M&Aの売主側で弁護士に依頼するとき 会社売却の準備から経営者保証の解除まで

買主候補との話がまとまり、入金の予定日も見えてきました。手元に届いた契約書の案文を開くと、表明保証と補償の条項が何頁も続き、責任の期間は3年、補償の上限は代金の全額と書かれています。取引銀行に差し入れた経営者保証がいつ外れるのかについては、仲介会社からも買主からも説明がありません。会社を手放した後の生活設計が立たない。この段階でご相談にいらっしゃるオーナー様が多くおられます。

中小企業の売却が難しいのは、会社の財産と経営者個人の財産、会社の債務と経営者個人の責任が、長い年月をかけて混ざり合っているからです。個人名義の土地の上に工場が建ち、会社の借入れには個人が連帯保証をし、生命保険の契約者と受取人が入り組んでいます。買主は、この混ざり合いを解いた状態で引き渡すことを求めます。解く作業には手順と時間が必要です。

結論から申し上げます。売主の責任は、契約書の補償条項と金融機関との保証契約という二つの経路によって、代金を受け取った後も長く残ります。この二つを署名の前に設計し直すことが、売主側に立つ弁護士の中心的な仕事です。以下、順にご説明します。

この記事の位置付け

売主側のご依頼は、目的によって作業の中身が変わりますので、次のとおり分けて解説しています。

売主が負う責任は、代金を受け取った日には終わりません

株式譲渡契約書には、通常、売主が一定の事実を約束する表明保証条項と、その約束が事実と異なっていた場合に金銭を支払う補償条項が置かれます。これは当事者の合意による責任ですので、契約書に書かれた期間と金額の範囲で、代金の受領後も存続します。

契約に定めがない部分は、民法の一般則によることになります。民法第415条第1項は、債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者はこれによって生じた損害の賠償を請求することができる旨を定め、同法第416条第1項は、その賠償の範囲は通常生ずべき損害であるとし、同条第2項は、特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは請求することができるとしています。

株式の売買も売買である以上、契約不適合に関する規定が及びます。民法第562条は履行の追完の請求を、第563条は代金の減額の請求を、第564条は損害賠償の請求及び解除権の行使を定め、第565条は、これらの規定を、売主が移転した権利が契約の内容に適合しない場合について準用しています。また同法第566条は、種類又は品質に関する不適合について、買主がこれを知った時から1年以内に通知しないときは責任を追及することができないとしています。契約書で期間や手続を定めておかなければ、これらの一般則をめぐる争いになります。

売却の前に、社内で片付けておくべき事項

買主が最も嫌うのは、引き受けた後に自分の資金で処理しなければならない事項です。代表的なものは、役員貸付金と役員借入金、経営者個人の名義になっている事業用不動産の賃貸借、会社が保険料を負担している経営者個人の生命保険、社用車の私的な使用、実際には勤務していない親族の給与です。これらは、売却の話が始まってから慌てて処理すると、価格の交渉材料にされます。

個人名義の不動産を会社が使用している場合、買主は、譲渡後の使用を確保するために賃貸借契約の締結を求めるか、あるいはその不動産の買取りを求めます。どちらを選ぶかによって、譲渡代金の総額も課税関係も変わります。売却の1年前に方針を決めておくことが理想です。

不採算の事業や本業と無関係な資産を切り離してから売却する場合には、会社法上の手続が必要になることがあります。同法第467条第1項第2号は、事業の重要な一部の譲渡について、効力発生日の前日までに株主総会の決議によって契約の承認を受けなければならないと定めており、同法第309条第2項第11号により、この決議は特別決議によることになります。日程を組む際は、この手続に要する期間を織り込んでください。

仲介会社と弁護士とでは、依頼者が誰かが異なります

M&A仲介会社は、売主と買主の双方との間で契約を結び、双方から手数料を受け取る形態が広く用いられています。この形態では、仲介会社は取引を成立させることに関心を持ちますが、売主だけの利益を守る立場には立ちません。これは仲介会社の姿勢の問題ではなく、契約関係の構造による当然の帰結です。

