買主側から「デューデリジェンスの結果を踏まえ、譲渡代金を当初の3億円から2億円に見直したい」との連絡がありました。理由の説明は口頭でされたものの、金額の内訳は示されておりません。仲介会社からは「この規模の減額は珍しくない」と言われております。既に従業員の一部にも取引の検討を伝えており、今さら破談にはできないとお考えの方もいらっしゃいます。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。減額の要求に対して応否を判断する前に、確認すべき事項が3つあります。第一に、減額の根拠が具体的に示されているかということです。第二に、減額に応じた場合に、同じ事項について契約上も責任を負う二重の負担が生じないかということです。第三に、価格の減額以外の方法によって処理することができないかということです。この3点を確認せずに総額での減額に応じますと、後に不利益が残ることになります。本記事では、この3つの事項を順に整理いたします。
第1節 第1の確認事項 減額の根拠が具体的に示されているか
1 内訳の提示を求めることが出発点です
「デューデリジェンスの結果を踏まえて」という説明のみでは、減額の当否を検討することができません。まず、指摘事項ごとの金額の内訳を示していただくことが出発点となります。
内訳の提示を求めることは、通常の交渉の一部です。買主側も、専門家に費用を投じて調査を行っている以上、指摘事項ごとの金額を算出しているのが通例です。内訳を示すことができない指摘については、価格に反映すべき根拠が示されていないことになります。
2 内訳を分類いたします
内訳が示されたら、各項目を次の4つに分類いたします。
表1 指摘事項の分類
| 分類 | 性質 | 価格への反映 |
|---|---|---|
| 第1類型 | 金額が確定しており、現に負担が生ずる事項 | 反映することに合理性があります |
| 第2類型 | 発生の有無又は金額が不確実な事項 | 補償条項により処理することが合理的です |
| 第3類型 | 決済の前に是正することが可能な事項 | 是正により処理いたします |
| 第4類型 | 価格にも契約にも影響しない事項 | 反映を要しません |
第1類型に当たる指摘の例としては、計上されていない買掛金であって金額が確定しているもの、回収の見込みがない売掛金、実在しない棚卸資産、算定が可能な未払割増賃金が挙げられます。
第2類型に当たる指摘の例としては、係属中の訴訟、税務上の見解が分かれ得る処理、将来において従業員が請求する可能性、取引先が契約を解除する可能性が挙げられます。
3 算定の前提を検証いたします
第1類型に分類した指摘についても、算定の前提を検証する必要があります。とりわけ金額が大きくなりやすいのが、未払割増賃金に関する指摘です。
表2 未払割増賃金の算定において確認する事項
| 確認事項 | 内容 |
|---|---|
| 遡る期間 | 賃金請求権の消滅時効は労働基準法第115条によりますが、同法附則第143条第3項により当分の間3年とされています |
| 対象となる従業員 | 全従業員か、一部の職種に限られるか |
| 労働時間の認定方法 | 実際の記録によるか、推計によるか |
| 管理監督者の範囲 | 労働基準法第41条第2号の要件に照らして判断されます |
| 固定残業代の取扱い | 定めの内容により、支払済みとして控除できるかが変わります |
| 付加金 | 労働基準法第114条の付加金は裁判所が命ずるものであり、当然に発生するものではありません |
買主側が5年を前提として算定している場合、又は全従業員について実際の記録を確認せずに推計している場合には、金額が過大に算定されている可能性があります。
4 既に開示していた事項が含まれていないか
基本合意書の締結の前に既に開示し、価格の算定の前提とされていた事項が、改めて指摘事項として挙げられていることがあります。この場合、当該事項は既に価格に織り込まれているはずですので、重ねて減額の根拠とすることには合理性がありません。
開示の記録が残っているかが重要となります。電子メール、面談の記録、提出した資料の一覧を確認いたします。
第2節 第2の確認事項 二重の負担が生じないか
1 二重の負担が生ずる仕組み
