買主側の弁護士が作成したという株式譲渡契約書の案文を受け取りました。30ページを超える分量があり、表明保証と題する条項だけで数ページに及んでおります。仲介会社からは「一般的な内容です」と説明されたものの、どこを見ればよいのかが分かりません。署名の期限は2週間後と言われております。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。株式譲渡契約書の案文は買主側が作成するのが通例であり、その内容は買主のために設計されています。これは不当なことではなく、案文を作成する側が自らの立場から書くのは当然のことです。売主の側では、その案文が売主にとってどのような負担を生じさせるのかを条項ごとに確認し、必要な修正を申し入れることになります。本記事では、株式譲渡契約書の条項の構造を示した上で、売主の立場から確認すべき事項を順に整理いたします。
第1節 株式譲渡契約書の条項の構造
1 条項の全体像
表1 株式譲渡契約書の一般的な条項の構成
| 区分 | 条項 | 主たる機能 |
|---|---|---|
| 第1群 取引の骨格 | 譲渡の合意、譲渡価格、決済の日及び方法 | 何をいくらでいつ譲渡するかを定めます |
| 第2群 価格の調整 | 価格調整条項、アーンアウト条項 | 決済後に価格を変動させる仕組みを定めます |
| 第3群 実行の条件 | 前提条件、実行前の誓約 | 決済に至るまでに満たすべき条件を定めます |
| 第4群 情報の保証 | 表明保証 | 一定の事実が真実であることを保証させます |
| 第5群 実行後の約束 | 実行後の誓約、競業避止義務、勧誘の禁止 | 決済後の売主の行動を規律いたします |
| 第6群 責任 | 補償、補償の上限及び期間、解除 | 違反があった場合の効果を定めます |
| 第7群 一般条項 | 秘密保持、公表、費用、通知、準拠法、合意管轄 | 契約の運用に関する事項を定めます |
売主にとって負担が生ずるのは、主として第4群、第5群及び第6群です。第1群及び第2群は金額に直結するため注意が向きやすい一方、第4群以下は分量が多く読み飛ばされがちです。
2 案文の読み方の順序
限られた時間で案文を検討する場合、次の順序で読むことが実際的です。
第一に、譲渡価格及びその支払方法を確認いたします。第二に、価格が事後に変動する仕組み(価格調整条項、アーンアウト条項、留保金の定め)の有無を確認いたします。第三に、補償の上限額及び請求期間を確認いたします。これは、売主が負う責任の総量を画する条項です。第四に、表明保証の各項目を確認し、事実に反する記載がないかを検証いたします。第五に、実行後の誓約及び競業避止義務の内容と期間を確認いたします。第六に、前提条件のうち、売主の努力によっては充足できない条件が含まれていないかを確認いたします。
第2節 第1群及び第2群 価格に関する条項
1 譲渡価格と支払方法
譲渡代金の額、支払の時期、支払の方法を確認いたします。一括払であるのか分割払であるのかによって、売主の負う回収の危険が大きく異なります。分割払とする場合には、担保の設定、期限の利益の喪失事由、遅延損害金の定めを併せて確認いたします。
株式の譲渡と代金の支払とが同時に行われる構成となっているかも重要です。株券発行会社であれば株券の交付、株券不発行会社であれば株主名簿の名義書換えの手続と、代金の支払とを同時に行う構成とすることが一般的です。
2 価格調整条項
決済の日における対象会社の運転資本又は純有利子負債の額に応じて、譲渡代金を事後に調整する条項です。売主の立場から確認すべきは、次の点です。
表2 価格調整条項において確認する事項
| 確認事項 | 内容 |
|---|---|
| 調整の基準となる指標 | 運転資本か、純有利子負債か、純資産か |
| 基準となる金額 | 基準額の算定根拠が明示されているか |
| 計算書の作成者 | 買主が単独で作成する構成となっていないか |
| 会計方針 | 従前の会計方針を継続して適用する旨の定めがあるか |
| 異議の申出 | 異議を述べる期間と方法が定められているか |
| 第三者による判定 | 争いが生じた場合の解決方法が定められているか |
| 調整の上限 | 調整額に上限が設けられているか |
会計方針の継続適用に関する定めが置かれていない場合、決済後に買主が会計方針を変更することにより、調整額が売主に不利に算定される余地が生じます。
3 アーンアウト条項
決済後の一定期間における対象会社の業績が所定の水準に達した場合に、追加の代金を支払う旨の条項です。売主にとっては追加の代金を得る機会である反面、決済後は対象会社の運営に関与できないのが通例であるため、目標の達成が買主の運営に左右されるという構造上の問題があります。
確認すべきは、算定の基礎となる指標の定義、算定の期間、対象会社の運営に関する買主の義務、算定の根拠資料の開示、争いが生じた場合の解決方法です。
