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▶ M&Aを弁護士に依頼するのはどの段階か 基本合意書の署名前に相談しなければ失われるもの
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買主候補が現れ、資料の提出を求められる段階になって、初めて自社の書類の状態に気付くという方が少なくありません。設立のときに名前を借りた株主が名簿に残っている。就業規則は10年以上前のまま届け出ていない。工場の敷地の賃貸借契約書が見当たらない。この状態で買主の調査を受けると、指摘事項が一度に噴き出し、価格の再交渉や取引の中止につながります。
買主が行う調査は、買主の判断のために行われます。そこで発見された事項は、買主に有利な材料として使われます。これに対し、売主が自ら先に行う調査は、是正する時間と、説明の仕方を選ぶ余地を売主の手元に残します。同じ事実であっても、いつ、誰が発見するかによって、取引に与える影響は大きく変わります。
結論から申し上げます。売主が自ら行う事前の調査の目的は、問題を隠すことではなく、是正するものと開示するものに仕分けて、交渉の主導権を保つことにあります。買主の調査が始まってからでは、この仕分けができません。以下、順にご説明します。
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調査は、誰の判断のために行うかによって目的も成果物も異なりますので、次のとおり分けています。
- 売主が売却の前に自社を調査する場面……本記事
- 買主が対象会社を調査する場面……デューデリジェンスを弁護士に依頼するとき 売主と買主が弁護士に任せられる範囲と費用の考え方
- 買主が発見した問題を契約で処理する場面……M&Aの買主側で弁護士に依頼するとき 買収の可否を判断するための調査と、契約による手当て
買主に指摘される前に、自社で見つけておくという考え方
売主が先に調査を行うことの利点は三つあります。第一に、是正が間に合います。届出、登記、規程の整備、契約書の作り直しは、いずれも時間さえあれば処理できるものが大半です。第二に、説明の順序を選べます。事実を先に示し、その原因と対処を併せて伝えることができます。第三に、買主が複数いる場合に、同じ資料を全員に提示することができ、交渉の場が乱れません。
逆に、買主の調査で先に見つかった場合、売主は防御に回ります。指摘は書面で列挙され、回答の期限が切られ、価格への影響が数字として提示されます。同じ事実であっても、この順序では反論の余地が狭くなります。
なお、この事前の調査は、買主に提出するための報告書を作ることが目的ではありません。売主自身が、自社の弱点と、その処理に要する期間と費用を把握するための作業です。成果物は、買主に見せる前提で作るものと、内部の検討のために作るものとを、当初から分けて設計します。
売却の価格に影響する事項は、どこに現れるか
価格に響く事項は、決算書の数字よりも、契約書と記録の中に現れます。継続的な支出の増加につながる事項、将来の請求の原因となる事項、事業の継続を妨げる事項の三つに分けると整理しやすくなります。
継続的な支出の増加につながる事項の例は、賃金体系の是正、社会保険の未加入者の加入、無償で使用している設備の有償化です。買主は、是正後の年間の増加額に一定の倍率を乗じて価格から差し引くことを求めますので、影響額は一度限りの支出よりも大きくなります。
将来の請求の原因となる事項の例は、退職者からの賃金の請求、取引先との係争、製品の不具合です。事業の継続を妨げる事項の例は、許認可の要件を欠いていること、事業所の使用権原が不安定であることです。この三分類に沿って自社の事項を並べると、どこに優先して手を付けるべきかが見えてきます。
株主名簿と登記と実態の食い違いを先に解消します
最も多く、かつ最も時間を要するのが、株主に関する食い違いです。平成2年の商法改正の前に設立された会社では、発起人を7名そろえる必要があったため、親族や従業員の名義を借りた例が数多くあります。その後、名義人が亡くなり、相続人が権利を主張するという事態が生じています。
確認の方法は、法人税確定申告書別表二の記載、設立時の定款と株式の払込みの記録、配当の支払先、株主総会の招集通知の宛先を突き合わせることです。なお、会社法第121条は、株主名簿に記載し、又は記録すべき事項として、株主の氏名又は名称及び住所、その株主が有する株式の数、取得の日、株券発行会社における株券の番号の四つを掲げています。この四項目を備えた書面が存在するかどうかを、まず確かめてください。
