従業員が10名ほどの会社を譲り受けることになりました。規模が小さいため、大がかりな調査までは必要ないと仲介会社から説明されております。もっとも、何を確認しないまま進めているのかが分からず、不安が残ります。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。規模が小さい買収であっても、確認を欠くことにより後に問題となる事項は、一定の範囲に集中しております。株主の確定、経営者個人と会社との資産及び債務の混同、労働時間の管理、許認可の要件、事業の継続が特定の個人に依存していないかという5つの事項です。調査の範囲を限定する場合であっても、これらは確認しておくことが望まれます。本記事では、見落とされやすい事項を整理いたします。
第1節 株主が誰であるかの確認
1 株主名簿と実際の株主
最も基本的でありながら、確認が不十分なまま進められることの多い事項です。株式を取得する以上、譲渡人が真の株主であることが前提となります。株主名簿が作成されていない会社、作成されていても更新されていない会社は珍しくありません。
確認の方法としては、定款、登記事項証明書、株主名簿、法人税の申告書に添付される同族会社等の判定に関する明細書、過去の議事録を照合いたします。これらの記載が一致しない場合には、その原因を確認する必要があります。
2 名義株式の有無
設立の当時に発起人の数を満たすため、又は他の事情により、実際には出資をしていない者の名義が用いられていることがあります。この場合、名義人又はその相続人が後に権利を主張する余地が残ります。
確認の方法としては、設立の当時の資料、払込みに関する記録、配当の支払の状況、株主総会への出席の状況を確認いたします。名義株式が存在する場合には、譲渡の前に名義人から確認書を取得する方法、又は当該株式を取得する方法により整理いたします。
3 相続が発生している株式
株主に相続が発生し、名義が変更されないまま残っていることがあります。この場合、当該株式は相続人の間で準共有の状態にあり、権利を行使する者を定めて会社に通知しなければ、原則として権利を行使することができません(会社法第106条)。譲渡の前に、遺産分割その他の方法により帰属を確定させる必要があります。
第2節 経営者個人と会社との関係
表1 経営者個人と会社との間で確認する事項
| 事項 | 確認の内容 |
|---|---|
| 役員貸付金及び役員借入金 | 金額、返済の条件、承認の手続の有無 |
| 事業用の不動産 | 名義が会社か個人か。賃貸借の契約書の有無、賃料の水準 |
| 車両及び機械 | 名義、使用の実態、リース契約の有無 |
| 個人保証 | 会社の借入れについて経営者が保証しているか |
| 知的財産 | 商標その他の権利が会社の名義となっているか |
| 生命保険 | 契約者、被保険者、受取人が誰か |
1 資産の名義
中小企業においては、事業に用いている不動産、車両、機械が、会社ではなく経営者又はその親族の名義となっていることが多く見受けられます。株式を取得しても、これらの資産は会社のものとはなりません。
譲受けの後も継続して使用することができるかを確認いたします。賃貸借の契約書が存在しない場合、賃料が支払われていない場合、期間の定めがない場合には、譲受けの後に使用の継続を拒まれる可能性があります。譲渡に際して会社が取得する方法、賃貸借の契約を締結し直す方法のいずれかにより整理いたします。
2 個人保証
会社の借入れについて前の経営者が個人保証をしている場合、株式の譲渡によって保証が自動的に消滅するものではありません。保証契約は、金融機関と保証人との間の契約であり、株主の交代によって当然に影響を受けるものではないためです。
売主にとっては保証を外すことが譲渡の主要な目的の一つとなりますので、買主としても、金融機関との協議を早い段階から進める必要があります。新たな経営者が保証を引き受けるか、担保その他の方法によるかを、決済までに確定させることが望まれます。
第3節 労働に関する事項
1 労働時間の管理
規模が小さい会社ほど、労働時間の管理が十分に行われていないことがあります。使用者は、時間外、休日及び深夜の労働について割増賃金を支払わなければならないとされております(労働基準法第37条)。記録が存在しない場合であっても、支払義務が生じていないことにはなりません。
確認の方法としては、出退勤の記録、賃金台帳、就業規則、労働時間の延長に関する労使協定、固定残業代の定めの有無及びその内容を確認いたします。固定残業代の定めがある場合には、通常の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とが判別することができる形で定められているかを確認いたします。
2 役職者の扱い
役職者について、いわゆる管理監督者に該当するとして割増賃金を支払っていないことがあります。労働基準法上の監督又は管理の地位にある者に当たるかは、役職の名称ではなく、職務の内容、権限、待遇等の実態により判断されるものとされております(労働基準法第41条第2号)。実態を確認する必要があります。
3 業務委託として扱われている者
業務委託契約として処理されている者について、実態が労働者であると評価される場合があります。この場合には、割増賃金、社会保険、労働保険に関する問題が生じ得ます。契約の形式ではなく、指揮命令の有無、業務の遂行の方法、時間及び場所の拘束の程度、報酬の性質といった実態を確認いたします。
