デューデリジェンスが終わり、買主側から数十項目にわたる指摘事項の一覧を示されました。あわせて、当初の提示額から3割の減額を求められております。指摘事項の中には、既に説明していた事項、金額に換算できない事項、将来の可能性にすぎない事項が混在しているように見えます。どこまで受け入れるべきか判断がつきません。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。デューデリジェンスの指摘事項がすべて価格に反映されるべきものではありません。指摘事項は、価格に反映すべき事項、補償条項によって処理すべき事項、決済の前に是正すべき事項、価格にも契約にも影響しない事項の4つに切り分けることができます。この切り分けを行わずに総額での減額に応じますと、後に補償条項によって同じ事項について二重に負担する事態が生じ得ます。本記事では、切り分けの基準を指摘の類型ごとに整理いたします。
第1節 デューデリジェンスの目的と指摘事項の性質
1 デューデリジェンスの3つの目的
買主がデューデリジェンスを行う目的は、次の3つに整理することができます。
第一に、対象会社の実態を把握し、取引を実行するか否かを判断することです。第二に、把握した事実を価格に反映させることです。第三に、把握した事実を株式譲渡契約書の条項(表明保証、前提条件、補償、誓約)に反映させることです。
指摘事項の一覧は、このうち第二及び第三の目的のために作成されます。したがって、指摘事項が一覧に記載されていること自体は、それが価格に反映されるべきことを意味いたしません。
2 デューデリジェンスの種類
表1 デューデリジェンスの種類と主たる指摘の内容
| 種類 | 実施者 | 主たる指摘の内容 |
|---|---|---|
| 財務デューデリジェンス | 公認会計士、税理士 | 資産の評価、簿外債務、収益の実態、運転資本の水準 |
| 税務デューデリジェンス | 税理士 | 過去の申告の適否、追徴の可能性 |
| 法務デューデリジェンス | 弁護士 | 株式の帰属、契約の内容、労務、許認可、紛争、資産の権利関係 |
| 労務デューデリジェンス | 弁護士、社会保険労務士 | 未払割増賃金、社会保険の加入、労働時間の管理 |
| 事業デューデリジェンス | 買主又は専門機関 | 取引先の状況、市場の動向、事業計画の妥当性 |
中小企業の取引では、財務デューデリジェンスと法務デューデリジェンスが行われるのが通例です。労務に関する事項は、財務又は法務のいずれかにおいて扱われます。
第2節 指摘事項の4つの切り分け
表2 指摘事項の切り分けの基準
| 分類 | 該当する指摘の性質 | 処理の方法 |
|---|---|---|
| 第1類型 | 金額が確定しており、現に負担が生ずる事項 | 価格に反映することが合理的です |
| 第2類型 | 発生の有無又は金額が不確実な事項 | 補償条項により処理することが合理的です |
| 第3類型 | 決済の前に売主が是正することが可能な事項 | 前提条件又は誓約により処理いたします |
| 第4類型 | 価格にも契約にも影響を及ぼさない事項 | 処理を要しません |
1 第1類型 価格に反映することが合理的な事項
金額が確定しており、決済後に対象会社が現に負担することとなる事項です。この類型に当たる指摘については、価格への反映に合理性があります。
具体例としては、次のものが挙げられます。
- 計上されていない買掛金又は未払費用であって、金額が確定しているもの
- 退職給付債務のうち、計上されていない部分であって、算定が可能なもの
- 資産に計上されている売掛金のうち、回収の見込みがないことが明らかなもの
- 棚卸資産のうち、実在しないもの又は価値がないことが明らかなもの
- 遊休資産のうち、帳簿価額が時価を明らかに上回っているもの
- 未払の割増賃金であって、労働時間の記録から算定が可能なもの
これらは、対象会社の純資産の額が実際には帳簿上の額より小さいことを意味いたします。株式の価値が純資産を基礎として算定されている場合には、その差額が価格に反映されることに合理性があります。
2 第2類型 補償条項により処理することが合理的な事項
発生するか否かが不確実である事項、又は発生するとしても金額が確定しない事項です。この類型については、価格に反映するのではなく、補償条項によって処理することが合理的です。
具体例としては、次のものが挙げられます。
- 係属中の訴訟であって、結果が確定していないもの
- 過去の税務処理のうち、見解が分かれ得るものについて追徴を受ける可能性
