株式譲渡契約書の案文のうち、表明保証と題する条項が数ページにわたっております。「対象会社には一切の簿外債務が存在しない」「対象会社は労働関係法令のすべてを遵守している」といった記載が並んでおり、これらを保証してよいものか判断がつきません。長年経営してきた会社であり、細かな点まで完全であると断言することは困難です。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。表明保証の項目そのものを削除することは通常は困難ですが、その範囲を限定する手法は確立されています。重要性による限定、認識による限定、開示別紙による除外の3つです。これらを適切に組み合わせることにより、売主が実際に負う責任の範囲を、自らが把握し得る事実の範囲に近づけることができます。本記事では、この3つの手法を具体的な書き方とともに整理いたします。
第1節 表明保証とは何か
1 契約上の特約です
表明保証は、法律に定めのある制度ではありません。契約の当事者が、一定の事項が真実かつ正確であることを表明し、保証する旨を約する契約上の特約です。したがって、その内容も効果も、契約の定めによって決まります。
表明保証の違反があった場合の効果は、補償条項に定められるのが通例です。補償条項が定められていない場合には、債務不履行による損害賠償の問題として処理されることになります(民法第415条第1項)。
2 なぜ表明保証が置かれるのか
買主は、対象会社の内部の事情を売主ほどには知り得ない立場にあります。デューデリジェンスによって一定の範囲は調査できますが、限られた期間と資料により行われるものであり、すべてを把握することはできません。この情報の非対称を埋めるために、売主に対して一定の事実の保証を求めるのが表明保証です。
したがって、表明保証を一切設けないという交渉は、現実には成立し難いものです。売主の側で検討するのは、表明保証の存在自体を争うことではなく、その範囲を合理的な水準に画することです。
3 無過失責任としての性質
表明保証は、売主に過失があったか否かを問わず、表明した事実が客観的に真実と異なっていた場合に責任を発生させる構成を採るのが通例です。「知らなかった」という事情は、原則として抗弁になりません。この点が、後述する認識による限定を検討する理由です。
第2節 3つの限定の手法
表1 表明保証の範囲を限定する3つの手法
| 手法 | 書き方の例 | 効果 | 買主が受け入れやすいか |
|---|---|---|---|
| 重要性による限定 | 「重要な点において」「重要な契約について」 | 些細な違反を責任の対象から除外いたします | 比較的受け入れられやすい手法です |
| 認識による限定 | 「売主の知る限り」「売主が認識している範囲において」 | 売主が認識していなかった事項を除外いたします | 項目により受け入れの度合いが異なります |
| 開示による除外 | 「開示別紙に記載された事項を除き」 | 記載した具体的事実を除外いたします | 最も受け入れられやすい手法です |
1 重要性による限定
「対象会社は、その事業に関して適用されるすべての法令を遵守している」という表明は、文言どおりに読めば、およそ一切の法令違反がないことを保証するものです。長年にわたり事業を営んできた会社について、この保証を文言どおりに行うことは現実的ではありません。
そこで、「重要な点において」という限定を付します。もっとも、「重要」の意味が明確でないままでは、後に解釈をめぐる争いが生じます。これを避けるため、金額による基準を併せて定める方法があります。
「対象会社は、その事業に関して適用される法令を、重要な点において遵守している。本項において『重要な点において』とは、その違反により対象会社に金○○万円を超える損失が生じ、又は生ずるおそれがある場合をいう。」
金額による基準を設けることは、後の紛争を予防する上で有用です。
2 認識による限定
「売主の知る限り」という限定は、売主が現に認識していなかった事項について責任を負わない構成とするものです。もっとも、次の2点を明確にしておく必要があります。
第一に、「知る限り」の意味です。現に認識していた事項に限るのか、通常の注意を払えば認識し得た事項を含むのかによって、範囲が大きく異なります。契約において定義を置くことが望まれます。
第二に、「売主」の範囲です。売主が個人である場合には売主本人となりますが、対象会社の役員の認識を含むとする定めが置かれることがあります。この場合、売主本人が知らなかった事項についても責任が生じ得ます。
認識による限定は、すべての項目について認められるものではありません。売主自身に関する事項(契約を締結する権限があること、対象株式を単独で所有していること等)については、売主が当然に把握しているべき事項ですので、認識による限定は認められないのが通例です。
表2 認識による限定の可否に関する一般的な傾向
| 表明保証の項目 | 認識による限定 |
|---|---|
| 売主の権限、対象株式の所有 | 認められないのが通例です |
| 対象会社の設立及び存続、定款 | 認められないのが通例です |
| 計算書類の正確性 | 交渉の対象となります |
| 簿外債務の不存在 | 交渉の対象となります |
| 労務に関する事項 | 交渉の対象となります |
| 第三者の行為に関する事項 | 認められやすい項目です |
| 環境に関する事項 | 認められやすい項目です |
| 取引先の状況 | 認められやすい項目です |
3 開示別紙による除外
売主にとって最も実効的な手法です。表明保証の条項に「開示別紙に記載された事項を除き」という文言を置き、別紙に具体的な事実を記載することにより、当該事実を表明保証の対象から除外いたします。
開示別紙に記載すべき事項の例としては、次のものが挙げられます。
表3 開示別紙に記載を検討する事項
| 区分 | 記載を検討する内容 |
|---|---|
| 紛争 | 係属中の訴訟、労働審判、調停、行政上の手続 |
| 紛争の予兆 | 苦情、内容証明郵便の受領、交渉中の案件 |
| 債務 | 保証債務、リース債務、割賦の残債務、返還を要する可能性のある預り金 |
| 労務 | 割増賃金の計算方法、固定残業代の定め、管理監督者としての取扱い、労働時間の管理方法 |
| 租税 | 過去の税務調査における指摘、見解が分かれ得る処理 |
| 契約 | 支配権の異動を理由とする解除条項がある契約、更新の可否が不確実な契約 |
