
事業譲渡は、対象会社の株式を売買する株式譲渡とは異なり、対象事業を構成する資産・負債・契約上の地位・労働契約などを個別に移転するM&Aの手法です。事業譲渡契約書では、譲渡対象とする事業や財産・権利義務を特定し、それぞれに必要な移転手続、相手方の承諾・登記・登録などを定めます。
インターネット上のひな形は、一般的な条項の構成を示すものにすぎません。案件ごとの資産の内訳・承継する債務・許認可・従業員・取引先との契約などは反映されていないため、そのまま利用すると、必要な資産を取得できない、想定外の責任を負う、事業を予定どおり開始できないといった問題につながるおそれがあります。
事業譲渡契約書では、譲渡対象の特定だけでなく、譲渡価格、従業員・取引先・許認可の取扱い、表明保証、補償、競業避止義務、会社法上の承認手続なども検討する必要があります。
この記事では、株式譲渡契約書との違い、主要条項、締結からクロージングまでの流れ、作成時の注意点、費用について解説します。
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事業譲渡契約書とは
事業譲渡契約書とは、事業を譲渡する会社(以下「売主」といいます)と事業を譲り受ける会社(以下「買主」といいます)が、譲渡対象事業、譲渡資産・承継債務、譲渡価格、従業員の取扱い、クロージングの前提条件などを定める契約書です。
事業譲渡契約は、法律上、必ず書面でなければ成立しない契約ではありません。しかし、多数の資産・権利義務が関係し、会社法上の承認や第三者の承諾も必要になるため、合意内容を契約書で明確にすることが不可欠です。契約書は、譲渡対象を特定するだけでなく、当事者が行うべき手続と責任分担を明らかにし、後日の紛争を防ぐ基準になります。
事業譲渡とは
事業譲渡とは、会社が営む事業の全部または一部を、他の会社へ譲渡する手法です。売主である会社はそのまま存続し、特定の店舗・部門・ブランドなどに関する資産・負債・契約上の地位等を選んで移転します。
不採算部門を切り離して経営資源を他の事業へ集中させる場合や、後継者が見つからない事業を第三者へ引き継ぐ場合などに利用されます。承継対象を選択できる一方、資産・負債・契約上の地位・労働契約などについて、それぞれに必要な移転手続を行わなければなりません。
事業譲渡契約書の役割
事業譲渡契約書は、M&Aにおける最終的な取引条件を定める最終契約書の一つです。
主な役割は、次のとおりです。
- 譲渡対象事業・譲渡資産・承継債務・承継契約を特定する
- 譲渡価格・支払日・支払方法を定める
- 従業員・取引先・許認可に関する手続を定める
- 契約締結日からクロージング日までの当事者の義務を定める
- 表明保証違反や契約違反があった場合の責任を定める
- クロージングを実行するための前提条件を定める
事業譲渡は、合併や会社分割のような包括承継ではなく、対象となる財産・権利義務を個別に移転する特定承継です。そのため、契約書で譲渡対象を明確にするとともに、各対象に応じた承諾・通知・登記・登録・引渡しなどを行う必要があります。
株式譲渡契約書との違い
株式譲渡は、対象会社の株主が保有株式を買主へ譲渡する手法です。対象会社は同一の法人として存続するため、対象会社が保有する資産・負債・契約は、原則として対象会社に残ります。株式を取得した買主が、対象会社の債務を直接承継して債務者になるわけではありません。
事業譲渡と株式譲渡の主な違いは、次のとおりです。
| 項目 | 事業譲渡 | 株式譲渡 |
|---|---|---|
| 譲渡の対象 | 対象事業を構成する資産・負債・契約上の地位等 | 対象会社の株式 |
| 契約の当事者 | 売主である譲渡会社と買主である譲受会社 | 対象会社の株主と株式取得者 |
| 資産・債務の扱い | 契約で特定した対象を個別に移転。債務の移転には債権者の承諾等が必要になる | 資産・債務は対象会社に残り、株式取得者が直接承継するわけではない |
| 契約上の地位 | 原則として契約相手方の承諾を得て移転 | 契約当事者である対象会社は変わらない。ただし支配権変更条項等の確認が必要 |
