買主から法務デューデリジェンスを実施したいと申し入れられ、資料の一覧が届きました。当社は創業から長く、書類の整備が十分ではありません。何を指摘されるのかが分からず、不安を感じております。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。中小企業の法務デューデリジェンスにおいて指摘されやすい事項には、一定の傾向があります。株主及び株式に関する事項、機関の運営に関する事項、労働に関する事項、契約に関する事項、資産の帰属に関する事項、許認可に関する事項が中心です。これらの多くは、あらかじめ整理しておくことにより、指摘そのものを避けるか、指摘されても価格への影響を小さくすることができます。本記事では、指摘されやすい事項を分野ごとに整理いたします。
第1節 株主及び株式に関する事項
1 株主名簿と実際の株主との不一致
最も多く指摘される事項です。株主名簿が作成されていない、作成されているが更新されていない、相続が発生したまま名義が変更されていないといった状態が見受けられます。買主は、譲渡人が真の株主であることを確認できなければ、株式を取得することができません。
あわせて指摘されるのが、名義株式の存在です。設立の当時に発起人の数を満たすため、又は他の事情により、実際に出資をしていない者の名義が用いられている場合があります。名義人又はその相続人が権利を主張する余地が残りますので、譲渡の前に整理しておく必要があります。
2 株券の不発行
株券を発行する旨の定款の定めがあるにもかかわらず、現に株券が発行されていない会社があります。株券発行会社においては、株券の交付が譲渡の効力の要件とされております(会社法第128条第1項)。定款の変更、株券の発行、又は不所持若しくは喪失に関する手続のいずれによるかを検討する必要があります。
3 過去の増資又は株式の移動の手続
過去に行われた募集株式の発行、株式の譲渡について、必要な決議又は承認の手続を経ているかが確認されます。議事録が作成されていない場合、又は定款の定めと異なる機関により決定されている場合には、当該株式の帰属に疑義が生じ得ます。
第2節 機関の運営に関する事項
表1 機関の運営について指摘されやすい事項
| 事項 | 内容 |
|---|---|
| 議事録の不存在 | 株主総会又は取締役会の議事録が作成されていない、又は一部の期のみ存在する |
| 役員の任期の経過 | 任期が満了しているにもかかわらず、選任の手続及び登記が行われていない |
| 登記と実態の不一致 | 登記上の役員が実際には関与していない、又は退任した役員の登記が残っている |
| 利益相反取引の手続 | 役員と会社との間の取引について、必要な承認の手続を経ていない |
| 定款の未整備 | 法令の改正に対応した変更が行われていない |
1 議事録の不存在
株主総会及び取締役会の議事録は、法令上作成及び備置きが求められる書類です。中小企業においては、実際に会議を開催していない、又は開催しても議事録を作成していない例が見受けられます。過去の決議の有効性に疑義が生じ得ますので、指摘の対象となります。
2 役員と会社との間の取引
役員が会社に対して不動産を賃貸している場合、役員が会社から金銭を借り入れている場合、役員が会社の債務を保証している場合には、利益が相反する取引として、株主総会又は取締役会の承認を要することがあります(会社法第356条第1項、第365条第1項)。承認の手続を経ていない場合には、その効力及び役員の責任が問題となる余地があります。
3 役員貸付金及び役員借入金
会社と役員との間の金銭の貸借は、中小企業において広く見受けられるものです。譲渡の局面においては、これらを決済の前に整理することが求められるのが通例です。金額、返済の条件、利息の有無、承認の手続の有無が確認されます。
第3節 労働に関する事項
1 未払の割増賃金
法務デューデリジェンスにおいて、金額の面で最も大きな指摘となりやすい事項です。使用者は、時間外、休日及び深夜の労働について、割増賃金を支払わなければならないとされております(労働基準法第37条)。労働時間の管理が行われていない場合、固定残業代の定めに不備がある場合、管理監督者としての扱いが実態に即していない場合には、未払の額が生じている可能性が指摘されます。
とりわけ、いわゆる管理監督者に該当するとして割増賃金を支払っていない場合には、その該当性が問題となります。労働基準法上の管理監督者に当たるかは、役職の名称ではなく、職務の内容、権限、待遇等の実態により判断されるものとされております(労働基準法第41条第2号)。
2 就業規則及び労使協定
就業規則の作成及び届出、労働時間の延長に関する労使協定の締結及び届出が行われているかが確認されます。また、就業規則の内容が現在の労働条件と一致しているか、退職金に関する定めがあるか、変更の手続が適法に行われているかも確認の対象となります。
3 労働契約の実態
業務委託契約として処理されている者について、実態が労働者であると評価される可能性、有期の労働契約の更新の状況、労働条件の明示が行われているかといった点が確認されます。また、社会保険の加入の状況についても確認がされます。
第4節 契約及び資産に関する事項
1 契約書の不存在
主要な取引先との間に契約書が存在しない、又は古い契約書のまま運用が変わっているという状態が見受けられます。取引の条件が明確でないため、譲渡の後に紛争が生じる可能性が指摘されます。
2 支配権の変動に関する条項
