仲介会社から基本合意書の案文を渡され、「今週中に署名していただかないと買主が他の案件に移ってしまいます」と言われております。内容を検討する時間がありません。急いで署名すべきなのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。基本合意書の署名を急ぐ理由は、通常はありません。基本合意書に定める事項のうち法的拘束力を持つのは、秘密保持義務、独占交渉義務、費用の負担、有効期間、準拠法及び管轄に関する条項であり、これらは売主に一定の義務を課すものです。期限が短いことのみを理由として検討を省略することは、適切ではありません。期限の延長を申し入れること、又は最小限の確認を行った上で署名することを検討いたします。本記事では、時間がない場合の対応を整理いたします。
第1節 なぜ期限が短く設定されるのか
1 買主の側の事情
買主が複数の案件を並行して検討している場合、資源を集中させる先を早期に定めたいという要請があります。また、社内における承認の日程、資金の調達の日程が定まっている場合もあります。これらは、それ自体としては合理的な事情です。
2 仲介会社の側の事情
仲介会社にとっては、案件が進行することが報酬に結び付きます。日程の管理を行う立場から、署名を促すことがあります。もっとも、これは売主の利益と必ずしも一致するものではありません。
3 期限の性質を確認いたします
まず、示された期限が、いかなる理由に基づくものかを確認いたします。買主の社内の日程に基づくものであるか、単に手続の進行を促すためのものであるかによって、延長の可否は異なります。理由の説明を求めることが、最初に行うべきことです。
第2節 時間がない場合の最小限の確認
表1 署名の前に最小限確認する事項
| 確認する事項 | 確認の要点 |
|---|---|
| 拘束力に関する定め | いずれの条項に拘束力があるか。除外の範囲が明記されているか |
| 独占交渉義務の期間 | 期間の長さ。自動更新の定めの有無。売主から終了させる方法の有無 |
| 誠実交渉義務の文言 | 交渉の継続を義務付ける趣旨と読まれる文言となっていないか |
| 違約金の定め | 違反した場合の金銭の支払に関する定めがないか |
| 価格に関する記載 | 拘束力がないことが明記されているか |
| 秘密保持の例外 | 専門家への開示が例外とされているか |
1 最も重要なのは独占交渉義務と違約金です
時間が限られている場合には、この2点を優先して確認いたします。独占交渉義務は、一定の期間、他の候補者と交渉しない義務を負うものです。期間が長い場合、自動更新の定めがある場合には、売主の選択が長期にわたり制約されます。
また、違反した場合に一定額の金銭を支払う旨の定めが置かれている場合には、その額及び発生の要件を確認する必要があります。この定めがある基本合意書は、実質的に強い拘束力を持つことになります。
2 拘束力の除外の範囲
「本書は法的拘束力を有しない」という条項の直前又は直後に、除外される条項が列挙されているのが通例です。この列挙の範囲を確認いたします。条項の追加又は削除により番号がずれている場合がありますので、実際の条項の内容と照合いたします。
第3節 期限の延長を申し入れる
1 申入れは不自然ではありません
基本合意書の内容を弁護士に確認したいという申入れは、取引の相手方にとって不自然なものではありません。むしろ、専門家の確認を経ることは、後の紛争を避けるという点で双方の利益に資するものです。
申入れにあたっては、確認に要する期間を具体的に示すことが望まれます。「数日いただきたい」という形で、期限を明示して申し入れます。
2 断られた場合
短期間の延長にも応じないという対応がされる場合には、その理由を確認いたします。合理的な理由が示されない場合には、相手方の交渉の姿勢を示すものとして、以後の交渉における判断の材料となります。
基本合意の段階で検討の時間を与えない相手方が、最終契約の段階で十分な時間を与えるとは考えにくいといえます。この点は、取引を進めるか否かの判断において考慮すべき事情です。
3 署名を留保するという選択
基本合意書の作成は、法律上の要請ではありません。作成しないまま最終契約の交渉に進むことも可能です。もっとも、買主が調査に費用を投じる前提として独占交渉の確保を求めることには相応の理由がありますので、この選択が常に採り得るものではありません。
第4節 弁護士に相談する意味
期限が短い場合において弁護士が行う業務は、次の点にあります。第一に、限られた時間の中で、拘束力を持つ条項に絞って確認を行うことです。第二に、修正を要する箇所を特定し、申入れの文言を示すことです。第三に、期限の延長の申入れを行うことです。
基本合意書の確認は、全体を精読しなくとも、拘束力を持つ条項に絞ることにより短時間で行うことができる場合があります。時間がないことを理由に検討を省略するのではなく、まずご相談いただくことが望まれます。
具体的な対応は、案文の内容、交渉の経緯、相手方の状況等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 署名しないと、買主は本当に離れてしまいますか。
そのような場合もありますが、多くは手続の進行を促すための説明です。短期間の延長を申し入れたことのみを理由として交渉が終了することは、通常はありません。
質問2 署名した後に修正することはできますか。
相手方の同意を要しますので、容易ではありません。とりわけ独占交渉義務の期間の短縮は、買主にとって不利となりますので、応じられないことが多いといえます。
質問3 仲介会社に修正を申し入れてもよいのですか。
差し支えありません。基本合意書は当事者間の契約ですので、内容について協議することは当然のことです。仲介会社の書式であっても、個別の事情に応じた修正を求めることができます。
質問4 弁護士の確認にはどのくらいの時間が必要ですか。
案文の分量及び内容によりますが、拘束力を持つ条項に絞る場合には、比較的短い時間で行うことができます。ご相談の際に、案文をご送付いただけますと、検討が早く進みます。
質問5 期限を過ぎてしまいました。どうすればよいですか。
期限そのものに法律上の効力があるわけではありません。改めて協議を行い、日程を定め直すことになります。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、M&Aの基本合意書に関するご相談を、売主側及び買主側の双方からお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、基本合意書の案文、仲介会社との間の契約書、これまでの交渉の経緯が分かる資料をご用意いただけますと、検討が早く進みます。弁護士費用につきましては、弁護士費用一覧のページをご覧ください。
結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第521条第1項(契約をするかどうかの自由)、第709条(不法行為による損害賠償)
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