弁護士は、売主又は買主のいずれか一方からのみ依頼を受けます。したがって、補償の上限を下げる交渉、責任期間を短くする交渉、経営者保証の解除を取引の前提条件として明記させる交渉を、正面から行うことができます。

仲介契約書そのものにも、確認しておくべき条項があります。専任の期間、中途解約の可否、そして契約終了後の一定期間内に成立した取引についても手数料が発生する旨のいわゆるテール条項です。テール条項の対象範囲と期間は、後に別の買主と取引する際の障害になりますので、仲介契約に署名する前に内容を確かめてください。

表明保証として何を約束するのか、約束できないものをどう扱うか

表明保証の対象は、通常、株式の帰属と発行の有効性、計算書類の正確性、簿外債務の不存在、訴訟や紛争の不存在、労働関係法令の遵守、税務申告の適正、許認可の有効性、重要な契約の履行状況などに及びます。

問題は、経営者が自信を持って断言できない事項が必ず含まれることです。ここで用いる限定の道具は三つあります。第一に、「売主の知る限り」という知識の限定です。第二に、一定の金額を超えるものに限るという重要性の限定です。第三に、開示別紙に事実を書き出し、そこに記載した事項は表明保証の対象から外すという方法です。

最も避けるべきなのは、断言できない事項について何の限定も付さずに署名することです。表明保証が事実と異なっていた場合、その責任は、民法第415条第1項の枠組みの下で契約の定めに従って追及されます。分からないことを分からないと書くことが、売主を守ります。

補償の期間と上限を、どこまで交渉できるのか

補償の設計は、対象となる事項の性質ごとに分けて考えます。株式の帰属や売主の権限といった取引の根幹に関わる事項については、買主は長い期間と高い上限を求め、これに応じることが通常です。これに対し、一般的な表明保証については、決算期を一度は経過させる必要があるという観点から、12箇月から24箇月程度の期間で合意に至ることが多くあります。

税務と労務については、行政による調査や従業員からの請求が後になって現れるため、買主が特に長い期間を求めます。この二つを一般の期間から切り出し、個別に期間と上限を定める方法が現実的です。

金額の面では、上限の設定に加えて、一件当たりの少額の請求を対象から外す免責額と、損害の累計が一定額に達するまでは請求できないとする下限額を置きます。なお、民法第566条の1年の通知期間は当事者の合意で変更することができますので、契約書の期間の定めが優先します。期間を定めなければ守られるという理解は誤りです。

経営者保証を解除するための段取りと、その期限

会社の借入れについて経営者が差し入れた連帯保証は、経営者個人と金融機関との間の契約です。株式が買主に移っても、この契約は当然には消滅しません。株主でも役員でもなくなった後に、会社の債務について請求を受ける可能性が残ります。

解除の方法は、金融機関が買主又はその代表者を新たな保証人として受け入れ、従前の保証人を免除することです。これには金融機関の判断が必要ですので、売主が単独で実現することはできません。したがって、株式譲渡契約書のクロージングの前提条件として、金融機関から保証解除に関する書面を取得することを明記し、これが得られない場合には取引を実行しない旨を定めることが有効です。

実務では、金融機関の内部手続に相応の日数を要します。基本合意の段階で取引銀行に打診を始め、遅くとも契約書の署名前には見通しを立ててください。あわせて、リース契約、事務所や工場の賃貸借契約、仕入先との取引基本契約に付されている個人の連帯保証も洗い出す必要があります。借入れだけを見て安心する例が少なくありません。

譲渡の後の競業避止義務と、顧問への就任の条件

会社法第21条第1項は、事業を譲渡した会社は、当事者の別段の意思表示がない限り、同一の市町村の区域内及びこれに隣接する市町村の区域内において、譲渡の日から20年間は同一の事業を行ってはならないと定めています。同条第2項は、同一の事業を行わない旨の特約をした場合には、その特約は譲渡の日から30年の期間内に限り効力を有するとし、同条第3項は、不正の競争の目的をもって同一の事業を行うことを禁じています。

