株式の売却交渉を弁護士に依頼するとき オーナーが価格と条件を守るための交渉の組み立て

  • 2026年8月24日
  • M&A

自社の株式を買主に売却することを決め、価格と条件の話し合いが始まった段階の経営者の方からの御相談をいただきます。仲介会社から「まず希望額をお聞かせください」と言われ、あるいは買主から意向表明書を受け取り、これから何をどの順に決めていくのかが分からないという状態でお電話をいただきます。本記事は、株式の売却交渉という場面に限って、オーナーが価格と条件を守るために交渉をどのように組み立てるか、そのどこを弁護士に任せることができるかを整理したものです。

はじめに申し上げておきたいことがあります。交渉の巧拙は、話術ではありません。どの条件を、いつ、どの順に確定させるかという段取りで、ほぼ決まります。価格の数字だけを先に決めてしまい、支払の時期、価格調整、補償、譲渡後の義務を後回しにした案件では、最終契約の段階で手取り額が大きく目減りすることが起こります。

したがって、交渉の組み立てとは、決める順番を設計することにほかなりません。以下では、その順番と、それぞれの段階で確認すべき事項を御説明します。

本記事が扱う場面と、扱わない場面

弁護士への依頼という同じ主題であっても、判断の分かれ目は場面ごとに異なりますので、次のとおり整理しております。

「いくらで売れるか」は、価格の数字だけでは決まりません

提示された金額がそのまま手元に残るわけではありません。最終的な手取り額は、次の4つの要素の組合せで決まります。

要素手取り額への影響確定させる時期
価格の数字出発点となる金額意向表明から基本合意まで
支払の時期と留保受領が数年後になる部分基本合意まで
価格調整、補償後から差し引かれる部分最終契約の交渉
譲渡後の義務金額に表れない負担最終契約の交渉

先に固めるべきは、価格ではなく支払の構造です

価格の数字だけを合意し、支払の構造を後回しにしますと、後から「一部は3年後の業績に連動」「一部はエスクローに留保」という提案を受けたときに、断る足場がありません。基本合意の段階で、全額をクロージング時に受領するのか、留保される部分があるのかを書き込んでおくことが、最も効く一手です。

補償の上限は、価格と同じ重さを持ちます

補償の上限額が定められていない契約では、譲渡価格を超える金額を負担する可能性が残ります。上限額、下限額、請求ができる期間の3つは、価格と同列の交渉事項として扱うべきです。

譲渡後の義務は、金額に表れません

競業避止義務、引継ぎのための在任、顧問としての就任は、いずれも契約書に金額として現れません。しかし、オーナーの譲渡後の生活を最も強く縛るのはこの部分です。

交渉の窓口に弁護士を立てるか、後方から支えるか

御依頼をいただく際、最初に決めていただくのは、弁護士がどの位置で関与するかです。

代理人として前面に立つ場合

買主又はその代理人との交渉を、弁護士が窓口となって行います。条件が対立している場合、売主と買主が直接やり取りを続けると感情的な対立に発展しやすく、その後の引継ぎにも支障が生じます。代理人を立てることで、経営者は事業に専念することができます。

後方から支える場合

交渉の窓口は経営者が務め、弁護士は事前の打合せ、提示された条件の分析、返答の文案の作成を行います。買主との関係を維持したい場合、あるいは相手方が「弁護士が出てくると話が硬くなる」と述べている場合に選ばれます。この方式でも、条件の分析は同じ精度で行うことができます。

仲介会社が介在している場合の役割分担

仲介会社は、売主と買主の双方から手数料を受け取る立場にあることが少なくありません。この立場では、どちらか一方の利益のみを追求することはできません。したがって、仲介会社が交渉の進行を担い、売主の利益に関する判断は弁護士が担うという分担が自然です。仲介契約書における手数料の算定基礎、専任の期間、契約終了後も手数料が発生する旨の条項の有無は、早い段階で確認しておくべき事項です。

交渉に入る前に、売れる状態になっているかを確認します

価格の話を始める前に、そもそも予定どおりに株式を引き渡せる状態かどうかを確認します。ここに問題があると、価格の交渉で得た成果が失われます。

株主名簿と登記と実態を突き合わせます

株主名簿に記載された株主、登記された事項、実際に株式を保有している方の3つが一致しているかを確認します。名義だけを借りた株式、相続の手続が済んでいない株式、譲渡はしたが名義書換をしていない株式があると、買主から是正を求められます。

