減額に応じる場合に補償条項との二重の負担を避ける方法

  • 2026年8月21日
  • 2026年8月20日
  • M&A

デューデリジェンスの結果、未払の割増賃金があると指摘され、その分の減額を求められました。やむを得ないと考えて減額に応じたところ、最終契約の案文には、労働関係の表明保証とその違反に対する補償の条項がそのまま残っております。これでは同じ事項について二度負担することにならないでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。

結論から申し上げます。減額の理由とされた事項について何らの手当てもせずに補償条項を残しますと、価格の引下げと補償の請求という二重の負担を負う可能性があります。これを避けるためには、当該事項を開示別紙に記載して表明保証の対象から除外する方法、補償の対象から明示的に除外する方法、価格の調整により処理済みである旨を明記する方法があります。本記事では、これらの方法と選択の考え方を整理いたします。

第1節 なぜ二重の負担が生じるのか

1 価格と補償は別個の仕組みです

譲渡価格は、対象会社の価値の評価に基づいて定められるものです。他方、補償は、表明保証の違反があった場合に生じた損害を填補する仕組みです。この2つは別個のものですので、一方において処理した事項が、他方において自動的に処理されるわけではありません。

したがって、未払の割増賃金を理由として価格を引き下げた場合であっても、「対象会社は労働関係法令を遵守している」という表明保証が契約に残されていれば、その違反として補償の請求を受ける余地が残ります。実際に従業員から請求がされ、対象会社が支払を行った場合には、買主がその額の補償を求めることが考えられます。

2 買主の立場

買主の側にも言い分があります。減額の額は、判明した事実から見込まれる負担の額を前提として算定したものであり、実際の負担がそれを上回る場合には、その差額を負担するのは売主であるという考え方です。この点についての認識が一致しないまま署名がされますと、後に紛争が生じます。

したがって、減額の交渉においては、金額の合意にとどまらず、当該事項について以後いかなる責任が残るのかを併せて合意し、契約書に反映させる必要があります。

第2節 二重の負担を避ける3つの方法

表1 減額に応じた事項の処理の方法

方法内容売主にとっての効果
開示別紙への記載当該事実を開示別紙に記載し、表明保証の対象から除外いたします表明保証の違反自体が成立しないことになります
補償の対象からの除外補償条項において当該事項を明示的に除外いたします表明保証の違反があっても補償の対象外となります
価格調整済みである旨の明記当該事項は価格の算定において考慮済みである旨を確認いたします解釈の指針となりますが、単独では不十分な場合があります

1 開示別紙への記載

最も確実な方法です。表明保証の条項に「開示別紙に記載された事項を除き」という限定を付した上で、減額の理由とされた事実を開示別紙に具体的に記載いたします。これにより、当該事実については表明保証の違反そのものが成立しないことになります。

記載にあたっては、具体性が重要です。「労働時間の管理について改善の余地がある」といった抽象的な記載では、後に判明した事実がその記載の範囲に含まれるかが争われます。対象となる従業員の範囲、期間、算定の前提、見込まれる金額の概算を、可能な限り特定して記載いたします。

2 補償の対象からの除外

補償条項において、除外事由を列挙する方法です。次のような定め方があります。

「売主は、次の各号に掲げる事項については、補償の責任を負わない。(1)開示別紙第○項に記載された事項 (2)本契約における譲渡価格の算定において減額の理由として考慮された事項であって、別紙○に記載されたもの」

減額の理由とされた事項を別紙として列挙し、契約書において参照する構成といたします。口頭の了解にとどめることは避けるべきです。

3 引当金として計上する方法

減額に応じる代わりに、当該事項について対象会社の計算書類において引当金又は未払金を計上し、これを前提として価格を算定する方法があります。この場合には、補償条項において「計算書類に引当金又は未払金として計上されている額を超える部分に限り補償の対象とする」旨を定めることにより、二重の負担を避けることができます。

もっとも、計算書類の作成については会計上の判断を要しますので、公認会計士又は税理士の関与が必要となります。当事務所は会計上の処理を行うものではありません。

第3節 減額の交渉の段階で確認する事項

1 減額の対象となる事項の特定

減額に応じるにあたり、まず何を理由とする減額であるかを特定いたします。複数の指摘事項がある場合に、総額としての減額のみが合意され、内訳が明確でないことがあります。この場合には、いずれの事項について処理済みであるかが不明確となり、後の紛争を招きます。

指摘された事項ごとに、減額の対象とするもの、対象としないもの、金額を区分して整理いたします。この整理は、後に開示別紙及び補償の除外事由を作成する際の基礎となります。