| 許認可 | 新規取得・承継の承認・届出等の要否を個別の業法に基づいて確認 | 法人が変わらないため維持されるものが多いが、株主・役員等の変更に伴う手続が必要な場合がある |
| 消費税 | 課税資産の譲渡部分に消費税が課される | 株式の譲渡は非課税 |
事業譲渡では、承継する対象を選択できますが、契約で承継対象外とした債務についても、商号を続用する場合などには、会社法上、買主が責任を負うことがあります。譲渡会社の商号の続用、債務を引き受ける旨の広告、債権者を害する事業譲渡などについては、会社法第22条、第23条、第23条の2も確認しなければなりません。
株式譲渡を含む最終契約書については、M&A最終契約書の解説ページもあわせてご覧ください。
事業譲渡契約書を締結する目的・必要性
事業譲渡では、資産・負債・契約・従業員などについて多数の判断が必要です。合意内容を契約書に記載しておくことで、当事者間の認識の違いを減らし、実行すべき手続と問題発生時の責任を明確にできます。
認識の違いによるトラブルを防ぐ
譲渡対象を曖昧にすると、「設備も含まれると思っていた」「この債務は引き受ける合意ではなかった」といった食い違いが生じます。対象事業、資産、負債、契約、知的財産権、在庫、従業員などを契約書と別紙で特定することにより、引渡し時の争いを防ぎやすくなります。
また、譲渡価格の支払日、資産の引渡日、名義変更の担当者、取引先の承諾が得られなかった場合の対応なども、事前に定めておく必要があります。
競業避止義務などにより当事者の利益を守る
事業を譲渡した後も、売主には顧客情報、取引先との関係、技術・知見などが残ります。売主が直ちに同一の事業を再開すると、買主が取得した事業価値が損なわれるおそれがあるため、事業譲渡契約書には競業避止義務を定める場合があります。
会社法第21条は、当事者間に別段の意思表示がない場合、売主が同一の市町村の区域内および隣接する市町村の区域内で、事業譲渡の日から20年間、同一の事業を行うことを禁止しています。競業しない旨の特約を設ける場合、その効力は事業譲渡の日から30年以内に限られます。また、不正の競争を目的とする競業は、同条の地域・期間にかかわらず禁止されます。
契約書では、譲渡する事業の内容、営業地域、顧客層、売主に残る事業などを踏まえ、対象事業・地域・期間・禁止行為を定めます。
締結後の責任を判断する基準になる
譲渡後に簿外債務、未払残業代、税務上の問題、知的財産権の侵害、取引先との紛争などが判明する場合があります。責任の有無や範囲は、表明保証、補償、債務不履行に基づく損害賠償、解除などの条項によって異なります。
表明保証の対象、補償請求の要件、請求期間、上限額、免責金額、手続などを契約書で定めることにより、問題が生じた場合の対応を明確にできます。
事業譲渡契約書に記載する主要条項
事業譲渡契約書の条項数や構成は、譲渡対象、従業員の人数、許認可、主要取引先の承諾、契約締結からクロージングまでの期間などによって異なります。主な条項として、譲渡対象、譲渡価格、従業員の取扱い、誓約事項、表明保証、補償、競業避止義務、解除、秘密保持、合意管轄などがあります。
条文例を含む詳しい内容は、事業譲渡契約書の逐条解説でも説明しています。
譲渡対象事業・譲渡資産・承継債務の範囲
事業譲渡契約書の中心となるのが、譲渡対象事業と、その事業を構成する資産・負債・契約上の地位等を特定する条項です。契約書本文に対象事業の概要を記載し、資産目録、承継債務目録、承継契約一覧、除外財産一覧などを別紙として添付する方法があります。
譲渡資産には、土地・建物・機械設備・什器備品・商品・原材料・売掛金などのほか、商標権・特許権・著作権等の知的財産権、ドメイン名、電話番号、顧客情報、技術情報、契約上の地位などが含まれる場合があります。営業上の信用や顧客関係等に由来する事業価値が、会計上、のれんとして認識される場合もあります。
ただし、契約書に記載しただけで、すべての対象が当然に移転するわけではありません。不動産には所有権移転登記、登録された知的財産権には移転登録、契約上の地位には原則として契約相手方の承諾などが必要です。
譲渡価格・支払方法・価格調整条項
