買主から「株主を整理してから改めて協議しましょう」と言われた経営者の方からの御相談をいただきます。自社の株式が親族や元役員、その相続人に分散しており、株主名簿の記載と実態が一致していないという状態です。本記事は、M&Aの前に株式を集約するという場面について、弁護士に何を任せることができるのか、そしてそれぞれの手段にどれだけの期間がかかるのかを整理したものです。
株式の集約は、制度としての選択肢は限られています。難しいのは、どの制度を使うかを決めることよりも、残された期間の中で終わる手段はどれかを見極めることです。3か月で終わる手段もあれば、1年以上を要する手段もあります。買主が提示した日程に間に合わない手段を選んでしまえば、取引そのものが流れます。
以下では、株主の類型ごとに用いる手段と、それぞれに要する期間を、具体的な日付を挙げて御説明します。あわせて、弁護士に依頼する範囲と、依頼の時期についても申し上げます。
本記事が扱う場面と、扱わない場面
弁護士への依頼という同じ主題であっても、判断の分かれ目となる論点は場面ごとに大きく異なりますので、次のとおり整理しております。
- 株式の集約を弁護士に依頼するという場面(手順と期間)……本記事
- 相談の時期(どの段階で弁護士に相談すべきか)……M&Aを弁護士に依頼するのはどの段階か 基本合意書の署名前に相談しなければ失われるもの
- 株式譲渡契約書という場面……株式譲渡契約書の確認を弁護士に依頼するとき 署名の前に見ておくべき条項と依頼の時期
「株主を整理してから」と言われた時点で、残された時間は多くありません
買主が株主の整理を求めるのは、デュー・ディリジェンスの過程で株主構成の問題が発見された後であることが多く、その時点で最終契約の予定日まで数か月しか残されていないという状況が生じます。
買主が株主の整理を求める理由
買主は、対象会社の株式の全部を取得することを前提としています。一部の株主から株式を取得できない場合、譲渡後も少数株主が残ります。少数株主が残れば、株主総会の運営、計算書類の提供、株主からの各種の請求への対応が続きます。買主がこれを避けようとするのは自然なことです。
「整理」と一言でいっても、内容は株主ごとに異なります
連絡が取れる株主、連絡が取れない株主、相続が発生したまま名義書換がされていない株式、名義だけを借りた名義株式では、用いる手段も要する期間もまったく異なります。まずは分類が必要です。
期間を先に確認してから、手段を選びます
制度としてより確実な手段であっても、期間が足りなければ選ぶことができません。実務では、買主が示した日程を先に確認し、その中で完了できる手段の組合せを設計するという順序で進めます。
まず、株主名簿と登記と実態の3つを突き合わせます
作業の出発点は、現在の株主が誰であるかを確定させることです。この作業を省略して手続に着手しますと、後になって前提が崩れます。
第1 株主名簿の作成状況を確認します
そもそも株主名簿が作成されていない会社があります。株式を会社以外の者から取得した者は、会社に対し、株主名簿記載事項を株主名簿に記載し、又は記録することを請求することができ(会社法第133条第1項)、この請求は原則として株式を取得した者と株主名簿上の株主とが共同してしなければなりません(同条第2項)。過去の譲渡について名義書換がされていない場合、この共同請求が必要となります。
第2 過去の株式の異動を追跡します
設立時の発起人、増資の引受人、過去の譲渡の当事者を、登記事項証明書、法人税の確定申告書に添付される同族会社等の判定に関する明細書、株主総会議事録などから追跡します。この作業は弁護士が行うことができます。
第3 譲渡制限の定めと承認の履践を確認します
定款に株式の譲渡について会社の承認を要する旨の定めがある場合、過去の譲渡について承認の手続が履践されているかを確認します。承認を経ていない譲渡は、会社との関係では効力を主張できません。この点は、買主のデュー・ディリジェンスで必ず確認される事項です。
手段ごとに、必要な期間がまったく違います
株主の類型ごとに用いる手段と、標準的に要する期間を整理します。期間は、関係者の対応や裁判所の状況により変動しますので、あくまで目安として御覧ください。
| 株主の類型 | 用いる手段 | 期間の目安 |
| 連絡が取れ、売却に応じる株主 | 任意の買取り | 1か月から3か月 |
| 相続が発生した株式 | 相続人等に対する売渡しの請求 | 2か月から6か月 |
| 所在が分からない株主 | 所在不明株主の株式の売却 | 6か月から1年 |
| 売却に応じない株主 | 株式の併合 | 3か月から6か月 |
