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持分のある医療法人を買収する前に確かめること 出資持分の譲渡・社員の入替え・過去に退社した社員の払戻請求権

公開 2026年11月5日更新 2026年11月5日

▶ 医療法人のM&Aの方法(手法)

引退を考えている理事長から、病院を経営する医療法人を引き継いでほしいという話がありました。設立は昭和の時代で、定款には出資持分の定めがあるようです。株式会社であれば株式を買えば済みますが、医療法人には株式がありません。何を買い、何を確かめればよいのか。契約書に署名する前に、たとえばこのような疑問を持つ買主の方は少なくありません。

本記事は、持分のある医療法人(経過措置医療法人)を買収しようとする買主の皆様に向けたものです。医療法人のM&Aの手法の全体像は、医療法人のM&Aの方法(手法)でご説明しています。本記事は、そのうち持分のある医療法人を買主の側から買う場合に、契約の前に法務のデュー・ディリジェンスで確かめることと、その結果を契約書にどう反映するかを扱います。

結論から申し上げます。医療法には出資持分の譲渡を定める規定がなく、持分のある医療法人の買収は、定款に基づく出資持分の譲渡、社員総会の承認による社員の入替え、社員総会の決議による役員の交代を組み合わせて行います。社員総会の議決権は出資の額によらず社員1人につき1個であるため、出資持分を買っただけでは医療法人の経営権は移りません。買主がとりわけ注意すべきは、過去に退社し又は亡くなった社員の払戻請求権が決算書に表れないまま残っていることです。定款、社員名簿、出資者の一覧、過去の社員総会の議事録を突き合わせ、残っている請求権の有無を確かめたうえで、表明保証と補償で手当てしてください。以下、順にご説明します。

株式会社の買収との違い

医療法には、出資持分の譲渡の規定がありません

医療法の本則には、社団医療法人の出資持分の譲渡や払戻しを直接定める規定はありません。出資持分の扱いは、平成18年の医療法の改正(平成18年法律第84号)の経過措置によって存続している経過措置医療法人(同法附則第10条第2項、第10条の2)の定款によって定まります。買収の手順も、法律ではなく、その医療法人の定款の規定から組み立てることになります。

厚生労働省の「種類別医療法人数の年次推移」によれば、令和8年3月31日現在、医療法人59,893のうち、持分のある社団医療法人は35,104です。買収の対象となる医療法人の多くは、この持分のある医療法人です。

議決権は、出資の額ではなく社員の人数で決まります

社員総会では、社員は各1個の議決権を有します(医療法第46条の3の3第1項)。社団医療法人の役員は社員総会の決議によって選任し(医療法第46条の5第2項)、いつでも社員総会の決議によって解任することができます(医療法第46条の5の2第1項)。したがって、医療法人の経営権は、出資持分の多さではなく、社員総会の過半数を誰が占めるかによって決まります。出資持分の全部を買い取っても、社員の入替えをしなければ、従前の社員が多数のまま残ることになります。

社員の地位と出資持分は、別のものです

厚生労働省の「『持分なし医療法人』への移行に関する手引書」は、持分のある医療法人でも社員の地位は持分と結合しているわけではなく、持分を全く有しない社員も存在し得るとしています。買主は、出資者の一覧と社員の一覧を別々に入手し、両者を突き合わせる必要があります。

営利法人は社員になれず、剰余金の配当もできません

同手引書は、営利法人が社員となることはできないとする厚生省の回答(平成3年1月17日指第1号)を挙げています。株式会社が買主となる場合は、株式会社自身が社員となる形をとることはできません。また、医療法人は剰余金の配当をしてはなりません(医療法第54条)。買収に投じた資金を配当によって回収する計画は立てられませんので、投資の回収の方法を買収の前に検討します。営利法人と医療法人の関係については、医療法人のM&Aにおける非営利性の問題をご覧ください。

買収の組み立て

出資持分の譲渡

売主(理事長やその親族)が有する出資持分を、買主の側の者に譲り渡します。定款に出資持分の譲渡についての規定があるか、譲渡に社員総会の承認等の手続を要するかを確かめます。出資者が複数いる場合は、誰がどれだけの出資持分を有しているかを、出資の時期と金額の記録から特定します。

社員の入替え

厚生労働省の定款例は、社員になろうとする者は社員総会の承認を得なければならないとし、社員は除名、死亡、退社によりその資格を失うとしています。買主の側の者が社員として入社する承認を社員総会で得るとともに、売主の側の社員が退社する手続をとります。

注意が必要なのは、売主の側の社員の退社と払戻しの関係です。定款が「社員資格を喪失した者は、その出資額に応じて払戻しを請求することができる。」という趣旨の規定を置いている場合、退社によって払戻しの請求権が生じ得ます。出資持分の譲渡、入社、退社の順序と、売主が退社に伴う払戻しを請求しないことを、契約書と社員総会の議事録で明確にしておきます。

