M&Aの基本合意書とは何か 署名の前に確認する事項の全体像

  • 2026年8月16日
  • 2026年8月17日
  • M&A

M&A仲介会社又は買主候補から「基本合意書」と題する書面を渡され、今週中に署名してほしいと求められております。書面には「本基本合意書は法的拘束力を有しない」と書かれているものの、その直後の条項には独占交渉義務や秘密保持義務が並んでおります。譲渡価格として記載された金額が、このまま最終的な金額になるのかどうかも判然といたしません。このような状況でご相談をいただくことが多くあります。

結論から申し上げます。基本合意書は「まだ何も決まっていない確認の書面」ではありません。多くの基本合意書は、価格や取引の大枠については法的拘束力を持たせない一方で、独占交渉義務、秘密保持義務、費用負担、有効期間といった条項については明確に法的拘束力を持たせる構成を採っています。署名によって現実に何が拘束されるのかは、書面の表題ではなく、個々の条項の書きぶりによって決まります。本記事では、基本合意書の位置付け、条項ごとの法的性質、実務上生じやすい問題、署名の前に確認すべき事項の順に整理いたします。

第1節 基本合意書はM&Aのどの段階に置かれる書面か

1 取引の流れの中での位置

中小企業の株式譲渡による取引は、おおむね次の順序で進みます。基本合意書は、条件の大枠が固まった段階と、デューデリジェンスの実施との間に置かれます。

表1 株式譲渡による取引の一般的な流れと基本合意書の位置

段階主な内容取り交わされる書面
第1段階仲介会社又は金融機関への相談、譲渡の方針の決定秘密保持契約書、媒介契約書又は財務助言契約書
第2段階買主候補への打診、企業概要書の提示買主候補との秘密保持契約書
第3段階経営者どうしの面談、買主候補による条件の提示意向表明書(買主候補が一方的に差し入れる書面)
第4段階条件の大枠の合意基本合意書
第5段階デューデリジェンスの実施資料の開示に関する覚書
第6段階最終条件の交渉株式譲渡契約書の案文の授受
第7段階契約の締結及び決済株式譲渡契約書、譲渡承認に関する書類

意向表明書と基本合意書とは、しばしば混同されます。意向表明書は買主候補が売主に対して一方的に差し入れる書面であり、双方が署名するものではありません。これに対して基本合意書は双方が署名する書面です。双方が署名するという一点において、意向表明書よりも拘束の度合いが高くなり得ます。

2 名称の異同は法的性質を左右いたしません

実務では、基本合意書、覚書、了解事項確認書、レター・オブ・インテント、ターム・シートといった様々な名称が用いられます。これらの名称の違いによって法的性質が決まるものではありません。契約の成立及びその内容は、当事者の意思表示の合致した内容によって定まります(民法第522条第1項)。したがって、「基本合意書」という表題であるから拘束力が弱い、あるいは「契約書」という表題であるから拘束力が強い、という判断は成り立ちません。

判断すべきは、各条項が、当事者に対して具体的な作為又は不作為の義務を課す書きぶりとなっているかどうかです。「協議するものとする」「努めるものとする」という書きぶりと、「してはならない」「支払うものとする」という書きぶりとでは、義務の内容が全く異なります。

3 基本合意書を作成する意義

基本合意書に署名すること自体が不利であるという趣旨ではありません。基本合意書には次の実務上の意義があります。

第一に、条件の大枠を文書として確認することにより、後の交渉における前提のずれを減らすことができます。第二に、デューデリジェンスの実施について売主の協力義務を定めることにより、買主が費用を投じて調査に着手する前提を整えることができます。第三に、独占交渉義務を定めることにより、買主が調査の費用を負担する見返りを得ることができます。

問題は、これらの意義を実現する書面が、売主にとって過度に不利な条件で作成されている場合です。基本合意書は、多くの場合、買主側又は仲介会社が案文を作成いたします。案文が売主に対して十分に配慮した内容となっているとは限りません。