第3節 第3群 前提条件
前提条件とは、決済を実行するために満たされなければならない条件です。条件が充足されない場合、買主は決済を拒むことができる構成となっているのが通例です。
表3 前提条件として定められる事項の例
| 事項 | 内容 | 売主から見た確認点 |
|---|---|---|
| 表明保証の正確性 | 決済日においても表明保証が真実であること | 「重要な点において」の限定があるか |
| 誓約の履行 | 実行前の誓約が履行されていること | 履行が可能な内容か |
| 譲渡承認 | 譲渡制限株式について会社の承認があること | 承認の日程が確保されているか |
| 許認可 | 必要な許認可の取得又は届出 | 売主の努力で充足できるか |
| 第三者の同意 | 支配権の異動を理由とする解除条項がある契約について相手方の同意 | 同意を得られない場合の扱い |
| 重大な悪影響の不存在 | 対象会社に重大な悪影響が生じていないこと | 定義が過度に広くないか |
| 役員の辞任 | 現任の役員の辞任届の提出 | 辞任の時期と退職慰労金の関係 |
| 個人保証の解除 | 経営者の個人保証が解除されること | 金融機関との協議の進捗 |
1 売主の努力によっては充足できない条件
第三者の同意及び許認可の取得は、売主が単独で実現することができません。これらを前提条件とする場合には、努力義務にとどめる、一定の重要な相手方に限定する、充足されない場合の代替の措置を定めるといった調整が考えられます。
2 前提条件が充足されない場合の効果
前提条件が充足されない場合に、買主が決済を拒むことができるにとどまるのか、契約を解除することができるのかを確認いたします。また、条件を放棄して決済を行うことができる旨の定めが置かれているかも確認いたします。
3 個人保証の解除に関する条件
経営者の個人保証は、株式を譲渡しても当然には消滅いたしません。株式譲渡契約において、決済の日までに金融機関から保証の解除を得ることを前提条件とする定めを置くことが考えられます。この点はTM43及びTM44において詳述いたします。
第4節 第4群 表明保証
1 表明保証の性質
表明保証とは、一定の事項が真実かつ正確であることを表明し、保証する条項です。法律に定めのある制度ではなく、契約上の特約です。したがって、その効果は契約の定めによって決まります。
表明保証に違反した場合の効果は、補償条項によって定められるのが通例です。補償条項が定められていない場合には、債務不履行による損害賠償の問題として処理されることになります(民法第415条第1項)。
なお、株式の譲渡について契約不適合責任に関する民法の規定(民法第562条から第564条まで、期間制限について第566条)が適用されるかについては、見解が分かれています。実務上は、契約において責任の内容を明示的に定めることによって、この問題を回避する構成が採られています。
2 売主の表明保証として求められる事項
表4 売主の表明保証として定められる事項の例
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 売主に関する事項 | 権利能力、契約の締結及び履行の権限、契約の有効性 |
| 対象株式に関する事項 | 適法に発行されていること、売主が単独で所有していること、担保権等の負担がないこと |
| 対象会社の基礎 | 適法に設立され存続していること、定款の内容 |
| 計算書類 | 一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に従い作成され、財政状態を正確に示していること |
| 簿外債務 | 計算書類に計上されていない債務が存在しないこと |
| 資産 | 資産の所有権、担保権の不存在、不動産の状況 |
| 契約 | 重要な契約の有効性、債務不履行の不存在、支配権の異動に関する条項の有無 |
| 労務 | 労働関係法令の遵守、未払賃金の不存在、労働紛争の不存在 |
| 訴訟 | 係属中の訴訟その他の紛争の不存在 |
| 租税 | 申告及び納付の履行、税務調査の不存在 |
| 法令遵守 | 事業に必要な許認可の取得、法令違反の不存在 |
| 環境 | 土壌汚染その他の環境に関する問題の不存在 |
| 保険 | 付保の状況 |
| 情報開示 | 開示した情報に重要な誤りがないこと |
3 売主の立場から検討する3つの限定
表明保証の項目そのものを削除することは、通常は困難です。売主の側で検討するのは、次の3つの限定です。
第一に、重要性による限定です。「重要な点において」「重要な契約について」といった限定を付すことにより、些細な事項についてまで責任を負う事態を避けることができます。