役員の交代

社員総会の決議で、売主の側の理事・監事を退任させ、買主の側の理事・監事を選任します。医療法人の理事のうち1人は理事長とし、医師又は歯科医師である理事のうちから選出するのが原則であり、例外は都道府県知事の認可を受けた場合に限られます(医療法第46条の6第1項)。また、医療法人は、その開設する病院・診療所等の管理者を理事に加えなければなりません(医療法第46条の5第6項)。買収の後に理事長と管理者を誰が務めるかを、契約の前に決めておきます。

合併による方法

買主が医療法人である場合は、合併によって対象の医療法人を引き継ぐ方法もあります(医療法第57条)。社団たる医療法人が吸収合併をするには、吸収合併契約について総社員の同意を得なければならず、都道府県知事の認可を受けなければ効力を生じません(医療法第58条の2第1項・第4項)。社員の全員の同意が要件であることに注意します。

デュー・ディリジェンスで確かめること

定款と変更の経緯

定款の変更は、社員総会の決議によらなければならず、都道府県知事の認可を受けなければ効力を生じません(厚生労働省令で定める事項に係るものを除きます。医療法第54条の9第1項・第3項)。現在の定款の写しだけでなく、変更の議事録と認可の書面を確かめます。払戻しの規定が「出資額に応じて」か「出資額を限度として」かによって、将来の払戻しの請求の大きさが大きく異なります。

社員名簿と出資者の一覧

社団医療法人は、社員名簿を備え置き、社員の変更があるごとに必要な変更を加えなければなりません(医療法第46条の3の2第1項)。社員名簿と出資者の一覧を照合し、名義だけの社員がいないか、所在の分からない出資者がいないか、出資の記録と名簿が食い違っていないかを確かめます。

過去に退社し又は亡くなった社員の払戻請求権

持分のある医療法人の買収で最も注意すべき点です。最高裁判所第一小法廷平成22年4月8日判決(平成20年(受)第1809号)は、定款に退社した社員は出資額に応じて返還を請求できると定め、解散時の残余財産を払込出資額に応じて分配すると定める医療法人について、退社した社員は、退社時の法人の財産の評価額に出資の割合を乗じた額の返還を請求できるとしました。社員が亡くなった場合は、その相続人がこの請求権を引き継ぎます。

同判決の事案では、ある社員の死亡の時点で既に生じていた別の社員の払戻しの請求権を、法人の負債として控除して算定しています。つまり、過去に退社し又は亡くなった社員の請求権は、払われていない限り医療法人の負債として残ります。しかし、相続人が請求をしていなければ、決算書には表れないことがあります。過去の社員の退社と死亡の記録、払戻しの支払の記録、相続人との和解書を確かめ、払戻しが済んでいない者を一覧にします。払戻請求権は、権利を行使することができることを知った時から5年間、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときは時効によって消滅しますが(民法第166条第1項)、時効が完成しているかどうかは個々の事情によりますので、残っている可能性のあるものとして扱います。

持分なし医療法人への移行計画の認定の有無

経過措置医療法人は、持分なし医療法人への移行計画を作成し、厚生労働大臣の認定を受けることができます(平成18年法律第84号附則第10条の3第1項)。認定を受けた医療法人(認定医療法人)を買う場合は、次の点を確かめます。

  • 移行の期限は認定の日から5年以内とされ(同条第4項第3号)、期限までに移行しなかったときは認定が取り消され(附則第10条の4第3項)、取り消された医療法人は再び認定を受けることができません(同条第4項)。
  • 移行計画には、出資者ごとの持分の放棄の見込みを記載した出資者名簿が添付されています(附則第10条の3第3項第2号)。出資持分を買い取る買収の計画と、出資者が持分を放棄していく移行の計画とが両立するかを確かめます。
  • 認定は、令和11年12月31日までの間に限り行うことができます(附則第10条の3第5項)。認定を受けていない医療法人を買う場合も、買収の後に移行を検討するかどうかによって、この期限が意味を持ちます。

理事長・管理者と許可の関係

買収の後の理事長が医師又は歯科医師でない場合は、都道府県知事の認可が必要です(医療法第46条の6第1項ただし書)。病院・診療所の管理者が交代する場合の手続も、買収の日程に組み込みます。

事業報告書等と社員総会の議事録

直近の数期分の事業報告書等と監事の監査報告書、社員総会・理事会の議事録を確かめ、役員への報酬や退職慰労金の支払、関係者との取引、借入れと保証の状況を把握します。理事長の役員退職慰労金は、出資持分の譲渡代金と合わせて交渉されることが多く、M&Aの後に争いになることがあります。この点は、医療法人の出資持分を譲渡した理事長の役員退職慰労金で扱っています。

確認の結果を契約書に反映します

表明保証

売主に、出資者と出資持分の内容、社員の構成、定款と変更の経緯の適法性、払戻しが済んでいない退社・死亡した社員がいないこと、移行計画の認定の有無などを表明保証してもらいます。表明保証の考え方は、表明保証とは 違反時の損害賠償・補償・解除と裁判例でご説明しています。