価格の減額に応じたにもかかわらず、株式譲渡契約書において当該事項が表明保証及び補償の対象から除外されていない場合、次の事態が生じ得ます。
未払割増賃金として2,000万円が指摘され、これを理由として譲渡代金が2,000万円減額されたとします。ところが、株式譲渡契約書の表明保証には「対象会社には未払の賃金が存在しない」という項目が置かれ、開示別紙にも記載がありませんでした。決済後に従業員から実際に1,500万円の請求がされた場合、買主は表明保証の違反を理由として1,500万円の補償を請求することができる構成となります。売主は、価格の減額として2,000万円を負担した上で、さらに1,500万円を負担することになります。
これが二重の負担です。減額に応じる場合には、必ず契約上の手当てを併せて行う必要があります。
2 二重の負担を避けるための手当て
表3 二重の負担を避けるための契約上の手当て
| 手当て | 内容 |
|---|---|
| 開示別紙への記載 | 減額において考慮した事項を具体的に記載いたします |
| 表明保証からの除外 | 開示別紙に記載した事項を表明保証の対象から除外する定めを置きます |
| 補償からの除外 | 価格の減額において考慮された事項を補償の対象としない旨を明記いたします |
| 金額の明示 | 減額において考慮した金額を明示し、当該金額の範囲では補償を請求できない旨を定めます |
| 価格調整との重複の防止 | 価格調整条項により考慮される事項との重複を排除いたします |
このうち最も基本となるのが、開示別紙への記載です。減額の理由とされた事項を、金額とともに開示別紙に記載いたします。
3 補償の上限額及び請求期間
減額に応じるか否かにかかわらず、補償の上限額及び請求期間を確認いたします。上限額が定められていない場合、売主は譲渡代金を超える金額について責任を負う可能性が残ります。請求期間が定められていない場合には、責任の終期が不明確となります。
第3節 第3の確認事項 価格の減額以外の方法で処理できないか
1 5つの代替手段
価格の減額は、指摘事項を処理する方法の一つにすぎません。次の方法によって処理することができる場合があります。
表4 価格の減額に代わる処理の方法
| 方法 | 内容 | 適する場面 |
|---|---|---|
| 決済前の是正 | 売主が決済の日までに問題を解消いたします | 是正が可能かつ費用が限定的な場合 |
| 補償条項 | 現に損失が発生した場合に売主が負担いたします | 発生の有無が不確実な場合 |
| 代金の一部留保 | 代金の一部を一定期間留保し、問題が生じなければ支払います | 不確実性が一定期間で解消する場合 |
| 特別補償 | 特定の事項について、上限及び期間を別に定めて補償いたします | 特定の懸案が明確な場合 |
| 前提条件 | 決済の条件として問題の解消を定めます | 第三者の関与を要する場合 |
2 決済前の是正
株主名簿の整理、役員貸付金及び役員借入金の清算、会社法上の書類の整備、許認可の更新、社会保険の加入といった事項は、売主が決済の日までに是正することができます。是正が可能な事項について価格の減額に応ずる必要はありません。
3 代金の一部留保
代金の一部を一定期間留保し、その期間内に問題が現実化しなければ売主に支払う構成です。売主にとっては、問題が現実化しなかった場合に留保された金額を受け取ることができる点で、価格の減額よりも有利です。留保の期間、留保する金額、支払の条件、留保金からの控除の手続を明確に定める必要があります。
4 特別補償
特定の懸案について、通常の補償とは別に、上限額及び期間を定めて補償する構成です。当該事項について通常の補償の上限額を超えて責任を負う代わりに、価格の減額を避けるという整理が可能です。売主としては、上限額と期間が明確に定められていることを確認いたします。
第4節 交渉の前提として確認しておく事項
1 基本合意書における価格の位置付け
基本合意書に記載された価格には、法的拘束力を持たせないのが通例です。したがって、価格が変更されること自体は契約違反となるものではありません。もっとも、価格を変更する側には、その根拠を示すことが求められるのが通常です。
2 独占交渉義務の残存期間