継続的な取引の契約、賃貸借の契約、金銭の消費貸借の契約に、支配権の変動があった場合に相手方が解除することができる旨の条項が置かれていることがあります。株式の譲渡により支配権が移転いたしますので、この条項の有無を確認し、必要に応じて相手方の同意を得る手続を要します。主要な契約に当該条項がある場合には、決済の前提条件とされることがあります。
3 不動産及び資産の帰属
事業に用いている不動産が、会社ではなく経営者又はその親族の名義となっている例が多く見受けられます。この場合には、譲渡の後も継続して使用することができるかが問題となります。賃貸借の契約書の有無、賃料の水準、期間、更新の条件が確認されます。譲渡に際して当該不動産を会社が取得する方法、賃貸借を継続する方法のいずれによるかを検討いたします。
あわせて、知的財産に関する権利の帰属も確認されます。商標が経営者個人の名義で登録されている場合、外部に開発を委託したソフトウェアの権利が会社に移転していない場合には、指摘の対象となります。
4 許認可に関する事項
事業に必要な許認可を有しているか、その要件を現に満たしているか、譲渡により影響を受けるかが確認されます。株式の譲渡による場合には法人格に変動がありませんので許認可は原則として維持されますが、常勤の役員又は有資格者の要件が定められている許認可においては、その者の異動により要件を欠くことがあります。
第5節 あらかじめ整理しておくことの意味
これらの事項の多くは、譲渡の検討を開始した段階で整理することが可能です。株主名簿の整備、議事録の作成、役員貸付金の精算、労働時間の管理の是正、契約書の整備、不動産の使用関係の明確化は、いずれも時間を要する作業ですが、実施することにより指摘そのものを避けることができます。
デューデリジェンスの段階で指摘を受けてから対応する場合には、限られた期間の中で処理せざるを得ず、価格の引下げ又は補償の対象として処理されることになります。事前に整理しておくことは、条件の維持に資するものです。
第6節 弁護士に相談する意味
法務デューデリジェンスへの対応において弁護士が行う業務は、資料を提出することにとどまりません。第一に、資料の提出に先立って自ら調査を行い、指摘されるべき事項を把握することです。第二に、把握した事項について、是正することができるもの、開示すべきもの、説明により対応するものを区分することです。第三に、指摘を受けた場合に、その法律上の評価及び金額の算定の当否を検証することです。
指摘の内容を法律上の観点から評価することなく金額のみを議論いたしますと、根拠の乏しい減額に応じることになりかねません。指摘された事実がいかなる負担を生じさせるものかを検討することが、交渉の前提となります。
具体的な調査の進め方及び対応の組立ては、会社の状況、業種、案件の規模等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 書類が整っていない会社は、譲渡することができないのですか。
そのようなことはありません。中小企業においては、書類の整備が十分でないことは珍しくありません。重要なのは、整備されていない事項を把握し、譲渡までに整理するか、開示して説明することです。
質問2 指摘されそうな事項を、先に伝えるべきですか。
事案によりますが、後に判明するよりも、あらかじめ整理して説明する方が交渉に資することが多いといえます。開示しなかった事実が後に判明した場合には、表明保証の違反として補償の対象となり得ます。
質問3 未払の割増賃金は、どのように算定されるのですか。
労働時間の記録、賃金の体系、就業規則及び労使協定の内容に基づいて算定されます。記録が存在しない場合には、算定の前提そのものが争点となります。算定の方法によって金額は大きく異なりますので、買主が示した算定の根拠を確認する必要があります。
質問4 法務デューデリジェンスにはどのくらいの期間がかかりますか。
会社の規模、事業の内容、資料の整備の状況によって異なります。資料の準備が整っていない場合には、その準備に要する期間が加わります。日程の設計にあたっては、この点を見込んでおく必要があります。
質問5 資料はどこまで提出しなければなりませんか。
提出の範囲は、契約上の義務の有無、秘密保持の定め、個人情報の取扱いに関する制約を踏まえて判断いたします。すべての資料を無条件に提出しなければならないものではありません。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、法務デューデリジェンスへの対応及びその前の社内の整理に関するご相談を、売主側及び買主側の双方からお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、定款、登記事項証明書、株主名簿、直近3期分の計算書類、就業規則、主要な契約書、許認可に関する書類をご用意いただけますと、検討が早く進みます。なお、税務に関する事項は税理士、登記の申請は司法書士、不動産の鑑定評価は不動産鑑定士の業務でございます。弁護士費用につきましては、弁護士費用一覧のページをご覧ください。
結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
会社法 第128条第1項(株券発行会社における譲渡の方法)、第356条第1項及び第365条第1項(利益相反取引の承認)
労働基準法 第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)、第41条第2号(監督又は管理の地位にある者)
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