| 議決権の10分の9以上を確保済み | 特別支配株主の株式等売渡請求 | 2か月から4か月 |
相続人等に対する売渡しの請求には、1年という期限があります
定款に相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者に対して売渡しを請求することができる旨の定めがある場合、会社は当該株式を売り渡すことを請求することができます(会社法第174条)。請求をするには、その都度、株主総会の決議によって、請求をする株式の数などを定める必要があります(会社法第175条第1項)。この請求は、会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から1年を経過したときは、することができません(会社法第176条第1項)。すでに1年を経過している場合、この手段は使えません。
株式の併合には、反対株主の株式買取請求が伴います
株式の併合をするには、株主総会の特別決議が必要です(会社法第180条第2項、第309条第2項第4号)。併合により1株に満たない端数が生じる株主は、効力発生日の20日前から効力発生日の前日までの間に、会社に対し、自己の有する株式のうち1株に満たない端数となるものの全部を公正な価格で買い取ることを請求することができます(会社法第182条の4第1項、第4項)。1株に満たない端数の処理は、会社法第235条第1項の定めるところによります。
特別支配株主の株式等売渡請求は、10分の9を先に確保する必要があります
対象会社の総株主の議決権の10分の9以上を有する株主は、他の株主の全員に対し、その有する株式の全部を売り渡すことを請求することができます(会社法第179条第1項)。この請求をするには、対象会社の承認を受けなければならず、取締役会設置会社においては取締役会の決議によります(会社法第179条の3第1項、第3項)。対象会社は、取得日の20日前までに、売渡株主に対して承認をした旨などを通知しなければなりません(会社法第179条の4第1項)。売渡株主は、取得日の20日前の日から取得日の前日までの間に、裁判所に対し、売買価格の決定の申立てをすることができます(会社法第179条の8第1項)。
所在が分からない株主がいる場合に要する期間
期間の見通しが最も立てにくいのが、所在不明株主が存在する場合です。制度の骨格と、具体的な日付での進行を御説明します。
制度の要件
会社が株主に対してする通知又は催告が5年以上継続して到達せず、かつ、当該株主が継続して5年間剰余金の配当を受領しなかった場合には、会社はその株式を競売し、その代金を当該株主に交付することができます(会社法第197条第1項)。競売に代えて、市場価格のない株式については裁判所の許可を得て競売以外の方法により売却することができ(同条第2項)、会社自らが買い取ることもできます(同条第3項)。この手続を行うには、株式の株主その他の利害関係人が3か月を下らない一定の期間内に異議を述べることができる旨などを公告し、かつ、各別にこれを催告しなければなりません(会社法第198条第1項)。
具体的な日付で考えてみます
令和8年9月1日に会社法第198条第1項の公告及び催告を行い、異議申述期間を3か月とした場合を考えます。期間の満了は令和8年12月1日です。異議が述べられなければ、その後に裁判所に対して売却の許可の申立てを行うことになります。申立ての準備と裁判所における審理に2か月から3か月を見込みますと、売却の許可が得られるのは令和9年2月から3月ごろとなります。すなわち、公告の日から起算して、おおむね6か月程度を要する計算です。5年の要件を満たしているかどうかの確認と、公告の準備に要する期間を加えれば、着手からさらに前倒しで考える必要があります。
期間の短縮に関する特例があります
中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律に基づき、都道府県知事の認定を受けた中小企業者については、所在不明株主に関する会社法の特例として、前記の5年の期間が1年に短縮される取扱いが設けられています。認定には、代表者が年齢、健康状態その他の事情により継続的かつ安定的に経営を行うことが困難であることなどの要件があります。適用の可否は事案ごとの判断となりますので、要確認事項として整理しております。
名義株式と相続未了株式について、弁護士に任せられること
この2つの類型は、書面の整備だけでは解決しないことが多く、交渉と事実の確定が必要になります。
名義株式の整理
