売買価格について合意ができないときは、裁判所に対して売買価格の決定の申立てをすることができます。
この申立ては当事者の双方からできますが、会社または指定買取人から買取りの通知があった日から20日以内に申立てをする必要があります。
その20日の期間内に申立てがない場合は、会社や指定買取人が供託すべき額(一株当たり純資産額に買い取る対象の株式数を乗じて得た額)が売買価格となります。
裁判所による株式売買価格の決定
裁判所が売買価格を決定する場合は、審問の期日を設け、関係者の主張を聞く機会を与えてくれます。
また、裁判所から和解を勧められることもあります。
審理の過程で和解に至らず、最終的に裁判所が判断する場合は、会社の資産状態その他一切の事情を考慮して売買価格を決定することになります。
裁判所が決定した価格に不服がある場合は、即時抗告が可能です。
即時抗告をせずに抗告期間が経過した場合は、裁判所が決定した価格が確定することになります。
譲渡制限がない株式の場合
譲渡制限がなければ、株式を自由に譲渡することが可能です。
したがって、譲渡承認請求とそれに伴う手続きは不要になります。
譲渡制限がない場合は、株式譲渡契約を締結し、株主名簿の書換え請求を行い、株主名簿記載事項証明書の交付請求をする流れになります。
株券発行会社の場合には、株券の交付も必要になります。
株券発行会社の株式譲渡手続きの注意点
株券を発行する会社と発行しない会社では、株式譲渡の手続きが異なります。
ここでは、株券発行会社の場合の注意点を記します。
株券発行会社では株券の交付が必要になる
株券発行会社では、株式を譲渡するためには、株券を交付することが必要です。
これに対し、株券を発行しない会社では、当事者の合意のみで株券を譲渡することができます。
また、株式の譲渡を第三者に主張するためにも、株券発行会社では、株券の交付が必要になります。
一方、株券不発行会社では、株主名簿の名義書換を行えば、株式譲渡を第三者に主張できるようになります。
なお、会社に対して株式譲渡を主張するためには、株券発行会社と不発行会社のいずれも株主名簿の名義書換が必要です。
このように、株券発行会社では、手続きに株券の交付が必要になりますので、株券を準備しておくことが重要になります。
特例有限会社の株式譲渡手続きの注意点
現行の会社法では、株式会社以外にも特例有限会社が株式を発行しています。
特例有限会社の株式を譲渡するには、株式会社とは異なった注意点があります。
特例有限会社とは
特例有限会社とは、現行の会社法施行前に有限会社であった会社で、会社法施行後も商号中に有限会社の文字を用いて存続している会社をいいます。
特例有限会社の実態は、株式会社に近いものになっていますが、株式会社とは大きく異なる点もあります。
特例有限会社には常に株式譲渡制限がある
特例有限会社の株式には、常に譲渡制限があります。
特例有限会社の登記記録には、会社法施行時に次の内容が職権で登記されました。
・当会社の株式を譲渡により取得することについて当会社の承認を要する。
・当会社の株主が当会社の株式を譲渡により取得する場合においては当会社が承認したものとみなす。
このように、特例有限会社には、株主が取得する場合を除いて株式の譲渡制限がありますが、この制限は変更することも廃止することもできません。
したがって、特例有限会社の株式には譲渡制限があることになります。
株主総会が譲渡承認機関になる
特例有限会社には、取締役会を設置することができません。
それゆえ、株式譲渡の承認機関が取締役会になることはありません。
特例有限会社では、株主総会が譲渡承認機関になります。
株式譲渡の手続きに必要な書類
株式譲渡に際して必要となる書類は、譲渡制限の有無により異なります。
ここでは、共通の必要書類と、譲渡承認機関に応じた必要書類に分けて記載します。
共通の必要書類
株式譲渡を行う際に、共通で必要になる書類は以下のとおりです。
・株式名義書換請求書
・株主名簿
・株主名簿記載事項証明書交付請求書
・株主名簿記載事項証明書
取締役会で譲渡の承認をする場合の必要書類
譲渡制限株式を取締役会で承認する場合には、下記の書類が必要になります。
・株式譲渡承認請求書
・取締役会招集通知
・取締役会議事録
・株式譲渡承認通知
株主総会で譲渡の承認をする場合の必要書類
譲渡制限株式の承認機関が株主総会の場合は、以下の書類が必要です。
・株式譲渡承認請求書
・株主総会招集に関する取締役の決定書
・株主総会招集通知
・株主総会議事録
・株式譲渡承認通知
株式譲渡契約書の注意点
ここでは、株式譲渡契約書を作成する際に盛り込むべき条項や、注意すべき点について解説していきます。
株式譲渡契約書とは?
