後継者がおらず、いずれは会社を譲渡することになると考えております。もっとも、まだ体力もあり、当面は自分で続けられると思っております。譲渡の検討は、いつ頃から始めればよいのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。譲渡の検討は、実際に譲渡を希望する時期の3年程度前から開始することが望まれます。理由は、社内の整理に要する期間、相手方の探索に要する期間、業績が良好である時期に交渉を行うことの必要性の3つにあります。他方、経営者の健康の状態が悪化した後、業績が悪化した後、主要な取引先又は従業員が離脱した後には、選択できる範囲が著しく狭まります。本記事では、時期の判断の目安を整理いたします。
第1節 検討を始めるべき時期
1 社内の整理に要する期間から考えます
譲渡の前に整理しておくべき事項には、期間を要するものがあります。株主名簿の整備、名義株式の解消、相続が発生した株式の帰属の確定、所在の分からない株主への対応、分散した株式の集約は、着手から完了までに数か月から数年を要します。経営者個人と会社との間の資産及び債務の整理、労働時間の管理の是正も、短期間では完了いたしません。
これらを行わないまま譲渡の手続に入りますと、買主の調査において指摘を受け、価格の引下げ、決済の前提条件、補償の対象として処理されることになります。整理に要する期間を逆算いたしますと、検討の開始は譲渡を希望する時期の相当前となります。
2 相手方の探索に要する期間から考えます
譲渡の相手方が既に定まっている場合を除き、相手方の探索には期間を要します。条件に適合する候補者が現れるまでの期間は、業種、規模、地域、財務の状況により大きく異なります。複数の候補者と協議し、条件を比較することができる状態を確保するためには、時間の余裕が必要です。
時間の余裕がない状態で交渉を行いますと、条件について譲歩を重ねざるを得なくなります。譲渡の期限が相手方に知られている場合には、なおさらです。
3 業績が良好である時期に行うことの意味
会社の価値の評価は、業績及び将来の見通しに基づいて行われます。業績が良好であり、主要な取引先との関係が維持され、従業員が定着している時期に交渉を行うことは、条件に影響いたします。
経営者が体力の限界を感じてから検討を開始した場合には、既に業績が下降局面に入っていることがあります。事業の縮小、設備の更新の停滞、従業員の高齢化が進んだ後では、評価は下がります。
第2節 間に合わなくなる時期
表1 選択できる範囲が狭まる事象
| 事象 | 生じる影響 |
|---|---|
| 経営者の判断能力の低下 | 譲渡に関する意思表示を行うことができなくなる可能性があります |
| 経営者の死亡 | 相続による株式の分散が生じ、遺産分割を経なければ手続を進められません |
| 業績の悪化 | 評価が下がり、候補者が限られます |
| 主要な取引先の離脱 | 事業の価値が大きく損なわれます |
| 主要な従業員の退職 | 事業の継続に支障が生じ、承継の対象としての魅力が減退いたします |
| 資金繰りの逼迫 | 時間の余裕がなくなり、条件の交渉が困難となります |
1 経営者の判断能力の低下
最も重大な事象です。株式を譲渡する行為は法律行為ですので、意思表示をした時に意思能力を有していなければ、その効力は認められません(民法第3条の2)。判断能力が低下した後には、譲渡の手続を進めることが困難となります。
後見開始の審判がされた場合には、成年後見人が財産の管理を行うことになります(民法第7条、第859条)。もっとも、成年後見人は本人の財産を保護する立場にありますので、会社の譲渡という重大な処分については、家庭裁判所の関与を含めた慎重な手続を要することになります。事業の承継のために機動的に対応することは、容易ではありません。
2 経営者の死亡
経営者が死亡いたしますと、その保有する株式は相続の対象となります。遺産分割が行われるまでは、相続人の間で準共有の状態にあり、権利を行使する者を定めて会社に通知しなければ、原則として権利を行使することができません(会社法第106条)。
相続人の間で意見が一致しない場合には、遺産分割に長い期間を要します。その間、会社の意思決定に支障が生じ、譲渡の手続を進めることも困難となります。この事態を避けるためには、生前に譲渡を完了させるか、遺言その他の方法により株式の帰属を定めておく必要があります。
3 業績の悪化及び資金繰りの逼迫
業績が悪化した後には、候補者が限られ、条件も厳しくなります。資金繰りが逼迫した段階では、譲渡までの時間の余裕がなくなり、交渉の立場が弱くなります。譲渡そのものが困難となる場合には、他の方法を検討せざるを得なくなります。
4 主要な取引先及び従業員の離脱
中小企業の価値は、取引関係及び従業員の技能によって支えられていることが多いものです。主要な取引先が離脱し、又は主要な従業員が退職した後には、事業の価値が大きく損なわれます。経営者の高齢化が進み、将来の見通しが立たない状態が続きますと、これらの離脱が生じやすくなります。
