タームシートには契約の要点を伝えやすいメリットがあり、基本合意前にタームシートを用いた重要論点の合意プロセスを設けることはM&Aにおいても重要です。
本記事では、タームシートの概念やメリット・デメリット、M&Aにおいてタームシートが担う重要性、M&Aの流れにおけるタームシート作成のタイミング、タームシートの記載項目や書き方のポイントなどを解説します。
一般的なタームシートとは
タームシート(条件規定書)とは、契約上の要点を項目別にまとめた文書です。箇条書きや表形式などを用いて、契約概要や主要な条件などが簡潔に記載され、契約書の前段階において交渉や合意を図るためのツールとして使用される傾向があります。
タームシートは、M&A以外にもビジネスシーンで幅広く使われています。一般的なタームシートの具体例として、経済産業省と特許庁が研究開発型スタートアップの契約時に留意すべき項目をまとめた「モデル契約書ver1.0タームシート」を挙げておきます。
参照:モデル契約書ver1.0タームシート(秘密保持契約(新素材)用)|経済産業省
このタームシートには、契約の当事者や目的、秘密情報の範囲や禁止事項など、秘密保持契約で交渉が必要な項目が簡潔にまとめられています。タームシートに即して主要な条件を早期に交渉・合意できれば、効率的に契約交渉を進めることが可能です。
M&Aでも、タームシートは契約の要点をピックアップして主要な条件の合意を図る文書として使用されます。具体的には、後述するように基本合意前のタイミングで、タームシートに合意事項を箇条書きでまとめるケースが多い傾向があります。なお、タームシート自体には法的な作成義務はありません。
タームシートと契約書のひな形の違い
このように、タームシートは契約書を締結する前段階として、契約の要点を合意するために使われます。契約書にはひな形があるものが多いですが、ひな形では予め項目が決まっているため、タームシートのように各契約に即した独自の要点を効率的にまとめる用途では使いにくいといえます。
タームシートは契約の要点が分かりやすい形式のため、新規の契約相手と主要な条件から交渉していく際に用いると効果的です。これに対して、契約書のひな形は予め項目が決まっているため、タームシートのように各契約における独自の要点を交渉する用途では使いにくいと言えます。契約書のひな形は、既に契約実績のある相手との契約締結に用いるなど、タームシートと使い分ける必要があります。
M&Aでのタームシートのメリット
M&Aにおけるタームシートの活用には、次のように多くのメリットがあります。
契約の要点が伝わりやすい
タームシートは、契約項目ごとに要点を箇条書きや表形式でまとめた形式のため、契約の要点が伝わりやすい点がメリットです。タームシートを使用するタイミングではまだ最終契約を結んでいないため、実取引の前段階で分厚い資料を提示すれば交渉相手の理解や意欲を削ぎかねません。タームシートを活用すれば、そのような事態を防ぐことができます。
最終契約での決裂リスクを低減できる
タームシート形式でこちらの意図を分かりやすく示すことで、交渉相手と意思疎通を図りやすくなります。契約に対する相手の理解が進み、早期に主要な条件について合意できれば、最終契約の締結まで到達しやすくなるとともに、最終段階で決裂するリスクの低減も可能です。
社内や関係者との情報共有がしやすくなる
契約条件を交渉する過程で、タームシートに合意できた項目や要検討の項目を都度まとめておけば、契約書のひな形などを使うよりも、社内や関係者との情報共有がスムーズになります。要検討の項目が分かりやすくなるため、次回の協議でもすぐ検討に入れます。
ドラフトの作成費用を低減できる
弁護士に契約書の作成を依頼する際に、いきなりドラフトから作成することは少なく、まずはタームシート形式で主要な条件から協議していくことが多い傾向があります。タームシートにその規定をなぜ記載するのかという点から整理して、出来の良いタームシートを作成しておけば、弁護士側におけるドラフト作成時の負荷が軽減され、ドラフト作成にかかる費用を低減することも可能です。
