役員貸付金と役員借入金を譲渡の前に整理する方法

  • 2026年8月21日
  • 2026年8月20日
  • M&A

当社の貸借対照表には、私に対する貸付金が計上されております。また、会社の資金が不足した際に私が立て替えた分が、借入金として計上されております。会社を譲渡するにあたり、これらはどうすればよいのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。

結論から申し上げます。役員貸付金及び役員借入金は、譲渡の前に精算することを買主から求められるのが通例です。役員貸付金は、譲渡の後も新しい株主のもとで会社の資産として残り、前の経営者に対する債権として存続いたします。役員借入金は、会社が前の経営者に対して負う債務として残ります。いずれも、当事者の関係が変わった後に残しておくことは適切ではありません。本記事では、精算の方法と手順を整理いたします。

第1節 役員貸付金及び役員借入金とは

1 役員貸付金

会社が役員に対して有する債権です。役員が個人の用途に会社の資金を用いた場合、役員報酬の支払に代えて資金を交付した場合、使途の明確でない支出が生じた場合に計上されます。中小企業においては、長期にわたり累積している例が見受けられます。

2 役員借入金

会社が役員に対して負う債務です。資金が不足した際に経営者が私財を投じた場合、経費を立て替えた場合、役員報酬を支払わずに未払として計上した場合に生じます。

3 利益が相反する取引としての側面

会社と役員との間の金銭の貸借は、利益が相反する取引に当たり得るものです。取締役が自己又は第三者のために会社と取引をしようとするときは、株主総会又は取締役会の承認を要するとされております(会社法第356条第1項第2号、第365条第1項)。承認の手続を経ていない場合には、その効力及び役員の責任が問題となる余地があります。

第2節 なぜ譲渡の前に精算するのか

表1 精算しないまま譲渡した場合に生じ得る事態

区分譲渡の後に残る状態生じ得る事態
役員貸付金新しい株主のもとで、会社が前の経営者に対して債権を有する状態会社から返済を求められます。回収の手続が採られる可能性があります
役員借入金会社が前の経営者に対して債務を負う状態返済を受けられるか不確実となります。請求のために手続を要することがあります

1 役員貸付金が残る場合

株式を譲渡いたしますと、会社は新しい株主のもとに移ります。前の経営者に対する貸付金は、会社の資産として残ります。新しい経営陣は、この債権を回収する立場に立ちますので、前の経営者に対して返済を求めることになります。

譲渡の交渉においては、この貸付金の存在が価格の算定に影響いたします。買主は、回収が不確実な債権を資産として評価することはいたしませんので、実質的には価格から控除されることになります。にもかかわらず、譲渡の後に返済を求められるのであれば、売主は二重に負担することになりかねません。この点を明確に整理する必要があります。

2 役員借入金が残る場合

役員借入金は、会社が前の経営者に対して負う債務です。譲渡の後に返済を受けることを予定している場合、新しい経営陣が任意に返済するかは不確実です。返済の時期及び方法について契約に定めがない場合には、請求のために手続を要することもあります。

また、役員借入金の額が大きい場合には、会社の財務の状況に影響いたしますので、買主は譲渡の前の処理を求めるのが通例です。

第3節 役員貸付金を精算する方法

1 現金による返済

最も明確な方法です。役員が会社に対して貸付金の額を返済いたします。返済の資金を確保することができる場合には、この方法によることが望まれます。譲渡代金の受領の後に返済することとする場合には、決済の日に同時に処理する構成といたします。

2 譲渡代金との調整

譲渡代金から貸付金の額を控除して支払う構成、又は決済の日に売主が受領した代金の一部をもって直ちに返済する構成があります。実務上、広く用いられる方法です。契約において、控除又は返済の額、時期、方法を明記いたします。

3 役員退職慰労金との相殺

譲渡に際して役員が退任し、役員退職慰労金の支給を受ける場合には、その支給額と貸付金とを相殺する方法があります。役員退職慰労金の支給には、定款の定め又は株主総会の決議を要します(会社法第361条第1項)。支給の額の相当性、決議の手続、税務上の取扱いを確認する必要があります。税務上の取扱いにつきましては税理士にご確認ください。

4 資産による代物弁済

役員が有する資産を会社に譲渡し、その代金債権と貸付金とを相殺する方法があります。事業に用いている不動産が役員の名義となっている場合には、この方法により資産の名義の整理と貸付金の精算とを同時に行うことが考えられます。資産の評価及び税務上の取扱いについては、専門家の確認を要します。不動産の鑑定評価は不動産鑑定士の業務でございます。

5 債権の放棄

会社が貸付金の債権を放棄する方法があります。もっとも、会社の資産を減少させる行為ですので、手続及び税務上の取扱いについて慎重な検討を要します。他に株主が存在する場合には、その利益にも関わりますので、承認の手続を含めて確認いたします。

