当社は3つの事業を営んでおりますが、そのうち1つを他社に譲り渡すことを検討しております。事業譲渡による方法と会社分割による方法があると聞きましたが、どちらを選べばよいのか分かりません。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。事業譲渡は、承継する資産及び負債を個別に特定して移転する方法であり、対象を明確に画することができる一方、資産の移転、契約上の地位の移転、雇用の移転について個別の手続と相手方の同意を要します。会社分割は、分割の契約又は計画に定めた権利義務を包括して承継させる方法であり、個別の同意を要しない点に特徴がある一方、債権者の保護に関する手続、労働者の保護に関する手続を要し、期間が長くなります。移転する契約及び従業員の数、許認可の取扱い、日程の制約、税務上の影響を踏まえて選択いたします。本記事では、比較の観点を整理いたします。
第1節 2つの方法の基本的な構造
1 事業譲渡
事業譲渡は、事業を構成する資産及び負債を、当事者間の契約により個別に移転する取引です。移転の対象は、契約において特定したものに限られます。特定していない債務は、譲受人に承継されません。
事業の全部又は重要な一部を譲渡する場合には、譲渡会社において株主総会の特別決議を要します(会社法第467条第1項第1号及び第2号、第309条第2項第11号)。決議に反対した株主は、自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することができます(会社法第469条)。
2 会社分割
会社分割は、会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を、他の会社に承継させる組織上の行為です。既存の会社に承継させる方法を吸収分割(会社法第757条)、新たに設立する会社に承継させる方法を新設分割(会社法第762条)といいます。
分割の契約又は計画に定めた権利義務は、包括して承継されます。したがって、契約上の地位の移転について、個別に相手方の承諾を得る必要がありません。この点が、事業譲渡との最も大きな違いです。
他方、会社分割においては、債権者の保護に関する手続を要します。分割により債務の履行を請求することができなくなる債権者等に対し、異議を述べることができる旨を公告し、かつ知れている債権者には各別に催告する必要があり、その期間は1箇月を下ることができません(会社法第789条)。
第2節 比較の表
表1 事業譲渡と会社分割の比較
| 観点 | 事業譲渡 | 会社分割 |
|---|---|---|
| 移転の方法 | 個別に特定して移転いたします | 定めた権利義務を包括して承継させます |
| 契約上の地位 | 相手方の承諾を要します | 個別の承諾を要しません |
| 雇用 | 労働者の承諾を要します | 労働契約承継法に定める手続によります |
| 債務 | 特定したものに限り移転いたします | 定めたものが承継されます |
| 債権者の保護 | 個別の同意によります | 異議の手続を要します。1箇月以上 |
| 株主総会 | 重要な一部以上の場合に特別決議を要します | 原則として特別決議を要します |
| 許認可 | 原則として承継されません | 法令により取扱いが異なります |
| 対価 | 金銭によることが通例です | 株式によることも金銭によることもできます |
| 不動産の移転 | 個別に登記いたします | 包括承継として登記いたします |
| 所要期間 | 比較的短いといえます | 手続により1箇月以上が加わります |
第3節 選択を左右する要素
1 移転する契約の数
最も実務的な判断の要素です。事業譲渡による場合、契約上の地位を移転するには相手方の承諾を要します(民法第539条の2)。移転する契約が多数に及ぶ場合には、承諾を得る作業に相当の手間と期間を要します。承諾が得られない契約が生じた場合には、当該取引を承継することができません。
会社分割による場合には、個別の承諾を要しません。ただし、契約に支配権の変動又は組織の再編があった場合に相手方が解除することができる旨の条項が置かれているときは、その条項による解除の可否を確認する必要があります。
2 移転する従業員の数
事業譲渡による場合、労働契約を承継するには労働者本人の承諾を要します(民法第625条第1項)。承諾が得られない従業員は承継されません。実務上は、譲渡人において退職し、譲受人において新たに雇用するという手順によることが多くあります。この場合、労働条件の変更、勤続の年数の取扱いについて、個別に説明し、合意を得る必要があります。
会社分割による場合には、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律に定める手続によります。承継される事業に主として従事する労働者については、その労働契約が承継会社等に承継される仕組みが設けられており、労働者に対する通知、異議の申出に関する制度が定められております。あわせて、労働者の理解と協力を得るための措置が求められます。
いずれの方法による場合であっても、従業員への説明の時期及び方法をあらかじめ計画することが重要です。
3 承継させない債務の切離し
事業譲渡による場合、承継する債務を契約において特定いたしますので、特定していない債務は移転いたしません。把握されていない債務を切り離すことができる点で、譲受人にとって明確です。
もっとも、譲受人が譲渡人の商号を引き続き使用する場合には、譲渡人の事業によって生じた債務について譲受人も弁済の責任を負うとされております(会社法第22条第1項)。責任を負わない旨の登記又は通知の手続を検討する必要があります。
また、譲渡会社が残存する債権者を害することを知って事業を譲渡した場合には、残存する債権者は譲受会社に対し、承継した財産の価額を限度として債務の履行を請求することができるとされております(会社法第23条の2第1項)。会社分割についても同様の規定が置かれております(会社法第759条第4項等)。財務の状況が悪化している会社における切出しにおいては、これらの規定の適用の有無を検討する必要があります。
4 許認可の取扱い