もっとも、この規定は事業譲渡についてのものです。株式譲渡の方法による場合には当然には適用されませんので、買主は契約書に競業避止の条項を置いてきます。売主としては、禁止される事業の内容、地域、期間を具体的に限定し、既に保有している他社の株式や、親族が営む別の事業が対象に含まれないことを明記させてください。

譲渡の後に顧問として残る場合には、期間、報酬、勤務の頻度、業務の範囲を書面で定めます。多くの契約では、顧問である間は競業避止の期間が進行しない旨が定められます。加えて、買主の側から一方的に顧問契約を終了させることができる条項が置かれていないかを確認してください。

仲介会社へ資料を開示する前に確定しておくべき事項

売却の手続は、M&A仲介会社へ会社の資料を渡すところから実際に動き始めます。ところが、この最初の段階の取決めが曖昧なまま資料を渡してしまう例が、非常に多く見られます。渡した資料は取り戻せませんので、開示の前に、次の3つを書面により確定してください。

第一に、開示の範囲です。どの段階で、どの資料を、誰に渡すのかを段階に分けて定めます。実務では、社名を伏せた概要の資料、社名を明かした事業の概要、決算書類、契約書及び従業員に関する資料という順序で開示が進みます。最初の打診の段階で決算書類まで渡す必要はありません。とりわけ、従業員の氏名を含む名簿、取引先の名称を含む一覧、技術に関する資料は、相手方が具体的な検討に入り、独占交渉の合意が成立した後に渡すという整理をしてください。買手の候補が同業者である場合には、この順序を守ることが決定的に重要です。

第二に、秘密保持契約の対象です。仲介会社との間の秘密保持契約と、買手の候補との間の秘密保持契約とは、別のものです。買手の候補との契約においては、秘密として扱う情報の範囲、目的外の使用の禁止、交渉が終了した場合の資料の返還又は廃棄の義務、有効期間、そして従業員及び取引先に対する勧誘の禁止を定めてください。とりわけ従業員の勧誘の禁止は、交渉が成立しなかった場合に売主を守る唯一の定めとなることがあります。あわせて、仲介会社が売主の同意を得ずに買手の候補へ資料を提供しない旨を、仲介会社との契約において確認してください。

第三に、独占交渉の期間です。基本合意の段階で、買手の候補に対して独占的に交渉する義務を負うことがあります。この期間中は、他の候補と交渉できませんので、期間が長いほど売主の選択肢は狭まります。期間を定める際には、デューデリジェンスに要する見込みの期間に、契約の交渉の期間を加えた長さを基準としてください。あわせて、期間の延長には売主の書面による同意を要すること、買手の候補が調査を進めない場合には売主から解除できることを定めておくと、交渉が滞った場合の出口を確保できます。

なお、譲渡の後に負う競業避止義務の範囲をどこまで限定できるかについては、期間、地域、対象事業、対象者の4つの要素に分けた検討を要しますので、M&Aの後に売主が負う競業避止義務の範囲を、署名の前にどこまで限定できるかをご覧ください。

なぜ買主は、売主に長い責任の期間を求めるのか

買主の側から見ると、会社の内部の事情は、引継ぎを受けた後に少しずつ分かってきます。取引先との口頭の約束、前任者が処理していた紛争、退職した従業員との間の未解決の問題は、資料の提供を受けただけでは把握できません。決算期を一度経過して初めて数字として現れる事項もあります。

また、税務当局の調査や労働基準監督署の調査は、買主の側で日程を選ぶことができません。買主が長い責任期間を求めるのは、こうした発見の遅れに備えるためです。売主の姿勢を疑っているという趣旨ではありません。

売主が示すことができる反論は、譲渡の後は帳簿にも従業員にも接することができず、事実関係を確かめる手段を失うという点です。この点を踏まえ、期間を短縮する代わりに、代金の一部を一定期間預託して補償の引当てとする方法や、特定の懸念事項に限って個別の補償を設ける方法を提案します。全体の期間を延ばすよりも、範囲を絞る方が売主にとって有利です。