- 従業員が将来において割増賃金を請求する可能性
- 取引先が支配権の異動を理由として契約を解除する可能性
- 土壌汚染の可能性があるが調査が行われていない場合
これらの事項について価格の減額に応じますと、実際には損失が発生しなかった場合であっても、減額分を回復することができません。他方、補償条項によって処理すれば、現に損失が発生した場合に限って売主が負担することになります。
もっとも、補償条項による処理には、売主が決済後も責任を負い続けるという側面があります。売主としては、責任の終期を明確にするために、補償の請求期間を限定することを併せて検討いたします。
3 第3類型 決済の前に是正する事項
売主が決済の日までに是正することが可能な事項です。この類型については、前提条件又は誓約として定め、是正を実行することにより処理いたします。
具体例としては、次のものが挙げられます。
- 株主名簿の記載と実際の株式の帰属とが一致していない場合の整理
- 役員貸付金及び役員借入金の清算
- 対象会社が保有する経営者個人のための資産の処分
- 議事録その他の会社法上の書類の整備
- 許認可の更新手続
- 社会保険の加入手続
これらは是正が可能な事項ですので、価格に反映する必要はありません。
4 第4類型 価格にも契約にも影響しない事項
指摘事項の一覧には、対象会社の実務上の改善点にとどまる事項も含まれます。決済後に買主が改善すればよい事項であり、価格にも契約にも反映されるべきものではありません。
具体例としては、業務の手順に関する指摘、内部管理体制に関する一般的な指摘、規程の記載の形式に関する指摘、将来の事業計画に対する見解の相違といったものが挙げられます。
第3節 実務上よく生じる問題
1 総額での減額の提示
「デューデリジェンスの結果を踏まえ、譲渡代金を3割減額したい」という形で、総額のみが示されることがあります。この場合、いずれの指摘事項がいくらの減額に対応しているのかが不明です。
売主としては、指摘事項ごとの金額の内訳を示していただくことを求めることが出発点となります。内訳が示されれば、各項目について第1類型から第4類型までのいずれに当たるかを検討することができます。内訳を示すことができない指摘については、価格に反映すべき根拠が示されていないことになります。
2 既に開示していた事項が指摘されている場合
基本合意書の締結の前に既に開示し、価格の算定の前提とされていた事項が、改めて指摘事項として挙げられていることがあります。この場合、当該事項は既に価格に織り込まれているはずですので、重ねて減額の根拠とすることは合理的ではありません。
このため、デューデリジェンスの開始の前に、どの事項を開示したかを記録として残しておくことが重要です。開示の記録は、後の減額交渉における前提の確認に役立ちます。
3 二重の負担が生ずる場合
第1類型に当たる事項について価格の減額に応じたにもかかわらず、株式譲渡契約書の補償条項において当該事項が除外されていない場合、同一の事項について価格の減額と補償の請求という二重の負担が生ずる可能性があります。
これを避けるためには、価格の減額において考慮した事項を開示別紙に記載し、表明保証及び補償の対象から除外する定めを置く必要があります。この点はTM18において詳述いたします。
4 簿外債務の指摘における評価の相違
未払割増賃金の指摘については、算定の前提となる労働時間の把握の方法、対象となる従業員の範囲、遡る期間によって、金額が大きく変動いたします。
賃金請求権の消滅時効については、労働基準法第115条が定めるところによりますが、同法附則第143条第3項により、当分の間は3年とされています。買主側が5年を前提として算定している場合には、この点の確認を要します。
また、管理監督者として扱われていた従業員について割増賃金の支払義務が生ずるか否かは、労働基準法第41条第2号の要件に照らして判断されます。役職名のみによって判断されるものではありません。
5 運転資本の水準に関する指摘
決済の日における運転資本が、平常時の水準を下回っているという指摘がされることがあります。この指摘は、価格の減額ではなく価格調整条項によって処理されるのが通例です。基準となる運転資本の額の算定方法と、その根拠となる期間の取り方を確認いたします。
6 法務デューデリジェンスの指摘に特有の問題
法務デューデリジェンスの指摘には、金額に換算することが困難な事項が多く含まれます。たとえば、取締役会の議事録が作成されていない、株主総会の招集手続に不備がある、就業規則の届出が行われていない、契約書が作成されないまま取引が継続しているといった指摘です。