M&Aでのタームシートのデメリット
一方、M&Aにおけるタームシートの活用には、少ないながらも次のようなデメリットが考えられます。
各規定の設定が前提であると誤解しやすい
タームシート形式には、各項目の内容が伝わりやすいメリットがある反面、その項目を定めること自体が前提であるかのように誤解しやすいデメリットがあります。各規定については、そもそも規定自体を定めない選択肢が存在するという視点も重要です。
法的拘束力に関連する項目には注意が必要
タームシートに秘密保持義務など法的拘束力に関連する項目がある場合は、担当者だけのチェックでよく理解しないまま合意すると、最終契約時にトラブルになりかねません。該当項目については、早い時点で法務部門などの確認が必要です。
M&Aでタームシートを活用する重要性
M&Aの流れには後述するように様々なプロセスがあり、クロージングまで年単位の時間を要する長丁場です。そのため、最終段階での交渉決裂は、それまでに費やした時間や費用のロスを考えると確実に回避したい事態と言えます。
回避策として、契約の要点が伝わりやすいというタームシートのメリットを活かして、タームシートを用いた主要条件の合意プロセスを基本合意前に設けておくことは重要です。
M&Aでは、基本合意後にデューデリジェンス(DD)を実施し最終契約を締結します。基本合意前にタームシートレベルで合意できるか確認しておけば、考え方の小さな相違や行き違いなどを早期に修正でき、仮にこの時点で決裂しても以降に発生するはずの費用や時間を割愛できます。
仮に、タームシートの合意プロセスを設けなかったために、本来はタームシートレベルで合意できない交渉相手と、デューデリジェンス(DD)以降のプロセスで深入りしてしまったとしましょう。売主候補者の資金と時間に余裕がない場合は、希望しないM&Aを受け入れざるを得ない事態に陥る可能性も生じるため、このプロセスを設けることは重要です。
M&Aではタームシートをいつ作成するか
M&Aにおいてタームシートを作成するタイミングですが、まず売主候補者から見たM&Aの流れは次のようになります。
- 売主候補者のニーズ確認
- 秘密保持契約書の締結・概要書の作成
- 買主候補者の選定
- 秘密保持契約書・アドバイザリー契約書の締結
- ネームクリア・提案資料の開示
- トップ面談の実施
- 意向表明書の提出
- タームシートでの合意
- 基本合意書の締結
- デューデリジェンス(DD)
- 最終契約書の締結
- クロージング
- M&Aの依頼からトップ面談までの流れ
M&Aの依頼からトップ面談までの流れを簡単に説明します。タームシートを作成するタイミングは、トップ面談を経て意向表明書の提出後です。
まず、弁護士事務所などの専門家は売主候補者からM&Aの依頼を受けた場合、面談にて売主候補者のニーズを確認後、秘密保持契約書を締結して対象会社の概要書(ティーザー)を作成します。概要書は社名を隠した匿名形式で、企業の情報が記載されています。
弁護士事務所は買主候補者を選定し、買主候補者は概要書を閲覧してM&Aの可否を検討します。買主候補者のM&Aへのニーズを確認後、弁護士事務所は買主・売主候補者と秘密保持契約書やアドバイザリー契約書を締結します。
弁護士事務所は、売主候補者には買主候補者の名前を開示し(ネームクリア)、買主候補者には対象会社の提案資料(インフォメーションパッケージ)を開示します。買主候補者からM&Aを進めたいという意向を受けた場合に開催するのがトップ面談です。
意向表明書・タームシート・基本合意書の作成
トップ面談を経て、売主・買主候補者ともにM&Aを進めたい意向を示した場合、次の書類を作成します。
- 意向表明書
- タームシート
- 基本合意書
意向表明書(LOI)は、買主候補者による買収方法や価額などの提案条件を記載した書類です。意向表明書の内容に売主候補者が合意すれば、合意に至った基本的条件が記載された基本合意書(MOU)を締結します。タームシートは基本合意書を締結する前に主要な条件の合意に用いて、基本合意書のベースにすることが多いです。