第2節 法的拘束力を持つ条項と持たない条項

1 典型的な条項の構成

表2 基本合意書に置かれる典型的な条項と法的拘束力の一般的な取扱い

条項内容法的拘束力の一般的な取扱い署名前に確認する点
取引の対象及び手法譲渡の対象となる株式、株式譲渡か事業譲渡か持たせないのが通例です対象株式の数及び割合が正確か
譲渡価格予定される譲渡代金の額又は算定の方法持たせないのが通例です「予定」「目安」といった限定が付されているか
前提条件取引を実行するための条件持たせないのが通例です満たせない条件が含まれていないか
予定日程契約締結日、決済日の目安持たせないのが通例です現実に間に合う日程か
独占交渉義務他の候補者との交渉の禁止持たせるのが通例です期間、対象行為の範囲、違反の効果
秘密保持義務取引の存在及び開示情報の秘密保持持たせるのが通例です例外事由、存続期間、返還及び廃棄
デューデリジェンスへの協力資料の提出、役職員への質問への対応持たせる例が多くあります協力の範囲、費用の負担
費用負担各自の専門家費用の負担持たせるのが通例です破談となった場合の費用の帰属
有効期間基本合意書の効力の存続期間持たせるのが通例です期間の長短、自動更新の有無
合意管轄紛争が生じた場合の裁判所持たせるのが通例です遠隔地の裁判所が指定されていないか
誠実協議義務誠実に協議する旨具体的な義務の内容は限定的です過大な義務を負う書きぶりでないか

2 「法的拘束力を有しない」との条項の読み方

多くの基本合意書には、「本基本合意書は、第○条から第○条までを除き、法的拘束力を有しない」という条項が置かれます。この除外条項に掲げられた条番号が、まさに拘束力を持つ条項です。ここを読み飛ばしますと、拘束の範囲を誤解することになります。

確認すべきは次の3点です。第一に、除外条項に掲げられた条番号と、実際に義務を課している条番号とが一致しているか。第二に、除外条項自体が置かれているか(置かれていない場合、全体が拘束力を持つ書面と解釈される余地が生じます)。第三に、条項の番号がずれていないか。案文の修正を重ねた結果、除外条項の条番号が実際の条項とずれている例は珍しくありません。

3 拘束力を持たない条項であっても意味は残ります

価格に関する条項に法的拘束力がない場合であっても、交渉の実際においては基準点として機能いたします。後の減額交渉は、基本合意書に記載された金額を出発点として行われます。したがって、「拘束力がないのだから、金額は気にしなくてよい」という理解は適切ではありません。

また、契約の締結に向けた交渉が相当程度進んだ段階で、一方が正当な理由なく交渉を破棄した場合に、相手方が被った損害の賠償責任が問題となることがあります。これは判例法理によります。もっとも、責任が認められる場面は限定的であり、基本合意書に署名したという一事をもって直ちに契約の締結を強制されるものではありません。

第3節 実務上よく生じる問題

1 独占交渉義務の期間が長い

独占交渉義務は、売主が他の買主候補と交渉することを禁ずる定めです。買主から見れば、調査の費用を投じる以上、その間に他の候補へ乗り換えられては困るという合理的な理由があります。他方、売主から見れば、この期間中は比較の対象を持てないことになります。

期間としては3か月程度から6か月程度までの定めが見られます。問題となるのは、期間が長いことそれ自体よりも、次の点です。第一に、自動更新の定めが置かれ、明示の異議を述べない限り延長される構成となっている場合。第二に、デューデリジェンスの開始が遅れても期間の起算点が動かない場合。第三に、買主が条件を大幅に変更した場合であっても独占交渉義務だけは存続する構成となっている場合です。

2 独占交渉義務の対象行為が広い

「第三者と本件取引に類する取引について協議し、又は情報を提供してはならない」という書きぶりですと、既に取引関係にある金融機関や取引先との日常的なやり取りまで抵触するのではないかという疑義が生じます。対象行為は、譲渡に関する交渉に限定されているかを確認いたします。

3 費用負担の定めが破談の場合を想定していない

「各当事者は、本件取引に関して自ら負担した費用を各自負担する」という定めが一般的です。この場合、破談となっても相手方の費用を負担する義務は生じません。しかし、案文によっては「売主はデューデリジェンスに要した費用を負担する」といった定めや、破談の場合に一定額を支払う旨の定めが置かれていることがあります。この種の定めは法的拘束力を持たせる条項に含まれるのが通例ですので、署名の前に確認する必要があります。

