私は70代の後半になり、会社の譲渡を検討しております。仲介会社からは「経営者の年齢が高いことが交渉に影響することがある」と言われました。年齢そのものが問題となるのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。買主が懸念するのは、経営者の年齢そのものではなく、年齢に伴って生じ得る事態です。すなわち、譲渡が完了する前に判断能力の低下又は死亡といった事態が生じる可能性、事業が経営者個人に依存している程度、設備及び人員の更新が停滞している可能性、株式の相続により権利関係が複雑となる可能性です。これらの懸念は、あらかじめ手当てを講じることにより、相当の範囲で解消することができます。本記事では、懸念の内容と手当ての方法を整理いたします。
第1節 買主が懸念する4つの事項
表1 経営者が高齢である場合に買主が懸念する事項
| 懸念 | 内容 | 手当ての方向 |
|---|---|---|
| 手続の中断 | 決済までの間に判断能力の低下又は死亡が生じる可能性 | 日程の短縮、代理及び承継に関する手当て |
| 事業の属人性 | 取引関係、技術、信用が経営者個人に依存している可能性 | 関係の引継ぎ、書面化、一定期間の関与 |
| 更新の停滞 | 設備、人員、制度の更新が長期にわたり行われていない可能性 | 現状の開示、必要な投資の見積り |
| 権利関係の複雑化 | 相続により株式が分散する可能性 | 株主の確定、生前の整理、遺言等の手当て |
1 手続が中断する可能性
譲渡の手続は、秘密保持契約の締結から決済まで、通常は数か月を要します。この期間中に経営者の判断能力が低下いたしますと、譲渡に関する意思表示を行うことが困難となります。法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その行為は無効とされております(民法第3条の2)。
また、経営者が死亡いたしますと、その保有する株式は相続の対象となります。遺産分割が行われるまでは相続人の間で準共有の状態にあり、権利を行使する者を定めて会社に通知しなければ、原則として権利を行使することができません(会社法第106条)。買主にとっては、取引が中断し、再開の見通しが立たない事態となります。
2 事業が経営者個人に依存している可能性
長年にわたり経営者が営業を担ってきた会社では、主要な取引先との関係が経営者個人の信頼に基づいていることがあります。技術、許認可に必要な資格、金融機関との関係についても同様です。
買主は、譲受けの後にこれらが失われる可能性を検討いたします。経営者が高齢である場合、譲渡の後に長期間関与することを期待し難いという事情も加わります。
3 更新が停滞している可能性
経営者が高齢である会社では、設備の更新、システムの導入、人員の採用、制度の整備が長期にわたり行われていないことがあります。買主は、譲受けの後にこれらに要する投資を見積もり、価格に反映しようといたします。
4 株式の相続により権利関係が複雑となる可能性
経営者が高齢である会社では、既に他の株主に相続が発生し、名義が変更されないまま残っていることがあります。また、経営者自身の相続が生じた場合の帰属が定まっていないこともあります。買主は、株式の帰属が確定していることを取引の前提といたしますので、この点は重要な確認事項となります。
第2節 手続の中断に備える手当て
1 日程を短縮いたします
最も直接的な方法は、手続に要する期間を短縮することです。社内の整理を事前に完了させておくことにより、基本合意からデューデリジェンスを経て決済に至るまでの期間を短くすることができます。資料が整備されていない状態から着手いたしますと、その準備に期間を要します。
2 株式の帰属を先に確定させます
経営者が保有する株式について、相続が生じた場合の帰属を定めておく方法があります。遺言による方法のほか、生前に後継者又は資産管理の会社に移転させる方法があります。いずれによるかは、相続人の状況、税務上の取扱い、譲渡の時期により判断いたします。税務上の取扱いにつきましては税理士にご確認ください。
3 会社の意思決定の体制を整えます
経営者が単独で代表取締役を務めている会社では、経営者に事故があった場合に会社の意思決定が停止いたします。取締役を複数とする方法、代表取締役を複数とする方法により、意思決定の継続を確保することができます。
もっとも、これらは会社の支配の在り方に影響いたしますので、譲渡の交渉との関係を含めて慎重に検討する必要があります。
4 契約における手当て
株式譲渡契約においては、売主に事故が生じた場合の処理を定めておくことが考えられます。相続人が契約上の地位を承継する旨、決済の期限を定める旨、期限までに決済ができない場合の解除に関する定めを設けます。
第3節 属人性への手当て
1 関係の引継ぎの計画
主要な取引先との関係を、譲渡の後にどのように引き継ぐかを計画いたします。経営者が一定期間関与し、取引先を訪問して新しい経営陣を紹介する方法が用いられます。関与の期間、地位、報酬、業務の内容を契約に明記いたします。