譲渡価格の条項では、金額、消費税の取扱い、支払日、支払方法、振込先、費用負担などを定めます。譲渡価格は、対象資産の価値だけでなく、収益性、顧客関係、技術、人材、ブランド等を考慮して、当事者間の協議により決定されます。
契約締結日からクロージング日までの間に在庫、運転資本、承継債務等が変動する案件では、クロージング日時点の数値に基づいて譲渡価格を増減させる価格調整条項を設ける場合があります。調整対象、基準日、会計方針、算定手続、異議がある場合の解決方法まで定めることが重要です。
従業員の承継・誓約事項・クロージングの前提条件
事業譲渡では、労働契約は当然には買主へ移転しません。労働契約を承継させるには、対象となる従業員本人の個別の承諾が必要です。
厚生労働省の「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」では、従業員の真意による承諾を得るため、事業譲渡の状況、買主の概要、予定する業務内容、就業場所、労働条件等を十分に説明し、協議することが示されています。労働条件を変更して承継させる場合には、その変更についても本人の同意が必要です。
参考:厚生労働省「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」
契約締結日からクロージング日までの誓約事項として、売主が通常の業務の範囲で事業を運営すること、重要な資産を処分しないこと、新たな多額の債務を負担しないこと、重要な契約を変更・終了しないことなどを定める場合があります。
また、株主総会の承認、許認可の取得、主要取引先の承諾、従業員の承諾、表明保証の正確性などを、クロージングを行うための前提条件として定めます。
表明保証・補償・損害賠償・契約解除
表明保証条項では、契約締結時やクロージング時における財務・税務・法務・労務・知的財産権などの特定の事実について、真実かつ正確である旨を当事者が表明し、保証します。
表明保証違反が判明した場合に買主が補償を請求できるか、どの損失が対象になるかは、補償条項の内容によって異なります。補償条項では、請求対象、因果関係、請求期間、上限額、免責金額、少額請求を除外する基準、第三者から請求を受けた場合の対応などを定めます。
債務不履行に基づく損害賠償と、契約で定める補償は、請求要件や対象となる損失が一致するとは限りません。両者の関係を明確にし、解除事由、解除手続、解除後の秘密保持等の存続条項も定める必要があります。
競業避止義務・秘密保持・一般条項
競業避止義務では、禁止する事業、地域、期間、顧客や従業員への勧誘の可否などを定めます。売主に残る事業まで過度に制限しないよう、譲渡事業を保護するために必要な範囲かを確認しなければなりません。
このほか、秘密保持、契約上の地位等の譲渡禁止、通知方法、費用負担、完全合意、契約の変更方法、準拠法、合意管轄などを定めます。
事業譲渡契約書に盛り込む条項は多岐にわたり、案件ごとに追加・削除・修正が必要です。
条項の検討や相手方ドラフトの確認でお困りの場合は、当事務所のご相談フォームよりお問い合わせください。
売主・買主で異なる注意点と交渉ポイント
売主と買主では利害が異なるため、同じ条項でも重視する内容が変わります。相手方が作成した契約書には、相手方の要望やリスク判断が反映されていることがあるため、自社の立場から負担の偏りや条項の不足を確認する必要があります。
| 条項 | 売主が確認したい点 | 買主が確認したい点 |
|---|---|---|
| 譲渡対象 | 除外する資産・債務が明確か | 事業運営に必要な資産・契約等が含まれているか |
| 競業避止義務 | 対象事業・地域・期間が必要以上に広くないか | 取得した事業価値を保護できる内容か |
| 表明保証 | 保証事項・基準時・認識の限定が適切か | デューデリジェンスで確認できない事項を補えるか |
| 補償・損害賠償 | 請求期間・上限額・免責金額が定められているか | 対象となる損失の範囲や上限の例外が適切か |
| クロージングの前提条件 | 自社で制御できない条件を負担していないか | 必要な承諾・許認可・手続が完了する内容か |