譲渡制限の定めの有無を確認します

株主は、その有する株式を譲渡することができるのが原則ですが(会社法第127条)、定款により譲渡について会社の承認を要する旨を定めることができます。定款を確認し、承認機関が株主総会か取締役会かを確かめてください。ここで要する日数が、クロージングの日を左右します。

買主が求める「100パーセント」という条件

買主は、対象会社の株式の全部を取得することを条件とすることが少なくありません。少数株主が残っている場合、その方々からの買取りが実行の前提条件となります。この交渉は、買主との価格の交渉とはまったく別の交渉であり、要する期間も読みにくいものです。早い段階で着手する必要があります。

価格を後から動かす条項を、どこまで受け入れるか

買主から示される条項のうち、価格を後から動かす働きを持つものは3つに整理できます。いずれも会社法上の制度ではなく、契約書に書いた範囲でのみ効力を持つ、契約上の制度です。

価格調整条項

クロージングの日における運転資本や純有利子負債の額に応じて、価格を事後に増減させる条項です。判断の分かれ目は、基準となる金額をいくらに設定するか、算定を誰が行うか、争いが生じた場合にどう解決するかの3点です。算定を買主のみが行い、その結果に売主が異議を述べる手段が定められていない案文は、実質的な減額の余地を買主に与えるものとなります。

アーンアウト条項

譲渡後の一定期間における業績が目標に達した場合に、追加の対価を支払う条項です。売主が譲渡後の経営に関与しない場合、業績は買主の経営判断に左右されます。目標の指標を売上高とするか利益とするか、買主が指標の達成を妨げる行為をしない旨の定めを置くかによって、実現可能性が大きく変わります。受領できるかどうか分からない部分を含めた金額を「譲渡価格」と考えないことが肝要です。

表明保証及び補償

表明保証は、一定の事項が真実かつ正確であることを相手方に表明し、保証する条項です。違反があった場合の補償の範囲、上限額、請求ができる期間は、いずれも契約書の文言によって決まります。「一般的にはこうなっています」という説明は、法律上そうなっているという意味ではありません。

価格以外に、オーナー個人に残る4つの負担

株式を売却しても、オーナー個人の関与がその日に終わるわけではありません。交渉の対象とすべき負担が4つあります。

第1 競業避止義務

譲渡後に同種の事業を行わない旨の義務です。期間、地域、対象となる事業の範囲の3つを確認してください。範囲が広すぎる案文では、譲渡後に別の事業を始めることも困難になります。なお、事業譲渡の方式による場合には、当事者の別段の意思表示がない限り、法律上、譲渡した日から20年間の競業の禁止が生じます(会社法第21条第1項)。株式譲渡の場合にこのような規定はなく、契約で定めた範囲のみが義務となります。

第2 引継ぎと顧問としての就任

譲渡後も一定期間、代表者又は顧問として在任することを求められることがあります。期間、業務の内容、報酬の額、途中で辞任できるかを確認してください。無報酬での引継ぎを求める案文も見受けられます。

第3 個人保証の解除

会社の借入れについてオーナーが個人保証をしている場合、株式を売却しても保証契約は当然には終了しません。保証契約は債権者と保証人との間の契約だからです。解除には金融機関の同意が必要です。買主が「保証は当社が引き継ぎます」と述べても、それは買主と売主との間の約束にすぎず、金融機関を拘束しません。「経営者保証に関するガイドライン」は、事業承継の場面において前経営者の保証の解除を検討することを求めていますが、これは法令ではなく、金融機関が自発的に尊重することが期待されている指針です。クロージングの前提条件として、金融機関による保証の解除を明記しておくことが確実です。

第4 役員退職慰労金

取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として会社から受ける財産上の利益についての一定の事項は、定款に定めがないときは株主総会の決議によって定めます(会社法第361条第1項)。役員退職慰労金も、職務執行の対価としての性質を有する限りこの報酬等に含まれると解されており、支給には定款の定め又は株主総会の決議が必要です。支給の額、支給の時期、決議を行う株主総会の開催日を、契約書に定めておく必要があります。

なぜ買主は、価格の決定を先送りしようとするのか

買主が価格調整やアーンアウトを提案してくるのには理由があります。3つに整理します。

第1 把握しきれない事項が残るためです

買主は、デュー・ディリジェンスを行ってもなお、対象会社の内情を売主ほどには知り得ません。その不確実性を、価格を後から動かす仕組みによって埋めようとします。疑っているからではなく、知り得ないからです。

