事業の一部を他社に譲り渡すにあたり、その事業に関する取引先との契約も移す必要があります。取引先の数が多く、一件ずつ同意を得るとなると相当の手間がかかりそうです。同意がなければ移せないのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。事業譲渡による場合、契約上の地位を移転するには契約の相手方の承諾を要します。承諾が得られない契約は移転いたしません。他方、会社分割による場合には、分割の契約又は計画に定めた権利義務が包括して承継されますので、個別の承諾を要しません。もっとも、いずれの方法による場合であっても、契約に支配権の変動又は組織の再編があった場合に相手方が解除することができる旨の条項が置かれているときは、その適用の有無を確認する必要があります。本記事では、契約の種類ごとの取扱いと実務上の進め方を整理いたします。
第1節 契約上の地位の移転に関する原則
1 相手方の承諾
契約の当事者の一方が第三者との間で契約上の地位を譲渡する旨の合意をした場合において、その契約の相手方がその譲渡を承諾したときは、契約上の地位は当該第三者に移転するとされております(民法第539条の2)。事業譲渡による場合には、この規定に従い、相手方の承諾を得る必要があります。
2 債権と債務とを分けて考える
契約上の地位の移転は、債権の移転と債務の移転とを含みます。それぞれについて、法律上の取扱いは異なります。
債権の譲渡については、譲渡人が債務者に通知をし、又は債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗することができないとされております(民法第467条第1項)。債務者以外の第三者に対抗するためには、確定日付のある証書による通知又は承諾を要します(同条第2項)。
債務の移転については、債務者が債務を免れる形の引受け、すなわち免責的債務引受を行うには、債権者の承諾又は債権者との契約を要します(民法第472条)。他方、従前の債務者も債務を負い続ける形の引受け、すなわち併存的債務引受については、債権者の承諾を要しない場合があります(民法第470条)。
継続的な取引の契約においては、債権と債務とが双方に生じますので、契約上の地位の移転として整理し、相手方の承諾を得ることが確実です。
第2節 契約の種類ごとの取扱い
表1 契約の種類ごとの留意点
| 契約の種類 | 移転にあたっての留意点 |
|---|---|
| 継続的な売買及び請負の契約 | 相手方の承諾。取引の条件の見直しを求められることがあります |
| 不動産の賃貸借の契約 | 賃貸人の承諾を要します。保証金及び敷金の取扱いを定めます |
| リースの契約 | リース会社の承諾。残債務の取扱いを確認いたします |
| 金銭の消費貸借の契約 | 金融機関の承諾。保証及び担保の取扱いを確認いたします |
| 業務の委託の契約 | 相手方の承諾。再委託の可否に関する定めを確認いたします |
| 使用許諾の契約 | 許諾者の承諾。譲渡の禁止に関する定めを確認いたします |
| 保険の契約 | 保険会社への手続。被保険者の変更の可否を確認いたします |
1 不動産の賃貸借
賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、賃借権を譲り渡すことができないとされております(民法第612条第1項)。承諾を得ずに第三者に使用させたときは、賃貸人は契約を解除することができます(同条第2項)。
事業に用いている事務所、工場、店舗については、賃貸人の承諾が不可欠です。あわせて、差し入れている保証金又は敷金の取扱い、原状回復に関する義務の承継、連帯保証人の変更について、書面により確認いたします。
2 リースの契約
リース契約においては、契約上の地位の譲渡を禁止する条項が置かれているのが通例です。リース会社の承諾を得る必要があり、その際に、残債務の額、保証の要否、審査が問題となります。承諾が得られない場合には、譲渡人が契約を継続し、譲受人が使用の対価を支払う構成、又は中途解約して新たに契約を締結する構成を検討いたします。
3 使用許諾の契約
ソフトウェア、技術、商標に関する使用許諾の契約においては、譲渡を禁止する条項、又は許諾者の承諾を要する旨の条項が置かれていることが多くあります。事業の運営に不可欠なものについては、早期に確認する必要があります。
第3節 会社分割による場合
1 包括して承継されます
会社分割においては、分割の契約又は計画に定めた権利義務が包括して承継されます。したがって、契約上の地位の移転について、個別に相手方の承諾を得る必要がありません。移転する契約が多数に及ぶ場合には、この点が大きな利点となります。
2 組織の再編に関する条項
もっとも、契約に、支配権の変動又は組織の再編があった場合に相手方が解除することができる旨の条項が置かれているときは、その条項に基づく解除の可否を確認する必要があります。主要な契約については、条項の有無を事前に確認し、必要に応じて相手方と協議いたします。
3 債権者の異議に関する手続
会社分割においては、分割により債務の履行を請求することができなくなる債権者等に対し、異議を述べることができる旨を公告し、かつ知れている債権者には各別に催告する必要があります。この期間は1箇月を下ることができません(会社法第789条)。この手続を通じて、取引先が分割の事実を知ることになります。
第4節 実務上の進め方
1 契約の一覧を作成いたします
まず、切り出す事業に関係する契約を漏れなく列挙いたします。契約書が存在するもののほか、注文書及び注文請書によるもの、口頭の合意によるものを含めます。それぞれについて、相手方、内容、期間、金額、譲渡に関する条項の有無を整理いたします。