また、同法第130条第1項によれば、名簿への記載又は記録を欠く譲渡は、会社その他の第三者との関係で効力を主張することができません。同法第133条第1項は取得した者による記載の請求を認めていますが、同条第2項は、法務省令で定める場合を除き、名簿に記載された者又はその相続人その他の一般承継人と共同で請求することを求めています。過去の譲渡について書換えが行われていない場合、協力を得るべき相手が誰かを特定するところから作業が始まります。相手が高齢である場合や、既に相続が発生している場合には、着手が遅れるほど困難になります。
労務、許認可及び不動産の賃貸借に多い指摘事項
労務では、まず記録の有無が問われます。労働基準法第108条は、使用者は各事業場ごとに賃金台帳を調製し、賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額その他厚生労働省令で定める事項を、賃金支払の都度遅滞なく記入しなければならないと定めています。また同法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する使用者は、始業及び終業の時刻、賃金の決定、計算及び支払の方法、退職に関する事項などについて就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならないとしています。作成しているが届け出ていない、あるいは変更後の届出をしていないという例が数多くあります。
次に金額です。同法第37条第1項は、時間外の労働及び休日の労働について、割増賃金を支払うべきことを定めています。定額の手当を割増賃金の支払に代えている場合には、その手当が何時間分に相当するのかが賃金規程と雇用契約書に明示されているか、超過分が精算されているかを確認してください。明示がなければ、支払済みという主張が成り立たない可能性があります。
許認可については、許可の名義、有効期間、専任の技術者や管理者の在籍状況を確認します。事業所の不動産については、賃貸借契約書の有無、賃貸人が経営者個人又はその親族である場合の賃料の水準、契約期間と更新の条項を確認します。契約書がないまま長年使用している例では、まず書面化することが是正になります。
是正できるものと、開示して交渉するもの
洗い出した事項は、二つに分けます。実行日までに是正できるものと、是正が間に合わない又は是正になじまないものです。
是正できるものの典型は、就業規則の作成と届出、賃金規程の整備、役員変更の登記、株主名簿の調製、賃貸借契約書の締結、社会保険の加入手続です。これらは費用と手間を要しますが、方法は定型的です。売却の話が具体化する前に着手できれば、指摘事項そのものを消すことができます。
是正になじまないものの典型は、過去に発生した未払いの賃金、係争中の案件、既に締結してしまった不利な契約です。過去の未払額を一括して精算すれば、他の従業員に波及し、かえって金額が拡大することがあります。これらは、事実を開示した上で、価格又は補償の設計によって処理する対象になります。どちらに分類するかの判断には、労務、税務、取引先との関係への波及を併せて検討する必要があります。
開示の仕方によって、表明保証の責任は変わります
株式譲渡契約書では、売主が表明保証を行い、その内容が事実と異なっていた場合に補償を負うという構造が採られます。ここで重要なのが、開示別紙の存在です。表明保証は、通常、開示別紙に記載された事項を除いて行われる旨が定められます。すなわち、正確に記載された事項は、責任の対象から外れます。
したがって、事前の調査で把握した事項を、どの程度の粒度で開示別紙に書くかが、譲渡後の責任の範囲を決めます。抽象的に「労務に関して未払いが生じている可能性がある」と書いても、除外の効果は限られます。対象となる従業員の範囲、期間、算定の方法、概算の金額まで記載して初めて、その事項は交渉の対象として扱われ、後日の補償請求から外れます。
逆に、把握していながら開示しなかった事項について表明保証違反が生じた場合には、民法第415条第1項の定めるところに従い、債務の本旨に従った履行がされなかったものとして損害賠償の請求を受けることになります。故意に隠したと評価される場合には、補償の上限や期間の制限が適用されない旨の条項が置かれていることも多く、責任は限定されません。開示は、売主を守るための手続です。
費用と期間、そして実施する時期
調査の範囲は、会社の規模と業種によって変わります。中小企業では、株主と株式に関する事項、組織と機関に関する事項、労務、主要な契約、許認可、不動産、係争の7項目を基本とすることが一般的です。売上や従業員数が大きい場合、事業所が複数にわたる場合、規制業種である場合には、範囲が広がります。
期間は、資料の提出の速さに左右されます。資料がそろっていれば数週間で報告に至りますが、株主に関する調査が必要な場合には、関係者への確認や相続関係の調査に数箇月を要することもあります。是正までを含めると、さらに期間が必要です。
