基本合意書のうち法的拘束力がある条項とない条項の見分け方

  • 2026年8月20日
  • 2026年8月20日
  • M&A

M&Aの仲介会社から基本合意書の案文を渡され、来週までに署名してほしいと言われております。案文には譲渡価格の記載もありますが、末尾には「本書は法的拘束力を有しない」という趣旨の条項が置かれております。それならば署名しても問題はないのか、それとも何らかの義務を負うことになるのか、判断がつきません。このようなご相談をいただくことがあります。

結論から申し上げます。基本合意書は、その全体が法的拘束力を持たない書面ではありません。実務上は、拘束力を持つ条項と持たない条項とが1つの書面の中に混在しているのが通例です。秘密保持義務、独占交渉義務、費用の負担、有効期間に関する条項には拘束力を持たせ、譲渡価格、譲渡の方法、日程に関する条項には拘束力を持たせないという構成が広く用いられております。本記事では、どの条項に拘束力があるのかを見分ける手掛かりを整理いたします。

第1節 基本合意書とはどのような書面か

1 法律に定めのある制度ではありません

基本合意書は、法律に定めのある制度ではありません。M&Aの交渉が一定の段階に達した時点で、当事者がそれまでの協議の内容を確認し、以後の交渉の枠組みを定めるために作成する契約上の書面です。したがって、その効力は、書面に何がどのように書かれているかによって決まります。

名称も一定しておりません。基本合意書、意向表明書、覚書、了解事項確認書といった表題が用いられますが、効力は表題によって決まるものではありません。表題が「覚書」であっても、内容が明確な義務を定めるものであれば、その部分には拘束力が生じ得ます。逆に表題が「契約書」であっても、拘束力を否定する明文の定めがあれば、その定めが尊重されます。

2 なぜこの段階で書面を作成するのか

基本合意書が作成される段階は、譲渡の大枠についての認識が一致した一方で、デューデリジェンスが未了であり、最終的な契約条件が確定していない段階です。この段階で当事者が求めるものは、次の3つに整理することができます。

第一に、交渉の内容を外部に漏らさないことの確保です。第二に、買主が費用をかけてデューデリジェンスを行う間、売主が他の候補者と交渉しないことの確保です。第三に、それまでに一致した認識を書面に残し、後の交渉の出発点とすることです。このうち第一と第二は義務としての性質を持ちますので拘束力を持たせ、第三は確認にとどまりますので拘束力を持たせないのが通例です。

第2節 拘束力の有無を見分ける手掛かり

表1 基本合意書における条項の性質

区分該当する条項の例違反があった場合
拘束力を持たせるのが通例である条項秘密保持、独占交渉義務、費用の負担、有効期間、協議管轄、準拠法債務不履行として損害賠償の問題となり得ます
拘束力を持たせないのが通例である条項譲渡価格、譲渡の方法、譲渡の日程、役員及び従業員の処遇の方針直ちに債務不履行とはなりません
定め方により分かれる条項誠実交渉義務、独占交渉期間の延長、表明保証の予告文言の解釈によります

1 まず明文の定めを探します

最も確実な手掛かりは、書面自体に置かれた明文の定めです。多くの基本合意書には、次のような趣旨の条項が置かれております。

「本書のうち、第○条(秘密保持)、第○条(独占交渉義務)、第○条(費用の負担)、第○条(有効期間)及び第○条(準拠法及び管轄)を除き、本書は法的拘束力を有しない。」

この形式が用いられている場合には、除外された条項に拘束力があり、それ以外には拘束力がないという整理になります。署名の前に確認すべきことは、除外された条項の番号が、実際に拘束力を持たせるべき条項を正しく指しているかという点です。条項の追加や削除が行われた案文では、番号がずれたまま残っていることがあります。

2 明文の定めがない場合

拘束力の有無に関する明文の定めがない場合には、条項の文言及び当事者の意思の解釈によることになります。「〜するものとする」「〜しなければならない」という文言は義務を定めるものと読まれやすく、「〜を目指す」「〜に努める」「〜を予定している」という文言は方針の表明と読まれやすい傾向にあります。

もっとも、文言のみによって一義的に定まるものではありません。交渉の経緯、書面の作成に至る事情、当事者の属性等を総合して判断されることになりますので、明文の定めを置かないことは、後の紛争を招く要因となります。案文に定めがない場合には、署名の前に定めを設けるよう申し入れることが望まれます。

第3節 拘束力を持たせるのが通例である条項

1 秘密保持義務

M&Aの交渉が行われている事実、及び交渉の過程で開示された情報を、第三者に開示しない義務です。売主にとっては、交渉の事実が従業員、取引先又は金融機関に伝わることによる影響を避けるために重要な条項です。基本合意書に先立って秘密保持契約が締結されている場合には、その契約が引き続き効力を有する旨を確認する定めが置かれます。