第3節 時期ごとに行うこと
表2 譲渡までの期間ごとに行うこと
| 時期 | 行うこと |
|---|---|
| 3年程度前 | 株主の確定、名義株式の解消、分散した株式の集約の検討、資産の名義の整理の着手 |
| 2年程度前 | 役員貸付金及び役員借入金の精算、労働時間の管理の是正、就業規則の整備、契約書の整備 |
| 1年程度前 | 個人保証の状況の確認、許認可の要件の確認、相手方の探索の開始、条件の整理 |
| 6か月程度前 | 秘密保持契約、意向の表明、基本合意、デューデリジェンスへの対応 |
| 直前 | 最終契約、決済の前提条件の充足、決済 |
この期間はあくまで目安であり、会社の状況により異なります。株主の構成が単純であり、書類が整備されている会社では、より短い期間で進めることができます。他方、株式が多数に分散している会社、資産の名義が整理されていない会社では、より長い期間を要します。
第4節 検討を開始することの意味
検討を開始することは、譲渡を決定することとは異なります。まず行うべきことは、会社の現在の状態を把握し、譲渡が可能な状態にあるか、何を整理する必要があるかを確認することです。この段階で、譲渡を選択するか、他の方法を選択するかを決める必要はありません。
また、社内の整理は、譲渡を行わない場合であっても、会社の運営の適正化に資するものです。株主の確定、資産の名義の整理、労働に関する是正は、いずれも会社の安定に寄与いたします。譲渡の可否が確定していない段階であっても、着手する意義があります。
なお、譲渡の検討を行っていることを社内に知らせる必要はありません。秘密保持の観点から、検討の段階では限られた者のみが関与するのが通例です。
第5節 弁護士に相談する意味
時期の検討において弁護士が行う業務は、次の点にあります。第一に、会社の現在の状態を調査し、譲渡が可能な状態にあるかを確認することです。第二に、整理を要する事項とその所要期間を見積もり、譲渡までの日程を設計することです。第三に、経営者の判断能力の低下又は死亡といった事態に備えた手当てを検討することです。
第三の点は、しばしば見過ごされます。譲渡の完了までの間に経営者に事故があった場合に、会社の意思決定及び株式の帰属がどうなるかを確認し、必要な手当てを講じておくことが望まれます。
具体的な日程の設計及び手当ての方法は、会社の状況、株主の構成、経営者の年齢等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 まだ元気ですので、あと数年は続けるつもりです。それでも今から検討すべきですか。
検討を開始する意義があります。社内の整理には期間を要しますので、実際に譲渡を希望する時期から逆算いたしますと、開始の時期は相当前となります。検討を開始することは、譲渡を決定することとは異なります。
質問2 業績が良い今は、まだ手放したくありません。
お気持ちは理解いたします。もっとも、会社の価値の評価は業績及び将来の見通しに基づいて行われますので、良好な時期に交渉を行うことは条件に影響いたします。譲渡の時期を確定させないまま、整理と探索を先行させる方法もあります。
質問3 検討していることが従業員に知られませんか。
検討の段階では、限られた者のみが関与するのが通例です。秘密保持契約の締結、資料の管理の方法、社内での説明の時期をあらかじめ定めておくことにより、管理することができます。
質問4 健康に不安が生じてからでは遅いのですか。
判断能力が低下した後には、譲渡に関する意思表示を行うことが困難となります。また、時間の余裕がない状態での交渉は、条件に影響いたします。不安を感じた段階で、速やかに検討を開始することが望まれます。
質問5 相続で株式が分散することを防ぐ方法はありますか。
生前に譲渡を完了させる方法のほか、遺言により株式の帰属を定める方法、種類株式を活用する方法があります。いずれによるかは、相続人の状況、会社の状態により判断いたします。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、後継者がいない会社の譲渡の検討に関するご相談をお受けしております。
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結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第3条の2(意思能力)、第7条(後見開始の審判)、第859条(成年後見人の財産管理)、第898条(相続財産の共有)
会社法 第106条(共有者による権利の行使)、第130条第1項(株主名簿の名義書換えの対抗要件)
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