当社の株主名簿には、数十年前に退職した従業員の名が残っております。住所は当時のままで、連絡を取ることができません。会社の譲渡を検討しておりますが、この株主をどのように扱えばよいのでしょうか。このようなご相談をいただくことがあります。
結論から申し上げます。所在の分からない株主が存在する場合、まず住民票及び戸籍の記載により所在を調査いたします。所在が判明しない場合には、会社法に定める所在の知れない株主の株式の競売又は売却に関する手続、株式の併合、特別支配株主の株式等売渡請求といった方法の可否を検討いたします。いずれの方法にも要件及び所要期間がありますので、譲渡の日程を逆算して着手する必要があります。本記事では、手順と方法を整理いたします。
第1節 なぜ所在の分からない株主が問題となるのか
1 買主は全部の株式の取得を求めます
買主は、対象会社の株式の全部又は圧倒的多数を取得することを求めるのが通例です。所在の分からない株主が残っている場合、その株式を取得することができませんので、譲渡の後も少数株主として残ることになります。
少数株主が残っている状態では、株主総会の招集の通知を送付する必要が生じ、後に権利を主張される可能性も残ります。買主にとっては、この不確実さが取引の障害となります。
2 株主総会の運営に支障が生じます
所在の分からない株主に対しても、原則として株主総会の招集の通知を発する必要があります。もっとも、会社が株主に対してする通知又は催告が5年以上継続して到達しない場合には、以後その株主に対する通知又は催告を要しないとされております(会社法第196条第1項)。この規定により、通知に関する負担は軽減されますが、株式そのものが残ることに変わりはありません。
第2節 まず所在を調査いたします
1 調査の方法
最初に行うべきことは、所在の調査です。株主名簿に記載された住所を起点として、住民票の除票、戸籍の附票、戸籍の記載により、現在の住所を追跡いたします。株主が死亡している場合には、相続人を確定させます。
調査の結果、所在が判明する場合は少なくありません。数十年の経過があっても、記録をたどることにより現在の住所又は相続人に到達することがあります。まずこの調査を尽くすことが、以後の手続の前提となります。
2 連絡が取れた場合
所在が判明した場合には、株式の買取りについて交渉いたします。株主又はその相続人が株式を保有している認識を持っていないことも多く、話合いにより解決することがあります。譲渡制限株式である場合には、会社の承認の手続を要します(会社法第136条以下)。
3 相続人が多数に及ぶ場合
株主が死亡し、相続が複数の世代にわたって発生している場合には、相続人が多数に及ぶことがあります。この場合、全員との協議を要しますので、期間及び手間を要します。相続人の一部と協議が調わない場合には、他の方法の併用を検討いたします。
第3節 会社法に定める手続
表1 所在の分からない株主への対応の方法
| 方法 | 主な要件 | 根拠 |
|---|---|---|
| 所在の知れない株主の株式の競売又は売却 | 通知が5年以上到達せず、かつ5年間継続して剰余金の配当を受領していないこと | 会社法第197条 |
| 株式の併合 | 株主総会の特別決議。端数が生じる場合の処理を要します | 会社法第180条、第309条第2項第4号 |
| 特別支配株主の株式等売渡請求 | 総株主の議決権の10分の9以上を有する株主であること | 会社法第179条 |
| 自己株式の取得 | 相手方との合意を要しますので、所在が判明した場合に限られます | 会社法第155条、第156条 |
1 所在の知れない株主の株式の競売又は売却
会社が株主に対してする通知又は催告が5年以上継続して到達せず、かつその株主が継続して5年間剰余金の配当を受領しなかった場合には、会社はその株式を競売し、その代金を株主に交付することができるとされております(会社法第197条第1項)。
もっとも、非上場会社の株式には市場価格がありませんので、競売による方法は現実的ではありません。この場合、会社は、裁判所の許可を得て、競売以外の方法により売却することができるとされております(会社法第197条第2項)。さらに、会社がその株式の全部又は一部を買い取ることもできます(会社法第197条第3項)。
この手続を行うには、株式を競売し又は売却する旨その他の事項を公告し、かつ株主その他の利害関係人に対して異議があれば一定の期間内に述べるべき旨を催告する必要があります。この期間は3か月を下ることができないとされております(会社法第198条第1項)。したがって、手続の開始から完了までには、少なくとも数か月を要します。
要件の充足の確認、裁判所への申立て、公告及び催告、売却又は買取りという手順を経ますので、譲渡の日程からは相当前に着手する必要があります。
2 株式の併合
株式の併合を行い、所在の分からない株主の保有する株式が1株に満たない端数となるようにする方法です。株式の併合は、株主総会の特別決議によります(会社法第180条第2項、第309条第2項第4号)。生じた端数については、会社法に定める手続により処理し、その代金を株主に交付いたします。
この方法は、所在の分からない株主に加え、少数の株式を保有する株主を併せて整理することができる点に特徴があります。他方、他の株主の保有する株式にも影響いたしますので、株主の構成及び保有の割合を踏まえた設計を要します。また、株主総会の特別決議を成立させることができる議決権を確保していることが前提となります。