タームシートと意向表明書・基本合意書には、明確な区分は特に設けられていません。いずれも一般的に法的拘束力はなく、作成の省略も可能です。あえて違いを挙げれば、タームシートは署名を必要としないものが多いが、意向表明書や基本合意書には署名が必要という点があります。
デューデリジェンス(DD)からクロージングまでの流れ
タームシート等の作成後の、デューデリジェンス(DD)からクロージングまでの流れを簡単に説明します。基本合意書の締結前にタームシートレベルで合意できるか確認する段階を設けることは、最終契約での決裂を待たずに、デューデリジェンス(DD)などに費やす時間と費用を省ける点で重要です。
基本合意書の締結後は、公認会計士などの専門家によるデューデリジェンス(DD)(対象会社の財務・法務調査など)を実施しM&Aのリスクを算定し、その結果を受けて更なる契約交渉を行います。最終的な合意に至れば最終契約書を締結し、契約に基づいてM&Aの各種手続きを実施してクロージングに至ります。
M&Aでタームシートに記載する項目
M&Aでのタームシートは基本合意書のベースになることが多いため、タームシートの記載項目は基本合意書の項目に準じるのが一般的です。一例として、次のような項目を記載します。
- 売主・買主の情報
- M&Aの対象
- M&Aの手法や手順(ストラクチャー)
- 売買価格
- 大体のスケジュール
- 買収後の経営方針や従業員の処遇
- デューデリジェンス(DD)への協力義務
- 独占交渉権
- 秘密保持義務
- 一般条項(有効期限・管轄裁判所・準拠法など)
このうち、売買価格については現時点で合意した大体の金額となり、タームシートに記載した価格には法的拘束力はありません。正式な価格を算定するにはデューデリジェンス(DD)が必要なため、タームシートには売主候補者におけるデューデリジェンス(DD)への協力義務や、デューデリジェンス(DD)の結果を受けて価格変更が可能な旨を併記しておきます。
これ以外にも、当該M&Aにおいて売主・買主候補者が重要だと認識している項目を記載します。デューデリジェンス(DD)の結果を受けて決定される、表明保証やクロージングの前提条件などは、通常この段階では具体的には記載しません。
M&Aでのタームシートの書き方のポイント
タームシートに決められた書式はないため、社内や関係者への情報共有がしやすい書き方で自由な記載が可能です。タームシートは実際にはExcelで作成することが多く、縦軸に契約の項目、横軸に内容を記載する方法などがあります。
タームシートの書き方の一例として紹介したいのは、合意が必要な事項をタームシートにすべて列挙しておく方法です。合意が済んだ事項と済んでいない事項を明確に分け、合意が済んでいない事項には理由などを記載しておきます。最終的にすべての事項で合意できるよう、タームシートを活用していきます。
タームシートは、契約書やドラフトといった書式よりも契約の骨子が見えやすいメリットがあります。そのため、ドラフトなどの作成時には忘れがちな、契約の当事者や目的、前提条件を常に意識しながらタームシートを作成すると、合意すべき項目を整理しやすいです。
まとめ
M&Aにおいてタームシートの作成に法的義務はありませんが、契約の要点が伝わりやすいメリットがあるので、基本合意前にタームシートによる合意プロセスを設定しておくことは重要です。
タームシートを活用できれば、契約の概要や条件について交渉相手とスムーズな意思疎通を図りやすくなります。早い段階で主要な条件だけでも合意できていれば、最終段階で考え方や意識の差が露呈して交渉が決裂するという事態は避けられます。
タームシートの書き方には特に決められた書式はありませんが、合意済みの事項とそうでない事項を明確に区分し、全事項を合意できるようにタームシートを活用していくのがポイントです。
タームシートの特徴をよく理解して、早期の意思疎通が必要なタイミングで上手に活用することがM&Aを成功させるためには重要です。