第4節 許認可及び事業の継続に関する事項
1 許認可の要件
事業に必要な許認可を有しているかにとどまらず、その要件を現に満たしているかを確認いたします。常勤の役員又は有資格者の配置が要件とされている許認可においては、譲受けに伴い当該者が退任することにより、要件を欠くことになる場合があります。
また、届出を要する事項について届出がされているか、更新の時期が近づいていないかも確認の対象となります。許認可の要件及び手続は、その種類により異なりますので、所管する行政庁への確認を要することがあります。
2 事業が特定の個人に依存していないか
規模が小さい会社においては、取引先との関係、技術、資格が、前の経営者又は特定の従業員に依存していることがあります。この者が離脱することにより、事業の価値が大きく損なわれる可能性があります。
確認の方法としては、主要な取引先ごとの取引の経緯及び担当者、資格を有する者の配置、業務の手順が書面化されているかを確認いたします。依存の程度が高い場合には、前の経営者に一定期間の関与を求める定め、主要な従業員の継続に関する定めを契約に設けることを検討いたします。
3 主要な契約の内容
主要な取引先との契約書が存在するか、支配権の変動があった場合に相手方が解除することができる旨の条項が置かれていないかを確認いたします。契約書が存在しない場合には、取引の条件が明確でないため、譲受けの後に条件の見直しを求められる可能性があります。
第5節 規模に応じた調査の設計
規模が小さい買収において、大規模な案件と同様の調査を行うことは、費用の面から現実的ではありません。もっとも、調査を行わないという選択と、範囲を限定して行うという選択とは異なります。
範囲を限定する場合には、本記事に掲げた事項を重点として設計いたします。あわせて、調査によって把握しなかった事項について、表明保証及び補償の範囲を広く定めることにより手当てをいたします。調査の範囲と契約による処理とは、相互に補完する関係にあります。
第6節 弁護士に相談する意味
規模が小さい買収において弁護士が行う業務は、次の点にあります。第一に、限られた費用の範囲で、確認すべき事項の重点を定めることです。第二に、確認の結果に基づき、譲受けの方法、価格、契約の内容を検討することです。第三に、調査によって把握しなかった事項について、契約による処理を設計することです。
規模が小さいことは、確認を要する事項が少ないことを意味するものではありません。むしろ、経営者個人と会社との区分が明確でないこと、書類の整備が十分でないことが多く、確認の必要は大きいといえます。
具体的な調査の範囲の設定及び契約の組立ては、対象会社の業種、規模、財務の状況等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 規模が小さければ、調査をしなくてもよいのではありませんか。
調査を省略することは可能ですが、承継されるリスクを把握しないまま譲り受けることになります。範囲を限定して行い、把握しなかった事項について表明保証及び補償で手当てをする方法が現実的です。
質問2 株主が誰であるかは、登記事項証明書で分かりますか。
分かりません。株主に関する事項は、登記事項ではありません。株主名簿、法人税の申告書に添付される明細書、過去の議事録を照合して確認いたします。
質問3 不動産が経営者の名義でした。どうすればよいですか。
譲受けの後も継続して使用することができるよう、賃貸借の契約を締結し直す方法、会社が取得する方法があります。いずれによるかは、賃料の水準、価格への影響、税務上の取扱いを踏まえて判断いたします。税務上の取扱いにつきましては税理士にご確認ください。
質問4 未払の割増賃金があった場合、いつまで請求され得ますか。
賃金の請求権の消滅時効の期間については、労働基準法に定めがあります。具体的な期間及び起算点は事案により異なりますので、記録に基づく確認を要します。
質問5 前の経営者に残ってもらうことはできますか。
契約により定めることができます。関与の期間、地位、報酬、業務の内容を明確にし、あわせて競業を禁止する定め及び従業員の勧誘を禁止する定めを設けることが通例です。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、規模の大小を問わず、買主側のM&Aに関するご相談をお受けしております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
- ご相談は事前予約制です
ご相談の際に、対象会社の概要書、直近3期分の計算書類、登記事項証明書、定款、株主名簿、就業規則、主要な契約書、許認可に関する書類をご用意いただけますと、検討が早く進みます。なお、税務に関する事項は税理士、登記の申請は司法書士の業務でございます。弁護士費用につきましては、弁護士費用一覧のページをご覧ください。
結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
会社法 第106条(共有者による権利の行使)、第130条第1項(株主名簿の名義書換えの対抗要件)、第356条第1項及び第365条第1項(利益相反取引の承認)
労働基準法 第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)、第41条第2号(監督又は管理の地位にある者)
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