事業譲渡による場合、許認可は原則として承継されません。もっとも、建設業、貨物自動車運送事業、産業廃棄物の処理に関する事業等については、行政庁の認可又は承認を受けることにより地位を承継することができる制度が設けられております。
会社分割による場合の取扱いは、個別の法令の定めによります。承継を認める定めが置かれているもの、改めて取得を要するものがありますので、所管する行政庁への確認が必要です。
5 対価の受領者と資金
事業譲渡による場合、対価は譲渡会社が受領いたします。株主が対価を受け取るためには、剰余金の配当その他の手続を別に要します。
会社分割による場合、対価を株式とすることができます。この場合、承継会社の株式が分割会社に交付されますので、資金を要しません。切り出した事業を承継する会社の株式を取得した上で、これを譲渡するという構成をとることもできます。
6 日程
会社分割においては、債権者の異議に関する手続として1箇月以上を要します。加えて、事前の備置き、株主総会の招集、効力発生日の設定、登記の手続を要しますので、全体では数か月を見込む必要があります。
事業譲渡においては、この手続を要しません。もっとも、契約上の地位の移転についての承諾、従業員の承諾、許認可の取得に期間を要しますので、必ずしも短期間で完了するとは限りません。
第4節 組み合わせる構成
実務上は、会社分割により事業を新設の会社に承継させた上で、その会社の株式を譲渡するという構成が用いられることがあります。この構成には、次の利点があります。
第一に、契約上の地位及び雇用が包括して承継されますので、個別の承諾を要しません。第二に、株式の譲渡による対価は、分割会社が受領いたします。第三に、譲受人にとっては、株式の取得という単純な手続となります。
他方、会社分割の手続に期間を要すること、新設の会社において許認可を改めて取得する必要が生じ得ること、税務上の取扱いを確認する必要があることが留意点となります。
第5節 弁護士に相談する意味
事業の切出しにおいて弁護士が行う業務は、次の点にあります。第一に、切り出す事業の範囲を特定し、これに属する資産、負債、契約、従業員、許認可を一覧とすることです。第二に、移転する契約の数、従業員の数、許認可の取扱い、日程の制約を踏まえて、方法を選択することです。第三に、選択した方法に応じて、株主総会の決議、債権者の保護に関する手続、労働者に関する手続、登記の手続を設計することです。第四に、契約書及び分割の契約又は計画を作成することです。
切り出す事業の範囲の特定は、この作業の中核をなします。共用している資産、複数の事業にまたがる契約、複数の事業に従事する従業員については、いずれに帰属させるかを個別に判断する必要があります。この判断を誤りますと、切出しの後に事業の運営に支障が生じます。
なお、税務上の取扱いは方法により大きく異なりますので、税理士との連携のもとで検討する必要があります。当事務所は税務申告の代理を行うものではありません。登記の申請は司法書士の業務でございます。
具体的な方法の選択及び手続の設計は、事業の内容、契約及び従業員の数、許認可の有無、財務の状況等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 手続が簡単なのはどちらですか。
一概には申し上げられません。移転する契約及び従業員が少数であれば事業譲渡が簡明です。多数に及ぶ場合には、個別の承諾を要しない会社分割の方が現実的です。
質問2 従業員は必ず移るのですか。
事業譲渡による場合には、労働者本人の承諾を要しますので、承諾しない従業員は移りません。会社分割による場合には、承継される事業に主として従事する労働者について、労働契約が承継される仕組みが設けられておりますが、通知及び異議の申出に関する手続を要します。
質問3 取引先には知らせずに進められますか。
事業譲渡による場合には承諾を要しますので、知らせないまま進めることはできません。会社分割による場合には個別の承諾を要しませんが、債権者の異議に関する手続として催告を要する場合があります。また、実務上は、主要な取引先には事前に説明することが望まれます。
質問4 切り出した後、残った会社はどうなりますか。
残った事業を継続することも、廃業することも可能です。切出しによる収入を、残る事業の運営又は廃業に要する費用に充てることが考えられます。
質問5 どのくらいの期間がかかりますか。
会社分割による場合には、債権者の異議に関する手続として1箇月以上を要し、全体では数か月を見込む必要があります。事業譲渡による場合には、承諾を得る作業及び許認可の取得に要する期間によります。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、事業の一部の切出しに関するご相談を、譲渡人側及び譲受人側の双方からお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、定款、登記事項証明書、直近3期分の計算書類、勘定科目の内訳明細書、主要な契約書、従業員の名簿、許認可に関する書類をご用意いただけますと、検討が早く進みます。なお、税務に関する事項は税理士、登記の申請は司法書士、行政庁への申請の代理は行政書士の業務でございます。弁護士費用につきましては、弁護士費用一覧のページをご覧ください。
結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
会社法 第22条第1項(商号を続用する譲受人の責任)、第23条の2第1項(残存する債権者の保護)、第309条第2項第11号(特別決議)、第467条第1項(事業の譲渡等に係る株主総会の承認)、第469条(反対株主の株式買取請求)、第757条(吸収分割)、第759条第4項(詐害的な会社分割における残存債権者の保護)、第762条(新設分割)、第789条(債権者の異議)
民法 第539条の2(契約上の地位の移転)、第625条第1項(使用者の権利の譲渡の制限)
会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律 労働契約の承継、労働者に対する通知及び異議の申出に関する定め
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