買主が知っていたら請求できない?サンドバッキング条項とアンチサンドバッキング条項の違いと書き方

  • 2026年8月20日
  • M&A

買収前の調査で未払残業代が見つかったものの、会社そのものには魅力があり、取引は進めたい。買った後にその問題が現実になったとき、売主に請求できるのか。M&Aの契約交渉では、この点が争点になることがあります。

売主からは、資料を出して説明したのだから知ったうえで買ったはずだと言われます。買主としては、費用をかけて調べて見つけたのだから責任を負うのは売主だと言いたいところです。この食い違いを契約書のどこで決めておくのかが、サンドバッキング条項とアンチサンドバッキング条項です。

この記事では、2つの条項の違いから、契約書に何も書かなかった場合の扱い、条文の書き分け、争いになった場合の進め方までを紹介します。

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サンドバッキング条項とは

株式譲渡契約書には、売主が対象会社について一定の事実を保証する表明保証条項と、その保証の内容が真実でなかった場合に備えて金銭的な救済の要件と範囲を定める補償条項が置かれます。この2つによって、買った後に判明した問題を売主へ請求する道が用意されます。

ところが、買主が契約を結ぶ前からその問題を知っていた場合はどうなるのか。この一点を契約書で決めておくのがサンドバッキング条項です。買主が違反事実を知っていたこと自体を理由に補償請求を退けない、と定める内容になります。

なお、日本語ではサンドバッキング条項とサンドバッギング条項の両方の表記が使われますが、いずれも同じものを指します。買主の認識にかかわらず補償請求を認める側をプロサンドバッキング条項、買主の認識で責任を制限する側をアンチサンドバッキング条項と呼び分けます。

買主の認識を問わずに補償を請求できる仕組み

サンドバッキング条項は、補償請求の要件から買主の認識を切り離す働きをします。売主が保証した事実が実際と違っていれば、買主がそれを知っていたかどうかにかかわらず補償の対象になる、という構成です。表明保証が事実の正確性についての約束である以上、売主の故意や過失を問わないのと同じく、買主の側の事情も問わないという考え方が背景にあります。

買主にとっての意味は、見つかったリスクを価格と補償のどちらで処理するかを選べる点にあります。デューデリジェンス(買収の判断や契約条件の検討のために、対象会社の法務・財務・税務・労務などのリスクを調べる調査)で見つけた問題を理由に価格を大きく削ろうとすれば、売主が反発して取引そのものが流れかねません。価格には反映させずに契約を進め、実際に損害が出たときだけ補償を求める。この処理を可能にするのがサンドバッキング条項です。

ただし、条項があればどんな場合でも回収できるわけではありません。損害が実際に生じたことや、補償の上限額・請求期間といった契約上の他の要件は、これまでどおり満たす必要があります。同じリスクを価格から差し引いたうえで同じ損失を全額補償させることもできませんので、価格調整との関係は契約で明確にしておきましょう。

表明保証条項と補償条項との関係

サンドバッキングに関する定めは、表明保証条項と補償条項の効き方を調整する規定です。補償条項の一項として書き込まれることもあれば、デューデリジェンスの結果が売主の保証や補償の効力に影響しない旨を定める独立の条項として置かれることもあります。条文の見出しを追うだけでは見落としやすい定めです。

3つの条項の役割は次のように分かれます。

条項定めている内容買主の認識との関わり
表明保証条項売主が保証する事実の範囲直接には触れない
補償条項違反時の賠償額・上限・請求期間直接には触れない
サンドバッキング条項買主の認識が補償請求に影響するかここで決まる

表明保証の項目をどれだけ細かく作り込んでも、買主の認識をめぐる定めがなければ、補償請求の場面で争点が残ります。契約書の厚みではなく、こうした調整規定があるかどうかが結論を左右します。

アンチサンドバッキング条項との違い

アンチサンドバッキング条項は、買主が契約締結前に知っていた事項について、売主が表明保証違反の責任を負わないと定める条項です。サンドバッキング条項とは正反対の結論を導きます。

ここでいう「知っていた」をどう扱うかは条文によって変わります。現実に知っていた場合だけを指すのか、資料が提供されていれば足りるのか。この違いによって、条項の効き方は大きく変わってきます。同じ事実関係でも、どちらの条項が入っているかだけで補償請求の可否が分かれます。