第二に、認識による限定です。「売主の知る限り」という限定を付すことにより、売主が認識していなかった事項について責任を負わない構成とすることができます。この場合、「知る限り」の意味が、現に認識していた事項に限られるのか、通常の注意を払えば認識し得た事項を含むのかを明確にしておく必要があります。
第三に、開示による限定です。開示別紙を作成し、そこに記載した事項については表明保証の違反としない構成とすることができます。開示別紙の作成は、売主にとって最も実効的な防御の手段です。デューデリジェンスにおいて既に開示した事項であっても、開示別紙に記載しなければ表明保証の対象から除外されない構成となっている案文がありますので、この点は確認を要します。
4 開示別紙の作成
開示別紙には、係属中の紛争、未払の可能性がある債務、許認可の状況、労務に関する懸案、支配権の異動を理由とする解除条項がある契約といった事項を記載いたします。記載は具体的である必要があります。「その他一切の事項」といった包括的な記載では、除外の効果が認められない可能性があります。
第5節 第5群及び第6群 誓約、競業避止義務及び補償
1 実行後の誓約
決済後に売主が負う義務として、次のものが定められることがあります。移行期間中の引継ぎへの協力、対象会社の従業員に対する引継ぎ、取引先への挨拶、一定期間の顧問としての就任です。義務の内容、期間、対価の有無を確認いたします。無償かつ無期限の協力義務は、売主にとって負担が過大です。
2 競業避止義務及び勧誘の禁止
売主が対象会社と競合する事業を行わない義務、及び対象会社の従業員又は取引先を勧誘しない義務が定められるのが通例です。確認すべきは、対象となる事業の範囲、地理的な範囲、期間です。期間としては2年から5年程度の定めが見られます。範囲が過度に広い場合、売主の職業活動が不当に制約されることになります。
売主が譲渡後も別の事業を営む予定である場合には、その事業が競業に当たらないことを明示しておく必要があります。
3 補償条項
補償条項は、表明保証の違反又は誓約の違反があった場合に、売主が買主に対して損害を補償する旨を定める条項です。売主が負う責任の総量を画する条項ですので、最も重要な条項の一つです。
表5 補償条項において確認する事項
| 確認事項 | 売主にとって望ましい状態 |
|---|---|
| 補償の上限額 | 譲渡代金の一定割合に上限が設けられています |
| 請求期間 | 決済の日から1年から2年程度に限定されています |
| 租税及び労務の特則 | 特則を設ける場合も期間の上限が明示されています |
| 最低請求額 | 一定額に満たない請求はできない旨の定めがあります |
| 累積の下限 | 損害の累計が一定額を超えた場合にのみ請求できる旨の定めがあります |
| 損害の範囲 | 通常生ずべき損害に限定され、逸失利益が除外されています |
| 第三者からの請求 | 買主の対応について売主が関与できる手続が定められています |
| 損失の軽減 | 買主が損害の拡大を防ぐ義務を負う旨の定めがあります |
| 保険等による回収 | 保険金等により回収した額を控除する旨の定めがあります |
| 重複の防止 | 価格調整により考慮された事項を重ねて補償の対象としない旨の定めがあります |
補償の上限額が定められていない案文、又は請求期間が定められていない案文については、必ず確認いたします。上限及び期間の定めがない場合、売主は譲渡代金を超える金額について、消滅時効が完成するまで責任を負い続ける可能性があります。
4 解除条項
決済の日の前における解除の事由と、決済の日の後における解除の可否を確認いたします。決済の日の後は、原状回復が現実に困難であるため、解除をすることができない旨を定めるのが通例です。この定めがない場合、決済後に契約が解除される可能性が残ることになります。
なお、契約の解除に関する民法の規定は、催告による解除(民法第541条)と催告によらない解除(民法第542条)とを定めており、解除の効果として原状回復義務が生じます(民法第545条第1項)。
第6節 資料と日程
表6 案文の検討に必要な資料
| 区分 | 資料 |
|---|---|
| 契約に関する書面 | 株式譲渡契約書の案文、別紙、開示別紙の様式 |
| 従前の書面 | 基本合意書、意向表明書、秘密保持契約書 |
| 会社の基礎資料 | 定款、登記事項証明書、株主名簿、株主総会議事録 |
| 財務資料 | 直近3期分の計算書類、税務申告書、勘定科目内訳明細書 |
| 契約関係 | 主要な取引契約書、賃貸借契約書、金銭消費貸借契約書 |
| 労務 | 就業規則、賃金規程、労働者名簿、時間外労働に関する協定 |
| 許認可 | 許可証、届出書の写し |
| 調査の結果 | デューデリジェンスにおける質問と回答の記録 |