第2 社内の説明の材料が必要なためです

買主が組織である場合、稟議や取締役会での承認を得る必要があります。「業績が達成された場合にのみ追加で支払う」という構造は、社内の承認を得やすくします。買主の担当者にとって、価格調整条項は社内向けの説明の道具でもあります。

第3 資金の手当ての都合があるためです

買収資金を金融機関からの借入れで賄う場合、支払を分割することで当初の借入額を抑えることができます。売主にとっては受領が遅れることを意味しますので、遅延した部分に対する利息又は上乗せを求める余地があります。

日程と期限 動かせない期限はどれか

交渉においては、どの期限が法律上のものであり、どの期限が相手方の希望にすぎないのかを区別することが重要です。

相手方が示す期日の多くは、法律上の期限ではありません

「今月中に署名を」という要請の大半は、買主側の社内の都合によるものです。確認のための時間を求めること自体が交渉の決裂を招くことは、通常はありません。他方、独占交渉義務を負っている場合には、その期間の満了日が実質的な期限として働きます。基本合意書における独占交渉期間の定めは、必ず確認してください。

譲渡承認の手続を、日付で逆算します

クロージングの日を令和8年12月10日と定めた場合を考えます。譲渡制限の定めがある会社では、譲渡をしようとする株主が、会社に対して承認をするか否かの決定をすることを請求します(会社法第136条)。会社は株主総会又は取締役会の決議によって決定をし、その内容を請求者に通知します(会社法第139条第1項、第2項)。請求の日から2週間以内にこの通知がされないときは、承認をしたものとみなされます(会社法第145条第1号)。したがって、クロージングの日に株主名簿の名義書換(会社法第133条第1項)を行うためには、遅くとも令和8年11月25日までに承認の請求をしておく必要があります。取締役会設置会社では、取締役会の招集の通知を原則として会日の1週間前までに発しなければなりませんので(会社法第368条第1項)、実際には同年11月18日ごろから動き始めるのが安全です。

承認が得られない場合の期限

会社が承認をしない旨の決定をし、請求者が併せて買取りを請求していた場合には、会社又は会社の指定する買取人が対象株式を買い取ることになります(会社法第140条)。この場合の売買価格は協議によって定めますが、買取りの通知があった日から20日以内に、会社又は請求者は、裁判所に対して売買価格の決定の申立てをすることができます(会社法第144条第1項、第2項)。20日という期間は短く、経過すると原則として1株当たり純資産額を基準とする価格によることになります(同条第5項)。

依頼の時期と、費用の考え方

最後に、御依頼の時期と費用について申し上げます。

着手は、希望額を伝える前が最も効果的です

希望額を口にする前に、支払の構造、留保の有無、譲渡後の義務についての方針を決めておくことができれば、その後の交渉は組み立てやすくなります。基本合意書の署名前であれば、主要な条件を基本合意書に書き込むという手段も取れます。既に交渉が進んでいる段階でも、条件ごとに優先順位を付け直すことはできます。

費用は、関与の位置と期間で決まります

代理人として前面に立つ場合と、後方から支える場合とでは、要する時間が異なります。また、交渉が何往復に及ぶかによっても変わります。したがって、費用の見込みを申し上げるためには、案件の規模よりも、想定される交渉の回数と関与の位置を伺うことが必要です。範囲を限定しての御依頼も可能です。

仲介手数料との関係

仲介会社に支払う手数料と、弁護士に支払う費用とは、対価の性質が異なります。仲介会社の手数料は、相手方の探索と交渉の進行に対するものです。弁護士の費用は、条件の分析と、売主の利益に関する判断に対するものです。両者は代替の関係にありません。仲介契約書の手数料の条項について疑問がある場合には、その点も併せて御相談ください。