株式譲渡契約書とは、株式を譲渡したり譲渡を受けたりする場合に作成する契約書のことです。
株式会社の経営権は、すべて株式に集約されますので、会社を第三者に譲り渡すには株式を譲渡すればよいのです。
したがって、株式譲渡契約では、何株をいくらで譲渡するのかが最重要項目となります。
この契約内容を記しているのが、株式譲渡契約書です。
表明保証の重要性
譲渡契約を行う際に気を付けるべきなのは、株式譲渡の交渉をしている過程においても、会社は常に活動を続けているということです。
経営活動を行っているということは、状況も刻一刻と変わり続けています。
そのため、契約書を作成するにあたっては、一定時点を区切って、どういう状態であれば契約で定めたとおりの取引が実行できるのかという条件を織り込む必要があります。
また、売主と買主では情報量に差がありますので、ともすれば買主が不利な状態に置かれるおそれもあります。
売主のみが知り得ることは、たとえば、決算書には載っていない借入金があることや、従業員から未払いの残業代を求められていることなどが挙げられます。
このようなものを売主は把握しているけど、それを買主に知らせないとすれば、あまりにもアンフェアな取引です。
そこで、現在および将来の事実関係や法律関係に関する情報の正確性について、売主が責任を持つという趣旨の条項を契約に入れる場合があります。
つまり、今、売主が会社の状況について説明していることはすべて事実であり、もし契約後に説明した以外のことが判明した場合は売主に責任があるという一文を、契約書に謳っておくということです。
このような条項を「表明保証」といいます。
表明保証の例としては、たとえば、「提供された決算書が正確なものであって簿外負債などが存在しないこと」、「従業員との間に労使紛争などなく、未払い残業代などもないこと」、「重要な資産について適切に所有権を有していること」などです。
誓約事項について
表明保証を契約に織り込んでおけばリスク回避は完璧なのかというと、そうでもありません。
株式譲渡契約が締結されたことを良いことに、取引を実行するまでの間に売主が経営に関して情熱を失って今までとは違った経営を行い、会社の価値が下がってしまうといったこともありうるのです。
そこで取引が完了するまでの間、売主が事業価値を下げることなく会社を運営する義務を、「誓約事項」として契約に取り入れることも可能です。
株式譲渡に関してもデューデリジェンス(DD)は不可欠
M&Aや第三者への事業承継では、株式譲渡に際し買主が公認会計士や監査法人に依頼して、対象会社のデューデリジェンス(DD)(企業精査)を実施することが不可欠です。
そこで検出された問題点などは、取引の実行日までにクリアにしてもらうこともできます。
さらに、取引実行日までに改善してほしい項目を、「誓約事項」として契約に入れることも考えられます。
これを、「(株式譲渡の)実行条件」とか「クロージング条件」などと呼びます。
店舗を賃貸借している企業と株式譲渡契約をする際の注意点
店舗を賃貸借している企業と契約する際に気を付けたいのが、チェンジオブコントロール(COC)条項付きの不動産賃貸借契約を交わしている場合です。
チェンジオブコントロール条項とは、株主が変わった際に貸主が賃貸借契約を解約できるなどの制限をつけることを意味します。
チェンジオブコントロール条項がある場合には、株式を譲渡した後も店舗経営するために、賃貸している店舗に対する賃貸借契約はどうなるのかを事前に確認することが必要です。
競業避止義務について
株式譲渡の取引実行後の対策としては、売主に対して「競業避止義務」を課すことが考えられます。
競業避止義務とは、会社を買主に引き渡してから同じ業種のビジネスを始めないことを指します。
会社全体を譲り渡すのが株式譲渡契約ですから、これらのこまごまとした契約も、きっちりと契約書の条項に盛り込んでおく必要があります。
株式譲渡契約書の主な記載項目
株式譲渡契約書に記載すべき主な項目について説明します。
譲渡合意
株式取引の主な内容を記載する項目が譲渡合意となります。
譲渡合意の内容は契約締結前までに決定しますが、契約当事者間の認識に違いが生じる場合もあります。
双方の認識のずれにより、株式譲渡契約が白紙になるおそれがあるのです。
そのような事態を避けるためにも、譲渡合意において譲渡の対象となる株式を特定しておき、契約書に謳っておくのは必須であるといえます。
譲渡代金の支払い方法
支払い方法の項目には、譲渡にかかる代金と支払い期日、そして株式譲渡人の振込口座などを記載します。
なお、現金での直接支払いを行う場合など、振込口座の記載が必ずしも必要ない場合もあります。
無償譲渡の場合には、支払い方法の項目は必要ありません。