買主が知っていた場合に補償請求できるかの違い

両条項の違いがはっきり表れるのは、補償請求が認められるかどうかです。サンドバッキング条項があれば、買主が知っていた事項でも補償の対象になります。アンチサンドバッキング条項があれば、その事項は売主の責任範囲から外れます。

たとえば、デューデリジェンスで対象会社に3,000万円規模の未払残業代の可能性が判明したとします。価格には反映させないままクロージング(株式の移転や代金の支払いなど、取引の実行)まで進み、1年後に実際に従業員から請求を受けたとします。このとき、サンドバッキング条項があれば買主は売主へ補償を求められますが、アンチサンドバッキング条項があれば買主が自ら負担することになります。

有利に働く当事者の違い

サンドバッキング条項は買主に有利、アンチサンドバッキング条項は売主に有利という関係にあります。どちらが交渉で通りやすいかは案件によって変わり、売主が複数の買主候補を競わせている案件では売主側のドラフトにアンチサンドバッキング条項が入った状態で提示されることがあります。逆に、承継先を探している売主が1社の買主と交渉している案件では、買主側の条項が通りやすくなります。

項目サンドバッキング条項アンチサンドバッキング条項
有利になる側買主売主
買主の認識の扱い補償請求に影響しない責任を制限する事由になる
売主のクロージング後の負担重い軽い
入りやすい場面買主が交渉力を持つ案件売主が複数の候補と交渉している案件

調査と開示のふるまいに与える影響の違い

条項の選択は、取引前の情報のやり取りにも影響します。アンチサンドバッキング条項の内容によっては、買主にとって調査で問題を見つけること自体が不利に働きます。知ってしまえば補償の対象から外れるためです。逆に売主から見れば、資料を出して質疑に丁寧に答えるほど責任範囲が狭まるため、開示を尽くす動機が生まれます。どの情報を認識済み・開示済みとして扱うかは、条文の書き方によって変わります。

サンドバッキング条項がある場合、この関係は逆になります。買主は調査で問題を見つけても取引を止めずに済むため調査の範囲を広げやすく、売主は開示しても責任が残るため、表明保証の文言そのものを絞る交渉に力を割くことになります。

どちらの条項を採るかは、補償請求の可否だけでなく、デューデリジェンスの進め方や開示の丁寧さにも影響します。

契約書に定めがない場合の扱い

日本では、サンドバッキング条項もアンチサンドバッキング条項も置かないまま契約が締結されることがあります。この場合、買主が知っていた事項について補償請求できるかは、契約の解釈と一般条項の適用に委ねられます。

日本法では、定めがない場合に適用される一律のルールが確立しているとは言い切れません。下級審には、買主の悪意や重大な過失・認識可能性・当事者の共通認識などを考慮した例がある一方、契約の文言を重視して買主の主観を原則として考慮しない見解も有力です。どちらに転ぶかを事前に見通しにくいこと自体が、当事者にとってのリスクになります。

民法の原則と信義則からの考え方

表明保証は、民法にその一般的な要件と効果が直接定められた制度ではなく、契約上の合意として設けられます。そのため、買主の認識をどう扱うかについて直接あてはまる条文はありません。

裁判所が手がかりにするのは、当事者が何を前提に合意したのかという契約解釈と、民法1条2項の信義誠実の原則です。売主が保証した内容に誤りがあったとしても、買主がそれを知りながら契約を結び、後から請求するのは信義に反すると評価される場合がある、という考え方です。

この点の考え方は、専門家の間でも分かれています。契約の文言どおりに扱うべきという見方がある一方で、中小企業のM&Aについては買主が知っていたかどうかを考慮すべきという見方もあります。いずれの立場でも、契約書に別の定めがあればそちらが優先することは共通しています。

つまり、契約書に明確な定めを置くことが、買主・売主のどちらの立場でも結論を見通せる方法になります。

中小企業のM&Aで認識をめぐる争いが起きやすい事情

中小企業のM&Aでは、買主が何を認識していたかが争点になりやすくなります。理由は情報のやり取りの形にあります。

大規模な案件では、資料はデータルームに整えて提出され、質疑応答も書面で残るため、誰が何をいつ知ったかを後から確認できます。これに対し中小企業のM&Aでは、資料が十分に揃っていないことがあり、経営者への聞き取りの場で口頭のやり取りが中心になる場合もあります。

その結果、売主は説明したと考え、買主は具体的な数字までは聞いていないと考える食い違いが生まれます。学説には、こうした中小M&Aの特性を踏まえて、買主の主観をより考慮すべきとする見解もあります。

