譲渡の前に整理しておくべき社内の懸案の一覧

  • 2026年8月21日
  • 2026年8月20日
  • M&A

数年のうちに会社を譲渡したいと考えております。仲介会社に相談する前に、社内で整理しておくべきことがあれば先に済ませておきたいのですが、何から手を付ければよいのか分かりません。このようなご相談をいただくことがあります。

結論から申し上げます。譲渡の前に整理しておくべき事項は、株式及び株主に関する事項、会社の機関の運営に関する事項、経営者個人と会社との間の資産及び債務に関する事項、労働に関する事項、契約及び許認可に関する事項に整理することができます。これらの多くは、着手から完了までに数か月から数年を要します。買主による調査の段階で指摘を受けてから対応するのでは間に合わず、価格の引下げ又は補償の対象として処理されることになります。本記事では、整理すべき事項を一覧として示し、所要期間の目安を併せて述べます。

第1節 なぜ事前の整理が必要なのか

1 指摘を受けてからでは間に合いません

買主による調査は、基本合意の後の限られた期間に行われます。この段階で懸案が判明した場合、譲渡までに是正することができるものは限られます。是正することができない事項は、価格の引下げ、補償の対象、決済の前提条件のいずれかとして処理されることになります。

他方、あらかじめ整理しておいた事項については、指摘そのものが生じません。整理には時間を要しますが、譲渡の条件に直接に影響いたしますので、投じる価値のある作業です。

2 整理そのものが困難となる場合があります

株主の所在が分からない場合、名義人が既に死亡している場合、相続人が多数に及んでいる場合には、整理に要する期間は長期に及びます。時間の経過とともに困難の度合いが増す性質の事項ですので、早期に着手することが望まれます。

第2節 整理すべき事項の一覧

表1 譲渡の前に整理すべき事項と所要期間の目安

分野整理すべき事項所要期間の目安
株式及び株主株主名簿の整備、名義株式の解消、相続が発生した株式の帰属の確定、所在の分からない株主への対応、分散した株式の集約数か月から数年
機関の運営議事録の整備、役員の任期及び登記の是正、定款の見直し数週間から数か月
経営者と会社役員貸付金及び役員借入金の精算、事業用資産の名義の整理、個人保証の確認、知的財産の帰属の確認数か月から1年程度
労働労働時間の管理の是正、就業規則及び労使協定の整備、固定残業代の定めの見直し、業務委託の実態の確認数か月から1年程度
契約及び許認可主要な契約書の整備、支配権の変動に関する条項の確認、許認可の要件の充足の確認数か月

第3節 株式及び株主に関する整理

1 株主名簿の整備

まず、現在の株主が誰であるかを確定させます。定款、登記事項証明書、株主名簿、法人税の申告書に添付される同族会社等の判定に関する明細書、過去の議事録、設立及び増資の当時の資料を照合いたします。記載が一致しない場合には、その原因を確認し、正しい状態を確定させます。

2 名義株式の解消

実際に出資をしていない者の名義が用いられている株式がある場合には、名義人又はその相続人から確認書を取得する方法、当該株式を買い取る方法により整理いたします。名義人が既に死亡している場合には、相続人の全員を確定させる必要がありますので、期間を要します。

3 相続が発生した株式

株主に相続が発生し、遺産分割が未了である株式は、相続人の間で準共有の状態にあります。この場合、権利を行使する者を定めて会社に通知しなければ、原則として権利を行使することができません(会社法第106条)。譲渡の前に、遺産分割その他の方法により帰属を確定させる必要があります。

4 分散した株式の集約

買主は、対象会社の株式の全部又は圧倒的多数を取得することを求めるのが通例です。株式が親族その他に分散している場合には、集約の作業が必要となります。相対の交渉による買取り、会社による自己株式の取得、株式の併合、特別支配株主の株式等売渡請求といった方法があり、いずれによるかは株主の状況及び保有の割合により判断いたします。

第4節 会社の機関の運営に関する整理

1 議事録の整備

株主総会及び取締役会の議事録は、法令上作成及び備置きが求められる書類です。作成されていない期がある場合には、当時の事実関係を確認した上で、可能な範囲で整えます。事実に反する内容の書面を作成することは、当然に避けなければなりません。

2 役員の任期及び登記

役員の任期が満了しているにもかかわらず、選任の手続及び登記が行われていない例が見受けられます。登記上の役員が実際には関与していない場合、既に退任した者の登記が残っている場合も同様です。譲渡の前に、実態に即した状態に是正いたします。なお、登記の申請は司法書士の業務でございます。

3 定款の見直し

法令の改正に対応した変更が行われているか、現在の機関の構成と一致しているか、株式の譲渡制限に関する定めが登記と一致しているかを確認いたします。譲渡の手続に影響いたしますので、早期の確認が望まれます。

第5節 経営者個人と会社との間の整理

1 役員貸付金及び役員借入金

会社と役員との間の金銭の貸借は、決済の前に精算することを求められるのが通例です。金額が大きい場合には、精算の方法及び資金の手当てに期間を要しますので、早期に着手する必要があります。役員と会社との間の取引については、利益が相反する取引として、株主総会又は取締役会の承認を要する場合があります(会社法第356条第1項、第365条第1項)。

2 事業用資産の名義

事業に用いている不動産、車両、機械が経営者又はその親族の名義となっている場合には、譲渡の後の使用関係を確定させる必要があります。会社が取得する方法、賃貸借の契約を締結する方法のいずれによるかを検討いたします。賃貸借による場合には、賃料の水準、期間、更新の条件を書面により明確にいたします。