案文の受領から署名までに確保すべき期間は、対象会社の規模及び案件の複雑さによって異なります。表明保証の項目の検証と開示別紙の作成には相応の時間を要しますので、この作業に必要な期間を見込む必要があります。
譲渡制限株式については、会社の承認を要します(会社法第107条第1項第1号、第108条第1項第4号、第136条以下)。承認の機関決定に要する期間を日程に組み込む必要があります。また、株式の譲渡を会社その他の第三者に対抗するためには株主名簿の名義書換えを要します(会社法第130条第1項)。株券発行会社においては株券の交付が譲渡の効力要件です(会社法第128条第1項)。
第7節 弁護士に相談する意味
株式譲渡契約書の検討において弁護士が行う業務は、条項の意味を説明することにとどまりません。第一に、売主が負う責任の総量を、補償の上限額及び請求期間という形で数値として確定させることです。第二に、表明保証の各項目について事実関係を確認し、開示別紙を作成することです。第三に、前提条件のうち売主の努力によっては充足できないものを識別し、代替の措置を検討することです。第四に、会社法上の手続と契約の日程との整合を確認することです。
なお、当事務所は、M&A仲介会社からのご紹介によるご依頼もお受けしており、仲介会社との間で良好な関係を築いております。契約書の作成及び検討は法律事務に当たりますので、仲介会社の業務の範囲外とされているのが通例です。役割の分担を明確にすることは、取引の円滑な進行にも資します。
具体的な修正の申入れの方法及び交渉の進め方は、当事者の関係、交渉の段階、案件の規模等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 案文を大幅に修正すると、買主の心証を損ねませんか。
案文に対して修正を申し入れることは、M&Aの実務において通常の手続です。案文を提示した側も修正の申入れを想定しているのが通例です。もっとも、修正の申入れは、その理由を併せて説明することにより、円滑に進みやすくなります。
質問2 表明保証を一切しないという交渉はできますか。
現実には困難です。買主は、対象会社の内部の事情を売主ほどには知り得ない立場にあり、表明保証はその情報の非対称を埋める機能を果たしています。売主の側で検討するのは、表明保証を排除することではなく、重要性、認識、開示による限定を適切に付すことです。
質問3 補償の上限額の水準はどの程度が一般的ですか。
案件の規模、対象会社の状況、デューデリジェンスの結果によって異なります。譲渡代金の一定割合を上限とする例が多く見られますが、水準は一律ではありません。上限が定められていること自体が重要です。
質問4 競業避止義務の期間が5年とされています。長すぎませんか。
期間の長短のみで判断することはできません。対象となる事業の範囲、地理的な範囲と併せて検討いたします。売主が譲渡後に予定している活動が制約されないかという観点から、必要な限定を検討することになります。
質問5 既に署名してしまった契約について相談できますか。
ご相談は可能です。補償の請求期間、価格調整の異議申出期間、アーンアウトの算定期間といった期限が定められている場合には、期限の管理が重要となります。署名の後であっても、契約の解釈及び運用について検討する余地は残されています。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、株式譲渡契約書の検討について、売主側及び買主側の双方からご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、株式譲渡契約書の案文、基本合意書、定款、直近3期分の計算書類、主要な契約書をご用意いただけますと、検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。なお、譲渡に伴う課税関係については税理士にご確認ください。
結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第416条(損害賠償の範囲)、第541条(催告による解除)、第542条(催告によらない解除)、第545条第1項(解除の効果)、第562条から第564条まで及び第566条(契約不適合責任。株式の譲渡への適用については見解が分かれます)、第95条(錯誤)、第96条(詐欺)
会社法 第107条第1項第1号、第108条第1項第4号(譲渡制限株式)、第128条第1項(株券発行会社における譲渡の効力)、第130条第1項(株式の譲渡の対抗要件)、第133条(株主名簿の名義書換え)、第136条から第145条まで(譲渡等承認請求の手続)
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必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