中小企業庁の中小M&Aガイドラインは2024年8月30日に第3版へ改訂され、売主・買主・支援機関それぞれが取るべき行動が示されています。ガイドラインはサンドバッキングの可否や契約の解釈基準を定めるものではありませんが、中小M&Aにおける情報提供やデューデリジェンスの進め方の指針として参照できます。

定めを置かないまま締結した場合に起きること

条項を置かずに契約した場合、買主は補償請求の場面で余分な争点を抱えます。表明保証違反の事実そのものに加えて、売主から、買主が違反事実を知っていた、あるいは重大な過失によって知らなかったという反論が出され、開示資料やデューデリジェンスの経緯が争われる可能性があるためです。

売主の側にも不安定さが残ります。買主が知っていたはずだと反論しても、それを裏づける記録がなければ主張は通らず、開示したつもりの事項について数年後に請求を受ける可能性が消えません。定めを置かないことは、どちらの当事者にとっても結論を予測できない状態を選ぶことを意味します。契約書のドラフトを受け取った段階で、補償条項に買主の認識に関する定めがあるかどうかを確認しておくことをおすすめします。

日本の裁判例に見る判断の傾向

サンドバッキング条項の効力を正面から判断した最高裁判例は、公開されている情報と主要な解説で確認できる限り見当たりません。判断の手がかりになるのは、表明保証違反をめぐる下級審の裁判例です。

次の3件は、買主の認識がどのように扱われたかがうかがえる裁判例です。明文の定めがない事案と、プロサンドバッキング条項が置かれていた事案の両方を取り上げます。

東京地裁平成18年1月17日判決・アルコ事件

買主の重大な過失を悪意と同視した点で、繰り返し参照されている判決です。判例時報1920号136頁に掲載されています。

この事件で裁判所は、買主が表明保証違反の事実を知らなかったとしても、わずかな注意を払えば発見できたという場合には、公平の見地からその善意を悪意と同じに扱い、売主が表明保証責任を免れる余地があると判断しました。ここでいう悪意は違反事実を知っていたこと、善意は知らなかったことを指す法律上の用語です。契約書にアンチサンドバッキングの定めが置かれていたわけではなく、明文がないところで裁判所が公平を理由に買主の主観を持ち込んだ点が特徴です。

もっとも、この事件では、デューデリジェンスは買主の権利であって義務ではないことなどを理由に、裁判所は買主に悪意も重大な過失もないと判断し、買主の請求を認めています。示されたのはあくまで一般論であり、単なる見落としだけで直ちに請求が否定されるわけではありません。知らなかったことが重大な過失によると評価される場合に、売主が責任を免れる余地があるという判断です。

東京地裁平成23年4月15日判決

特定の表明保証条項の文言を、条項の趣旨から限定して解釈した判決です。事件番号は平成21年(ワ)第47700号にあたります。

対象会社には不開示の債務と架空の売掛金が存在し、買主が売主に損害賠償を求めました。裁判所は、問題となった条項の趣旨を、開示された財務諸表の作成基準日以降に生じ財務諸表に反映されていないために買主が知り得ない事由についてのリスクを売主が負担する点にあると解釈しました。そのうえで、条項にいう事由もしくは事象は買主が認識し得ないものに限られるとしたうえで、個別の債務と売掛金について違反の成否を判断し、請求の一部を認めています。

表明保証条項の全体を一律に限定したわけではありませんが、契約書の文言が一般的なものにとどまる場合、裁判所が趣旨解釈によって対象範囲を画しうることを示した例です。

東京地裁令和3年6月18日判決

プロサンドバッキング条項を置いた契約が争われた判決です。事件番号は平成31年(ワ)第3100号にあたります。

この事件の契約には、買主とそのグループ会社が行ったデューデリジェンスは、売主の保証の有効性や保証違反に関する補償の効力に何ら影響を与えないことを確認する、という条項が置かれていました。クロージング後に対象会社のシステムに著作権侵害があることが判明し、買主が補償を求めています。

売主は、買主がデューデリジェンスで侵害を認識できなかったことを理由に補償責任が減免されると主張しました。裁判所は、買主が侵害を認識していなかったことについて重大な過失があるとは認められないとして、この主張を採用していません。明文の条項を置いておくことが、買主の認識をめぐる主張に対抗するうえで意味を持つことがうかがえる事案です。

3件に共通するのは、買主が何をどこまで知っていたか、知らなかったことに落ち度がなかったかが争点になっている点です。裁判所がどう判断するかを事前に読むことは難しく、だからこそ契約書で認識の扱いを決めておく意味があります。