3 特別支配株主の株式等売渡請求
総株主の議決権の10分の9以上を有する株主は、他の株主の全員に対し、その保有する株式の全部を売り渡すことを請求することができるとされております(会社法第179条第1項)。この方法によりますと、株主総会の決議を要せず、対象会社の承認により手続を進めることができます。
もっとも、議決権の10分の9以上という要件を満たす必要がありますので、株式が広く分散している会社では用いることができません。まず他の方法により保有の割合を高めた上で、この方法によるという段階を経ることがあります。
第4節 譲渡の日程との関係
1 いずれの方法にも期間を要します
所在の知れない株主の株式に関する手続には、公告及び催告の期間として3か月以上を要します。株式の併合及び株式等売渡請求についても、通知、公告、備置き、効力発生日までの期間を要します。加えて、所在の調査、要件の充足の確認、書類の準備に期間を要します。
したがって、譲渡の手続を開始してから着手したのでは間に合わないことが多いといえます。譲渡の検討を開始した段階で株主名簿を確認し、所在の分からない株主の有無を把握することが望まれます。
2 残したまま譲渡する場合
期間の制約により整理が間に合わない場合には、当該株式を残したまま譲渡することも考えられます。この場合、買主に対して事情を開示し、譲渡の後の処理について協議いたします。買主が譲受けの後に自ら手続を行うことを前提として、価格及び契約の内容を定める構成となります。
開示せずに譲渡した場合には、株式の帰属に関する表明保証の違反として補償の請求を受けることになりますので、必ず開示いたします。
第5節 弁護士に相談する意味
所在の分からない株主への対応において弁護士が行う業務は、次の点にあります。第一に、住民票及び戸籍の記載に基づく所在の調査を行うことです。第二に、所在が判明した場合に、買取りの交渉を行うことです。第三に、所在が判明しない場合に、いずれの手続によるかを選択し、要件の充足を確認した上で手続を進めることです。第四に、譲渡の日程との関係を踏まえ、着手の時期を判断することです。
いずれの手続を選択するかは、所在の分からない株主の数及び保有の割合、他の株主の状況、譲渡までの期間により異なります。複数の方法を組み合わせることもあります。
具体的な手続の選択及び進め方は、株主の構成、保有の割合、資料の残存の程度等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
よくあるご質問
質問1 連絡が取れないのですから、いないものとして扱ってよいのではありませんか。
できません。株主名簿に記載されている以上、株主としての地位は存続いたします。会社法に定める手続を経ずに株式を失わせることはできません。
質問2 所在の調査はどのように行いますか。
株主名簿に記載された住所を起点として、住民票の除票、戸籍の附票、戸籍の記載により追跡いたします。株主が死亡している場合には、相続人を確定させます。弁護士は、受任している事件に関して必要がある場合に、所定の手続により調査を行うことができます。
質問3 手続にはどのくらいの期間がかかりますか。
所在の知れない株主の株式に関する手続では、公告及び催告の期間として3か月以上を要します。これに加えて、調査、要件の確認、裁判所への申立て、売却又は買取りの手続に要する期間が必要です。株主の数及び状況により、全体では半年から1年以上を要することがあります。
質問4 少数の株式ですので、放置しても譲渡できませんか。
買主の判断によります。株式の数が僅少であり、事情を開示した上で譲渡の後に買主が処理することを前提とする場合には、譲渡が可能なこともあります。もっとも、価格及び契約の内容に影響いたします。
質問5 配当を一度も行っていない会社でも、手続を利用できますか。
所在の知れない株主の株式に関する手続の要件には、剰余金の配当を受領しなかったことが含まれております。配当を行っていない会社における要件の充足については、個別の検討を要します。
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、所在の分からない株主への対応を含め、M&Aの前の株式の集約に関するご相談をお受けしております。
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ご相談の際に、定款、登記事項証明書、株主名簿、過去の議事録、配当に関する記録、設立及び増資の当時の資料をご用意いただけますと、検討が早く進みます。なお、登記の申請は司法書士、税務に関する事項は税理士の業務でございます。弁護士費用につきましては、弁護士費用一覧のページをご覧ください。
結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。
本記事の根拠条文
会社法 第136条以下(譲渡制限株式の承認)、第155条及び第156条(自己株式の取得)、第179条(特別支配株主の株式等売渡請求)、第180条及び第309条第2項第4号(株式の併合)、第196条第1項(通知等を要しない場合)、第197条(所在の知れない株主の株式の競売等)、第198条(利害関係人の異議)
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