第4節 役員借入金を精算する方法

1 現金による返済

会社が役員に対して借入金の額を返済いたします。会社の資金の状況により、一括して返済することができるかを確認いたします。

2 債権の放棄

役員が会社に対する債権を放棄する方法があります。会社の負債が減少いたしますので、財務の状況は改善いたします。もっとも、役員は返済を受けられないことになりますので、譲渡価格との関係を含めて検討いたします。放棄に伴う税務上の取扱いにつきましては税理士にご確認ください。

3 譲渡代金との調整

借入金を残したまま譲渡し、その分を価格に反映させる構成があります。この場合には、決済の日以後の返済の時期及び方法を契約に明記し、履行されない場合の措置を定めておく必要があります。

4 資本への振替え

役員が有する債権を出資に振り替える方法があります。会社の負債が減少し、資本が増加いたします。手続として募集株式の発行に関する手続を要し、また税務上の取扱いについて検討を要しますので、専門家の関与のもとで進める必要があります。

第5節 精算の手順

1 残高及び経緯の確認

まず、現在の残高を確定させます。あわせて、いつ、いかなる経緯で生じたものであるか、返済の合意があるか、利息の定めがあるか、承認の手続が経られているかを確認いたします。長期にわたり累積している場合には、内訳の把握に期間を要することがあります。

2 方法の選択

資金の状況、譲渡の方法、役員の退任の有無、資産の名義の状況、税務上の影響を踏まえて、いずれの方法によるかを選択いたします。複数の方法を組み合わせることもあります。

3 手続の実施

選択した方法に応じて、必要な決議、契約、記録を整えます。利益が相反する取引に当たる場合には、承認の手続を経た上で、議事録を作成いたします。手続を経ずに処理した場合には、後にその効力が問題となる余地があります。

4 契約への反映

株式譲渡契約においては、決済の日までに役員貸付金及び役員借入金を精算することを前提条件として定めるのが通例です。決済の日に同時に処理する構成とする場合には、その手順を契約に明記いたします。

第6節 弁護士に相談する意味

役員貸付金及び役員借入金の精算において弁護士が行う業務は、次の点にあります。第一に、残高及び経緯を確認し、承認の手続が経られているかを検証することです。第二に、精算の方法を選択し、必要な決議及び契約を整えることです。第三に、株式譲渡契約における前提条件及び手順として反映させることです。

これらの精算は、譲渡の直前に行うことが困難な場合があります。返済の資金を確保する必要がある場合、資産の名義の整理を伴う場合には、期間を要します。譲渡の検討を開始した段階で残高を確認し、方針を定めておくことが望まれます。

なお、税務上の取扱いは方法により大きく異なりますので、税理士との連携のもとで検討する必要があります。当事務所は税務申告の代理を行うものではありません。

具体的な精算の設計は、金額、資金の状況、資産の内容等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。

よくあるご質問

質問1 役員貸付金を残したまま譲渡することはできますか。

できないわけではありませんが、譲渡の後に会社から返済を求められる立場に立ちます。買主が承諾する場合であっても、返済の時期及び方法を契約に明記しておく必要があります。

質問2 長年の累積で、内訳が分かりません。

会計の記録、預金の取引の記録、精算の書類を確認し、可能な範囲で内訳を把握いたします。買主からも説明を求められる事項ですので、早期の着手が望まれます。会計上の整理につきましては税理士にご確認ください。

質問3 役員退職慰労金と相殺すれば、資金を用意しなくてよいのですか。

相殺による方法は用いられますが、役員退職慰労金の支給には定款の定め又は株主総会の決議を要します。支給額の相当性、決議の手続、税務上の取扱いを確認する必要があります。

質問4 承認の手続を経ていませんでした。問題になりますか。

買主の調査において指摘される事項です。過去の取引について、効力及び役員の責任が問題となる余地があります。事実関係を確認した上で、対応を検討する必要があります。

質問5 役員借入金は放棄した方がよいのですか。

一律に申し上げることはできません。放棄によって会社の財務の状況は改善いたしますが、役員は返済を受けられないことになります。譲渡価格への反映の程度、税務上の取扱いを踏まえて判断いたします。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、M&Aの前の役員貸付金及び役員借入金の整理に関するご相談をお受けしております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで
  • 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
  • ご相談は事前予約制です

ご相談の際に、直近3期分の計算書類、勘定科目の内訳明細書、定款、登記事項証明書、過去の議事録、返済に関する書面をご用意いただけますと、検討が早く進みます。なお、税務に関する事項は税理士、登記の申請は司法書士、不動産の鑑定評価は不動産鑑定士の業務でございます。弁護士費用につきましては、弁護士費用一覧のページをご覧ください。

結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。

本記事の根拠条文

会社法 第356条第1項第2号及び第3号(利益相反取引)、第361条第1項(取締役の報酬等)、第365条第1項(取締役会設置会社における承認)、第423条第1項(役員等の任務懈怠責任)
民法 第166条第1項(債権等の消滅時効)、第505条(相殺)

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