支払が困難になった段階でも会社を譲渡できるのか

  • 2026年8月22日
  • 2026年8月23日
  • M&A

資金繰りが厳しく、借入れの返済も滞りがちです。この状態で会社を譲り渡すことはできるのでしょうか。買手など見つからないのではないかと考えております。このようなご相談をいただくことがあります。

結論から申し上げます。支払が困難になった段階であっても、譲渡が不可能となるわけではありません。事業そのものに収益力がある場合、技術、取引先との関係、許認可、人員に価値がある場合には、譲渡の相手方が現れることがあります。もっとも、方法及び手続には制約が生じます。株式譲渡による方法は、負債をそのまま引き継ぐことになりますので選ばれにくく、事業譲渡又は会社分割により事業のみを移す方法、法的な手続の中で事業を譲り渡す方法が用いられることが多くなります。また、債権者を害する結果とならないよう、手続の設計に慎重な検討を要します。本記事では、採り得る方法と留意点を整理いたします。

第1節 なぜ株式譲渡が選ばれにくいのか

株式を取得する方法によりますと、対象会社の負債はそのまま存続いたします。債務が資産を上回っている状態の会社の株式を取得することは、買主にとって、その債務を実質的に引き受けることを意味いたします。

したがって、この局面においては、買主は事業のみを取得し、負債を引き継がない構成を求めるのが通例です。もっとも、負債の水準が過大でない場合、事業の収益力により返済が可能である場合には、株式譲渡による方法も選択肢となり得ます。

第2節 採り得る方法

表1 支払が困難な段階における譲渡の方法

方法内容主な留意点
私的な整理と併せた事業の譲渡債権者との調整と並行して事業を譲り渡します主要な債権者の理解が前提となります
民事再生の手続における事業の譲渡裁判所の手続の中で事業を譲り渡します裁判所の許可を要します
破産の手続における事業の譲渡破産管財人が事業を譲り渡します裁判所の許可を要します。時期の制約が大きくなります
手続によらない事業の譲渡債権者との調整を経ずに事業のみを移します債権者を害する結果となる場合には効力が問題となります

1 私的な整理と併せた方法

裁判所の手続によらず、主要な債権者との協議により債務の整理を行いながら、事業を譲り渡す方法です。取引先を巻き込まずに進めることができる点に利点があります。

この方法によるためには、事業の譲渡による対価を債権者への弁済に充てる計画を示し、理解を得る必要があります。譲渡の対価が、破産の手続によった場合に債権者が回収し得る金額を上回ることが、協議の前提となります。

2 民事再生の手続における譲渡

再生手続の中で事業を譲り渡す方法です。事業の全部又は重要な一部の譲渡については、裁判所の許可を要するものとされております。また、一定の場合には、株主総会の決議に代わる裁判所の許可を得ることができる制度が設けられております。

この方法の利点は、手続の透明性が確保され、債権者の理解を得やすい点にあります。他方、手続が公開されますので、取引先及び従業員への影響が生じます。

3 破産の手続における譲渡

破産手続の開始後に、破産管財人が事業を譲り渡す方法です。裁判所の許可を要します。もっとも、破産手続の開始により事業の継続が困難となることが多く、事業の価値が急速に失われますので、実現する範囲は限られます。

4 手続によらない譲渡の危険

債権者との調整を経ずに事業のみを他社に移すことは、危険を伴います。譲渡会社が残存する債権者を害することを知って事業を譲渡した場合には、残存する債権者は、譲受会社に対して、承継した財産の価額を限度として債務の履行を請求することができるとされております(会社法第23条の2第1項)。会社分割についても同様の規定が置かれております(会社法第759条第4項等)。

また、その後に破産の手続に至った場合には、破産管財人により、債権者を害する行為として否認される可能性があります(破産法第160条)。特定の債権者にのみ弁済を行った場合についても、否認の対象となり得ます(破産法第162条)。

したがって、この局面における事業の譲渡は、対価の相当性、手続の透明性、債権者への説明を確保した上で行う必要があります。

第3節 譲渡の対象となり得る価値

財務の状況が悪化している会社であっても、次のものに価値が認められることがあります。

第一に、事業そのものの収益力です。過大な借入れの返済を除いた場合に利益を生む状態にあれば、事業としての価値があります。第二に、取引先との関係です。長年にわたる取引の実績、供給の網は、新たに構築することが困難なものです。第三に、技術及び技能を有する人員です。第四に、許認可です。取得に期間及び要件を要するものについては、それ自体に価値が認められます。第五に、不動産、設備、在庫といった資産です。

譲渡の検討にあたっては、これらのうち何に価値があるかを整理し、その部分を切り出す構成を検討いたします。会社の全体を譲り渡すことが困難であっても、価値のある部分のみを譲り渡すことは可能な場合があります。

第4節 時間の余裕が決定的です

この局面において最も重要なのは、残された時間です。事業の譲渡には、相手方の探索、調査、条件の協議、契約の締結、必要な手続という過程を要します。数か月の余裕がある場合には、これらを行うことができます。