売主が注意すべき点
売主にとって影響が大きいのは、譲渡対象、競業避止義務、表明保証、補償などです。譲渡資産や承継債務を曖昧にすると、残す予定だった資産まで譲渡対象と解釈されたり、精算をめぐって争いが生じたりするおそれがあります。
競業避止義務については、対象事業・地域・期間・禁止行為が、譲渡事業を保護するために必要かつ合理的な範囲かを確認します。売主が譲渡後も別の事業を継続する場合には、その事業が競業に該当しないことを契約書で明確にする方法もあります。
表明保証事項の一部に「売主が知る限り」などの限定を設ける場合は、誰の認識を基準にするか、実際に知っている事実に限るか、合理的な調査により知り得た事実を含むかを定めます。補償については、請求期間、上限額、免責金額、少額請求の取扱いなどを検討します。
買主が注意すべき点
買主は、譲り受ける事業を継続するために必要な資産・契約・人員・許認可が確保できるかを確認する必要があります。「設備一式」「契約一式」などの曖昧な記載では、必要な対象が含まれていない可能性があります。
また、契約上は承継しない債務であっても、売主の商号を続用する場合などには、会社法上、買主が責任を負うことがあります。承継債務、除外債務、簿外債務への対応、商号・屋号の使用、債権者への通知等も検討対象になります。
売掛金を承継する場合は回収可能性、リース契約を承継する場合は残存期間や解約条件、主要取引先との契約を承継する場合は相手方の承諾や支配権変更条項を確認します。許認可についても、新規取得・承認・届出等がクロージング日までに完了するかを確認しなければなりません。
事業譲渡契約書の作成から締結・クロージングまでの流れ
事業譲渡契約は、通常、契約を締結した時点から当事者を法的に拘束します。一方、対象事業や各資産・権利義務が実際に移転するのは、契約で定めたクロージング日または効力発生日に、前提条件を満たして必要な移転手続を行った時点です。
会社法上の承認、従業員・取引先の承諾、許認可、資産の引渡しや名義変更には、それぞれ異なる手続と所要期間があります。
デューデリジェンスと契約条件の検討
契約書を作成する前に、買主は、対象事業の財務・税務・法務・労務・知的財産権などを調査するデューデリジェンスを行う場合があります。調査で判明した問題は、譲渡対象からの除外、譲渡価格への反映、クロージングの前提条件、表明保証、補償などの契約条件に反映します。
売主側も、開示資料の範囲、表明保証できる事項、クロージングまでに対応できる事項などを確認したうえで契約交渉を進めます。
取締役会・株主総会の承認
取締役会設置会社では、事業譲渡が重要な財産の処分または譲受けに該当する場合、取締役会決議が必要になることがあります。取締役会決議の要否は、対象事業の規模、会社の総資産や事業への影響等を踏まえて判断します。
会社法第467条により、売主が事業の全部を譲渡する場合、または事業の重要な一部を譲渡する場合には、原則として効力発生日の前日までに株主総会の特別決議による承認が必要です。ただし、重要な一部の譲渡であっても、譲渡する資産の帳簿価額が総資産額の5分の1以下である場合には、同条の承認対象から除外されます。定款で5分の1を下回る割合を定めている場合は、その割合が基準になります。
買主側では、他の会社の事業の全部を譲り受ける場合に、原則として株主総会の特別決議による承認が必要です。会社法第468条の略式手続・簡易手続に該当する場合には、株主総会の承認が不要になることがあります。
株主総会の承認が必要な事業譲渡等では、反対株主に株式買取請求権が認められる場合があります。株主への通知・公告、株式買取請求への対応も含め、効力発生日から逆算して確認する必要があります。
締結からクロージングまでに行う手続
契約締結後は、クロージングの前提条件を満たすため、従業員の個別承諾、取引先の承諾、許認可の取得・承継手続、資産の名義変更に必要な書類の準備などを進めます。
契約上の地位を買主へ移転するには、原則として契約相手方の承諾が必要です。これは、譲渡禁止条項がある場合に限りません。民法第539条の2は、契約当事者の一方と第三者が契約上の地位を譲渡する旨を合意し、契約相手方が承諾したときに、その地位が第三者へ移転すると定めています。