株主名簿の名義書換手続き
この項目は、譲渡契約成立後に、株式名義の書換え請求を確実に行うために必要な項目です。
意外に忘れてしまうことも多いので、気を付けたい項目でもあります。
株式譲渡の手続きは、株式会社の株主名簿に記載される名義を変更することで完了します。
そして、株券の不発行会社においてその手続きをしてもらうには、基本的に譲渡人と譲受人が共同して請求しなければいけません。
譲受人としては、万が一、名義書換について譲渡人の協力を得られない場合には、裁判手続きにより、名義書換請求を命じる確定判決などを得て単独で行わなければならなくなるので、株主名簿の名義書換手続きを株式譲渡契約書に盛り込むことで、そのようなリスクを回避するのに役立ちます。
また、譲渡制限会社においては、株式の譲渡について対象会社の承認が必要となるため、譲受人としては、この承認が確実になされることを確保する必要があります。
そこで、当該手続きを譲渡人に行わせることを株式譲渡契約書に規定することが考えられます。
表明保証
表明保証条項には、譲渡人が譲受人に対して、ある特定の事項が真実かつ正確であることを表明し保証する旨を記載します。
株式譲渡に関する書類は、公的機関のチェックがないので、後々のトラブル防止のためにも、株式譲渡を行う場合は、この表明保証はかならず実行しておくべきです。
表明保証は、たとえば、株式譲渡にかかる株式の所有者が譲渡人でない場合や、開示された対象会社の資産状況が実際とは異なっていた場合など、不測の事態が生じることで譲受人が思わぬ損害を被らないようにする役割を担うものです。
株式譲渡の目的や内容その他の事情によって表明保証する内容は変わりますので、必ずこの表明保証を記載するべきという事項はありません。
なお、代表的な表明保証事項としては、以下のような内容が挙げられますが、この内容が全てというわけではなく、会社によって変わってきます。
表明保証の内容例
・譲渡人が取引をする株の所有者であること
(「売主=株を過半数所有している株主である」ことは必ず確認しましょう)
・開示された対象会社の直近の財務内容に間違いがないこと
(万が一、虚偽の内容を申告していた場合は、売主に責任があることを条項に盛り込んでおくことが必要です)
・対象会社の計算書類に記載されていない負債(簿外負債)がないこと
(簿外負債がないと表明していて実際には存在した場合は、売主に責任があるという一文が必要です)
・対象会社の事業内容に法令違反がないこと
・対象会社が従業員の雇用に対して法律違反をしていないこと
・対象会社の発行済株式総数が○○株であること
契約解除
契約解除は、どのような場合に契約の解除を認めるか(解除事由)を記載する項目です。
一般的には、相手方の契約違反が解除事由となることを明記するほか、契約違反に対して契約解除とともに被った損害賠償の支払い義務もあわせて記載することがあります。
他方で、表明保証違反については、損害賠償の支払い義務を規定するのみで、解除事由にはしないという例も多く見られます。
表明保証違反を解除事由とするかどうかは重要な事項ですので、相手方と交渉の上で慎重に決めることが必要です。
株式譲渡にかかる税金
株式を売却して利益がある場合には税金を納める必要があります。
ここでは、その計算方法について解説します。
譲渡所得税がかかる
株式譲渡による利益には、譲渡所得税という税金が生じます。
この譲渡所得税は、分離課税になっていますので、他の給与所得や事業所得とは区別して株式譲渡の所得のみで計算します。
上場株式の場合で、証券会社の口座が特定口座(源泉徴収あり)となっているときは、確定申告の必要がありませんが、それ以外の口座のときは確定申告が必要です。
非上場株式の場合は、すべて確定申告が必要になります。
譲渡所得税の計算方法
譲渡所得税は、譲渡所得に対し20.315%(所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%)の税率を乗じて計算します。
譲渡所得は下記の式により求めることができます。
収入金額(株式売却価額)-必要経費(取得費+委託手数料等)=譲渡所得
取得費が分からない場合には、売却代金の5%相当額を取得費とすることができます。
なお、実際の取得費が売却代金の5%相当額を下回る場合にも、売却代金の5%相当額を取得費にして計算することが可能です。
無償で株式譲渡を行う際の注意点
株式を無償で譲渡する場合には、譲渡する側には何ら利益が生じません。
しかし、一定の場合には譲渡人の側にも課税されることがあります。
個人から個人への無償譲渡の場合
個人へ株式を無償譲渡した場合、譲渡する側の個人には課税されません。