これらは個別の事案についての判断であり、事実関係が異なれば結論も変わります。自社の契約でどう評価されるかは、条文の文言と開示の経緯を具体的に確認しないと判断できません。契約書の内容についてご不安がある場合は、当事務所へご相談ください。

条項の文例

条項は一語の違いで結論が変わります。次に挙げる文例は、説明のために簡略化したものです。実際の契約では、表明保証の構成や補償の上限額との関係を踏まえて調整します。

プロサンドバッキング条項の文例

買主の認識を補償請求から切り離す書き方です。

買主が本契約締結日またはクロージング日において売主の表明保証違反を構成する事実を認識していたか、またはデューデリジェンスその他の調査により認識し得たかを問わず、また買主またはその助言者による調査の実施およびその結果にかかわらず、これらの事情は本条に基づく売主の補償義務の成否および範囲に影響を及ぼさないものとする。

効いているのは「認識し得たかを問わず」という部分です。実際に知っていた場合だけでなく、調査すれば知り得た場合まで含めることで、重大な過失があったという売主の反論に対抗できます。

デューデリジェンスの実施とその結果が保証の効力に影響しない、と明記している点も見逃せません。東京地裁令和3年6月18日判決の事案でも、これに近い条項が置かれていました。

アンチサンドバッキング条項の文例

売主の責任を買主の認識で制限する書き方です。

買主が本契約締結日において、別紙◯に定める買主の担当者の現実の認識として、売主の表明保証違反を構成する事実を認識していた場合、買主は当該事実について本条の補償を請求できないものとする。売主が別紙◯の開示事項一覧において、その内容および影響を合理的に認識できる程度に具体的に開示した事項は、当該表明保証の対象外とする。

前段が買主の認識、後段が開示された事項という2つの制限を置いています。誰の認識を基準にするかを別紙で特定し、開示についても具体性の程度を条件にした書き方です。

売主側のドラフトでは、これよりも広い書き方で出てくることがあります。データルームに置いた資料に記載があれば一律に責任範囲から外す、という条文がその例です。買主としては、目を通せなかった資料まで対象に入っていないか、誰の認識を基準にするかが定められているかを確認しておきましょう。

双方の折衷となる条項の文例

交渉が平行線をたどる場合、間をとる書き方があります。

買主が本契約締結日において現に認識していた事実については、売主は表明保証違反の責任を負わない。ただし、別紙◯「特別補償事項」に記載する事項については本項を適用せず、第◯条の特別補償に従うものとする。

原則としてはアンチサンドバッキングを採りつつ、買主が特に懸念する事項を別紙に並べて例外とする形です。この別紙は、表明保証の例外を記載する開示別紙とは役割が違うため、条文上も別のものとして区別します。売主は無限定な責任を避けられ、買主は重要な論点について回収の道を残せます。

本記事に掲載している条文は、内容を説明するために簡略化した例です。そのまま契約書に用いることを想定したものではありません。実際の条文は、表明保証の項目・補償の上限額・請求期間・準拠法などとの関係で、案件ごとに調整する必要があります。また、本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の事案についての法的助言ではありません。契約書の作成やご検討にあたっては、弁護士にご相談ください。

知り得たという文言の有無で変わる結果

条文で特に注意したいのが、「認識していた」と「認識し得た」の使い分けです。前者は現に知っていた場合を指し、後者は知ることができたはずの場合まで含みます。どこまで含むかは、誰の認識を基準にするか、どの程度の調査を前提にするかといった契約全体の書き方で決まります。

アンチサンドバッキング条項に「認識し得た」が入ると、買主が責任を負う範囲が広がります。デューデリジェンスで確認しなかった事項について、確認すれば分かったはずだと主張される余地が生まれるためです。買主としては、この文言を削る交渉に労力を割く価値があります。

プロサンドバッキング条項では逆になります。「認識し得たかを問わず」を入れておけば、調査すれば分かったはずだという売主の反論を封じられるため、買主に有利に働きます。同じ文言でも、どちらの条項に入っているかで有利になる側が入れ替わります。

条文案の検討にあたっては、表明保証の項目・補償の上限額・請求期間との組み合わせを見ないと、条項単体では判断できません。当事務所では、株式譲渡契約書のドラフト作成と相手方ドラフトのレビューの双方に対応しています。自社の契約書にどの条項を求めるべきかでお迷いの場合は、お問い合わせください。