債務を買主へ移す場合には債権者の承諾等が必要になり、債権を譲渡する場合には債務者への通知または承諾など、第三者対抗要件を備える必要があります。誰が、いつまでに、どの承諾・通知を行うかを契約書で定めておくことが重要です。
クロージング
クロージングでは、譲渡代金の支払、対象資産の引渡し、登記・登録に必要な書類の交付、契約書・帳簿・データ等の引渡し、役職員や取引先への対応などを行います。
クロージング時に交付する書類や実行する行為は、クロージング・チェックリストに記載します。前提条件が満たされていない場合にクロージングを延期できるか、条件を放棄できるか、契約を解除できるかも、契約書で確認します。
全体スケジュールの目安
事業譲渡に必要な期間は、対象事業の規模、資産・契約の数、従業員、許認可、株主総会の要否などによって異なります。デューデリジェンス、契約交渉、承諾取得、会社法上の手続を含め、数か月を要する場合があります。
許認可の新規取得や主要取引先の承諾に時間がかかると、希望する日に事業を開始できない可能性があります。必要な手続と所要期間を早い段階で確認し、クロージング日から逆算して準備します。
事業譲渡契約書を作成する際の注意点
事業譲渡契約書では、ひな形の利用、譲渡範囲の特定、従業員・取引先・許認可の手続、印紙税・消費税等の取扱いに注意が必要です。契約条件だけでなく、実際に移転を完了できる内容になっているかを確認しなければなりません。
ひな形をそのまま使う危険性
ひな形は、一般的な条項の名称や構成を知るためには役立ちます。しかし、対象事業の資産、債務、契約、従業員、許認可、デューデリジェンスで判明した問題までは反映されていません。
たとえば、譲渡対象を「什器備品一式」とだけ記載すると、どの設備が含まれるのかについて売主と買主の認識が異なる可能性があります。重要な資産は、名称・型番・数量・設置場所等によって特定し、除外する財産も明記する必要があります。
表明保証、補償、競業避止義務なども、ひな形の文言をそのまま利用すると、一方当事者に過度な負担が生じることがあります。対象事業と当事者の交渉内容に合わせて修正しなければなりません。
譲渡範囲・簿外債務・除外財産を明確にする
事業譲渡では、合併や会社分割のような包括承継は生じません。承継する資産・負債・契約上の地位等と、承継しない対象を個別に特定します。
買主は、デューデリジェンスを通じて、未払残業代、税務上の債務、訴訟・紛争、債務保証、環境問題など、帳簿だけでは把握しにくい責任を確認します。契約上承継しない債務であっても、商号の続用等によって買主が責任を負う場合があるため、会社法上の責任も確認が必要です。
売主側は、譲渡後も必要な資産・契約・データまで譲渡対象に含まれていないか、買主に引き渡す情報が個人情報保護法や秘密保持義務に抵触しないかを確認します。
従業員・取引先・許認可の承継手続
従業員の労働契約を買主へ承継させるには、本人の個別の承諾が必要です。承諾しなかったことだけを理由とする解雇など、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇は、労働契約法第16条により権利濫用として無効になる可能性があります。
労働条件、勤続年数の取扱い、退職金、未消化の年次有給休暇、社会保険、福利厚生等について、売主・買主間の契約と、各従業員への説明・合意の内容を一致させる必要があります。
取引先との契約上の地位は、原則として相手方の承諾を得て移転します。許認可については、個別の業法により、新規取得が必要なもの、承継の認可・承認を受けられるもの、届出で足りるものがあります。建設業、飲食業、医療・介護、運送業など、事業に必要な許認可を個別に確認し、事業を開始できない期間が生じないように準備します。
収入印紙・印紙税と税金の取扱い
事業譲渡契約書には、印紙税、消費税、固定資産税等の精算が関係する場合があります。契約書の内容や譲渡資産の内訳によって取扱いが異なるため、契約書の作成時に税務上の確認も行う必要があります。