特別補償と価格の調整

デュー・ディリジェンスで払戻しが済んでいない者が判明した場合は、その請求を受けたときに売主が負担する旨の特別の補償を定め、又は譲渡代金の一部を留保する等の方法で手当てします。判明している請求の見込み額は、譲渡代金の額にも反映させます。

決済の前提条件

社員総会による入社の承認と役員の選任、売主の側の社員の退社と払戻しを請求しない旨の書面、理事長の選出に必要な認可の見込みなどを、決済の前提条件として定めます。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

いま確認していただきたいこと

  • 定款の写しと、定款の変更の議事録・都道府県知事の認可の書面
  • 社員名簿と出資者の一覧(出資の時期と金額)が一致しているか
  • 過去に退社し又は亡くなった社員の一覧と、払戻しの支払・和解の記録
  • 持分なし医療法人への移行計画の認定を受けているか
  • 買収の後の理事長と、病院・診療所の管理者を誰が務めるか
  • 買主が営利法人である場合に、社員とならない形でどのように関与するか

よくあるご質問

出資持分を全部買い取れば、医療法人を支配できますか。

できるとは限りません。社員総会の議決権は社員1人につき1個であり(医療法第46条の3の3第1項)、役員の選任・解任は社員総会の決議によります。出資持分の取得に加えて、社員の入替えにより社員総会の過半数を確保する必要があります。

株式会社が持分のある医療法人を買うことはできますか。

厚生労働省の手引書は、営利法人は社員となることができないとしています(平成3年1月17日指第1号の厚生省の回答を参照)。株式会社自身が社員となって医療法人を支配する形はとれませんので、医師である個人や医療法人が社員となる形を含めて、関与の方法を検討します。

決算書に載っていない払戻しの請求を受けることはありますか。

あり得ます。過去に退社し又は亡くなった社員の払戻しの請求権は、払われていない限り医療法人の負債として残りますが、請求がされていなければ決算書に表れないことがあります。過去の社員の記録と払戻しの記録を確かめ、表明保証と補償で手当てしてください。

移行計画の認定を受けている医療法人を買っても問題ありませんか。

直ちに問題があるわけではありませんが、認定移行計画に記載された移行の期限までに持分なし医療法人に移行しなければ認定は取り消され、再び認定を受けることはできません(平成18年法律第84号附則第10条の4第3項・第4項)。移行計画の内容と、出資持分を取得する買収の計画とが両立するかを確かめてください。

税務の扱いも確認してもらえますか。

出資持分の譲渡や払戻しに伴う課税、評価の方法は、税理士の職域です。当事務所は契約の前の法務の確認と契約書の作成・交渉を担当し、税務については税理士と連携して進めます。

まとめ

持分のある医療法人の買収は、株式の取得ではなく、定款に基づく出資持分の譲渡、社員総会の承認による社員の入替え、社員総会の決議による役員の交代の組合せです。議決権は社員1人につき1個であるため、出資持分だけでは経営権は移りません。契約の前には、定款と変更の経緯、社員名簿と出資者の一覧、過去に退社し又は亡くなった社員の払戻請求権、移行計画の認定の有無、理事長と管理者の要件を確かめ、その結果を表明保証、特別補償、前提条件として契約書に書き込んでください。

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出典

  • 医療法第46条の3の2第1項、第46条の3の3第1項、第46条の5第2項・第6項、第46条の5の2第1項、第46条の6第1項、第54条、第54条の9第1項・第3項、第57条、第58条の2第1項・第4項
  • 良質な医療を提供する体制の確立を図るための医療法等の一部を改正する法律(平成18年法律第84号)附則第10条第2項、第10条の2、第10条の3、第10条の4第3項・第4項
  • 民法第166条第1項
  • 最高裁判所第一小法廷平成22年4月8日判決(平成20年(受)第1809号)
  • 厚生労働省「種類別医療法人数の年次推移」
  • 厚生労働省「『持分なし医療法人』への移行に関する手引書」第1章・第2章
  • 厚生労働省「社団医療法人の定款例」の新旧対照

結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。

この記事の位置付け

持分のある医療法人を買収する買主が、契約の前に確かめることに関するメインのページです。本ページは、出資持分の譲渡と社員の入替えの組み立てと、簿外の払戻請求権の調べ方をご説明します。手法の全体像は次のページでご覧いただけます。

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この記事の著者

弁護士 土屋勝裕(弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士)

弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士。長島・大野・常松法律事務所、ペンシルバニア大学ウォートン校留学、上海市大成律師事務所執務などを経て事務所設立。400件超のM&Aに関与。米国トランプ大統領の娘イヴァンカさんと同級生。現在、M&A業務・M&A法務・M&A裁判・事業承継トラブル・少数株主トラブル・株主間会社紛争・取締役強制退任・役員退職慰労金トラブル・事業再生・企業再建に主として対応。

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