買主が知っていたことを示す記録

条項をどう書いたとしても、争いになれば買主が何をどこまで知っていたかの証明が問題になります。売主がアンチサンドバッキング条項を勝ち取っても、買主の認識を示す資料がなければ主張は通りません。

中小企業のM&Aでは、この記録が残りにくいという事情があります。取引が進んでいる間に、どの記録をどう残すかを決めておくことが、条項の文言と同じくらい結果を左右します。

表明保証の例外を別紙に書き出す方法

記録として確実なのが、表明保証の例外を契約書の別紙に書き出す方法です。ディスクロージャー・スケジュールと呼ばれ、契約本文で、そこに適切に記載された事項を表明保証の例外とする旨を定めて機能させます。

たとえば「対象会社には未払いの労働債権が存在しない」と保証したうえで、別紙に「ただし、A部門の2024年4月から2026年3月までの時間外手当について、約3,000万円の未払いが生じている可能性がある」と記載します。契約本文で例外とする定めを置いていれば、その範囲で表明保証が限定され、売主が当該事項を開示した記録としても機能します。

売主にとっては責任範囲を確定させる手段になり、買主にとっては見つけた問題を漏らさず契約書に反映させる作業になります。別紙に書き出した事項は、そのまま特別補償や価格の交渉の対象になります。

資料の提供と質疑応答の記録

資料の提供にバーチャルデータルームを使う場合、誰がいつどの資料を開いたかの記録が残り、売主が買主の認識を主張する際の一資料になり得ます。ただし閲覧記録は開いたことを示すにとどまるため、膨大な資料に問題の記述が埋もれていた場合、これだけで買主の認識を認めるのは難しいと考えられます。中小企業のM&Aではデータルームを使わない場合もありますが、送付した資料の一覧と送付日を記録しておけば裏づけになります。

デューデリジェンスの過程で買主から出た質問と売主の回答も、一覧の形で残しておきます。売主は具体的に説明した事実を示せますし、買主の側は曖昧な回答しか得られなかった経緯を示せます。回答が空欄のまま残っている項目があれば、それ自体が売主の開示不足を示す資料になります。メールの本文だけで済ませると後から論点ごとに追いにくくなるため、表の形にまとめ、回答日と回答者を記録しておきましょう。

経営者への聞き取りの記録

中小企業のM&Aでは、資料に表れない事情が経営者への聞き取りで語られることがあります。取引先との口約束・元従業員との係争の可能性・設備の老朽化といった話です。

この場面のやり取りは記録に残りにくく、後から売主が説明したと主張しても、買主が聞いていないと反論すれば水掛け論になります。口頭の説明だけでは、内容・時期・具体性のいずれについても後から争われやすくなります。

聞き取りの後に議事録を作成し、双方で内容を確認しておけば、この不安定さは大きく減ります。売主の側にとっても、開示した事実を記録に残しておくことが自らの責任範囲を守ることにつながります。

特別補償による切り分け

サンドバッキングの交渉が平行線をたどったときに、議論そのものを迂回する方法があります。見つかった問題を表明保証の枠から切り離し、個別の補償対象として契約書に明記する特別補償です。

なお、表明保証保険を使う案件でも、調査で見つかった問題は原則として補償の対象外です。既に見つかっているリスクは、保険ではなく契約で処理することになります。

特別補償の書き方

たとえば未払残業代について、「当該未払賃金に関して対象会社が支出を余儀なくされた金額について、売主は3,000万円を上限として買主に補償する」と定めます。見つかっているリスクを、買主の認識にかかわらず補償する対象として書き出しておく形です。アンチサンドバッキング条項が入っている場合には、どちらが優先するかも条文で決めておきましょう。

この方法の利点は、買主が知っていたかどうかという抽象的な議論を避けられる点にあります。売主は責任の範囲と上限を確定でき、買主は回収の道を確保できます。デューデリジェンスで具体的な問題が見つかっている案件では、まず検討したい選択肢です。

価格調整や代金の留保との使い分け

見つかった問題の想定額を譲渡価格からあらかじめ差し引く方法もあります。処理が単純でクロージング後にやり取りが残りませんが、リスクが現実化するかどうか不確かな場合には合意が難しくなります。発生の可能性が高く、金額の見通しが立つ問題に向いた方法です。

売主の資力に不安がある案件では、譲渡代金の一部について支払いを一定期間留保する方法や、第三者とのエスクロー契約に基づいて代金の一部を預ける方法もあります。補償請求が認められても売主に支払う資力がなければ回収できないため、回収の実効性を確保する手段になります。