2 将来の負担の額との関係

減額の額が、当該事項から生じ得る負担の見込額と一致するとは限りません。見込額を下回る減額に応じた場合には、差額について責任が残ることを前提としているのか、それとも当該事項の全体について処理済みとするのかを、明確に合意する必要があります。

また、負担が現実化するかが不確実な事項については、減額によらず、負担が現実化した場合にのみ精算する定めを設ける方法があります。この方法によりますと、負担が生じなかった場合には売主の手取り額が減少しないことになります。もっとも、精算の手続、期間、上限を明確に定めておく必要があります。

3 支払を確保する仕組みとの関係

買主が、譲渡代金の一部を留保する構成又は第三者に預託する構成を求める場合があります。減額に応じた事項について留保の対象とすることは、実質的に二重の負担となり得ますので、留保の対象となる事項の範囲を確認する必要があります。

第4節 合意の内容を書面に反映させる

1 覚書ではなく契約書本体に反映させます

減額に関する合意を、株式譲渡契約書とは別の覚書にとどめる例が見受けられます。もっとも、契約書に「本契約は、本件に関する当事者間の合意のすべてを構成し、従前の合意に優先する」という趣旨の条項が置かれている場合には、覚書の効力が争われる余地があります。減額に伴う処理は、契約書の本体、開示別紙又は契約書が参照する別紙に反映させることが確実です。

2 電子メールの往復では足りません

減額の交渉は、電子メールにより行われることが多いものです。そこで到達した了解を契約書に反映させないまま署名いたしますと、契約書の記載が優先することになりかねません。署名の前に、交渉において合意した事項が契約書に反映されているかを、一つずつ照合する必要があります。

第5節 弁護士に相談する意味

減額に伴う処理において弁護士が行う業務は、金額の交渉にとどまりません。第一に、指摘された事項が法律上いかなる負担を生じさせるものかを検討し、減額の当否を検証することです。第二に、減額に応じる場合において、当該事項を開示別紙、補償の除外事由、価格の算定の前提のいずれによって処理するかを判断することです。第三に、合意した内容が契約書に正確に反映されているかを照合することです。

減額の交渉は、契約書の署名までの限られた期間に行われます。この段階で処理を誤りますと、譲渡の後に回復することは困難です。減額の申入れを受けた段階でご相談いただくことが望まれます。

具体的な交渉の進め方及び条項の組立ては、指摘の内容、当事者の関係、案件の規模等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。

よくあるご質問

質問1 減額に応じれば、その事項については以後責任を負わないのが当然ではないのですか。

当然にそうなるものではありません。価格と補償は別個の仕組みですので、契約において明示的に処理しない限り、表明保証及び補償の条項は当該事項にも適用され得ます。

質問2 開示別紙に書くと、さらに減額を求められませんか。

その可能性はあります。もっとも、既に減額の理由とされた事項を開示別紙に記載することは、新たな事実の開示ではありません。減額の交渉において特定された事項を、そのまま記載する構成といたします。

質問3 補償の除外を求めたところ、買主が応じません。どうすればよいですか。

買主の側では、実際の負担が減額の額を上回る可能性を懸念していることが考えられます。この場合には、減額を行わず、負担が現実化した場合にのみ精算する構成に変更する方法、又は補償の上限額を当該事項について定める方法を検討いたします。

質問4 減額の理由が、私が事前に説明していた事項でした。

その場合には、減額そのものの当否を検討する余地があります。仲介会社に提出した資料、質問と回答の記録、面談の記録により、買主が当該事実を認識した上で当初の金額を提示したことを示す資料を確認いたします。

質問5 既に署名してしまいました。今からできることはありますか。

署名後の変更には相手方の同意を要しますので、容易ではありません。もっとも、補償の請求を受けた段階において、減額の交渉の経緯を示す資料に基づき、当該事項が価格において処理済みであることを主張する余地はあります。交渉の記録を保存しておくことが重要です。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、デューデリジェンスを理由とする減額の要求及び補償条項に関するご相談を、売主側及び買主側の双方からお受けしております。

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ご相談の際に、株式譲渡契約書の案文、開示別紙の案、デューデリジェンスの報告書又は指摘事項の一覧、減額の申入れに関する書面、交渉の記録をご用意いただけますと、検討が早く進みます。弁護士費用につきましては、弁護士費用一覧のページをご覧ください。

結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。

本記事の根拠条文

民法 第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第416条(損害賠償の範囲)、第521条第2項(契約の内容の自由)

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