確認すべき点は、例外の範囲です。弁護士、公認会計士、税理士といった専門家への開示、法令に基づく開示、既に公知である情報については、例外とする定めが置かれるのが通例です。また、買主が金融機関から資金を調達する場合には、その金融機関への開示を例外に加える必要が生じます。

2 独占交渉義務

一定の期間、売主が他の候補者と交渉しない旨を約する条項です。買主は、デューデリジェンスに費用と時間を投じますので、その間に他の候補者と交渉されることを避ける必要があります。売主にとっては、交渉の相手方を1名に限定する不利益を負う条項ですので、期間の長さが重要になります。

実務上は、期間を定めた上で、期間の経過により自動的に終了する構成が用いられます。自動更新の定めが置かれている場合には、売主が意識しないうちに拘束が続くことになりますので、注意を要します。また、期間中に買主から一定の条件の提示がされないときには売主が解除できる旨の定めを設ける方法もあります。

独占交渉義務に違反して他の候補者と交渉し、契約を締結した場合には、債務不履行による損害賠償の問題が生じ得ます(民法第415条第1項)。賠償の範囲は、通常生ずべき損害及び当事者が予見すべきであった特別の事情による損害とされます(民法第416条)。もっとも、具体的にいかなる範囲の損害が認められるかは、事案により異なります。

3 費用の負担

デューデリジェンスの費用、専門家への報酬、交渉に要した費用を、それぞれが負担する旨を定めるのが通例です。破談となった場合の費用の処理を明確にしておくことにより、後の紛争を避けることができます。

4 有効期間、準拠法及び管轄

基本合意書の効力が及ぶ期間を定めます。秘密保持義務については、基本合意書の終了後も一定期間存続する旨の定めを置くのが通例です。準拠法及び管轄に関する定めは、紛争が生じた場合の手続の場所を定めるものであり、拘束力を持たせる必要があります。

第4節 拘束力を持たせないのが通例である条項

1 譲渡価格

基本合意書に記載される譲渡価格は、デューデリジェンスの実施前の限られた情報に基づく暫定的なものです。調査の結果によっては変更されることが当然に予定されておりますので、拘束力を持たせないのが通例です。

もっとも、売主の側では、価格が容易に引き下げられることを避けたいという要請があります。この場合には、価格そのものに拘束力を持たせるのではなく、価格の変更を求めることができる場合を限定する定めを置く方法があります。例えば、「デューデリジェンスにおいて本書の日付時点で買主が認識していなかった事実が判明した場合に限り、価格の変更を協議することができる」という定め方です。

2 譲渡の方法

株式譲渡によるのか、事業譲渡によるのか、会社分割を用いるのかという譲渡の方法も、税務上の検討及び許認可の承継の可否等により変更されることがあります。基本合意の段階では方針の確認にとどめ、拘束力を持たせないのが通例です。

3 日程

デューデリジェンスの開始時期、最終契約の締結時期、決済の時期といった日程は、目標として記載されます。資料の準備の状況、許認可に係る手続、金融機関との調整により変動いたしますので、拘束力を持たせることは適切ではありません。

4 役員及び従業員の処遇

譲渡の後に現在の役員又は従業員の処遇をどのようにするかという事項は、売主にとって重要な関心事です。しかし、基本合意の段階では方針の表明にとどまるのが通例です。この点を確実にしたい場合には、最終契約において明確な条項として定めることを求める必要があります。基本合意書における記載は、その交渉の出発点としての意味を持ちます。

第5節 署名の前に確認する事項

表2 基本合意書の署名前に確認する事項

確認する事項確認の要点
拘束力に関する定めの有無明文の定めがあるか。除外された条項の番号がずれていないか
独占交渉義務の期間期間の長さ。自動更新の定めの有無。売主から終了させる方法の有無
秘密保持の例外専門家、金融機関、法令に基づく開示が例外とされているか
価格の変更に関する定め変更を求めることができる場合が限定されているか
誠実交渉義務の文言交渉の継続を義務付ける趣旨と読まれる文言となっていないか
費用の負担破談となった場合の費用の処理が明確か

とりわけ注意を要するのは、誠実交渉義務に関する条項です。「両当事者は、最終契約の締結に向けて誠実に協議するものとする」という定めは、多くの基本合意書に置かれております。この定めが、単に協議に応じる態度を求めるものにとどまるのか、正当な理由なく交渉を打ち切ることを制約するものかは、文言及び前後の定めによって解釈が分かれ得ます。