収入印紙と印紙税
事業譲渡契約書の内容が、印紙税法上の「営業の譲渡に関する契約書」に該当する場合、第1号文書として印紙税の課税対象になります。不動産や知的財産権を含む場合に限らず、営業活動を構成する財産的組織体を一体として譲渡する契約が対象になります。
記載された契約金額に応じた本則税額は、次のとおりです。
| 記載された契約金額 | 印紙税額 |
|---|---|
| 1万円未満 | 非課税 |
| 1万円以上10万円以下 | 200円 |
| 10万円超50万円以下 | 400円 |
| 50万円超100万円以下 | 1,000円 |
| 100万円超500万円以下 | 2,000円 |
| 500万円超1,000万円以下 | 1万円 |
| 1,000万円超5,000万円以下 | 2万円 |
| 5,000万円超1億円以下 | 6万円 |
| 1億円超5億円以下 | 10万円 |
| 5億円超10億円以下 | 20万円 |
| 10億円超50億円以下 | 40万円 |
| 50億円超 | 60万円 |
| 契約金額の記載がないもの | 200円 |
不動産の譲渡に関する契約書については、一定の要件を満たす場合、2027年3月31日まで軽減措置が設けられています。事業譲渡契約書に不動産以外の財産も含まれる場合は、契約書における対価の記載方法等によって判断が異なるため、個別に確認してください。
参考:国税庁「不動産の譲渡に関する契約書等に係る印紙税の軽減措置」
電子契約で紙の課税文書を作成しない場合
契約の締結・保存を電子データのみで完結し、印紙税の課税対象となる紙の原本を作成・交付しない場合、印紙税は課されません。ただし、電子契約とは別に、署名・押印した紙の契約書を作成・交付する場合は、その紙の文書について課税関係を確認する必要があります。
電子契約を利用する場合も、契約内容、本人確認、署名権限、データの保存方法などを確認します。電子契約を利用することと、契約条項が自社に適していることは別の問題です。
消費税・公租公課の精算
譲渡資産のうち、建物・機械設備・棚卸資産・営業権等の課税資産には消費税が課されます。一方、土地や有価証券などは非課税です。複数の資産を一括して譲渡する場合は、譲渡対価を各資産へ合理的に配分し、消費税額を確認する必要があります。
固定資産税等については、契約上、譲渡日を基準に日割り等で精算する場合があります。ただし、当事者間で費用を精算しても、地方税法上の納税義務者が譲渡日に切り替わるわけではありません。固定資産税の納税義務者は、原則としてその年の1月1日現在の所有者です。
税務上の取扱いは、譲渡資産や契約書の記載によって異なります。具体的な税額は、税理士・税務署等へ確認してください。
事業譲渡契約書のひな形とリーガルチェック
ひな形は契約書の項目を確認する参考資料になりますが、個別の取引に必要な内容を自動的に補うものではありません。自社で作成する場合も、相手方から契約書を提示された場合も、締結前に譲渡対象・責任・実行手続を確認する必要があります。
ひな形を使うときの前提と限界
ひな形を利用する場合は、少なくとも次の事項を個別に検討します。
- 譲渡対象事業の定義
- 譲渡資産・承継債務・承継契約・除外財産
- 譲渡価格・消費税・価格調整
- 従業員の承継条件
- 取引先の承諾と許認可
- 契約締結後の誓約事項
- クロージングの前提条件
- 表明保証・補償・損害賠償
- 競業避止義務
- 解除・秘密保持・合意管轄
ひな形と実際の取引条件が合わない場合は、条項を追加・削除・修正します。相手方との交渉内容やデューデリジェンスの結果が、契約書に反映されているかも確認が必要です。
当事務所のフォーマット(ひな形)・逐条解説
当事務所では、事業譲渡契約書のフォーマット(ひな形)と、条項ごとの逐条解説を公開しています。
公開しているフォーマットは一般的な参考資料であり、個別案件の資産・負債・従業員・許認可・契約関係を反映したものではありません。実際に利用する際は、取引内容に合わせて修正する必要があります。
相手方が作成した契約書のリーガルチェック
