買主から届いたデューデリジェンスの資料の一覧が膨大で、取引先ごとの契約書、従業員の個別の賃金の記録、顧客の名簿まで求められております。ここまで提出しなければならないのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。デューデリジェンスにおける資料の提出は、契約上の義務として当然に生じるものではなく、当事者間の協議によって範囲が定まるものです。すべての資料を無条件に提出しなければならないものではありません。他方、提出しなかった事項について後に問題が生じた場合には、表明保証の違反として補償の対象となり得ますので、提出を拒むことにも別の負担が伴います。秘密保持の枠組み、個人情報及び営業秘密の取扱い、提出の方法を整えた上で、範囲を協議することになります。本記事では、判断の枠組みを整理いたします。
第1節 提出の義務はどこから生じるのか
1 法令上の義務ではありません
デューデリジェンスへの協力は、法令上の義務として定められているものではありません。基本合意書に協力する旨の定めが置かれている場合には、その定めの範囲において義務が生じ得ますが、その場合であっても、いかなる資料をどこまで提出するかが具体的に定まっているとは限りません。
2 提出しないことの帰結
もっとも、提出を拒むことには帰結が伴います。第一に、買主が調査によって確認することができなかった事項について、表明保証及び補償の範囲を広く求められることがあります。第二に、開示されなかった事項が後に判明した場合には、表明保証の違反として補償の請求を受ける余地があります。第三に、開示の姿勢が交渉全体の信頼に影響いたします。
したがって、提出の可否は、拒むか応じるかという二者択一ではなく、いかなる方法で開示するかという問題として検討すべきものです。
第2節 提出の方法を工夫する
表1 開示の方法の類型
| 方法 | 内容 | 適する資料 |
|---|---|---|
| 写しの交付 | 資料の写しを交付いたします | 定款、登記事項証明書、計算書類等 |
| 閲覧による開示 | 指定した場所において閲覧に供します | 個別の契約書、名簿等 |
| 一部を伏せた開示 | 氏名等を伏せた上で交付いたします | 従業員の賃金の記録、顧客の名簿等 |
| 要約による開示 | 内容を整理した一覧を作成いたします | 多数の契約、取引の状況等 |
| 段階的な開示 | 交渉の進行に応じて範囲を広げます | 営業上の秘密に属する情報 |
1 一部を伏せた開示
従業員の個別の賃金の記録、顧客の名簿については、氏名その他の個人を識別することができる記載を伏せた上で開示する方法があります。買主の目的は、賃金の水準及び構成、顧客の分布及び取引の規模を把握することにありますので、個人を特定する必要は必ずしもありません。
2 段階的な開示
営業上の秘密に属する情報については、交渉が一定の段階に達するまで開示を留保する方法があります。最終契約の締結が確実となった段階、又は決済の直前に開示するという構成です。破談となった場合に情報のみが渡ることを避ける趣旨のものです。
3 閲覧による開示
写しを交付せず、指定した場所において閲覧に供する方法があります。写しが手元に残らないため、破談となった場合の管理が容易となります。
第3節 個人情報及び営業秘密の取扱い
1 個人情報
従業員及び顧客に関する情報の提供については、個人情報の保護に関する法律の規律を確認する必要があります。同法には、事業の承継に伴って個人データが提供される場合について、第三者への提供の制限の例外とする定めが置かれております。もっとも、この例外が適用される範囲、及び交渉の段階における提供の取扱いについては、慎重な検討を要します。
実務上は、可能な限り個人を識別することができない形で開示し、識別を要する場合には範囲を限定するという方針をとります。
2 営業秘密
秘密として管理されている生産の方法、販売の方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものは、不正競争防止法にいう営業秘密に当たり得ます(不正競争防止法第2条第6項)。開示にあたっては、秘密保持契約により目的外の使用を禁じ、管理の方法を定めることが重要です。
3 第三者との契約上の制約
取引先との契約に、契約の内容を第三者に開示することを禁じる条項が置かれていることがあります。この場合、開示のために相手方の同意を要することになります。契約書を確認し、制約の有無を把握する必要があります。
第4節 範囲を協議する際の視点
協議にあたっては、次の視点から検討いたします。第一に、買主が当該資料を求める目的は何かという点です。目的を確認することにより、他の方法で代替することができる場合があります。第二に、開示による不利益はいかなるものかという点です。第三に、破談となった場合の情報の管理はどうなるかという点です。
とりわけ、買主が同業を営んでいる場合には、第三の点が重要となります。返還又は破棄の方法、確認の手続、違反があった場合の措置を、秘密保持契約において定めておく必要があります。
第5節 弁護士に相談する意味
資料の提出において弁護士が行う業務は、次の点にあります。第一に、求められた資料について、提出の可否及び方法を判断することです。第二に、個人情報、営業秘密、第三者との契約上の制約について確認することです。第三に、秘密保持契約の内容を検討し、必要な修正を申し入れることです。第四に、提出しない事項について、契約における処理を設計することです。
提出の範囲は、表明保証及び補償の範囲と表裏の関係にあります。提出しない事項が多いほど、契約において求められる保証の範囲は広くなります。この関係を踏まえて判断することが重要です。
具体的な判断は、資料の性質、買主の立場、交渉の段階等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 資料を出さないと、交渉は終わってしまいますか。
そのようなことは通常ありません。開示の方法を工夫することにより、買主の目的を満たしつつ、不利益を避けることができる場合があります。まず、資料を求める目的を確認することが重要です。
質問2 顧客の名簿を出しても大丈夫ですか。
個人情報の保護に関する法律の規律、営業秘密としての管理、取引先との契約上の制約を確認する必要があります。個人を識別することができない形で開示する方法、閲覧により開示する方法を検討いたします。
質問3 買主が同業です。情報が流用されませんか。
秘密保持契約において、目的外の使用の禁止、開示することができる範囲、破談となった場合の返還又は破棄、違反があった場合の措置を定めます。あわせて、段階的な開示による方法を検討いたします。
質問4 従業員の賃金の記録は必要ですか。
買主は、人件費の水準、未払の割増賃金の有無を確認する目的で求めることが通例です。氏名を伏せた上で、職位ごとの水準を示す資料により代替することができる場合があります。
質問5 提出しなかった事項について、後に責任を負いますか。
表明保証及び補償の定めによります。提出しなかった事項であっても、表明保証の対象となっている場合には、違反として補償の請求を受け得ます。開示別紙への記載により処理することを検討いたします。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、デューデリジェンスへの対応に関するご相談を、売主側及び買主側の双方からお受けしております。
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結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
不正競争防止法 第2条第6項(営業秘密の定義)
個人情報の保護に関する法律 第三者への提供の制限及び事業の承継に伴う提供に関する定め
民法 第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第709条(不法行為による損害賠償)
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