| 資産 | 担保権の設定、所有権の帰属に疑義がある資産、賃借している不動産の状況 |
| 許認可 | 更新の時期、承継に関する手続を要する許認可 |
| 株式 | 名義と実質が一致しない可能性がある株式、所在の分からない株主 |
| 環境 | 過去の用途、地下タンクの有無、廃棄物の保管状況 |
4 開示別紙の記載の程度
開示別紙の記載は具体的である必要があります。「労務に関する事項一般」といった包括的な記載では、除外の効果が認められない可能性があります。当該事実の内容、金額の見込み、現在の状況を記載いたします。
他方、記載が具体的であることにより、買主が当該事項を価格の減額の材料とする可能性もあります。もっとも、これは開示の時期の問題であり、開示せずに署名した場合には、後に補償の請求を受けることになります。デューデリジェンスの段階で開示している事項については、開示別紙にも記載しておくことが安全です。
5 デューデリジェンスで開示した事項の扱い
デューデリジェンスにおいて資料を提出し、質問に回答した事項について、それだけで表明保証の対象から除外されるとは限りません。案文によっては、「買主が本件調査により知り得た事実であっても、表明保証の違反の成否に影響しない」という趣旨の定めが置かれていることがあります。
この定めが置かれている場合には、デューデリジェンスで開示した事項であっても、開示別紙に明記しなければ除外されません。この点は特に確認を要します。
第3節 限定と併せて検討する事項
1 補償の上限額及び請求期間
表明保証の範囲を限定することと並んで重要であるのが、補償条項における上限額及び請求期間です。仮に表明保証の範囲を広く受け入れざるを得ない場合であっても、補償の上限額と請求期間が適切に定められていれば、売主が負う責任の総量は画されることになります。
表4 補償条項において併せて確認する事項
| 確認事項 | 内容 |
|---|---|
| 上限額 | 譲渡代金の一定割合を上限とする定めの有無 |
| 請求期間 | 決済の日から起算する期間の長さ |
| 特則 | 租税及び労務について長期の期間を定める場合の上限 |
| 最低請求額 | 一定額に満たない請求を認めない定めの有無 |
| 累積の下限 | 損害の累計が一定額を超えた場合にのみ請求できる定めの有無 |
| 損害の範囲 | 逸失利益及び間接損害の除外の有無 |
2 補償の請求期間と時効との関係
補償の請求期間を契約で定めた場合、その期間の経過後は契約上の請求ができなくなるのが通例です。他方、契約とは別に、不法行為に基づく請求がされる可能性は残ります。この点も含めて、責任の終期を明確にする定めを検討いたします。
3 表明保証保険
近年、表明保証の違反に備える保険が用いられる例があります。保険を利用する場合には、補償の対象、免責の範囲、保険料の負担者、既知の事項の扱いを確認いたします。開示別紙に記載した事項は、保険の対象からも除外されるのが通例です。
第4節 弁護士に相談する意味
表明保証の検討において弁護士が行う業務は、条項の文言を修正することにとどまりません。第一に、各項目について対象会社の事実関係を確認し、表明保証の内容と実際とが一致しているかを検証することです。第二に、一致しない事項について、限定の付し方と開示別紙への記載のいずれによって処理するかを判断することです。第三に、補償の上限額及び請求期間と併せて、売主が負う責任の総量を確定させることです。
事実関係の確認には、計算書類、契約書、就業規則、許認可に関する書類といった資料の精査を要します。この作業に必要な期間を、署名までの日程に組み込む必要があります。
具体的な修正の申入れの方法及び交渉の進め方は、当事者の関係、交渉の段階、案件の規模等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 表明保証に違反すると、必ず賠償しなければならないのですか。
補償条項の定めによります。多くの契約では、違反により買主に損害が生じたことを要件としており、上限額及び請求期間の制限が付されています。違反があれば直ちに一定額を支払うという構成が採られることは、通常はありません。
質問2 「売主の知る限り」という限定は、どの項目まで認められますか。
項目によって異なります。売主自身に関する事項及び対象株式に関する事項については、認められないのが通例です。他方、第三者の行為に関する事項、環境に関する事項については、認められやすい傾向にあります。
質問3 開示別紙に記載すると、価格を下げられませんか。
その可能性はあります。もっとも、開示せずに署名した場合には、後に補償の請求を受けることになります。価格の交渉の段階で処理するか、補償の問題として後に残すかという選択の問題であり、前者の方が予測可能性は高いといえます。
質問4 デューデリジェンスで説明した事項も、別紙に書く必要がありますか。
契約の定めによりますが、記載しておくことが安全です。「調査により知り得た事実であっても表明保証の違反の成否に影響しない」という趣旨の定めが置かれている場合には、開示別紙への記載が不可欠です。
質問5 どこまで調べて表明保証をすればよいのですか。
表明保証の項目に応じて、確認すべき資料の範囲が異なります。計算書類、契約書、就業規則、許認可に関する書類を確認し、疑義のある事項を開示別紙に記載するという作業を行います。この作業自体が、弁護士に依頼する業務の中核をなします。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、株式譲渡契約書の表明保証条項に関するご相談を、売主側及び買主側の双方からお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、株式譲渡契約書の案文、デューデリジェンスにおける質問と回答の記録、直近3期分の計算書類、就業規則、主要な契約書をご用意いただけますと、検討が早く進みます。
結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第416条(損害賠償の範囲)、第562条から第564条まで及び第566条(契約不適合責任。株式の譲渡への適用については見解が分かれます)、第709条(不法行為)、第724条(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
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