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▶ M&Aを弁護士に依頼するのはどの段階か 基本合意書の署名前に相談しなければ失われるもの
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取引先の紹介や仲介会社の案内で候補先が見つかり、意向表明書を出す段階まで来ました。決算書は黒字で、取引先の顔ぶれも悪くありません。しかし、その会社の従業員に何時間の残業が発生しているのか、主要な取引基本契約に株主の変動を理由とする解除の条項が入っていないか、営業に必要な許可がどの名義で出ているのかは、まだ分かっていません。買収の可否は、決算書の外側にある事実で決まります。
買主の立場は、売主の立場と根本的に違います。売主は自社の内情を知っていますが、買主は与えられた資料の範囲でしか判断できません。しかも、判断を誤った場合の損失は、支払った代金にとどまらず、引き受けた債務、退職していく従業員、失われる許認可にまで及びます。買主側の弁護士の仕事は、この情報の非対称を、調査と契約の二つの手段で埋めることにあります。
結論から申し上げます。調査で見つかった問題は、価格の減額、補償の約束、実行の前提条件という三つの引出しのいずれかに振り分けて処理します。どの引出しに入れるかを判断できることが、買主側で弁護士に依頼する意味です。以下、順にご説明します。
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買主側のご依頼は、調査そのものと、判断及び契約の設計とに分かれますので、次のとおり整理しています。
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買ってはならない会社を見分けるという仕事があります
買主側の助言には、条件を整えて買えるようにする作業と、買わないという判断を支える作業の両方が含まれます。後者を軽く見てはなりません。取引の中止を勧めるべき場面は現に存在します。
典型は次のような場合です。株式の帰属に争いがあり、株主全員から同意を得られる見込みが立たない場合。事業の中核をなす許可について、行政庁から改善の指導を受けている場合。主要な取引先との契約が既に更新拒絶を通告されている場合。代表者個人の人的関係にのみ依存して受注が続いており、その関係を承継する手段がない場合です。
これらは、価格を下げても補償を積んでも解決しません。事業そのものが移らないからです。買収の目的が何であったかに立ち返り、その目的が達成できないと判断されるときは、意向表明書の段階で撤退することが最も安価な選択となります。
調査で見つかった問題は、三つの方法で処理します
調査の報告書を受け取った後にすべきことは、指摘事項を並べることではなく、一つ一つを処理の方法に振り分けることです。振り分けの引出しは三つあります。
第一は、価格による処理です。金額が確定しているか、合理的に見積もることができ、かつ発生がほぼ確実である事項は、譲渡代金から差し引きます。第二は、補償による処理です。発生するかどうかが不確実であるか、発生しても金額が読めない事項は、表明保証と補償の条項で受けます。第三は、前提条件及び誓約による処理です。実行までに是正することが可能な事項は、是正されたことを実行の条件とし、又は実行後の一定期間内に是正する義務を売主に負わせます。
この振り分けの基準は、発生の確実性、金額の見積可能性、実行までに是正できるかどうかの三点です。三点を表にして、指摘事項ごとに埋めていけば、交渉の材料が整理されます。振り分けができていないまま交渉に入ると、すべての事項が価格の値引き要求として提示され、売主の強い反発を招きます。
価格を下げるのか、補償で受けるのか、前提条件にするのか
実際の交渉では、この三つの選択が正面からぶつかります。買主は、確実に回収できるという理由から価格による処理を好みます。売主は、手取りが減る価格の減額を嫌い、発生しないかもしれない事項について補償で受けることを好みます。両者の利害が最も鋭く対立する場面です。
調整の方法として実務で用いられるのは、代金の一部を第三者に預託し、一定期間の経過後に残額を売主に交付する仕組みです。売主にとっては最終的に受け取れる可能性が残り、買主にとっては回収の原資が確保されます。金額と期間の設計が要になります。
前提条件による処理を選ぶ場合には、条件の内容を客観的に判定できる形で書くことが不可欠です。「重要な問題が解消していること」といった書き方では、実行の直前に判定をめぐる争いが生じます。誰が、いつまでに、どの書面を取得するのかを特定してください。なお、事業譲渡の方法で他社の事業の全部を譲り受ける場合には、会社法第467条第1項第3号により、買主の側においても株主総会の決議による承認が必要です。買主自身の社内手続を条件の一覧から落とさないでください。
簿外債務と未払いの割増賃金が見つかった場合の扱い