相手方が作成した契約書には、相手方の要望やリスク判断が反映されていることがあります。そのまま締結すると、自社に必要な条項が不足していたり、自社だけに広い責任が課されていたりする可能性があります。
リーガルチェックでは、譲渡対象の不足、表明保証・補償の範囲、解除条件、競業避止義務、クロージングの前提条件などを確認し、必要に応じて修正案を提示します。契約締結後に条件を変更することは容易ではないため、署名・押印や電子署名を行う前の確認が重要です。
当事務所の契約書のリーガルチェックもあわせてご覧ください。
締結後に起こりやすいトラブルと契約書での備え
譲渡後には、未開示の債務・労務問題、必要な資産の不足、取引先の承諾未取得、許認可の不備、競業行為などが判明し、補償請求・損害賠償請求・差止請求等が問題になる場合があります。
表明保証違反・補償請求
譲渡後に、簿外債務、未払残業代、税務上の問題、係争、知的財産権の侵害などが判明することがあります。その事実が契約書の表明保証に違反し、補償条項の要件を満たす場合、買主は売主へ補償を請求できる可能性があります。
ただし、請求できるかは、表明保証事項の文言、基準時、買主が事前に知っていた事実の取扱い、補償対象となる損失、因果関係、請求期間、上限額、免責事由などによって異なります。問題が発覚した場合は、契約書と開示資料を確認し、通知期限を徒過しないように対応する必要があります。
競業避止義務違反・損害賠償
売主が譲渡後に同一または類似の事業を行い、買主の顧客や従業員を勧誘した場合、会社法第21条または契約上の競業避止義務への違反が問題になることがあります。
契約書に競業避止義務を定めていない場合でも、当事者間に別段の意思表示がなければ、会社法第21条の競業避止義務が適用されます。ただし、法定の地域・期間・対象とは異なる保護を求める場合は、契約で合理的な範囲を定める必要があります。
競業避止義務の範囲が過度に広い場合は、公序良俗等との関係で効力が争われる可能性があります。譲渡事業の保護に必要な範囲と、売主の事業活動への影響を考慮して定めます。
当事務所では、表明保証違反、誓約事項違反、補償請求、損害賠償請求などのM&Aトラブルについて、交渉・訴訟への対応も行っています。
中小M&Aガイドラインと電子契約への対応
中小企業のM&Aでは、契約条件だけでなく、仲介者・フィナンシャル・アドバイザーから受ける説明、経営者保証、最終契約後のトラブルなどにも注意が必要です。
中小M&Aガイドライン第3版
中小企業庁は、2024年8月に「中小M&Aガイドライン(第3版)」を公表しました。第3版では、仲介者・フィナンシャル・アドバイザーの手数料と提供業務に関する説明、経営者保証の取扱い、不適切な譲受側への対応、広告・営業、利益相反などに関する内容が追加・拡充されています。
また、最終契約の不履行等によるトラブルと対応策が追記され、関連資料として、最終契約のリスク事項を説明するためのサンプル等も公表されています。仲介者等から説明を受けるだけでなく、当事者自身も最終契約書の義務・責任・解除条件を確認する必要があります。
電子契約を利用する場合の注意点
電子契約を利用し、紙の課税文書を作成しない場合は、印紙税の負担を抑えられます。ただし、電子契約は締結方法に関するものであり、譲渡対象、表明保証、補償、競業避止義務などの内容が自社に適しているかは別途確認が必要です。
電子署名を行う担当者に契約締結権限があるか、社内承認が完了しているか、契約データと添付別紙を一体として保存できるか、後から内容を確認できるかも確認します。
事業譲渡契約書の作成・チェックは当事務所へ
事業譲渡契約書では、対象事業に応じて、譲渡資産・承継債務・契約・従業員・許認可・表明保証・補償などを定める必要があります。当事務所は、契約書の作成・チェックから、契約締結後の紛争対応まで支援しています。
当事務所に依頼するメリット
当事務所では、大手法律事務所での勤務経験を含め、M&Aに20年以上携わる弁護士が対応し、これまでに400件以上のM&A案件に関与してきました。株式譲渡・合併・会社分割・事業譲渡・組織再編などの法務に加え、M&Aに関する助言、価格算定、契約交渉等にも対応し、公認会計士・税理士・社会保険労務士とも連携しています。