実施の時期は、買主候補との接触を始める前が最も望ましく、遅くとも仲介会社に依頼する前です。この時点であれば、是正を終えた状態で資料を提示することができます。既に買主候補が現れている場合であっても、調査の受入れが始まる前であれば、開示の方針を整えるだけでも効果があります。費用については、範囲と作業量に応じてお見積りをお示しします。
なぜ「見つからなければよい」という判断が危険なのか
問題のある事項を伏せたまま取引を進めたいという考えは、理解できないものではありません。しかし、この判断は三つの理由で危険です。
第一に、買主の調査は、売主が想定するよりも細部に及びます。従業員への面談、行政庁への照会、取引先の登記の確認など、社内の資料だけでは把握できない経路があります。第二に、途中で発覚した場合、その事項の金額以上に、売主の説明全体の信用が失われます。他の項目についても裏付けを求められ、日程が大きく延びます。
第三に、発覚しないまま実行に至ったとしても、責任は消えません。表明保証違反として補償の請求を受け、故意に開示しなかったと評価されれば、期間や上限の制限を受けずに追及される可能性があります。譲渡代金を受け取った後に、その一部を返還する事態は、売主にとって最も避けたい結末です。先に見つけて、先に示す。この順序が、最終的に売主の手取りを守ります。
いま確認していただきたいこと
最初に、直近の法人税確定申告書別表二を開き、記載されている株主の氏名と持株数が、現在の認識と一致しているかを確認してください。一致しない場合、いつの時点から食い違ったのかをたどります。次に、就業規則と賃金規程の最新の版と、行政官庁への届出の控えを探してください。届出の控えが見当たらない場合は、その旨を記録します。
あわせて、事業所として使用している不動産について、賃貸借契約書の有無と、賃貸人の氏名を確認してください。経営者個人又は親族の名義である場合は、契約書の存在と賃料の額を確かめます。この三点の確認だけでも、事前の調査に着手すべき緊急度を判断することができます。
よくあるご質問
買主の調査で同じ範囲を調べられるのに、二重の費用にならないのですか
目的が異なりますので、二重にはなりません。売主側の調査は、是正の要否と開示の方針を決めるためのものであり、成果は開示別紙と説明資料として買主との交渉に直接用います。結果として、価格の減額や補償の負担を抑えることにつながります。
調査で見つかった事項を、買主に伝えないという選択はありますか
把握した事項を伏せることは、表明保証違反の責任を重くする方向に働きます。開示するかどうかではなく、どの範囲を、どの粒度で、どの順序で示すかを設計するのが実務です。示し方によって、交渉に与える影響は大きく変わります。
従業員に知られずに調査を行うことはできますか
可能です。資料の提出を経理や総務の一部の方に限定し、面談を行わない設計とすることで、社内に伝わることなく進めることができます。ただし、労働時間の実態の確認など、記録だけでは判断できない事項については精度が下がります。
名義を借りた株主の相続人が、株式は自分のものだと主張しています
誰が払込みをしたか、配当を誰が受け取っていたか、株主総会にどのように関与していたかといった事実を裏付ける資料を集めることが出発点になります。合意による解決を目指す場合には、対価の額と支払の方法を含む和解の書面を作成します。売却の日程が決まる前に着手すべき事項です。
社会保険に加入していない従業員がいます。今から加入すると過去分も請求されますか
取扱いは事案によって異なりますので、社会保険労務士と連携して所轄の年金事務所への確認を行った上で方針を決めます。買主は、加入後の保険料の増加額を価格の算定に反映しますので、増加額の試算を先に用意しておくことが交渉上有効です。
おわりに
自社を調べるという作業は、気の進むものではありません。しかし、弱点を先に知っている売主は、交渉の場で落ち着いていられます。是正できるものは是正し、できないものは正確に示す。この二つを済ませておけば、買主の調査は確認の作業に変わります。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
売却前の自社調査に関するご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)
出典
- 会社法第121条
- 会社法第130条第1項
- 会社法第133条第1項及び第2項
- 労働基準法第37条第1項
- 労働基準法第89条
- 労働基準法第108条
- 民法第415条第1項
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