一方、譲渡を受ける側の個人は、その年の1月1日から12月31日までに贈与された他の財産とあわせて年間で110万円を超える場合には、贈与税を支払う必要があります。
個人から法人への無償譲渡の場合
個人から法人に対し、無償で株式を譲渡した場合には、譲渡人はみなし譲渡として譲渡所得税を課税されます。
みなし譲渡は、個人が法人に資産を無償で譲渡した場合などに、資産を時価で譲渡したものとみなして課税する制度です。
株式譲渡時の時価から必要経費を控除した額がプラスになった場合は、その額が譲渡所得として課税されることになります。
譲渡人は、対価を得ていないにもかかわらず課税される点に注意しましょう。
これに対し、株式を無償で譲り受けた法人は、株式を時価で取得したことになり、受贈益を計上する必要があります。
したがって、その利益に対して法人税が課税されることになります。
株式譲渡と事業譲渡の比較
株式譲渡と類似の用語に事業譲渡がありますが、内容は大きく異なるものです。
ここでは、株式譲渡と事業譲渡の相違点について解説します。
事業譲渡とは
事業譲渡とは、会社の事業の全部または一部を譲渡することを意味します。
事業譲渡では、企業全体を売買するわけではありませんので、会社の経営権には変化が生じません。
譲渡対象について
事業譲渡の対象は、会社が営む事業の全部または一部となります。
事業譲渡においては、個々の資産や権利義務関係は、契約により個別に引き継ぐ必要があります。
一方、株式譲渡は、株式の譲渡を通じて会社の経営権を承継させることでした。
株式譲渡の譲渡対象は株式であり、株式を全部取得すれば、会社を全体として受け継ぐことができます。
雇用関係について
事業譲渡をしても、譲渡対象の事業で働いている従業員の雇用契約は、そのままでは事業を譲り受けた会社に引き継がれません。
事業譲渡に伴い従業員も承継したい場合は、従業員の個別の同意を得る必要があります。
これに対し、株式譲渡の場合では、株式が譲渡されるだけであり、雇用関係には影響がありません。
そのため、従業員についてはそのまま雇用が継続されます。
譲渡にかかる税について
事業譲渡では、売却益について売主側の企業に法人税が課されます。
売却益は、譲渡金額から譲渡する資産と負債の簿価の差額を差し引いた額です。
この売却益に税率を乗じて法人税を計算します。
また、事業譲渡においては、売却対象に課税対象の資産が含まれている場合は、消費税も課税されます。
さらに、事業譲渡の対象に不動産が含まれている場合、買主側の企業は、登録免許税と不動産取得税を負担することになります。
登録免許税は、不動産について所有権移転登記などの登記をする際に必要になります。
不動産取得税は、土地や建物といった不動産を取得した者に対して課税されるものです。
一方、株式譲渡の場合では、譲渡所得に対して20.315%(所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%)の税率で、譲渡所得税が課税されます。
負債について
事業譲渡では、受け継ぐ負債については契約の内容として定めることになります。
したがって、簿外負債等の負債を受け継がないことにすれば、負債は受け継がれません。
一方で、株式譲渡では、負債についても包括的に受け継ぐことになります。
そのため、簿外負債があっても受け継がれてしまうので、あらかじめ詳細に確認することが必要です。
株式譲渡手続きのメリット
株式譲渡には、大きく分けて5つのメリットがあります。
会社経営の存続が可能
経営者は、自分が持てるほとんどの時間を会社の経営につぎ込んできたわけですから、会社をそのまま存続できるのは、大切なポイントであるといえます。
その点、株式譲渡は、会社をそのままの形で存続することができるメリットがあります。
株式保有比率を調整することができる
株式譲渡では譲渡する株式の比率を設定できます。
株式の保有比率を調整できますから、過半数を持って、経営権をすべて譲渡するか、三分の一以上で、株主総会においての特別議決権を単独で否決する権利を譲るかなどを選ぶことができます。
経営者個人にお金が入る
事業譲渡の場合、譲渡金は法人すなわち譲渡企業に入るのに対して、株式譲渡の場合は株主(経営者個人)に譲渡金が入ってきます。
これにより、創業者利得を得ることでハッピーリタイアを実現することができます。
また、次の事業を行う上での資金を作ることもできます。
許認可を引き継ぐことができる
事業譲渡と異なり、株式譲渡では会社をそのまま引き継ぐため、許認可も引き継ぐことができます。
ただし、役所への変更届などが必要になります。
税金面でコストを抑えることができる
株式譲渡では、消費税や印紙税、登録免許税が非課税であるため、余計なコストを抑えられます。
