株式譲渡契約書の案文に、表明保証の違反があった場合には売主が買主に生じた損害を補償する旨の条項があります。しかし、いつまで、いくらまで責任を負うのかについての記載が見当たりません。会社を譲渡した後も長期にわたり責任が残るのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。補償条項に上限額及び請求期間の定めが置かれていない場合には、売主の責任の範囲が確定いたしません。売主にとっては、譲渡代金を受領した後に、その全額を上回る補償の請求を受ける可能性が残ることになります。上限額、請求期間、少額の請求を除外する定め、責任を負わない場合の定めを組み合わせることにより、責任の範囲を確定させることができます。本記事では、これらの定め方を整理いたします。
第1節 補償条項の位置付け
1 契約上の特約です
補償条項は、表明保証の違反、契約上の義務の違反、あらかじめ特定された事項について、一方の当事者が他方に生じた損害を填補する旨を定める契約上の特約です。法律に定めのある制度ではありませんので、その内容は契約の定めによって決まります。
補償条項が定められていない場合には、債務不履行による損害賠償の問題として処理されることになります(民法第415条第1項)。この場合、賠償の範囲は、通常生ずべき損害及び当事者が予見すべきであった特別の事情による損害とされます(民法第416条)。もっとも、要件及び範囲が明確でないため、実務上は補償条項を定めるのが通例です。
2 売主と買主の関心の相違
売主は、譲渡の後に責任が残ることを避けたいと考えます。とりわけ、譲渡代金を退職後の生活の資とする場合、又は他の事業に投じる場合には、責任の範囲が確定していることが重要です。他方、買主は、調査によって把握できなかった事実が後に判明した場合に備え、責任の範囲を広く確保しようといたします。補償条項の交渉は、この相違を調整する作業です。
第2節 責任の範囲を画する4つの定め
表1 補償の範囲を画する定め
| 定め | 内容 | 売主にとっての意味 |
|---|---|---|
| 上限額 | 補償の総額の上限を定めます | 負担の最大額が確定いたします |
| 請求期間 | 請求をすることができる期間を定めます | 責任の終期が確定いたします |
| 下限額 | 一定額に達しない請求を除外いたします | 少額の請求への対応を要しません |
| 責任を負わない場合 | 開示済みの事項、引当金が計上された事項等を除外いたします | 既知の事項について重ねて負担いたしません |
1 上限額
補償の総額の上限を定めるものです。譲渡代金の額を基準として定める方法が一般的です。上限額の水準は、案件の規模、対象会社の事業の性質、調査の範囲、当事者の交渉力によって異なりますので、一律の基準を申し上げることはできません。
実務上の留意点は、上限額の適用の範囲です。すべての補償に上限を適用する構成のほか、一定の重要な事項については上限を適用しない構成が用いられることがあります。売主に関する事項、対象株式に関する事項、租税に関する事項について上限の適用が除外される例が見受けられます。除外の範囲が広い場合には、上限額を定める意味が失われますので、その範囲を確認する必要があります。
2 請求期間
買主が補償の請求をすることができる期間を定めるものです。決済の日から一定の期間内に、補償の請求をする旨の通知を売主に対して行うことを要件とする構成が用いられます。
項目によって期間を分ける構成が一般的です。一般的な表明保証については比較的短い期間とし、租税に関する事項、労働に関する事項、環境に関する事項については、これらの請求が後に生じ得ることを踏まえて長い期間とする例があります。売主に関する事項及び対象株式に関する事項については、期間を制限しない構成が用いられることもあります。
期間を定めるにあたっては、その期間内に通知をすれば足りるのか、訴えの提起までを要するのかを明確にする必要があります。「期間内に書面により通知した事項については、当該通知の後も請求をすることができる」という趣旨の定めを置くことが望まれます。
3 下限額
個々の請求について一定額に達しないものを補償の対象から除外する定め、及び請求の累積額が一定額に達するまでは請求をすることができない旨の定めがあります。少額の事項について応答を要しないこととし、双方の負担を軽減する趣旨のものです。
累積額の定めについては、その額に達した場合に全額を請求できるのか、超過部分のみを請求できるのかを明確にする必要があります。この点が定められていない場合には、解釈をめぐる争いが生じます。
4 責任を負わない場合
次の事項については、補償の対象から除外する定めを置くことが検討されます。第一に、開示別紙に記載した事項です。第二に、対象会社の計算書類において引当金又は未払金として計上されている事項です。第三に、契約の締結後の法令の改正又は会計の基準の変更により生じた事項です。第四に、買主の指示又は行為により生じた事項です。
第二の点は、実務上重要です。既に引当金が計上されている事項について補償を行いますと、買主が二重に利益を得ることになりかねません。この点を明記しておくことが望まれます。
第3節 あわせて確認すべき事項
1 損害の範囲