契約書が存在しない取引については、取引の条件が明確でないため、移転にあたって条件を書面化する機会となります。
2 優先順位を付けます
すべての契約について同時に承諾を得ることは困難です。事業の運営に不可欠なもの、金額の大きいもの、承諾が得られない可能性のあるものを優先いたします。
優先度の高い契約については、契約の締結の前に相手方の意向を確認しておくことも考えられます。承諾が得られない見通しである場合には、その契約を前提とする事業の価値を再検討する必要が生じます。
3 説明の内容と時期
相手方に対しては、譲渡の事実、譲受人の概要、取引の条件の取扱い、担当者の変更の有無を説明いたします。取引先にとっての関心は、取引が従前と同様に継続するかという点にありますので、この点を明確に示すことが重要です。
説明の時期は、契約の締結の目途が立った後とするのが通例です。それ以前に伝えますと、交渉が成立しなかった場合に取引に影響が生じます。
4 書面による承諾の取得
承諾は、書面により取得いたします。口頭の了解にとどめますと、後に争いが生じます。承諾書には、対象となる契約、移転の時期、承諾する旨を明記いたします。
5 承諾が得られない場合
承諾が得られない契約については、次の方法を検討いたします。第一に、譲渡人が契約を継続し、譲受人がその履行を担当する構成です。もっとも、再委託の可否に関する定めを確認する必要があります。第二に、契約を終了させ、譲受人が新たに契約を締結する構成です。第三に、当該契約に係る取引を承継の対象から除外する構成です。
第5節 契約における手当て
事業譲渡契約においては、次の定めを設けることが望まれます。第一に、承継の対象となる契約を別紙により特定することです。第二に、承諾を得る責任をいずれが負うか、いずれの範囲まで努力するかを定めることです。第三に、決済までに主要な契約について承諾が得られることを前提条件とすることです。第四に、承諾が得られない契約が生じた場合の処理を定めることです。
第四の点は、しばしば見過ごされます。主要な契約について承諾が得られない場合に、対価を調整するのか、取引を中止するのかを、あらかじめ定めておく必要があります。
第6節 弁護士に相談する意味
契約の移転において弁護士が行う業務は、次の点にあります。第一に、切り出す事業に関係する契約を特定し、譲渡に関する条項の有無を確認することです。第二に、事業譲渡と会社分割のいずれによるかを、契約の数及び承諾の見通しを踏まえて検討することです。第三に、承諾書の様式を作成し、取得の手順を設計することです。第四に、承諾が得られない場合の処理を契約に定めることです。
契約の確認は、地道な作業ですが、切出しの成否を左右いたします。事業の運営に不可欠な契約について承諾が得られない場合には、取引そのものの前提が失われることになります。早期の確認が望まれます。
具体的な進め方は、契約の数、相手方の性質、事業の内容等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 取引先の同意がなければ契約は移せませんか。
事業譲渡による場合には、契約上の地位の移転に相手方の承諾を要します。会社分割による場合には、個別の承諾を要しません。もっとも、組織の再編があった場合の解除に関する条項の有無を確認する必要があります。
質問2 同意を求めたところ、条件の見直しを求められました。
あり得ることです。移転を機に条件の再交渉を求められる場合には、事業の価値に影響いたしますので、対価の調整を含めて検討する必要があります。
質問3 契約書がない取引はどうすればよいですか。
取引の条件を確認した上で、譲受人との間で新たに契約を締結する方法によります。移転を機に条件を書面化することは、双方にとって有益です。
質問4 賃貸人が承諾してくれません。
承諾を得ずに賃借権を譲り渡すことはできません。譲渡人が賃貸借を継続し、譲受人が使用する構成を検討することになりますが、転貸に当たる場合には賃貸人の承諾を要します。物件の移転を含めた検討が必要となることもあります。
質問5 いつ取引先に伝えるべきですか。
契約の締結の目途が立った後とするのが通例です。それ以前に伝えますと、交渉が成立しなかった場合に取引に影響が生じます。もっとも、主要な契約については、事前に意向を確認しておくことが考えられます。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、事業の切出しに伴う契約の移転に関するご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、主要な契約書、賃貸借契約書、リース契約書、金銭消費貸借契約書、使用許諾に関する契約書、取引先の一覧、事業譲渡契約書又は分割の契約若しくは計画の案文をご用意いただけますと、検討が早く進みます。なお、税務に関する事項は税理士、登記の申請は司法書士の業務でございます。弁護士費用につきましては、弁護士費用一覧のページをご覧ください。
結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
民法 第466条(債権の譲渡性)、第467条(債権の譲渡の対抗要件)、第470条(併存的債務引受)、第472条(免責的債務引受)、第539条の2(契約上の地位の移転)、第612条(賃借権の譲渡及び転貸の制限)
会社法 第22条第1項(商号を続用する譲受人の責任)、第467条第1項(事業の譲渡等に係る株主総会の承認)、第789条(債権者の異議)
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