4 仲介会社に対する報酬の発生時期との連動

M&A仲介会社との媒介契約において、基本合意書の締結時に中間金が発生する定めが置かれていることがあります。この場合、基本合意書への署名は、仲介会社に対する報酬の支払義務の発生時期でもあることになります。基本合意書の案文と媒介契約書の報酬条項とを併せて確認する意味は、ここにあります。

5 譲渡制限株式の承認手続が日程に組み込まれていない

対象会社が譲渡制限株式を発行している場合、株式の譲渡には会社の承認を要します(会社法第107条第1項第1号、第108条第1項第4号、第136条以下)。承認の機関決定には一定の期間を要しますので、基本合意書に記載された決済の予定日が現実的であるかを確認いたします。

6 基本合意書の締結後に日程が滞る例

基本合意書には、デューデリジェンスの実施時期、最終契約の締結予定日、決済の予定日が記載されるのが通例です。もっとも、これらの日程は法的拘束力を持たない条項に置かれることが多く、実際には遅延することがあります。

遅延の原因として多く見られるのは、次の事情です。第一に、買主側の資金調達が整わない場合です。金融機関の審査に要する期間が当初の想定より長引くことがあります。第二に、デューデリジェンスにおいて追加の資料の提出を求められ、売主側の準備に時間を要する場合です。第三に、対象会社の株主名簿の記載と実際の株式の帰属とが一致せず、その整理に時間を要する場合です。第四に、譲渡制限株式の承認に必要な機関決定を行う日程が確保できない場合です。

日程が遅延した場合に問題となるのが、独占交渉義務の存続です。日程が遅れている原因が買主側にあるにもかかわらず、売主のみが他の候補と交渉できない状態が続くことになりかねません。この点を踏まえ、独占交渉義務の期間について、一定の期日までにデューデリジェンスが開始されない場合には義務が終了する旨の定めを置くことを検討する余地があります。

7 譲渡の対象と範囲の記載が曖昧である例

「対象会社の株式の全部」と記載されていても、実際には現経営者以外の親族が株式を保有している例があります。この場合、現経営者が保有する株式のみでは「全部」を譲渡することができません。基本合意書の段階で対象株式の数と割合を正確に記載しておかなければ、後に取引の前提が崩れることになります。

同様に、対象会社が不動産を保有しており、その一部を経営者個人が引き続き使用する予定である場合、その扱いを基本合意書の段階で明記しておかなければ、後に争いの種となります。役員貸付金及び役員借入金の清算方法についても同様です。

第4節 署名の前に確認する事項

表3 署名前の確認事項の一覧

区分確認事項確認しない場合に生じ得る不都合
拘束力の範囲法的拘束力を持つ条項の条番号拘束の範囲を誤認したまま署名することになります
独占交渉義務期間、起算点、自動更新の有無想定より長期にわたり他の候補と交渉できなくなります
独占交渉義務禁止される行為の範囲通常の営業活動が抵触するおそれが生じます
独占交渉義務違反の効果(損害賠償額の予定の有無)予期しない金銭的負担が生じ得ます
秘密保持義務例外事由、存続期間、従業員への説明の可否社内への説明時期の判断を誤るおそれがあります
価格「予定」「目安」等の限定の有無価格が確定したものと誤解するおそれがあります
価格前提となる財務数値及び基準日前提の変動による調整の根拠を失います
デューデリジェンス協力の範囲、対象者、実施場所、費用従業員への影響を制御できなくなります
費用負担破談となった場合の帰属相手方の費用を負担する事態が生じ得ます
有効期間期間、更新、解除の可否拘束が続く期間を管理できなくなります
合意管轄指定された裁判所遠隔地での応訴を強いられるおそれがあります
媒介契約との関係中間金の発生時期想定しない時期に報酬の支払義務が生じます
会社法上の手続譲渡承認の手続と日程の整合予定日に決済ができなくなります

1 期限を切られた場合の考え方

「今週中に署名がなければ、この案件は流れる」と言われることがあります。もっとも、基本合意書は買主にとっても独占交渉権を確保するための書面であり、買主の側にも締結の利益があります。数日の検討期間を求めることが取引の破棄に直結するとは限りません。