減額に応じないという判断をする場合、取引が中止となる可能性があります。この場合、他の候補者との交渉を再開できるのは、独占交渉義務の期間が経過した後です。基本合意書における独占交渉義務の期間と終了事由を確認いたします。
3 仲介会社に対する報酬の発生状況
既に着手金及び中間金が発生している場合、取引が中止となってもこれらが返還されないことがあります。媒介契約書の定めを確認いたします。また、譲渡代金が減額された場合には成功報酬も減少いたしますが、最低手数料の定めが適用される場合には減少しないことがあります。
4 従業員及び取引先への影響
既に従業員の一部に取引の検討を伝えている場合、取引が中止となった際の影響を考慮する必要があります。もっとも、この事情は減額に応じるべき法的な理由となるものではありません。
第5節 弁護士に相談する意味
減額の要求を受けた局面において弁護士が行う業務は、次のとおりです。第一に、指摘事項を法的な性質に応じて分類し、価格に反映すべき事項を特定することです。第二に、算定の前提を検証し、金額の妥当性を確認することです。第三に、価格の減額と補償条項との重複を防ぐ契約上の手当てを設計することです。第四に、価格の減額に代わる処理の方法を提示することです。
とりわけ第三の点は、契約書の条項の設計を要する作業であり、価格の交渉と同時に進める必要があります。減額の金額のみが先に合意され、契約書の手当てが後回しにされますと、二重の負担が残ることになりかねません。
なお、当事務所は、M&A仲介会社からのご紹介によるご依頼もお受けしており、仲介会社との間で良好な関係を築いております。指摘事項の分類と契約上の手当ては、取引を成立させるための作業でもあります。
具体的な交渉の進め方は、指摘の内容、当事者の関係、案件の進捗等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 減額に応じないと、取引は破談になりますか。
そうとは限りません。買主も相当の費用と時間を投じて調査を行っており、取引の成立に利益を有しています。もっとも、破談の可能性を否定することもできません。指摘事項の分類と根拠の確認を行った上で、応否を判断することになります。
質問2 内訳を求めると、交渉が難しくなりませんか。
内訳の提示を求めることは通常の交渉の一部であり、これにより交渉が困難になるという性質のものではありません。むしろ、内訳が示されることにより、双方が同じ事実を前提として協議することが可能となります。
質問3 既に基本合意書に署名しています。価格は動かせないのではないですか。
基本合意書の価格条項には法的拘束力を持たせないのが通例であり、価格は動き得ます。逆に申しますと、売主の側から価格の維持を主張する法的な根拠も、基本合意書のみからは生じません。指摘事項の当否によって判断することになります。
質問4 減額に応じた上で、補償の上限を下げてもらうことはできますか。
交渉の対象となり得ます。価格の減額に応ずる代わりに、補償の上限額を引き下げ、又は請求期間を短縮するという整理は、実務上検討される方法の一つです。
質問5 既に減額に合意してしまいました。今から何かできますか。
株式譲渡契約書の署名前であれば、開示別紙への記載及び補償条項の設計により、二重の負担を避ける手当てを行う余地があります。署名の後であっても、契約の解釈及び運用について検討する余地は残されています。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、M&Aにおける減額の要求に関するご相談を、売主側及び買主側の双方からお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、減額の提示に関する書面、指摘事項の一覧、基本合意書、株式譲渡契約書の案文、直近3期分の計算書類、就業規則及び賃金規程をご用意いただけますと、検討が早く進みます。
結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第416条(損害賠償の範囲)
労働基準法 第37条(割増賃金)、第41条第2号(監督又は管理の地位にある者)、第114条(付加金)、第115条(時効)、附則第143条第3項(賃金請求権の消滅時効を当分の間3年とする経過措置)
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