中小企業の買収で最も頻繁に現れるのが、賃金に関する問題です。労働基準法第37条第1項は、労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合には、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならないと定め、同項ただし書は、1箇月について60時間を超えた時間の労働については5割以上の率によるとしています。同条第4項は、午後10時から午前5時までの労働について2割5分以上の率で計算した割増賃金の支払を定めています。
固定残業代の制度を導入しているものの、対象となる時間数が明示されていない、あるいは超過分が精算されていないという例が多く見られます。この場合、支払済みとされている額が割増賃金の弁済として認められず、差額が残ることになります。
金額の見積りには、時効の期間が関わります。労働基準法第115条は、賃金の請求権はこれを行使することができる時から5年間行わない場合には時効によって消滅する旨を定めていますが、同法附則第143条第3項により、当分の間、この期間は3年とされています。買主としては、在籍者と退職者の双方について、直近3年分の未払額を試算し、価格による処理と補償による処理のいずれで受けるかを決めることになります。
許認可、賃貸借及び取引基本契約に置かれた支配権の変動に関する条項
株式譲渡の方法による場合、会社そのものは同一ですので、許認可も契約も原則としてそのまま残ります。しかし、例外を確認しなければなりません。
第一に、許認可の中には、役員の変更について届出を要するもの、株主の変動を届け出るものがあります。建設業、産業廃棄物処理業、宅地建物取引業、人材派遣業、医療機器の製造販売業などが該当します。届出を怠ると行政上の処分を受けることがありますので、実行後の届出の一覧と期限を作成してください。
第二に、契約書の中に、当事者の株主が変動した場合又は経営権が移転した場合に、相手方が契約を解除することができる旨の条項が置かれていることがあります。工場や事務所の賃貸借契約、主要取引先との取引基本契約、金融機関との融資契約に見られます。該当する契約を抽出し、相手方から事前の同意書を取得することを実行の前提条件とするか、少なくとも実行前に打診しておくことが必要です。売上の大部分を占める取引先の契約にこの条項がある場合、同意が得られるかどうかで取引の可否そのものが決まります。
独占禁止法上の届出が必要になる場合の日程
一定の規模を超える買収では、公正取引委員会への届出が必要になります。私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第10条第2項は、株式取得会社の属する企業結合集団の国内売上高合計額が200億円を下回らない範囲内において政令で定める金額を超え、かつ、株式発行会社及びその子会社の国内売上高合計額が50億円を下回らない範囲内において政令で定める金額を超える場合において、取得後の議決権の割合が100分の20を下回らない範囲内において政令で定める数値を超えることとなるときは、あらかじめ株式の取得に関する計画を届け出なければならない旨を定めています。
日程に直結するのは待機期間です。同条第8項は、届出を行った会社は、届出受理の日から30日を経過するまでは当該届出に係る株式の取得をしてはならないと定めています。ただし書により、公正取引委員会が必要と認める場合には期間が短縮されることがあります。
したがって、届出を要する案件では、届出書の作成に要する期間と、この30日の待機期間を日程に組み込む必要があります。届出書の作成には、両当事者の売上高の分解や取引の概要の整理が必要となり、資料の収集に時間を要します。基本合意の段階で該当の有無を判定し、該当する場合には早期に準備を始めてください。実行日を先に決めてしまうと、日程が破綻します。
クロージングの後に発見した事項を、なお請求できる期間
買主が最も気にすべきは、いつまで請求できるかという点です。契約に補償の期間が定められている場合には、その期間が優先します。買主としては、税務と労務について一般の期間より長い期間を確保することを目指します。
契約に定めがない部分については、民法の一般則によります。同法第166条第1項は、債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときは、時効によって消滅する旨を定めています。もっとも、契約で通知の期間や請求の方式を定めていれば、その定めが先に働きます。
実務上の落とし穴は、期間内に「通知」をすることを求める条項です。損害額が確定していなくとも、期間内に事実を特定して通知しなければ、請求権が失われる構造になっていることがあります。実行後は、補償の期限を管理表に落とし、決算や税務調査の時期と併せて確認する体制を作ってください。買収の担当者が異動した後に期限が徒過する例が現に生じています。
なぜ売主は、資料の開示を後回しにするのか
資料の提出が遅れる背景には、悪意ではない事情が含まれています。中小企業では、契約書や議事録が体系的に保管されておらず、探すこと自体に時間を要します。担当者を置けば従業員に取引を知られてしまうため、経営者一人で対応していることも多くあります。
