デューデリジェンスを弁護士に依頼するとき 売主と買主が弁護士に任せられる範囲と費用の考え方

  • 2026年8月24日
  • M&A

会社を譲り受けようとしておられる買主の方、及び会社を譲り渡そうとしておられる売主の方から、「デュー・ディリジェンスを弁護士に依頼したいが、どこからどこまでを任せるものなのか分からない」という御相談をいただきます。本記事は、M&Aの手続のうち、デュー・ディリジェンスという場面に限って、弁護士に任せられる範囲と、任せられない範囲を整理したものです。買主の立場と売主の立場の双方について申し上げます。

デュー・ディリジェンスは、買主が対象会社の状況を調査する手続です。法務、財務、税務、労務、環境といった分野に分かれており、このうち法務の部分を担当するのが弁護士です。もっとも、実際の御相談では、「調査そのもの」よりも、「調査の範囲をどこまでとするか」「どの程度の期間をかけるか」「発見された事項をどう扱うか」という点に判断の難しさがあります。

また、デュー・ディリジェンスは買主だけの作業ではありません。売主にとっても、開示する資料の範囲と方法を決めるという重要な作業です。開示のしかたを誤りますと、価格の減額や、譲渡後の補償の請求につながります。以下では、双方の立場から順に御説明します。

本記事が扱う場面と、扱わない場面

弁護士への依頼という同じ主題であっても、判断の分かれ目となる論点は場面ごとに大きく異なりますので、次のとおり整理しております。

法務デュー・ディリジェンスでは、実際に何を見ているのか

法務デュー・ディリジェンスという言葉は広く使われていますが、具体的に何を確認しているのかは、あまり説明されていません。中小企業の株式取得の案件で、実際に確認する事項を整理します。

第1 株式に関する事項

発行済株式の総数、株主の氏名及び持株数、株主名簿の記載と登記及び実態との一致、過去の増資及び株式の譲渡の適法性、譲渡制限の定めの有無と承認の手続の履践、株券発行会社であるかどうか、名義株式又は相続により承継されたまま名義書換がされていない株式の有無。この部分に問題があると、そもそも買主が完全な株式を取得できません。

第2 組織及び機関に関する事項

定款の内容、取締役会及び監査役の設置の有無、役員の任期と重任登記の履践、株主総会及び取締役会の議事録の有無と内容、種類株式の有無。議事録が作成されていない会社は珍しくありませんが、後の手続の適法性に影響します。

第3 契約に関する事項

主要な取引先との基本契約、賃貸借契約、金銭消費貸借契約、リース契約、フランチャイズ契約などについて、支配権の異動を理由に相手方が解除できる旨の条項が置かれていないかを確認します。株式の譲渡により経営者が交代することで、主要な契約が終了してしまうのであれば、買収の目的そのものが失われます。

第4 労務、許認可、紛争及び資産に関する事項

就業規則及び36協定の有無、未払いの割増賃金の有無、社会保険の加入状況、事業に必要な許認可の内容と承継の可否、係属中又は予想される紛争、不動産及び知的財産の権利関係と担保の設定状況を確認します。

買主が弁護士に任せられる範囲と、任せられない範囲

買主の側から見た場合、弁護士に任せることができる作業と、買主自身が判断しなければならない事項とは、明確に分かれます。

任せられること

資料の開示要求リストの作成、開示された資料の精査、売主に対する質問状の作成と回答の分析、経営者に対する面談における質問、発見された事項の整理と重要度の評価、契約書の条項による手当ての設計。これらは弁護士の業務です。

任せられないこと

発見された事項を受けて、なお買収を実行するかどうか、価格をいくらまで下げれば受け入れるか、という判断は、買主自身が行うほかありません。弁護士は、当該事項が生じさせる法的な帰結と、その金額的な幅を示すことはできますが、事業上の判断を代わりに行うことはできません。

調査の範囲は、買主が決めるものです

すべての事項を同じ深さで調査することは、時間の面でも費用の面でも現実的ではありません。したがって、実務では、対象会社の業種と規模に応じて、重点的に見る分野と、簡易な確認にとどめる分野とを分けます。この切り分けを、依頼の当初に弁護士と共有しておくことが、費用を適正に保つうえで最も重要です。

売主が弁護士に任せることができるのは何か

売主の側でも、弁護士に依頼する意味は小さくありません。売主にとってのデュー・ディリジェンスは、「調べられる」受け身の手続ではなく、「開示を統制する」能動的な作業です。

第1 開示する資料の範囲と方法を決めること

買主から示される資料開示要求リストは、定型的に作成されることが多く、対象会社の規模に照らして過大な内容となっている場合があります。どの資料を開示し、どの資料は要約の提出にとどめるか、どの資料は最終契約の締結後に開示するかを整理します。