これらの指摘は、それ自体が直ちに損失を生じさせるものではありません。他方、将来において紛争が生じた場合に不利に働く可能性があります。したがって、価格に反映するのではなく、決済の前に是正する(第3類型)か、補償条項によって処理する(第2類型)かのいずれかによって処理することが合理的です。
とりわけ、会社法上の書類の整備に関する指摘は、決済の前に是正することが可能である場合が多く、価格の減額に応ずる必要はありません。是正に要する期間を日程に組み込むことによって処理いたします。
7 株式の帰属に関する指摘
デューデリジェンスにおいて、株主名簿の記載と実際の株式の帰属とが一致しない可能性が指摘されることがあります。この指摘は、価格の問題ではなく、取引の実行の可否に関わる問題です。
買主は、対象株式を確実に取得できることを前提として代金を支払います。株式の帰属に疑義がある場合、買主は前提条件として帰属の確定を求めるのが通例です。この指摘については、価格の減額によって処理することはできません。
表3 指摘の類型と処理の方法の対応
| 指摘の内容 | 類型 | 処理の方法 |
|---|---|---|
| 計上されていない買掛金(金額確定) | 第1類型 | 価格に反映いたします |
| 回収不能な売掛金 | 第1類型 | 価格に反映いたします |
| 係属中の訴訟 | 第2類型 | 補償条項又は特別補償によります |
| 税務上の見解が分かれる処理 | 第2類型 | 補償条項によります |
| 未払割増賃金(算定可能な部分) | 第1類型 | 価格に反映いたします |
| 未払割増賃金(将来の請求の可能性) | 第2類型 | 補償条項によります |
| 株主名簿の不備 | 第3類型 | 決済前に是正いたします |
| 役員貸付金の存在 | 第3類型 | 決済前に清算いたします |
| 議事録の不備 | 第3類型 | 決済前に整備いたします |
| 株式の帰属の疑義 | 第3類型 | 前提条件として確定させます |
| 業務手順に関する改善提案 | 第4類型 | 処理を要しません |
第4節 減額を求められた場合に確認する事項
表4 減額の提示を受けた場合の確認事項
| 順序 | 確認事項 | 目的 |
|---|---|---|
| 1 | 指摘事項ごとの金額の内訳 | 総額の根拠を分解いたします |
| 2 | 各指摘の類型(第1から第4まで) | 価格に反映すべき事項を特定いたします |
| 3 | 既に開示していた事項の有無 | 二重の考慮を避けます |
| 4 | 算定の前提となる資料及び計算方法 | 金額の妥当性を検証いたします |
| 5 | 補償条項との重複の有無 | 二重の負担を避けます |
| 6 | 是正が可能な事項の有無 | 減額に代えて是正で処理いたします |
| 7 | 基本合意書における価格の位置付け | 交渉の前提を確認いたします |
| 8 | 買主側の資金調達の状況 | 減額の理由が調査の結果によるものかを確認いたします |
1 基本合意書における価格の位置付け
基本合意書に記載された価格には、法的拘束力を持たせないのが通例です。したがって、価格が変更されること自体は契約違反となるものではありません。
もっとも、価格を変更する側には、その根拠を示すことが求められるのが通常です。指摘事項の内訳が示されないまま総額の減額のみが提示されている場合には、根拠の提示を求めることに理由があります。
2 減額に応じない場合の帰結
減額に応じない場合、買主が取引を中止する可能性があります。この場合、独占交渉義務の期間中であれば、他の候補者との交渉を再開できるのは当該期間の経過後となります。基本合意書における独占交渉義務の終了事由を確認いたします。
契約の締結に向けた交渉が相当程度進んだ段階で、一方が正当な理由なく交渉を破棄した場合の責任が問題となることがあります。これは判例法理によりますが、責任が認められる場面は限定的です。
3 資料の整理
表5 減額の検討に必要な資料
| 区分 | 資料 |
|---|---|
| 指摘に関する資料 | 指摘事項の一覧、報告書、減額の提示に関する書面 |
| 従前の書面 | 基本合意書、意向表明書、価格の算定に関する説明資料 |
| 開示の記録 | デューデリジェンスにおける質問と回答の記録、提出した資料の一覧 |
| 財務資料 | 直近3期分の計算書類、勘定科目内訳明細書、税務申告書 |
| 労務 | 就業規則、賃金規程、労働時間の記録、時間外労働に関する協定 |