補償の対象となる損害の範囲を定義する必要があります。現実に生じた損失に限るのか、逸失利益を含むのか、弁護士に支払った費用を含むのかによって、金額は大きく異なります。「対象会社の企業価値の減少額」を損害とする定め方は、算定が困難であり、争いを招きやすいものです。
2 支払を確保する仕組みとの関係
買主は、補償の請求が生じた場合に備え、譲渡代金の一部を一定期間留保する構成、又は第三者に預託する構成を求めることがあります。売主にとっては、代金の受領が遅れることになりますので、留保の額、期間、解放の要件を確認する必要があります。上限額を定めた上で、留保の額をこれに対応させる方法があります。
3 消滅時効との関係
契約に請求期間の定めが置かれている場合には、その期間が優先いたします。定めが置かれていない場合には、債権の消滅時効に関する規定によることになります。債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときに時効によって消滅するとされております(民法第166条第1項)。売主にとっては、長期にわたり責任が残ることを意味いたしますので、契約において期間を定める意義があります。
4 補償以外の請求が残るか
補償条項が定められている場合に、それ以外の法律上の請求ができるかという問題があります。買主が、補償条項によらずに債務不履行又は不法行為による損害賠償を求めることを妨げるためには、補償が唯一の救済手段である旨を明記する必要があります。この定めがない場合には、上限額及び請求期間を定めた意味が失われる余地があります。
第4節 弁護士に相談する意味
補償条項の検討において弁護士が行う業務は、上限額の数値を交渉することにとどまりません。第一に、上限額の適用が除外される事項の範囲を確認し、責任の総量が実際に確定しているかを検証することです。第二に、請求期間の起算点、通知の方式、期間内の通知により保存される効果を明確にすることです。第三に、補償が唯一の救済手段であることの定め、損害の範囲の定義、除外事由の定めと併せて、条項の全体が整合しているかを確認することです。
補償条項は、表明保証条項及び開示別紙と一体のものとして機能いたします。表明保証の範囲を限定する作業と、補償の範囲を画する作業とは、併せて行う必要があります。
具体的な修正の申入れの方法及び交渉の進め方は、当事者の関係、交渉の段階、案件の規模等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 上限額は譲渡代金の全額とするのが普通ですか。
一律の基準はありません。案件の規模、対象会社の事業の性質、調査の範囲、当事者の交渉力によって異なります。重要なのは、上限の適用が除外される事項の範囲を確認することです。
質問2 請求期間を過ぎた後に問題が判明した場合はどうなりますか。
契約に定められた期間を経過した後は、補償の請求をすることができないのが原則です。ただし、詐欺その他の悪意による場合について期間の制限を適用しない旨の定めが置かれていることがありますので、条項を確認する必要があります。
質問3 補償の請求を受けた場合、直ちに支払わなければなりませんか。
そのようなことはありません。まず、通知が請求期間内に行われているか、下限額の要件を満たしているか、除外事由に該当しないか、主張された事実が表明保証の違反に当たるか、損害の額の算定が妥当かを確認いたします。
質問4 第三者から対象会社に対して請求がされた場合の手続は定めるべきですか。
定めておくことが望まれます。第三者からの請求について、買主が売主に通知する義務、売主が防御に関与することができる権利、売主の同意なく和解をしないことを定めておかなければ、売主の関与しないところで金額が確定し、その額の補償を求められることになりかねません。
質問5 上限額を定めれば、それ以上の責任を負うことはありませんか。
上限の適用が除外される事項があるか、補償が唯一の救済手段である旨の定めがあるかによります。これらを確認しなければ、上限額を定めても責任の総量は確定いたしません。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、株式譲渡契約書の補償条項に関するご相談を、売主側及び買主側の双方からお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、株式譲渡契約書の案文、開示別紙の案、デューデリジェンスにおける質問と回答の記録、直近3期分の計算書類をご用意いただけますと、検討が早く進みます。弁護士費用につきましては、弁護士費用一覧のページをご覧ください。
結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第166条第1項(債権等の消滅時効)、第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第416条(損害賠償の範囲)、第709条(不法行為による損害賠償)
関連するご案内
買主から示された株式譲渡契約書の案文に署名してよいかお困りではありませんか のページで、確認すべき事項と採り得る手続を整理しております。ご相談は事前予約制です。
あわせてお読みください。
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