設立時に発起人の数を揃えるために親族や知人の名義を借りた株式については、名義人と実質的な出資者のいずれが株主であるかを確定させる必要があります。出資金の払込みの原資、配当の受領者、株主総会における議決権の行使の状況といった事実を積み上げ、名義人から権利を有しない旨の確認書を取得するのが実務的な処理です。名義人との交渉と、確認書の文案の作成は、弁護士に任せることができます。
相続が発生したまま名義書換がされていない株式
被相続人の名義のままとなっている株式については、相続人の全員を確定し、遺産分割の状況を確認する必要があります。遺産分割が未了である場合、株式は相続人の共有となりますので、権利を行使する者1人を定めて会社に通知しなければ、原則として権利を行使することができません(会社法第106条)。相続人の調査、遺産分割の協議、権利行使者の指定に関する通知の整備は、いずれも弁護士の業務です。
買主に対する説明資料の整備
集約が完了した後、買主に対して、現在の株主が誰であるかを説明する必要があります。株主名簿、名義書換の請求書、確認書、議事録といった資料を、経緯が追える形で整えます。この整備が不十分ですと、株式に関する表明保証の交渉で不利に働きます。
なぜ株主は売却に応じないのか
株主が売却を拒む場面では、相手方に相応の理由があります。3つに整理します。
第1 価格の根拠が示されていません
買取りの申入れの際に、額面額や取得時の価額を根拠として提示される例があります。株主の側からすれば、会社がM&Aによって譲渡されようとしている時期に、その価格で応じる理由がありません。株主が求めているのは、拒絶そのものではなく、価格の根拠であることが少なくありません。
第2 M&Aの事実が伝えられていません
秘密保持の観点から、株主に対してM&Aの検討中であることを伏せたまま買取りの申入れが行われることがあります。株主が後にその事実を知った場合、不信感が生じ、交渉が困難になります。開示の範囲と時期は、あらかじめ設計しておく必要があります。
第3 過去の経緯についての感情があります
元役員やその相続人が株主となっている場合、退任の経緯や、その後の会社との関係について、感情的な事情が残っていることがあります。この場合、当事者同士の交渉では進みません。弁護士が窓口となることで、話が制度上の論点に戻り、進展することがあります。
依頼の時期と、M&Aの日程表への組み込み方
株式の集約は、M&Aの日程表の中で、最も早い時期に着手すべき作業です。
買主を探し始める前に着手するのが理想です
株主構成が整っていることは、買主に提示できる材料となります。逆に、集約が未了のまま交渉に入りますと、価格の減額の材料とされ、あるいは、集約の完了をクロージングの前提条件とされます。前提条件とされた場合、期限までに完了しなければ、買主は取引の実行を拒むことができます。
基本合意書の日程を決める前に、所要期間を把握しておくこと
基本合意書には、最終契約の締結予定日やクロージングの予定日が記載されます。集約に要する期間を把握しないまま日程を合意しますと、後から履行できないことが判明します。所在不明株主が1名でも存在する場合には、6か月程度の期間を見込んでおく必要があります。
すでに交渉が進んでいる場合の対応
期間が足りない場合には、集約を完了させることを断念し、残った株主の存在を前提とした取引の設計に切り替えるという選択もあります。株式の全部の取得ではなく一定割合の取得にとどめる、あるいは事業の譲渡による方式に変更するといった方法です。事業の譲渡による場合には、株主総会の特別決議が必要となります(会社法第467条第1項第1号、第2号、第309条第2項第11号)。
いま確認していただきたいこと
本日のうちに、次の事項を御確認ください。
第1に、株主名簿を取り出し、記載されている株主ごとに、現在連絡が取れるかどうかを4つに分類してください。連絡が取れる、連絡先は分かるが応答がない、所在が分からない、死亡している、の4区分です。
第2に、定款を開き、株式の譲渡について会社の承認を要する旨の定めがあるか、相続その他の一般承継により株式を取得した者に対する売渡しの請求に関する定めがあるかを御確認ください。
第3に、直近の株主総会の招集通知が返送されてきた株主がいるかどうか、返送が何年前から続いているかを御確認ください。所在不明株主の要件の判断に直結します。
第4に、直近5期分の剰余金の配当の支払状況を確認し、受領されていない株主がいるかどうかを御確認ください。
第5に、買主から示されている最終契約の締結予定日を確認し、本日から何か月あるかを書き出してください。
よくあるご質問
株主全員から買い取らなければ、譲渡はできないのですか