交渉を打ち切ること自体は、契約の締結について当事者が自由に決定することができるという原則から、原則として許されます。もっとも、交渉が相当程度に進み、相手方が契約の成立を信頼するに至った後に、正当な理由なく一方的に交渉を打ち切った場合には、不法行為として損害賠償の責任を負う余地があるとされております(民法第709条)。この点についての判断は事案ごとの事情によりますので、確定的な結論を申し上げることはできません。

第6節 弁護士に相談する意味

基本合意書の検討において弁護士が行う業務は、拘束力の有無を分類することにとどまりません。第一に、書面の各条項が、依頼者の立場から見て過大な義務を課すものとなっていないかを検証することです。第二に、拘束力を持たせるべき条項と持たせるべきでない条項の振り分けが、依頼者の利益に適うものとなっているかを判断することです。第三に、最終契約に向けた交渉の順序を見据えて、この段階で書面に残しておくべき事項を選別することです。

基本合意書は、法的拘束力の有無にかかわらず、後の交渉における事実上の基準として機能いたします。一度書面に記載された条件を後から自らに有利に変更することは、拘束力がない条項であっても容易ではありません。この意味において、基本合意書の段階における検討は、最終契約の内容を左右いたします。

具体的な修正の申入れの方法及び交渉の進め方は、当事者の関係、交渉の段階、案件の規模等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。

よくあるご質問

質問1 「本書は法的拘束力を有しない」と書いてあれば、署名しても何の義務も負わないのですか。

そのように読めるとは限りません。多くの書面では、秘密保持、独占交渉義務、費用の負担、有効期間、準拠法及び管轄に関する条項を除外した上で拘束力を否定しております。除外された条項には拘束力がありますので、まず除外の範囲を確認する必要があります。

質問2 独占交渉義務の期間は、どの程度が一般的ですか。

案件の規模、デューデリジェンスの範囲、許認可に係る手続の有無により異なります。期間の長短そのものよりも、自動更新の定めがあるか、売主の側から終了させる方法が確保されているかを確認することが重要です。

質問3 基本合意書に署名しないという選択はできますか。

できます。基本合意書の作成は法律上の要請ではありませんので、作成しないまま最終契約の交渉に進むことも可能です。もっとも、買主が費用をかけてデューデリジェンスを行う前提として独占交渉の確保を求めることには、相応の理由があります。作成しないことを選ぶ場合には、秘密保持及び独占交渉に関する事項を別途の書面で処理することを検討いたします。

質問4 基本合意書に記載された価格より低い金額を後から提示されました。応じなければなりませんか。

価格に拘束力がない構成であれば、記載された価格を理由として買主に支払を求めることはできません。他方、売主が減額に応じる義務もありません。減額の根拠として示された事実が、書面の作成時点で買主が把握していた事情であるかを確認することが、交渉の出発点となります。

質問5 仲介会社が用意した書式のまま署名しても差し支えありませんか。

書式は一般的な内容を前提として作成されておりますので、個別の事情が反映されていないことがあります。とりわけ独占交渉義務の期間、価格の変更に関する定め、役員及び従業員の処遇に関する記載については、署名の前に検討することが望まれます。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、M&Aの基本合意書に関するご相談を、売主側及び買主側の双方からお受けしております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで
  • 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
  • ご相談は事前予約制です

ご相談の際に、基本合意書の案文、仲介会社との間の契約書、これまでの交渉の経緯が分かる資料、直近3期分の計算書類をご用意いただけますと、検討が早く進みます。弁護士費用につきましては、弁護士費用一覧のページをご覧ください。

結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。

本記事の根拠条文

民法 第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第416条(損害賠償の範囲)、第709条(不法行為による損害賠償)

関連するご案内

M&Aの基本合意書に署名を求められたが内容がよく分からずお困りではありませんか のページで、確認すべき事項と採り得る手続を整理しております。ご相談は事前予約制です。

あわせてお読みください。

必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

お問い合わせ   

この記事に関連するお問い合わせは、弁護士法人M&A総合法律事務所にいつにてもお問い合わせください。ご不明な点等ございましたら、いつにてもお問い合わせいただけましたら幸いです。







    ※ いずれか一つをお選びください。「〜1000万」は500万円以上1000万円未満を指します。




    入力内容をご確認の上、
    送信ボタンを押してください

    >お気軽にお問い合わせください!!

    お気軽にお問い合わせください!!

    M&A相談・株式譲渡契約書・事業譲渡契約書・会社分割契約書・デューデリジェンスDD・表明保証違反・損害賠償請求・M&A裁判訴訟紛争トラブル対応に特化した弁護士法人M&A総合法律事務所が、全力でご協力いたします!!

    CTR IMG