期限が短いという事情それ自体は、内容の確認を省略してよい理由にはなりません。少なくとも、法的拘束力を持つと定められた条項については、その全文を通読し、意味の確定していない語句を残さない状態で署名されることをお勧めいたします。

2 修正を申し入れることは通常の交渉です

案文に対して修正を申し入れることは、M&Aの実務において通常の手続です。案文を提示した側も修正の申入れを想定しているのが通例です。修正の申入れによって直ちに交渉が決裂するという性質のものではありません。

3 用意していただく資料

表4 ご相談の際に確認する資料

区分資料
交渉に関する書面基本合意書の案文、意向表明書、秘密保持契約書
仲介に関する書面媒介契約書又は財務助言契約書、報酬に関する説明資料
会社の基礎資料定款、登記事項証明書、株主名簿
財務資料直近3期分の計算書類、税務申告書
借入れに関する資料金銭消費貸借契約書、保証に関する書面
経緯の記録面談の記録、電子メールその他の連絡の記録

第5節 弁護士に相談する意味

基本合意書の検討において弁護士が行う業務は、案文の誤りを指摘することにとどまりません。第一に、法的拘束力を持つ条項を特定し、署名によって現実に生ずる義務の内容と期間を確定させることです。第二に、基本合意書、媒介契約書、秘密保持契約書という複数の書面の相互の関係を整理し、報酬の発生時期や拘束の重複を確認することです。第三に、その後の株式譲渡契約書に至るまでの日程と、会社法上の手続に要する期間との整合を確認することです。

なお、当事務所は、M&A仲介会社からのご紹介によるご依頼もお受けしており、仲介会社との間で良好な関係を築いております。本記事は、仲介会社の関与を否定する趣旨のものではありません。案文の作成者が誰であれ、署名する当事者ご本人が内容を理解した上で署名される状態を整えることが、取引の安定にも資すると考えております。

具体的な修正の申入れの方法及び交渉の進め方は、当事者の関係、交渉の段階、案件の規模等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。

よくあるご質問

質問1 基本合意書に署名すると、必ず売却しなければならないのですか。

そのようなことはありません。取引の実行そのものについて法的拘束力を持たせる基本合意書は、通例ではありません。ただし、独占交渉義務、秘密保持義務、費用負担といった条項には法的拘束力が認められるのが通例ですので、これらの義務は署名により発生いたします。

質問2 基本合意書に記載された価格は変わらないのですか。

変わり得ます。基本合意書の価格条項には法的拘束力を持たせないのが通例であり、デューデリジェンスの結果を踏まえて価格が変更される例は多くあります。もっとも、価格の変更を求める側には、その根拠を示すことが求められるのが通常です。

質問3 独占交渉義務に違反すると、どうなりますか。

契約上の義務の違反となり、相手方に生じた損害の賠償責任を負う可能性があります(民法第415条、第416条)。損害賠償額の予定が定められている場合には、その定めに従うことになります。まずは、独占交渉義務の対象行為と期間を正確に把握することが重要です。

質問4 従業員に説明してもよいですか。

秘密保持義務の条項によります。取引の存在自体を秘密の対象とする定めが置かれているのが通例であり、開示できる範囲が限定されていることが多くあります。開示が必要な場合には、あらかじめ相手方の同意を得る方法を検討いたします。

質問5 署名した後でも相談できますか。

ご相談は可能です。有効期間、独占交渉義務の残存期間、次の段階の日程を確認した上で、その後の対応を検討いたします。署名の後であっても、株式譲渡契約書の内容について交渉する余地は残されています。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、M&Aの基本合意書の検討について、売主側及び買主側の双方からご相談をお受けしております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで
  • 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
  • ご相談は事前予約制です

ご相談の際に、基本合意書の案文、媒介契約書、秘密保持契約書、定款、直近3期分の計算書類をご用意いただけますと、検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。

結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。

本記事の根拠条文

民法 第415条、第416条(債務不履行による損害賠償及びその範囲)、第522条第1項(契約の成立)、第709条(不法行為)

会社法 第107条第1項第1号、第108条第1項第4号(譲渡制限株式)、第136条から第145条まで(譲渡等承認請求の手続)

判例法理 契約の締結に向けた交渉が相当程度進んだ段階における交渉の破棄に関する責任については、判例法理によります。

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