第2 開示したという事実を記録に残すこと

表明保証及び補償は、契約上の制度です。会社法に定めがあるわけではなく、当事者が契約書に書いた範囲でのみ効力を持ちます。実務上、売主が開示した事項については表明保証の違反としないという定めが置かれるのが通常ですので、何をいつ開示したかの記録が、譲渡後の補償の請求に対する防御となります。

第3 問題が発見される前に、自ら整理しておくこと

買主に発見される前に売主が自ら是正しておけば、価格の減額の根拠とはなりにくくなります。株主名簿と登記の不一致、役員の重任登記の未了、議事録の不備、就業規則の未届出といった事項は、事前に整えておくことが可能なものが多く含まれます。

期間はどれくらいかかるのか

中小企業の株式取得の案件における法務デュー・ディリジェンスの期間は、資料の開示から報告までで、おおむね3週間から6週間程度を見込むのが一般的です。もっとも、この期間は、資料が揃っているかどうかによって大きく変わります。

具体的な日付で考えてみます

基本合意書において、最終契約の締結予定日が令和8年11月30日と定められた場合を考えます。最終契約書の交渉に3週間を要するとしますと、デュー・ディリジェンスの報告は令和8年11月9日までに終えている必要があります。報告書の作成に1週間を見込みますと、資料の精査と面談は令和8年11月2日までに終える必要があります。精査に3週間を要するとしますと、資料の開示は令和8年10月12日までに開始されていなければなりません。すなわち、開示要求リストは、遅くとも令和8年10月5日ごろまでには売主に届いている必要があります。

遅れの原因の多くは、資料の不存在です

期間が延びる原因として最も多いのは、資料が見つからないことです。株主名簿が作成されていない、過去の株式譲渡に関する承認の議事録がない、賃貸借契約書の原本が所在不明である、といった事情です。この場合、資料を作り直すか、関係者から事情を確認するほかなく、いずれも時間を要します。

会社法上の手続の期間を別に見込む必要があります

デュー・ディリジェンスが終わってから、株式譲渡承認請求を行うのでは間に合わない場合があります。譲渡制限株式について承認の請求を受けた会社は、株主総会又は取締役会の決議によって決定をし(会社法第139条第1項)、その内容を請求者に通知しなければなりません(同条第2項)。請求の日から2週間以内に通知がされないときは、承認をしたものとみなされます(会社法第145条第1号)。この2週間と、取締役会の招集に要する期間は、デュー・ディリジェンスの期間とは別に確保しておく必要があります。

費用はどのような考え方で決まるのか

デュー・ディリジェンスの費用は、調査の対象範囲と、確認する資料の分量によって決まります。したがって、費用を抑えるためには、金額の交渉をするよりも、範囲を明確にすることのほうが効果的です。

範囲を限定するという考え方

たとえば、対象とする契約を年間の取引金額が一定額以上のものに限る、確認する期間を過去3年分に限る、労務については未払いの割増賃金と社会保険の加入状況に絞る、といった限定です。限定した事項については、契約書における表明保証の対象とすることで補うという設計が考えられます。

報告の方式による違い

詳細な報告書を作成する方式と、発見された問題点のみを一覧にして報告する方式とでは、要する時間が異なります。金融機関への提出を予定していない案件であれば、後者で足りる場合もあります。

調査の結果は、契約書の作成に引き継がれます

デュー・ディリジェンスと最終契約書の作成とを別々の専門家に依頼しますと、発見された事項を契約書に反映する作業が二度手間となります。同一の弁護士に一連の作業として依頼するほうが、結果として費用の総額は抑えられることが多いと考えられます。

なぜ売主は資料の開示を渋るのか

買主の立場からは、資料の開示が進まないことが不可解に映ることがあります。売主の側の事情を3つに整理します。

第1 資料がそもそも存在しません

創業から長い年月を経た中小企業では、株主名簿、取締役会議事録、就業規則といった書類が作成されていない、あるいは所在が分からなくなっていることが珍しくありません。売主は、隠しているのではなく、出せないという状態にあります。

第2 従業員に知られることを恐れています

譲渡の交渉は、成立するまで従業員に知らせないのが通常です。資料の収集を社内に依頼すれば、その理由を問われます。売主が資料の提出に時間を要するのは、社内で気付かれないように少しずつ集めているからであることが多いのです。

第3 開示した事項が減額の材料になることを知っています

売主は、開示した事項が価格の減額の根拠とされることを経験的に知っています。そのため、判断に迷う事項については、開示をためらう傾向があります。もっとも、開示しなかった事項は表明保証の違反となり得ますので、この判断は売主にとって有利には働きません。