いま確認していただきたいこと

本日のうちに、次の事項を御確認ください。

第1に、定款を開き、株式の譲渡について会社の承認を要する旨の定めの有無と、承認機関がどこかを御確認ください。

第2に、株主名簿を開き、記載された株主と、実際に株式を保有している方とが一致しているかを御確認ください。

第3に、会社の借入れについて御自身が個人保証をしているものを、金融機関ごとに書き出してください。

第4に、既に基本合意書に署名されている場合には、独占交渉義務の定めの有無と、その期間の満了日をカレンダーに記入してください。

第5に、提示されている金額のうち、クロージング時に受領できる部分と、後日に支払われる部分とを分けて書き出してください。

よくあるご質問

弁護士を立てると、買主の心証が悪くなりませんか

買主の側には、通常、代理人又は法務の担当者が付いています。売主のみが専門家を伴わずに交渉する状態は、対等ではありません。弁護士が関与していることを理由に交渉が打ち切られることは、まず考えにくいと申し上げております。心証を懸念される場合には、前面に立たずに後方から支える方式を選ぶこともできます。

希望額は、高めに言っておくべきでしょうか

金額の設定そのものよりも、その金額の根拠を説明できるかどうかのほうが重要です。根拠のない金額を提示しますと、買主は「この売主は数字を理解していない」と判断し、その後の条件交渉で押し込みやすいと考えます。算定の考え方を整理してから提示するほうが、結果として有利に働きます。

アーンアウトは受け入れないほうがよいのですか

一律に否定すべきものではありません。買主が価格に踏み込めない理由が不確実性にある場合、アーンアウトによって総額が上がることもあります。判断の分かれ目は、目標の指標が売主の関与しない要因で動かないか、買主が達成を妨げる行為をしない旨の定めがあるか、算定の資料を売主が確認できるかの3点です。

個人保証は、いつ解除されるのですか

自動的に解除される時点はありません。金融機関との個別の交渉が必要です。買主が新たに保証を差し入れる、あるいは借入れを借り換えるといった手当てを伴うのが通常です。クロージングの日までに解除が完了しない場合の取扱いを契約書に定めておかないと、株式を手放した後も保証だけが残るという事態が生じます。

おわりに

株式の売却交渉において守るべきものは、価格の数字だけではありません。いつ、いくら受け取れるのか。後から差し引かれる可能性はどこまでか。譲渡の後、御自身に何が残るのか。この3つが決まって、初めて条件が決まったといえます。そして、これらはいずれも、決める順番を設計することによって守ることができます。

まだ希望額を伝えていない段階でも、既に基本合意書に署名された後でも、御相談いただく意味があります。まずはお電話をいただき、いまどの段階にあるのか、相手方から何を示されているのかをお聞かせください。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

株式の売却交渉に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8時00分から21時00分まで(土曜・日曜・祝日を含みます)

出典

法令

会社法第21条第1項(譲渡会社の競業の禁止)、第127条(株式の譲渡)、第133条第1項(株主の請求による株主名簿記載事項の記載又は記録)、第136条(株主からの承認の請求)、第139条第1項及び第2項(譲渡等の承認の決定等)、第140条(株式会社又は指定買取人による買取り)、第144条第1項、第2項及び第5項(売買価格の決定)、第145条第1号(株式会社が承認をしたとみなされる場合)、第361条第1項(取締役の報酬等)、第368条第1項(招集手続)

公表資料

経営者保証に関するガイドライン研究会「経営者保証に関するガイドライン」

国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第1回)」資料(令和8年4月20日)

国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第5回)」資料(令和8年8月20日)

なお、同会議において検討されている財産評価基本通達の見直しは、内容も実施の時期も確定したものではありません。また、税法上の評価と、会社法上の「公正な価格」又は「売買価格」とは、目的も算定方法も異なります。財産評価基本通達は行政庁の内部の取扱いであって、裁判所を拘束するものではありません(国家行政組織法第14条第2項)。

具体的な御相談をお考えの皆様へ

本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次の御案内のページに整理しています。あわせて御覧ください。

お問い合わせ   

この記事に関連するお問い合わせは、弁護士法人M&A総合法律事務所にいつにてもお問い合わせください。ご不明な点等ございましたら、いつにてもお問い合わせいただけましたら幸いです。







    ※ いずれか一つをお選びください。「〜1000万」は500万円以上1000万円未満を指します。




    入力内容をご確認の上、
    送信ボタンを押してください

    >お気軽にお問い合わせください!!

    お気軽にお問い合わせください!!

    M&A相談・株式譲渡契約書・事業譲渡契約書・会社分割契約書・デューデリジェンスDD・表明保証違反・損害賠償請求・M&A裁判訴訟紛争トラブル対応に特化した弁護士法人M&A総合法律事務所が、全力でご協力いたします!!

    CTR IMG