そのようなことはありません。買主が株式の全部の取得を希望するのが通常であるというにとどまります。もっとも、株主総会の特別決議を要する事項がある場合には、議決権の3分の2以上を確保しておく必要があります。どの水準まで集約すれば足りるかは、譲渡の方式によって異なりますので、方式の選択とあわせて御検討ください。
株主が価格に納得しない場合、どうなりますか
任意の買取りであれば、合意ができなければ成立しません。他方、株式の併合や特別支配株主の株式等売渡請求といった手段による場合には、価格について協議が調わないときに、株主の側から裁判所に対して価格の決定を申し立てる道が用意されています。したがって、価格の主張が対立していることは、手続を進められない理由にはなりません。
司法書士や税理士ではなく、弁護士に依頼する理由は何ですか
登記の申請や税務の申告は、それぞれの専門家の業務です。これに対し、株主との交渉、名義株式の帰属をめぐる主張の整理、裁判所に対する申立て、価格に関する争いへの対応は、弁護士の業務です。株式の集約は、これらが組み合わさる作業ですので、各専門家の役割を整理したうえで進めることになります。
集約に要する費用は、どのように考えればよいですか
費用は、株主の人数ではなく、用いる手段の種類と、裁判所の手続を要するかどうかによって大きく変わります。任意の買取りのみで完了する場合と、所在不明株主の売却許可の申立てを要する場合とでは、要する作業量が異なります。まず株主の分類を行い、必要な手段を確定させたうえで、範囲を定めて御依頼いただくのが確実です。
おわりに
株式の集約は、着手の時期が結果を左右する作業です。制度としての選択肢は限られていますが、それぞれに法定の期間があり、後から短縮することはできません。所在不明株主が1名いるだけで、半年の期間が必要になります。
買主から株主の整理を求められている、あるいはこれから譲渡を検討されるという段階であれば、まだ手段を選ぶことができます。株主名簿と定款をお手元に御用意のうえ、お電話をいただければ、その日のうちに期間の見通しを申し上げます。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
分散した自社株式の集約に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8時00分から21時00分まで(土曜・日曜・祝日を含みます)
出典
法令
会社法第106条(共有者による権利の行使)、第133条第1項及び第2項(株主の請求による株主名簿記載事項の記載又は記録)、第174条(相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定め)、第175条第1項(売渡しの請求の決定)、第176条第1項(売渡しの請求)、第179条第1項(株式等売渡請求)、第179条の3第1項及び第3項(対象会社の承認)、第179条の4第1項(売渡株主等に対する通知等)、第179条の8第1項(売買価格の決定の申立て)、第180条第2項(株式の併合)、第182条の4第1項及び第4項(反対株主の株式買取請求)、第197条第1項、第2項及び第3項(所在不明株主の株式の競売及び売却)、第198条第1項(利害関係人の異議)、第235条第1項(1に満たない端数の処理)、第309条第2項第4号及び第11号(株主総会の特別決議)、第467条第1項第1号及び第2号(事業譲渡等の承認等)
中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(所在不明株主に関する会社法の特例)
国家行政組織法第14条第2項(訓令及び通達)
公表資料
中小企業庁「経営承継円滑化法 所在不明株主に関する会社法の特例」(令和3年10月改訂)
国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第1回)」資料(令和8年4月20日)
国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第5回)」資料(令和8年8月20日)
なお、同会議において検討されている財産評価基本通達の見直しは、内容も実施の時期も確定したものではありません。また、税法上の評価と、会社法上の「公正な価格」又は「売買価格」とは、目的も算定方法も異なります。財産評価基本通達は行政庁の内部の取扱いであって、裁判所を拘束するものではありません。
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