他方で、開示したくない事情が存在する場合もあります。労働時間の記録、係争中の案件、特定の取引先との取引条件などです。求めた資料のうち、特定の項目だけが繰り返し提出されないときは、その項目に注意を向けるべき合図と考えてよいでしょう。
対処は、要求を口頭で繰り返すことではありません。要求した資料と提出の状況を一覧にして日付とともに記録し、未提出の項目については、その旨と理由を書面で回答するよう求めます。最終的に提出されなかった事項については、その領域に限定した個別の補償を設けるか、実行の前提条件とすることで手当てします。開示されなかったという記録自体が、後の交渉における材料になります。
弁護士に任せられる範囲と、依頼の時期
買主側で当事務所が行う作業は、次のとおりです。秘密保持契約及び意向表明書の作成。法務の調査の実施と報告書の作成。指摘事項の三つの引出しへの振り分けと、価格への影響額の整理。株式譲渡契約書の起案又は修正。前提条件、誓約事項及び補償条項の設計。支配権の変動に関する条項が置かれた契約の抽出と、同意取得の手順の設計。独占禁止法上の届出の要否の判定です。
依頼の時期は、意向表明書を提出する前が最も効果的です。意向表明書に価格や独占交渉の期間を書いてしまうと、後の交渉の幅が狭まります。調査が始まった後のご依頼でも作業は可能ですが、報告書の受領後に振り分けだけを行う形になり、調査の設計から関与する場合に比べて手当ての選択肢が限られます。
いま確認していただきたいこと
まず、対象会社の事業に必要な許認可を書き出し、それぞれについて許可の名義、有効期間、変更の届出が必要となる事由を確認してください。次に、売上の上位を占める取引先との契約書を取り寄せ、契約期間、更新の条項、解除の事由、支配権の変動に関する条項の有無を確認してください。
あわせて、就業規則、賃金規程、直近3年分のタイムカード又は勤怠の記録、賃金台帳を求めてください。これらがそろわない場合、未払いの割増賃金の額を見積もることができず、価格の算定の前提が立ちません。資料が出てこないこと自体が、判断の材料になります。
よくあるご質問
調査の費用をかけたのに、買わないという結論になったら無駄になりませんか
買ってはならない会社を買わずに済んだのであれば、調査は目的を果たしています。買収後に判明した問題の処理に要する費用は、調査の費用を大きく上回るのが通常です。取引を中止した場合であっても、その過程で得た知見は、次の候補先の検討に用いることができます。
売主が個人で、補償を求めても支払える資力がなさそうです
補償の条項を置くだけでは実効性がありません。代金の一部を預託する方法、支払を分割して補償と相殺できるようにする方法、売主の配偶者や資産管理会社を連帯して責任を負う者とする方法を検討します。資力の裏付けがない補償は、価格による処理に切り替えるべき場合が多くあります。
対象会社の株主に、連絡が取れない者がいます
全部の株式の取得を予定している場合、その株主の株式を取得できなければ計画が成立しません。所在の調査、相続人の特定、必要に応じた会社法上の手続の利用を検討することになります。所要期間が読めない場合には、取得割合を引き下げた設計に変更するか、取引の中止を検討します。
公正取引委員会への届出が必要かどうかは、いつ分かりますか
両当事者のグループの国内売上高が判明した時点で判定できます。決算書と、グループ会社の一覧があれば足りますので、基本合意の前後に確認してください。届出が必要な場合は、実行日をその後に設定する必要があります。
調査で問題が見つからなければ、契約書の補償条項は簡単なもので足りますか
そのようには考えません。調査は、提供された資料と面談の範囲で行うものですので、開示されなかった事項は把握できません。調査で確認できた範囲と、確認できなかった範囲を明確にし、後者について補償の条項で受けるという設計が必要です。
おわりに
買収の判断は、資料が完全にそろってから行えるものではありません。分からない部分が残ることを前提に、それを価格、補償、条件のいずれで引き受けるかを決めていく作業です。この振り分けができていれば、後に問題が現れても、あらかじめ決めた方法で処理することができます。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
買主側の買収判断と契約の手当てに関するご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)
出典
- 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第10条第2項
- 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第10条第8項
- 労働基準法第37条第1項及び第4項
- 労働基準法第115条、同法附則第143条第3項
- 会社法第467条第1項第3号
- 民法第166条第1項
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