いずれの方法を採る場合も、補償の上限額と請求できる期間を定めておくことで、双方の負担の見通しが立ちます。

補償請求が争いになった場合の対応

条項の設計が不十分だったとしても、請求の道が直ちに閉ざされるわけではありません。まず確認したいのは、契約書の補償条項に定められた上限額・除外額・請求期間です。契約で定めた請求期間を過ぎると、その補償条項に基づく請求は制限される可能性があります。契約書を締結してから時間が経っている場合は、まずここを確かめておきましょう。

請求にあたっては、どの表明保証項目に違反があったか、どのような事実が判明したか、損害額をどう算定したかを書面で示します。この段階で買主が知っていたかどうかが争点になりますので、いつどのように事実を把握したかを示す資料も併せて用意しておきましょう。

交渉がまとまらない場合は、契約上の補償請求のほか、事案によっては錯誤や詐欺による取消し、不法行為に基づく損害賠償が問題となることがあります。売主が事実を知りながら伝えなかったといえる場合には、買主の認識をめぐる議論とは別の観点から責任を追及できる可能性もあります。契約書にアンチサンドバッキング条項が入っていたとしても、直ちに諦める必要はありません。

当事務所では、M&A後に生じたトラブルへの対応も取り扱っています。株式譲渡の後に想定外の債務が判明した場合や、売主として補償請求を受けた場合も、お問い合わせフォームよりご相談ください。

よくある質問

条項の名称や適用場面について、疑問になりやすい点をまとめました。個別の案件では契約書の文言と経緯によって結論が変わりますので、判断に迷う場合は契約書をご用意のうえご相談ください。

サンドバッキング条項とサンドバッギング条項は同じものですか?

同じものです。英語のsandbagging provisionをどう読み替えるかによる表記のゆれで、内容に違いはありません。買主の認識を問わない側をプロサンドバッキング条項、買主の認識で責任を制限する側をアンチサンドバッキング条項と呼び分けます。

契約書に何も書かなければ、買主は請求できないのですか?

請求できないと決まっているわけではありません。ただし日本の裁判例には、明文の定めがなくても買主の悪意や重大な過失、認識可能性を考慮した例があり、結論を事前に見通しにくいのが実情です。買主・売主のどちらの立場でも、定めを置かないまま締結するのは避けたほうが安全といえます。

アンチサンドバッキング条項を入れられたら、買主は諦めるしかないのですか?

条項が入っていても、対応の余地は残ります。認識し得たという文言を削る・除外の対象を開示別紙に明記した事項に限る・懸念のある事項を特別補償として別枠にする、といった修正を求める方法があります。代金の一部を留保する形での調整も選択肢です。

すでにクロージングが終わっている場合でも相談できますか?

ご相談いただけます。補償条項には請求期間が定められているのが通常で、期間が過ぎると請求できなくなる場合もありますので、問題に気づいた段階で早めにご確認いただくことをおすすめします。

M&A契約書の作成とチェックのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所は、M&Aの法務にとどまらず、M&A仲介業務やM&Aアドバイザリー業務も取り扱う法律事務所です。400件を超えるM&A案件に関与しており、条項の文言だけでなく取引全体の組み立てを踏まえたうえでご助言できる体制を備えています。

対応できる範囲

基本合意書の作成から、株式譲渡契約書のドラフト作成・相手方ドラフトのレビュー・クロージング書類の作成とレビューまでを取り扱っています。M&A仲介契約書の確認にも対応しています。

サンドバッキング条項をめぐる交渉では、条項単体ではなく、表明保証の項目・補償の上限額・請求期間・代金の支払方法との組み合わせで見ることになります。契約交渉への対応も取り扱っており、相手方から提示されたドラフトのどこが自社にとって不利かを確認したい、という段階からのご相談も承っています。

相談の流れ

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契約書のドラフトや基本合意書がお手元にある場合は、ご相談の際にご用意いただけると具体的な検討が進みます。交渉が始まる前の段階でも、どのような条項を求めるべきかという観点からご相談いただけます。M&Aの契約や取引後のトラブルでお困りの際は、お問い合わせフォームよりご連絡ください。

本記事は、公開日時点の法令と裁判例をもとに、一般的な情報提供を目的として作成したものです。個別の事案についての法的助言ではなく、実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載内容の適用によって生じた結果について、当事務所は責任を負いかねます。

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