他方、支払が停止し、取引先への供給が滞り、従業員が退職し始めた後では、事業の価値は急速に失われます。この段階では、譲渡の相手方を探すことも、条件を協議することも困難となります。

したがって、譲渡の可能性を検討するのであれば、資金繰りに余裕が残っている段階で開始する必要があります。「もう少し様子を見てから」という判断が、選択の幅を狭める結果となることが少なくありません。

第5節 譲渡と併せて検討する事項

1 従業員の処遇

事業の譲渡による場合、労働契約を承継するには労働者本人の承諾を要します(民法第625条第1項)。会社分割による場合には、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律に定める手続によります。いずれの場合も、説明の時期及び方法を計画する必要があります。

従業員にとっては、譲渡により雇用が維持される可能性が生じます。会社が破産に至った場合には職を失うことになりますので、譲渡は従業員にとっても利益となり得るものです。

2 経営者の個人保証

事業を譲り渡しても、会社の債務が完済されない限り、経営者の保証債務は残ります。経営者の保証に関しては、一定の要件のもとで、保証債務の整理について金融機関との協議による解決を図る枠組みが実務上設けられております。会社の債務の整理と併せて検討することが望まれます。

3 譲渡の対価の使途

譲渡の対価は、会社が受領し、債権者への弁済に充てられることになります。経営者個人が受け取るものではありません。この点は、株式譲渡による場合との大きな違いです。

第6節 弁護士に相談する意味

この局面において弁護士が行う業務は、次の点にあります。第一に、資金繰りの見通しから残された時間を明らかにし、譲渡の検討が可能な状況にあるかを判断することです。第二に、譲渡の対象となり得る価値を整理し、切り出す範囲を設計することです。第三に、私的な整理、民事再生の手続、破産の手続のいずれの枠組みの中で行うかを判断することです。第四に、債権者を害する結果とならないよう、対価の相当性及び手続の透明性を確保することです。

この局面における事業の譲渡は、通常のM&Aとは異なる考慮を要します。債権者との関係、否認の可能性、手続の枠組みを踏まえた設計が不可欠です。事業を残す可能性を確保するためには、早期のご相談が求められます。

具体的な方針の決定は、事業の内容、資産及び負債の状況、債権者の対応、残された時間等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。

よくあるご質問

質問1 借入れが多い会社でも買手は見つかりますか。

事業に収益力がある場合、技術、取引先との関係、許認可、人員に価値がある場合には、事業のみを譲り受けることに関心を持つ相手方が現れることがあります。会社の全体ではなく、事業を対象とする構成が用いられます。

質問2 債権者に相談せずに事業を移してもよいですか。

避けるべきです。残存する債権者を害する結果となる場合には、譲受会社に対して債務の履行を請求することができる旨の規定が置かれております。また、その後に破産の手続に至った場合には、否認の対象となる可能性があります。

質問3 譲渡の対価は私が受け取れますか。

事業譲渡による場合、対価は会社が受領し、債権者への弁済に充てられます。経営者個人が受け取るものではありません。

質問4 従業員はどうなりますか。

譲渡により雇用が維持される可能性があります。事業譲渡による場合には労働者本人の承諾を、会社分割による場合には法令に定める手続を要します。会社が破産に至った場合には職を失うことになりますので、譲渡は従業員にとっても利益となり得ます。

質問5 個人保証はどうなりますか。

会社の債務が完済されない限り、保証債務は残ります。会社の債務の整理と併せて、保証債務の整理についても検討することが望まれます。

質問6 いつまでに決断すべきですか。

資金繰りに余裕が残っている段階です。支払が停止し、取引先への供給が滞った後では、事業の価値は急速に失われ、譲渡は困難となります。

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕。東京都港区虎ノ門)では、資金繰りが逼迫した会社の事業の譲渡に関するご相談をお受けしております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで
  • 土曜日、日曜日及び祝日も受付いたします
  • ご相談は事前予約制です

ご相談の際に、直近3期分の計算書類、勘定科目の内訳明細書、資金繰り表、借入れ及び保証に関する書類、主要な契約書、従業員の名簿、許認可に関する書類をご用意いただけますと、検討が早く進みます。なお、税務に関する事項は税理士、登記の申請は司法書士の業務でございます。弁護士費用につきましては、弁護士費用一覧のページをご覧ください。

結果は事案ごとに異なります。本記事の記載は一般的な説明であり、特定の結果を保証するものではありません。

本記事の根拠条文

会社法 第22条第1項(商号を続用する譲受人の責任)、第23条の2第1項(残存する債権者の保護)、第309条第2項第11号(特別決議)、第467条第1項(事業の譲渡等に係る株主総会の承認)、第759条第4項(詐害的な会社分割における残存債権者の保護)
破産法 第15条第1項(支払不能)、第16条第1項(法人の債務超過)、第160条(詐害行為の否認)、第162条(既存の債務に関する行為の否認)
民事再生法 第21条第1項(再生手続開始の申立て)。このほか、同法には事業の譲渡についての裁判所の許可及び株主総会の決議に代わる許可に関する定めが置かれております。
民法 第625条第1項(使用者の権利の譲渡の制限)

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