3 個人保証

会社の借入れについて経営者が保証をしている場合、株式の譲渡によって保証が当然に消滅するものではありません。金融機関との協議には期間を要しますので、譲渡の検討を開始した段階で、保証の一覧を作成し、解除の見通しを確認しておくことが望まれます。

4 知的財産及び保険

商標その他の権利が経営者個人の名義で登録されている場合には、会社に移転させることを検討いたします。また、会社が契約者となっている生命保険について、契約者、被保険者、受取人の関係を確認し、譲渡に際しての取扱いを定めます。

第6節 労働に関する整理

1 労働時間の管理

出退勤の記録を適切に保存し、時間外、休日及び深夜の労働について割増賃金を支払う体制を整えます(労働基準法第37条)。是正には期間を要しますが、未払の額の累積を止める意味があります。

2 就業規則及び労使協定

就業規則の作成及び届出、労働時間の延長に関する労使協定の締結及び届出が行われているかを確認いたします。就業規則の内容が現在の労働条件と一致しているか、退職金に関する定めがあるかも確認いたします。

3 固定残業代及び役職者の扱い

固定残業代の定めがある場合には、通常の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とが判別することができる形で定められているかを確認いたします。役職者について割増賃金を支払っていない場合には、労働基準法上の監督又は管理の地位にある者に当たるかを、職務の内容、権限、待遇等の実態に即して確認いたします(労働基準法第41条第2号)。

第7節 契約及び許認可に関する整理

1 契約書の整備

主要な取引先との契約書が存在するか、内容が現在の運用と一致しているかを確認いたします。契約書が存在しない取引については、譲渡の前に締結することを検討いたします。

2 支配権の変動に関する条項

継続的な取引の契約、賃貸借の契約、金銭の消費貸借の契約に、支配権の変動があった場合に相手方が解除することができる旨の条項が置かれているかを確認いたします。該当する契約がある場合には、譲渡の手続の中で相手方の同意を得る必要が生じますので、あらかじめ一覧を作成しておきます。

3 許認可

事業に必要な許認可の要件を現に満たしているか、常勤の役員又は有資格者の配置に関する要件があるか、更新の時期が近づいていないかを確認いたします。要件を欠いている場合には、是正に期間を要することがあります。

第8節 着手の順序

すべてを同時に進めることは困難ですので、期間を要するものから着手いたします。第一に、株式及び株主に関する整理です。所在の分からない株主、相続が発生した株式、名義株式については、着手から完了までに最も長い期間を要します。第二に、経営者個人と会社との間の資産及び債務の整理です。第三に、労働に関する整理です。第四に、機関の運営及び契約に関する整理です。

なお、これらの整理は、譲渡を行わない場合であっても、会社の運営の適正化に資するものです。譲渡の可否が確定していない段階であっても、着手する意義があります。

第9節 弁護士に相談する意味

譲渡の前の整理において弁護士が行う業務は、一覧を示すことにとどまりません。第一に、会社の現在の状態を調査し、整理を要する事項を具体的に特定することです。第二に、各事項について、いかなる手続によって整理するかを設計し、所要期間を見積もることです。第三に、期間の制約の中で、整理するもの、開示して説明するもの、契約により処理するものを区分することです。

買主による調査を受ける前に、売主の側で同様の調査を行っておく方法があります。これにより、指摘されるべき事項を事前に把握し、対応を準備することができます。

具体的な整理の進め方及び優先順位の付け方は、会社の状況、業種、株主の構成等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。

よくあるご質問

質問1 譲渡の時期が決まっていませんが、今から整理を始めるべきですか。

始める意義があります。とりわけ株式及び株主に関する整理は、時間の経過とともに困難となる性質のものです。譲渡を行わない場合であっても、会社の運営の適正化に資するものです。

質問2 整理が終わっていない状態で、仲介会社に相談してもよいですか。

差し支えありません。もっとも、整理を要する事項を把握しないまま条件の協議に進みますと、後に条件の見直しを求められることになります。相談と並行して整理を進めることが望まれます。

質問3 すべてを整理しなければ譲渡できないのですか。

そのようなことはありません。整理することができない事項については、開示して説明する方法、契約において処理する方法があります。重要なのは、把握しないまま進めないことです。

質問4 整理には費用がかかりますか。

事項によって異なります。株式の集約においては買取りの資金を要し、労働に関する是正においては人件費の増加を伴うことがあります。もっとも、これらを行わない場合には、譲渡の条件に反映されることになります。

質問5 どの事項から着手すべきですか。

期間を要するものから着手いたします。所在の分からない株主、相続が発生した株式、名義株式に関する整理が最も期間を要しますので、これらを優先いたします。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、M&Aの前の社内の整理に関するご相談をお受けしております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで
  • 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
  • ご相談は事前予約制です

ご相談の際に、定款、登記事項証明書、株主名簿、直近3期分の計算書類、就業規則、主要な契約書、許認可に関する書類、借入れ及び保証に関する書類をご用意いただけますと、検討が早く進みます。なお、税務に関する事項は税理士、登記の申請は司法書士、不動産の鑑定評価は不動産鑑定士の業務でございます。弁護士費用につきましては、弁護士費用一覧のページをご覧ください。

結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。

本記事の根拠条文

会社法 第106条(共有者による権利の行使)、第130条第1項(株主名簿の名義書換えの対抗要件)、第155条及び第156条(自己株式の取得)、第180条(株式の併合)、第356条第1項及び第365条第1項(利益相反取引の承認)、第179条(特別支配株主の株式等売渡請求)
労働基準法 第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)、第41条第2号(監督又は管理の地位にある者)、第89条(就業規則の作成及び届出)

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