弁護士に任せられる範囲と、費用の考え方

売主側のご依頼で当事務所が行う作業は、次のとおりです。仲介契約書の確認とテール条項の交渉。買主から提示された契約書案の検討と修正案の作成。表明保証の限定と開示別紙の作成。補償の期間、上限、免責額の交渉。経営者保証及び各種の個人保証の洗い出しと、解除に向けた金融機関との折衝の設計。クロージングの前提条件の設定。譲渡後の顧問契約と競業避止条項の調整です。

費用は、着手金と、取引の成立を条件とする報酬金による方式のほか、作業時間に応じた方式によることもできます。契約書の検討のみを単発でご依頼いただくことも可能です。ご相談の際に、作業の範囲と見込みの費用を書面でお示しします。

いま確認していただきたいこと

まず、取引銀行ごとに、借入れの残高と、保証人となっている方の氏名を一覧にしてください。信用保証協会の保証が付されている借入れについても同様です。次に、リース契約と賃貸借契約の契約書を集め、連帯保証人の欄を確認してください。個人保証は、借入れ以外の場所に潜んでいることが少なくありません。

あわせて、仲介会社との契約書を手元に用意し、専任の期間、解約の条件、テール条項の対象と期間を確認してください。そして、会社の帳簿に載っている役員貸付金と役員借入金の残高、経営者個人の名義になっている事業用資産の一覧を作成してください。これらの資料がそろっていれば、初回のご相談で残りの作業の見通しをお示しすることができます。

よくあるご質問

仲介会社から、弁護士を入れると話が壊れると言われました

取引の相手方が誠実であれば、売主に代理人が就いたことを理由に交渉が打ち切られることはありません。買主の側には通常、法務の担当者又は弁護士が就いています。売主だけが専門家を持たない状態こそ、条件が一方に偏る原因になります。仲介会社の助言の趣旨を確認した上で、ご判断ください。

表明保証保険に加入すれば、補償の条項は気にしなくてよいですか

そのようには申し上げられません。保険には免責の範囲があり、既に認識していた事項や、開示別紙に記載された事項は対象外とされるのが通常です。保険の付保を前提とする場合であっても、表明保証の文言と開示の内容は、これまでと同じ精度で作り込む必要があります。

銀行が経営者保証の解除に応じない場合、どうなりますか

解除が得られないまま実行すると、株主でなくなった後も会社の借入れについて責任を負い続けることになります。対応としては、買主による借換えを条件とする、代金の一部を保証債務の担保として留保する、解除が得られるまで実行日を延期する、といった方法があります。契約書の署名前に、この場合の取扱いを条項として定めておいてください。

譲渡代金の一部が2年後の支払とされています。受け取れない危険はありませんか

あります。分割払の部分については、買主の資力が2年後にどうなっているかという危険を売主が負います。買主の親会社による保証、支払期日までの利息の定め、期限の利益の喪失事由、遅延した場合の担保の提供について、契約書に明記することを求めてください。

従業員には、いつ伝えればよいですか

実務上、契約の署名までは限られた範囲にとどめ、署名後に会社として説明の場を設ける例が多く見られます。ただし、幹部の協力が引継ぎに不可欠である場合には、秘密保持の誓約を得た上で早い段階で伝えることもあります。伝える順序と範囲は、買主との間で書面により取り決めてください。

おわりに

会社を譲るという決断は、多くのオーナー様にとって一度きりのものです。代金の額と同じくらい、譲った後に何が残らないかが大切になります。補償条項と個人保証の二つを署名の前に片付けておけば、譲渡の後の生活は落ち着いたものになります。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

会社売却の準備と経営者保証に関するご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)

出典

  • 民法第415条第1項及び第2項、第416条第1項及び第2項
  • 民法第562条、第563条、第564条、第565条、第566条
  • 会社法第467条第1項第2号
  • 会社法第309条第2項第11号
  • 会社法第21条第1項、第2項及び第3項

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