もっとも、経営者が高齢である場合には、長期の関与を約することは現実的でないことがあります。期間を限定した上で、その間に引継ぎを完了させる計画を具体的に示すことが望まれます。
2 業務の書面化
経営者の頭の中にある情報を書面化しておくことは、属人性を低下させる有効な方法です。主要な取引先ごとの取引の経緯、価格の決定の基準、担当者、技術に関する手順、金融機関との関係を整理いたします。
3 次の世代の人員
経営者に次ぐ立場の従業員が存在し、その者が事業を継続することができる場合には、属人性に関する懸念は軽減されます。買主にとっては、譲受けの後の運営の担い手が確保されていることになるためです。この者の継続を確保する定めを契約に設けることが検討されます。
第4節 更新の停滞及び権利関係への手当て
1 現状を開示いたします
設備、システム、人員の状況について、現状をあらかじめ整理し、買主に開示いたします。開示せずに調査で判明した場合には、価格の引下げの理由とされやすいものです。他方、あらかじめ開示し、必要な投資の見積りとともに説明した場合には、条件の協議の中で処理することができます。
2 株主の確定
株主名簿の整備、名義株式の解消、相続が発生した株式の帰属の確定を、譲渡の検討の初期に行います。これらは期間を要する作業ですので、経営者が高齢である場合には、とりわけ早期の着手が求められます。
第5節 弁護士に相談する意味
経営者が高齢である会社の譲渡において弁護士が行う業務は、次の点にあります。第一に、手続が中断する事態に備え、株式の帰属及び会社の意思決定の体制について手当てを講じることです。第二に、社内の整理を先行させ、譲渡の手続に要する期間を短縮することです。第三に、属人性に関する懸念について、契約における定め及び引継ぎの計画により対応することです。
年齢そのものは変えることができませんが、年齢に伴う懸念の多くは、手当てを講じることにより相当の範囲で解消することができます。手当てには期間を要しますので、早期の着手が望まれます。
具体的な手当ての方法及び日程の設計は、会社の状況、株主の構成、相続人の状況等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 年齢を理由に価格を下げられることはありますか。
年齢そのものが理由とされることは通常ありません。もっとも、属人性の高さ、更新の停滞、株主の権利関係の不確実さが評価に影響することはあります。これらは手当てを講じることにより軽減することができます。
質問2 譲渡の後も長く関与しなければなりませんか。
契約により定めることです。期間を限定した上で、その間に引継ぎを完了させる計画を示す方法があります。関与の期間、地位、報酬、業務の内容を明確にいたします。
質問3 私に何かあった場合、手続はどうなりますか。
判断能力が低下した場合には意思表示を行うことが困難となり、死亡した場合には株式が相続の対象となります。いずれの場合も手続に支障が生じますので、あらかじめ株式の帰属及び会社の意思決定の体制について手当てを講じておくことが望まれます。
質問4 高齢を理由に、そもそも買手が付かないということはありますか。
年齢のみを理由として候補者が現れないということは、通常はありません。事業の内容、収益の状況、属人性の程度が判断されます。属人性が高い場合には、その低減が課題となります。
質問5 相続で株式が分散することを防ぐ方法はありますか。
遺言により帰属を定める方法、生前に移転させる方法、種類株式を活用する方法があります。相続人の状況、税務上の取扱い、譲渡の時期を踏まえて判断いたします。
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弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、後継者がいない会社の譲渡に関するご相談をお受けしております。
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ご相談の際に、定款、登記事項証明書、株主名簿、直近3期分の計算書類、主要な契約書、借入れ及び保証に関する書類をご用意いただけますと、検討が早く進みます。なお、税務に関する事項は税理士、登記の申請は司法書士の業務でございます。弁護士費用につきましては、弁護士費用一覧のページをご覧ください。
結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第3条の2(意思能力)、第7条(後見開始の審判)、第898条(相続財産の共有)、第964条(包括遺贈及び特定遺贈)
会社法 第106条(共有者による権利の行使)、第349条(株式会社の代表)、第362条(取締役会の権限)
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