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契約書の作成・チェックの費用体系
当事務所では、M&A契約書の作成・チェックについて、原則としてアワリー・レート(時間当たりの費用請求)を採用しています。中堅・中小企業のM&Aについては、業務範囲を定めた固定費用の体系も設けています。
料金ページでは、その他の最終契約書は株式譲渡契約書の費用に準じるとしていますが、事業譲渡契約書の具体的な費用は、対象資産・承継債務・従業員・許認可・契約書の別紙等によって異なるため、個別のお見積りとなります。
固定費用の場合も、打ち合わせ、契約交渉、付随契約書・関連書類、クロージング対応等が別料金になる場合があります。業務範囲と追加費用の有無は、依頼前にお見積りでご確認ください。
費用は、M&A契約書の作成・チェックの費用体系をご覧ください。
ご相談の流れ・お問い合わせ
事業譲渡契約書の作成をご検討中の方、相手方から提示された契約書のチェックをご希望の方は、お電話またはご相談フォームからお問い合わせください。
- お電話:03-6435-8418
- ご相談:フォーム
- 費用について:M&A契約書の作成・チェックの費用体系
契約交渉中の段階だけでなく、基本合意書の締結前、デューデリジェンスの実施前、相手方から契約書が提示された段階でもご相談いただけます。
事業譲渡契約書に関するよくある質問
事業譲渡契約書に収入印紙は必要ですか?
事業譲渡契約書の内容が、印紙税法上の「営業の譲渡に関する契約書」に該当し、紙の契約書を作成する場合は、第1号文書として契約金額に応じた印紙税が課されます。契約の締結・保存を電子データのみで完結し、課税対象となる紙の原本を作成・交付しない場合は、印紙税は課されません。
契約書の内容によって判断が異なるため、具体的な取扱いは税理士・税務署等へ確認してください。
事業譲渡契約書と株式譲渡契約書は何が違いますか?
株式譲渡契約書は、対象会社の株式を売買するための契約書です。対象会社は同一の法人として存続し、資産・負債・契約は対象会社に残ります。
事業譲渡契約書は、対象事業を構成する資産・負債・契約上の地位等を個別に移転するための契約書です。譲渡対象を特定し、各対象に必要な承諾・通知・登記・登録等を行います。
ひな形だけで事業譲渡契約書を作成しても大丈夫ですか?
ひな形には、個別の取引における資産・負債・契約・従業員・許認可・デューデリジェンスで判明した問題が反映されていません。そのまま利用すると、必要な条項が不足したり、自社に過度な責任が課されたりするおそれがあります。
ひな形を参考にする場合も、対象事業と交渉内容に合わせて修正し、締結前に弁護士へ確認を依頼することをおすすめします。
従業員は事業譲渡によって自動的に買主へ移りますか?
事業譲渡では、労働契約は自動的には買主へ移転しません。労働契約を承継させるには、対象となる従業員本人の個別の承諾が必要です。買主の概要、予定する業務内容、就業場所、労働条件等を説明し、本人の真意に基づく承諾を得る必要があります。
事業譲渡契約書の作成・チェックにかかる費用はどれくらいですか?
依頼する業務、対象事業の規模、契約書の作成・修正の範囲、別紙の数、交渉やクロージング対応の有無によって異なります。当事務所では、原則としてアワリー・レートを採用し、中堅・中小企業のM&Aについては固定費用の体系も設けています。
事業譲渡契約書の費用は個別のお見積りとなるため、M&A契約書の作成・チェックの費用体系をご確認のうえ、お問い合わせください。
締結後に契約書の内容と異なる問題が発覚したらどうなりますか?
発覚した事実が表明保証に違反し、補償条項の要件を満たす場合は、売主へ補償を請求できる可能性があります。また、契約上の義務に違反している場合は、債務不履行に基づく損害賠償や解除が問題になることもあります。
請求の可否は、契約書の文言、通知期限、請求期間、上限額、免責事由等によって異なります。問題が判明した場合は、契約書・開示資料・交渉記録を確認し、早めに弁護士へご相談ください。