| 契約関係 | 主要な契約書、支配権の異動に関する条項の有無が分かる資料 |
第5節 弁護士に相談する意味
減額の要求を受けた局面において弁護士が行う業務は、金額の交渉にとどまりません。第一に、指摘事項を法的な性質に応じて分類し、価格に反映すべき事項を特定することです。第二に、各指摘について算定の前提を検証し、金額の妥当性を確認することです。第三に、価格の減額と補償条項との重複を防ぐ契約上の手当てを設計することです。第四に、是正により処理し得る事項について、前提条件又は誓約として定める案を示すことです。
指摘事項の分類は、法的な評価を伴う作業です。たとえば、未払割増賃金の指摘について、消滅時効の期間、管理監督者の範囲、固定残業代の定めの有効性といった論点の検討を要します。これらの検討により、指摘された金額が変動することがあります。
なお、当事務所は、M&A仲介会社からのご紹介によるご依頼もお受けしており、仲介会社との間で良好な関係を築いております。指摘事項の法的な分類は、取引を成立させるための作業でもあり、当事者双方の予測可能性を高めるものです。
具体的な交渉の進め方は、指摘の内容、当事者の関係、案件の規模等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 デューデリジェンスの指摘には必ず応じなければならないのですか。
そのようなことはありません。指摘事項は買主側の見解を示すものであり、それ自体が売主を拘束するものではありません。指摘の内容を検討し、価格に反映すべき事項とそれ以外の事項とを切り分けることが出発点となります。
質問2 総額での減額の提示を受けました。内訳を求めてよいのですか。
内訳の提示を求めることは、通常の交渉の一部です。内訳が示されなければ、減額の当否を検討することができません。内訳の提示を求めることが交渉の決裂に直結するものではありません。
質問3 減額に応じれば、後から補償を請求されることはありませんか。
契約の定めによります。価格の減額において考慮した事項を開示別紙に記載し、補償の対象から除外する定めを置いていなければ、同一の事項について補償の請求を受ける可能性が残ります。この点は必ず確認いたします。
質問4 未払割増賃金の指摘を受けましたが、金額が大きすぎるように思います。
算定の前提を確認いたします。遡る期間、対象となる従業員の範囲、労働時間の認定方法、固定残業代の取扱いによって、金額は大きく変動いたします。賃金請求権の消滅時効については、労働基準法第115条及び同法附則第143条第3項により、当分の間は3年とされています。
質問5 減額を拒めば取引が流れてしまうのではないかと心配です。
その可能性を否定することはできません。もっとも、買主も相当の費用と時間を投じて調査を行っています。指摘事項の分類と根拠の確認は、取引を破棄する行為ではなく、条件を確定させるための通常の作業です。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、デューデリジェンスの結果を踏まえた価格の交渉について、売主側及び買主側の双方からご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、指摘事項の一覧、減額の提示に関する書面、基本合意書、直近3期分の計算書類、就業規則及び賃金規程をご用意いただけますと、検討が早く進みます。なお、税務上の取扱いについては税理士にご確認ください。
結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第416条(損害賠償の範囲)、第709条(不法行為)
労働基準法 第32条(労働時間)、第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)、第41条第2号(監督又は管理の地位にある者)、第114条(付加金)、第115条(時効)、附則第143条第3項(賃金請求権の消滅時効を当分の間3年とする経過措置)
判例法理 契約の締結に向けた交渉が相当程度進んだ段階における交渉の破棄に関する責任については、判例法理によります。
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デューデリジェンスを理由とする減額要求にお困りではありませんか のページで、確認すべき事項と採り得る手続を整理しております。ご相談は事前予約制です。
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