株主が個人だった場合は、所得税と住民税の合計20.315%の固定税率で分離課税が適用されるため、税金が比較的安く抑えられます。
株式譲渡手続きのデメリット
株式譲渡には、デメリットもあります。
経営者が保有する以上の株式を求められることがある
株主が、譲受人から自身の保有割合以上の株式取得を求められた場合、株主が複数いて株式が分散しているときには、自己保有以外の株式を取りまとめた上で譲渡を行う必要があります。
負債や簿外債務を含めて引き継ぐ必要がある
株式譲渡は、事業譲渡と異なり経営権の承継となるため、譲り受ける資産を選別することができないため、負債や簿外債務を受け取るリスクがあります。
贈与による株式譲渡のメリット
株式の売買によって後継者に会社を承継させるためには、後継者が多額の資金を準備しなければならいないという難点があります。
しかし、贈与による株式譲渡では、多額の資金を用意しなくてもよいことになります。
贈与による株式譲渡の場合は、株式譲渡の最大のデメリットである多額の資金調達が必要なくなるのです。
贈与による株式譲渡のデメリット
贈与による株式譲渡では、後継者が株式を取得するための資金を準備する必要はありませんが、基礎控除額を越えると贈与税を支払わなければなりません。
贈与に関しては2つの課税方式があり、年間110万円まで非課税とする暦年課税と、相続が発生したときに贈与財産と相続財産を合算して再計算する相続時精算課税があります。
相続時精算課税の非課税額は2500万円ですが、贈与税の基礎控除額は、相続税に比べれば少ないという特徴があります。
その上に、一度相続時精算課税にしてしまうと暦年課税に戻すことはできないので、どちらを選択するか慎重に検討しなければ損をしてしまう可能性があります。
株式譲渡手続きが中小企業のM&Aでよく行われる理由とは?
株式譲渡手続きが中小企業のM&Aでよく行われる理由として挙げられるのは、他のM&A手法と比べて手続きが簡単という点につきます。
他の手法では、株主総会の特別決議や債権者保護手続きが必要となります。
そのため、時間がかかる上に、反対株主が多い場合にはM&A自体実行できないということも考えられます。
昨今の非上場中小企業では、事業承継等の理由によりM&Aを実施することが増加傾向ですので、極力早くM&Aを完了する必要があります。
手続きが簡潔に完了する株式譲渡は、そんな非上場企業にとって最も活用しやすい手法となりました。
手続きの簡潔さに加えて、税金の計算も他のM&A手法より比較的簡単である点も理由の一つです。
つまり、税務や手続き面が簡単である点が、株式譲渡が非上場(中小)企業のM&Aで多用される理由です。
ただし、M&Aを活用する以上、税金や手続きが簡単でも様々な知識が必要になる場面があります。
株式譲渡のメリットを最大限に活かすためにも専門家のサポートは不可欠です。
M&Aで株式譲渡を行う上での留意点
株式譲渡によりM&Aを行う際には、留意すべき点があります。
株式譲渡=会社すべてを引き渡すこと
株式譲渡の大きな特徴として、合併や事業譲渡といった他の方法と違い、手続きが簡素である点が挙げられます。
株式の過半数を手に入れることにより、経営権を移行することで会社そのものを丸ごと他の会社に引き渡すため、良くも悪くもその会社の全てを引き継がなければなりません。
株式譲渡を行うと会社の組織や施設、従業員といったものから資産、契約といったものだけでなく、負債といったものも引き継ぐ場合があります。
買い手にとって不要な資産、不都合な契約、そして会社にとってマイナスな負債があることがあらかじめわかっていても、対象となる会社に魅力的な事業があれば、株式譲渡を行って、引き継ぐことになります。
負債の中には表に出されていない簿外債務も含まれており、売り手の会社が隠していたために、株式譲渡を行った後に、全く知らなかった負債が出てくるというトラブルの事例が多く存在します。簿外負債といったトラブルを防ぐためには
簿外負債などの無用なトラブルを避けるためには、株式譲渡は事前の協議が重要になる手法だといえます。
下記の3点は、特に留意すべき点です。
①デューデリジェンス(DD)を徹底的に行い、簿外負債などを明確にしておくこと
②もし、デューデリジェンス(DD)において露見しなかった負債、トラブルなどが契約後に見つかった場合は、売主が責任を負うという表明保証を行っておくこと
③上記の内容を契約書に条項として盛り込んでおくこと
まとめ
この記事では、株主譲渡の手続きの流れや契約書の記載事項などについて解説してきました。
株式譲渡は複雑な側面もありますが、事業承継やM&Aのために便利な手法でもあります。
株式譲渡をトラブルなく進めるためには、専門家に相談することをおすすめします。