発見された事項は、契約書のどこに反映されるのか

デュー・ディリジェンスは、報告書を作成すること自体が目的ではありません。発見された事項を、契約書の条項として手当てすることが目的です。

第1 価格の調整

金額として算定できる事項、たとえば未払いの割増賃金の見込額や、追徴の可能性がある租税公課については、譲渡価格から控除するという処理が考えられます。

第2 クロージングの前提条件

譲渡の実行までに解消しておくべき事項、たとえば株主名簿の整備、承認の手続の履践、主要な契約の相手方からの承諾の取得については、これらが完了していることをクロージングの前提条件とする方法があります。前提条件が満たされない場合、買主は実行を拒むことができます。

第3 表明保証と補償

存在するかどうかが確認しきれなかった事項については、売主に表明保証をさせ、違反があった場合の補償を定めます。表明保証及び補償は、繰り返しになりますが契約上の制度であり、会社法に根拠があるものではありません。したがって、上限額、請求ができる期間、1件当たりの下限額といった条件は、すべて交渉によって決まります。

第4 特別補償

デュー・ディリジェンスで具体的に発見された事項については、表明保証とは別に、当該事項に限った補償の条項を置くことがあります。上限額や期間の制限を受けない形とすることも可能です。

いま確認していただきたいこと

本日のうちに、次の事項を御確認ください。

第1に、買主の立場の方は、デュー・ディリジェンスの対象範囲を書面で定めているかどうかを御確認ください。範囲の定めがないまま着手しますと、費用の見通しが立ちません。

第2に、売主の立場の方は、株主名簿、定款、登記事項証明書の3点を並べ、株主の氏名及び持株数、役員の氏名及び任期が一致しているかどうかを御確認ください。

第3に、主要な取引先との契約書を取り出し、支配権の異動を理由に相手方が解除できる旨の条項があるかどうかを御確認ください。

第4に、基本合意書に記載された日程から逆算し、資料の開示をいつまでに開始する必要があるかを書き出してください。

第5に、事業に必要な許認可について、株式の譲渡により承継されるのか、改めて取得が必要なのかを、根拠となる法令とともに御確認ください。

よくあるご質問

売主ですが、こちらにも弁護士が必要でしょうか

必要と考えております。買主の弁護士は買主のために働きますので、売主の利益を考える立場の者は他にいません。とりわけ、開示する資料の範囲の決定と、開示の記録の作成は、譲渡後に補償を請求されるかどうかを左右します。

デュー・ディリジェンスで何も問題が見つからないことはありますか

中小企業の案件では、まず考えにくいと申し上げております。株主名簿と登記の不一致、議事録の不備、就業規則の未整備といった事項は、程度の差はあれ、ほとんどの会社に存在します。重要なのは、問題があるかどうかではなく、それが取引の実行を妨げる程度のものかどうかです。

財務デュー・ディリジェンスとの関係はどうなりますか

法務と財務とは、対象とする資料が重なる部分があります。未払いの割増賃金、偶発債務、関係者との取引などです。両者を担当する専門家の間で、どちらがどこまでを見るかを事前に整理しておきませんと、重複による費用の増加、あるいは双方が見ていない領域の発生を招きます。

調査の途中で取引をやめることはできますか

基本合意書において、取引の実行そのものに法的拘束力を持たせていないのが通常ですので、原則として可能です。ただし、独占交渉義務や費用の負担に関する条項には法的拘束力が与えられていることが多く、これらの条項の内容を確認しておく必要があります。

おわりに

デュー・ディリジェンスは、買主にとっては買収の可否と価格を判断するための手続であり、売主にとっては開示を統制し譲渡後の負担を限定するための手続です。いずれの立場においても、範囲と期間をあらかじめ定めておくことが、費用を適正に保つ最も確実な方法です。

すでに資料開示要求リストが届いている、あるいはこれから調査に着手するという段階でも、対応は間に合います。まずはお電話をいただき、案件の規模と日程をお聞かせください。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

デュー・ディリジェンスに関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8時00分から21時00分まで(土曜・日曜・祝日を含みます)

出典

法令

会社法第133条第1項及び第2項(株主の請求による株主名簿記載事項の記載又は記録)、第136条(株主からの承認の請求)、第139条第1項及び第2項(譲渡等の承認の決定等)、第145条第1号(株式会社が承認をしたとみなされる場合)、第915条第1項(変更の登記)

国家行政組織法第14条第2項(訓令及び通達)

公表資料

国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第1回)」資料(令和8年4月20日)

国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第5回)」資料(令和8年8月20日)

なお、同会議において検討されている財産評価基本通達の見直しは、内容も実施の時期も確定したものではありません。また、税法上の評価と、会社法上の「公正な価格」又は「売買価格」とは、目的も算定方法も異なります。財産評価基本通達は行政庁の内部の取扱いであって、裁判所を拘束するものではありません。

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